第71話 逃げ隠れ
赤髪の女が街中を逃げる。
昆虫に追われる彼女は、涙を流して魔法を連射する。
ばら撒かれた魔法は昆虫に当たるも、その動きを止めるほどのダメージはなかった。
転倒した女は昆虫の爪で滅多刺しにされる。
「いや、やめてぇっ!」
あっという間にHPが尽きた女は、顔面から血を垂れ流して絶命した。
獲物を仕留めた昆虫達は、近くにいた侍風の男に飛びかかる。
男は長大な刀で昆虫を薙ぎ払うと、軽やかな動きで屋根の上に退避した。
それでも追ってくる個体を刀で突き落としていく。
「クソが! どっか行け!」
昆虫が男の背中にしがみつく。
男は瞬時に振り払うも、その際に吐き出された体液を被ってしまった。
状態異常に陥った男は昏倒して屋根から落ちる。
そこに他の昆虫が群がり、彼が投薬で死ぬまで攻撃を繰り返した。
魔王の襲来をきっかけに、街の全域で同じような惨劇が生まれていた。
不運なプレーヤー達は、際限なく現れる眷属に虐殺されていく。
トゥルー・ライフ・クエストは、弱者を淘汰する局面に突入した。
そんな中、盗賊のプレーヤーである鎌倉は、気楽に散歩していた。
他のプレーヤーの死に様を横目に、彼は陰鬱な笑みをこぼす。
「ククッ、愉快な光景だが……あの竜は何だ?」
『魔王です。トゥルー・ライフ・クエストにおけるボスモンスターですね。メインクエストの最終目標は魔王の討伐です』
「へえ、あんなデカブツを倒すのか。そいつは骨が折れそうだな」
アテナと会話する鎌倉の前に昆虫が現れた。
しかし、昆虫は鎌倉を素通りすると、別のプレーヤーへと襲いかかる。
彼が事前に取得していたスキル【隠密】や【気配遮断】の恩恵だった。
自分の代わりに死んだプレーヤーを一瞥し、鎌倉は鼻を鳴らす。
「戦闘系スキルを後回しにした甲斐があったな。おかげでこの環境でも楽ができる」
『懸命な判断ですね。鎌倉様のステータスでは、魔王の眷属を倒すのは困難です。もし戦うことを選んでいれば、周囲のプレーヤーと同じ末路を辿っていたことでしょう』
「ククッ、そいつは恐ろしいねえ」
少し遠くで複数の雄叫びが上がる。
星原の率いるNPCの自警団が昆虫に立ち向かうところだった。
彼らは粘液に接触しないように用心しつつ、守りを固めて昆虫に攻撃している。
肩をすくめた鎌倉は、自警団から離れる方角へと歩いていく。
降り注ぐ粘液を見た彼は、うんざりした口調でぼやいた。
「この騒ぎはいつ鎮まるんだい?」
『魔王を倒せば眷属は消滅します』
「なるほど……」
鎌倉の視線が上空の魔王を捉える。
彼は目を閉じて煙草をゆっくりと吸う。
その味を堪能した後、鎌倉はあっさりと結論を出した。
「うん、無理だな。あんなバケモノを倒せるわけない。命を張って殺り合う義理はねえよ」
『ではどうするのですか?』
「丸投げだ。他の奴らが倒すのを待つ」
無責任な回答を述べた鎌倉は、昆虫とプレーヤーの死骸を跨ぎながら城を目指した。




