第7話 非情な現実
二人は街の通りを歩く。
饒舌な鱧はほとんど話題を切らさずに話し続けていた。
「ところでミヨシンは自分のステータス確認した?」
「いや、まだ見てない」
「ちゃんとチェックした方がええで。大事な情報やし」
鱧に促された三好は、視界に浮かぶゲーム表示の中からステータスの項目を選ぶ。
すると即座にウィンドウ画面が展開された。
冒険者ミヨシ
レベル1
HP10
MP10
スキル
【宝の地図】
【狩猟】
三好は自身のステータスを確認していく。
ゲーム経験が豊富な三好にとって、それぞれの情報は既視感のあるものだった。
彼は神妙な顔で頷く。
「なるほどな……」
「HPは生命力、MPは魔力な。経験値を稼ぐとレベルアップして、レベルアップすると強くなる。まあ、典型的なRPGやね」
「スキルは?」
「特殊能力やな。レベルアップの時に三つの候補から選べるらしいで」
「詳しいな」
「アテナちゃんに教えてもらったんよ。檻の中は暇やったから」
鱧が自虐的に説明する。
三好は、自分が何も知らず徘徊していたことを恥じた。
そしてアテナをもっと使いこなすことを決める。
屋台の串焼きを羨ましそうに眺めつつ、鱧は楽しそうに話をまとめた。
「今後のためにも、とにかくレベルアップが最優先や。雑魚キャラに負けたらおもんないからなぁ」
「どうやってレベルを上げるんだ?」
「他プレーヤーやNPCを倒すか、クエストをクリアすればええ。クエストはNPCから頼まれたり、酒場に掲示されるんやって」
「俺のスタート地点が酒場だったよ」
「ちょうどええやん。一旦そっちに行ってみるか」
二人はさっそく酒場へと向かった。
酒場は外から分かるほど人がごった返して騒然としている。
三好と鱧は店の前で首を傾げる。
「何の騒ぎやろうね」
「さっきまでこんな感じじゃなかったのに」
クエストを受けるため、二人は他の客を押し退けて店内に入る。
その瞬間、三好は顔を顰めて立ち止まった。
(臭い……何の臭いだ?)
彼は臭いの元凶を探して、ぎょっとする。
倒れた木箱のそばに人が倒れていた。
鎧を着た若い男だ。
男は頭部から血を流したまま動かない。
明らかに死んでいる。
真顔になった鱧は、返り血が付いた客に話しかけた。
「なあ、何があったん?」
「そいつがいきなり殴りかかってきたんだ。だから返り討ちにしてやったよ。頭がおかしい奴だったな」
「ほー、物騒やねえ」
感心する鱧に、その客は少し顔を曇らせる。
それから慎重な口ぶりで訊いた。
「あんた達の知り合いか?」
「赤の他人やで。別に殺されたって気にせえへんわ」
あっさりと否定した鱧は、ひらひらと手を振って離れる。
固まる三好のもとに戻ってくると、彼は暢気な様子で苦笑した。
「酒場のNPCは強そうやね。僕らが束になっても敵いそうにないわ」
「なあ……おかしくないか」
「ん? どうしたん」
「血の臭いがするんだ。VRなのにおかしいじゃないか」
三好の顔が真っ青になっていた。
彼は一歩ずつゆっくりと死体に近付いていく。
それがVRの幻であると確かめたかったのだ。
近付くほどに血の臭いが強まり、三好はますます険しい顔になった。
三好が伸ばした手は、死体を素通りしなかった。
彼の指先は、僅かに残る体温まで感じ取っていた。
三好は愕然とする。
「えっ、触れる……」
「もう気付いてるやろ。その死体はプレーヤーや」
「嘘だ。だってこれはただのゲームで」
「現実逃避なんて無駄やって。こいつは間違いなく死んでいる」
鱧が死体の頭を何度か撫でる。
目を見開いた三好は、天井を睨みながら大声で叫ぶ。
「アテナ! ゲームオーバーになるとプレーヤーは死ぬのかっ!?」
『はい。HPが0になったプレーヤーは、ゴーグルから薬剤を打ち込まれて絶命します』
返ってきたのは、三好が最も恐れていた答えだった。
デスゲーム……陳腐な表現が彼の脳裏を過ぎる。
三好は頭部を覆うゴーグルを掴み、力を込めて脱ぎ捨てようとする。
すぐさまアテナが警告した。
『ゴーグルを無理に外そうとしても同様の処置が実行されます。ご注意ください』
「そ、そんな……」
『途中離脱も不可能です。生存したければ一週間後のタイムアップまでゲームを続けてください』
三好は膝をついて絶望する。
受け入れられない現実を前に思考が停止していた。
そんな彼の肩を鱧が優しく叩く。
「馬鹿みたいな高額報酬の時点で危険なのはお察しやん。気持ち切り替えて行こうや」
三好は乾いた笑いしか出せなかった。