第10話 拳闘士
闘技場の中央。
大勢の観客に見守られながら、NPCの青年が全力で走る。
鼻血を垂らす青年は雄叫びを上げていた。
「うおおおおおおおっ」
青年の顔面に拳が炸裂する。
吹っ飛ばされた青年は、手足を痙攣させるばかりで立ち上がる気配がない。
場内全域に鳴り響く鐘の音と共に、進行役の声が威勢よく喋り出した。
「勝利! 勝利! また勝利っ! 拳闘士ササガワ、怒涛の十連勝! この男を止められる者はいるのかァッ!?」
闘技場の只中に佇む半裸の男、笹川は憮然とした顔で拳を下ろす。
鍛え上げた肉体は汗一つ掻いておらず、些かの疲労も見られない。
当然ながら負傷もしていなかった。
そんな笹川にアテナが通告する。
『複数のボーナスを達成。
賞金総額が一千万円を超えました』
「そうか」
『レベルも上がりました。ステータスをご確認ください』
笹川の視界にウィンドウ表示が展開された。
笹川は鬱陶しそうに横目で見やる。
拳闘士ササガワ
レベル8
HP70
MP20
スキル
【武術】
ゲーム開始時、笹川はこの闘技場にいた。
そして半ば強制的に賭け試合に参加させられたのである。
ここまで彼は十人のNPCを打ち倒している。
いずれも無傷の完全勝利で、実力の一割も発揮していなかった。
『レベルアップによるスキル獲得は低確率で発生します。今はまだ初期スキルのみですが、諦めずに経験値をためてください』
「知らん。興味ない」
『私はサポートAIです。プレーヤーの皆様のために――』
「失せろ」
無愛想に言い放つ笹川は、手足に着けたグローブとシューズの具合を確かめる。
どちらも彼の初期武器だった。
ゲーム上の攻撃力を設定されており、格闘攻撃でNPCにダメージを与えられるようになっている。
笹川は不機嫌そうに深呼吸を繰り返す。
(幻を相手に戦うのはつまらん。攻撃が素通りして手応えがない)
彼が文句を抱く一方、闘技場が喝采に包まれていた。
進行役が対戦相手の登場を知らせる。
「とうとうこの男がやってまいりましたっ! 闘技場の現チャンピオン、魔拳のエドワード!」
現れたのは獅子の頭部を持つ獣人だった。
身長が二メートル近くある笹川よりさらに大柄で、手足には鋭利な爪を持つ。
「エドワード選手の戦績は九十九戦無敗! 無敵の王者を相手にササガワはどのように戦うのかァ!」
試合開始の鐘が鳴り、獅子の獣人エドワードが疾走する。
素早く突き出された正拳に対し、笹川は飛び退いての回避を選ぶ。
拳は命中しなかったが、彼のゴーグルが振動する。
HPが僅かに減っていた。
エドワードは間髪いれずに連続で拳を振るう。
笹川は何度かダメージを受けることで攻撃の正体に気付く。
「衝撃波か」
『エドワードの得意技です。拳に魔力を乗せることで遠距離の敵にも攻撃を当てます。異名である魔拳の由来にもなっており』
「どうでもいい。黙れ」
アテナの助言を流しつつ、笹川は回避に専念する。
エドワードの攻撃はいずれも空を切っていた。
序盤は命中していた衝撃波も躱されるようになり、獅子の顔に焦りが浮かぶ。
的確な身のこなしで動く笹川は、冷静に戦況を見定める。
(相手に実体はない。つまり組み技は寝技は論外だ)
一瞬の隙を逃さず、笹川の身体が躍動する。
渾身の回し蹴りがエドワードの首を粉砕した。
白目を剥いたエドワードは崩れ落ちる。
その瞬間、割れんばかりの拍手が巻き起こった。
「しょ、勝負ありぃッ! なんと大波乱! この闘技場に新たなチャンピオンが誕生しましたああああああっ!」
観客から声援を浴びても、笹川の顔は不満を訴えていた。




