第5話 檻の中の男
三好は街中を歩く。
木造建築の建物が並ぶ街並みは活気に溢れていた。
鎧を着た冒険者やローブを着た人間が行き来している。
その中を三好はコソコソと進む。
(他プレーヤーとの競争なら早く行動した方がいいな)
三好が警戒しているのは二つのパターンだった。
一つは敵対的なNPCに因縁を付けられる展開。
そしてもう一つが他プレーヤーによる奇襲である。
特に彼は後者に注意を払っていた。
テストプレイで大胆な行動に出る者がいると確信しているのだ。
すれ違う人々の挙動に気を付けつつ、三好はアテナに尋ねる。
「そういえば、HPがゼロになるとどうなりますか」
『ゲームオーバーです。やり直すことはできません』
「ひょっとして賞金もゼロになります?」
『いいえ、最低保証の百万円にそれまでに得たボーナス報酬を加えた額をお渡しします。ゲーム終了後に申請してください』
ひとまず賞金が丸ごと消し飛ぶことはないと分かり、三好は安堵する。
それと同時に警戒心を強めた。
(やり直しができないということは、ゲームオーバーになるのは避けたいな。意外とシビアだ……)
ルールについて考えるうちに、三好はたくさんの檻が置かれたエリアに踏み入っていた。
檻の中には老若男女問わず様々な男女が閉じ込められている。
三好は檻を指差して訊く。
「あれは?」
『奴隷商です。旅に同行させる奴隷を購入することができます。現在のあなたの所持金は100Gです』
三好は恐る恐る檻に近付いて奴隷達を確認する。
檻にはそれぞれ値札が貼られており、その価格には大きな差があった。
最低でも500G、高額な奴隷だとその十倍以上にもなる。
「金が足りない……」
『能力の高い奴隷ほど高価になります。仲間にすれば冒険の大きな助けとなるでしょう』
「値段交渉ってできないかな」
『100Gまで値引くのは厳しいかと。優れた話術があれば可能ですね』
「じゃあ無理だ」
三好は早々に諦める。
彼はコミュニケーション能力に自信がなかった。
たとえNPCが相手でも上手く値引き交渉ができるとは思わなかった。
(でも序盤で仲間がいるのは大きなアドバンテージだ。あと400Gを稼いで一人買ってみるか?)
三好が今後の動きについて思案していると、近くの檻から手が出てきた。
手がひらひらと動いてアピールする。
「ちょっとそこの人ー」
「えっ、俺?」
「そうそう。あんたしかおらんやろ」
手が三好を招く。
三好は怪しみながらも歩み寄る。
檻の中にいたのは薄汚れた服を着た糸目の男だった。
年齢は三十前後だろうか。
痩身でひょろ長い手足を持っている。
男は軽薄な笑みで三好に頼んだ。
「なあ、ここから出してくれへん?」
「出すってどうやれば……」
「そりゃ決まっとるやん。僕のこと100Gで買い取ってほしいんよ」
三好は檻に付いた値札を見る。
ちょうど100Gだった。
(今の手持ちで買えるけど全財産なんだよな……)
檻を見ながら三好は迷う。
十秒ほど考えた末、彼は男の購入を決意した。
単独で無防備に徘徊するより、仲間を増やすべきだと判断したのである。
そばに控えていた奴隷商に購入の旨を伝えると、視界に表示されていた100Gが0Gになる。
トゥルー・ライフ・クエストの金銭システムはキャッシュレスが標準だった。
檻から出てきた男は嬉しそうに笑う。
「ほんまありがとうな。助かったわ」
「い、いえ」
「僕は鱧って言うんよ。プレーヤー同士よろしゅうな」
糸目の男——鱧は三好に手を差し出した。