第70話 不条理
武器商人のプレーヤー、根岸が上空の異変に気付いたのは、命乞いをするNPCを虐殺していた時だった。
翼を上下させて飛ぶのは巨大な竜だ。
竜は優雅に街の上を旋回する。
根岸はその様子を見上げて言った。
「おっ、新しいボスか?」
竜の羽ばたきに伴い、紫色の粘液が大量に撒き散らされる。
地上に落下した粘液の一部が、逃げ惑うNPCに付着して包み込む。
やがて粘液の繭を破って出てきたのは、人間サイズの昆虫だった。
多種多様な昆虫が瞬く間に大通りを埋め尽くし、まだ無事なNPCを襲い始める。
根岸は悪意に満ちた笑みを浮かべて杖を構えた。
「ぶっ殺してやる」
杖から緑色の閃光が放たれ、近くにいた昆虫に炸裂した。
昆虫は僅かによろめくも倒れず、じろりと根岸を見やる。
根岸は眉を寄せて杖を振った。
「あれ、おかしいな……」
根岸は閃光を連発するが、いずれも昆虫を倒すには至らない。
それどころか俊敏な動きで根岸に迫ってくる。
「ちょっ、待て! こんなの卑怯だろ! ふざけんなッ!」
たまらず根岸は逃げ出した。
追いかけてくる昆虫に閃光をぶつけながら必死に走る。
しかし昆虫が倒れることはなく、彼を追跡する個体は増える一方であった。
後ろを頻繁に確認しつつ、根岸は叫ぶように呼びかける。
「おい、アテナ! あいつら攻撃が効かねえぞ! バグだ!
すぐに修正しろォ!」
『根岸様、それはバグではありません』
「はあ!? どう見てもダメージが入ってないだろうが!」
『違います。ダメージが微小で効いていないように見えるだけです』
昆虫が根岸の背中を切り裂いた。
根岸は情けない声を上げて近くの家屋に飛び込む。
立て籠もっていたNPCを殺し、根岸は大急ぎで二階へと移動した。
『トゥルー・ライフ・クエストには、隠しステータスとして"英雄度"が設定されています。プレーヤーの皆様は確認できませんが、この数値が高いほどメインクエストの攻略に恩恵があります』
二階の窓から昆虫が侵入してくる。
喚く根岸は階段を転がり落ち、即座に家の外へ飛び出した。
アテナの説明に返事をする余裕などなかった。
『英雄度はモンスターの討伐、クエストへの参加、NPCの手助け等、一般に善行と呼ばれる行為で上昇します。英雄度が高いほど、魔王とその眷属に対する特殊ボーナスが発生し、与ダメージが増加、被ダメージが減少します。根岸様を襲うモンスターは眷属なのでボーナスの対象です』
立ちはだかる昆虫が根岸に猛攻を浴びせる。
地道なレベルアップで鍛えてきたHPが一瞬で瀕死状態まで削られる。
止まらないゴーグルの振動に、根岸の顔面が青白くなった。
『英雄度が下がる行為は、民間人NPCの殺傷、クエストの拒否、クエスト進行の妨害等です。これらを繰り返すと獲得賞金が増加し、他プレーヤーへのダメージボーナスが発生しますが、魔王と眷属には何の効果もありません』
根岸は無数の昆虫に囲まれていた。
彼は閃光の他にも様々な魔法武器で攻撃するが、ほとんど効果はない。
アテナはく淡々とした口調を変えることなく告げる。
『根岸様。あなたは無力なNPCを殺し続けました。それによって賞金を荒稼ぎしましたが、代わりに英雄としての素質を失いました。メインクエスト攻略に関わっていれば、このような結末にはならなかったかもしれませんね』
「ズ、ズルいぞっ! 英雄度なんて、そんか説明なかったじゃないか! やり直しだッ! こんなもの認められるかぁ!」
『トゥルー・ライフ・クエストはVR機能を駆使したゲームですが、現実と同等の理不尽さを備えています……あなたのようなプレーヤーが惨死する設計になっているのですよ』
冷酷な言葉に根岸は怒りを露わにする。
そこに昆虫の群れが一斉に飛びかかった。
脳への投薬で死亡するまで、根岸はひたすら叫び続けた。




