第78話 悪夢
鱧は耳をほじりながらアテナに質問する。
「ナイトメアモードのボーナスって何なん?」
『モンスターが凶暴化し、獲得経験値が十倍になります。さらに全プレーヤーとNPCの攻撃力が三倍に上昇します』
「ハイリスク・ハイリターンやね。確かに悪夢仕様かもしれんなあ」
『もちろんこれだけではありません』
アテナは含みを持たせて言葉を切ると、愉快そうな口ぶりで本題を語った。
『ナイトメアモードの最大の特徴は、殺害したプレーヤーの賞金を奪える点です』
「はあ!?」
仰天して声を上げたのは三好だった。
慌てて口を閉じた彼は他のプレーヤーを見回す。
その場の面々は沈黙し、互いの顔を観察していた。
メインクエストのクリアで弛緩した空気が魔王戦以上に張り詰めていく。
そんな中、アテナは平然と言葉を続けた。
『ここまであまり賞金を稼げなかった方も一発逆転のチャンスです。皆様のご健闘を祈っております』
アテナの説明が終わった後も、プレーヤー達は一歩も動けなかった。
緊張感に満ちた空間で、疑心暗鬼の視線だけが忙しなく交錯する。
静寂を破ったのは鱧の唐突な笑い声だった。
彼は腹を抱えて大笑いする。
「ここで殺し合うとかアホやんっ! 皆で仲良く残り時間を過ごすのが一番賢いで」
「はは……そうだよな」
「少なくとも一億円は貰えるんすからね。十分すぎるっすよ」
白石と藤堂が釣られて苦笑する。
鱧は満面の笑みで涙を流し、何度も頷いていた。
次の瞬間、鱧は隠し持っていた包丁で藤堂の首を刺した。
藤堂はきょとんとした顔で固まる。
「あぇ……っ?」
「何言っとんねん。油断したらアカンやろ」
真顔になった鱧が包丁を無造作に引き抜く。
首が裂けた藤堂は鮮血を散らしながら倒れた。
返り血を浴びた鱧は鬱陶しそうに「あーあー、汚いわー」とぼやく。
一部始終を目撃した三好は震える声で鱧に言う。
「お前……何してんだよ」
「いやぁ、ほんまは最後まで協力体制でいくつもりやったんやで? でも賞金を奪えるなら話が変わってくるやん。一人一億なら迷う理由とかないやろ」
「そうですね」
西園寺が至近距離で火球を放つ。
ひらりと避けた鱧は、軽やかなステップで距離を取った。
僅かに顔を顰めた西園寺は火球を連発するも、絶えず動き回る鱧に命中することはなかった。
「サイちゃん、下手くそやねえ。ちゃんと狙ってる?」
「あなたこそ攻めてこないのですか」
「当たれば即死やし慎重になるに決まっとるやん」
鱧は崩れた壁際に立つと、外の景色を一望した。
彼は笑顔で手を振って三好達に告げる。
「さあさあ、楽しいバトルロイヤルの始まりやでー。皆殺しにしたるわ」
そう宣言した鱧は、屋外へ飛び降りて消えた。




