2・広がる地獄
みんな死んだ。
みーんな、焼け死んだ。
レアだったり、ミディアムだったり、ウェルダンだったり。
真っ黒い炭だったり。
真っ白い灰だったり。
焼け具合、燃え具合に差はあるけど、生きてないのは確かだ。
処刑場は、大規模な火葬場と化していた。
あたり一面、人の肉の焼ける臭いと、屍から昇る煙が漂っている。
凄い光景だ。
凄い有り様だ。
爆撃されたあとみたいだ。いや爆撃後とか見たことないから想像だけど。
普通の人間がこんなの見たら、押し寄せる吐き気に流されて盛大に胃の中身をリバースしてるところなんだろうな。
気持ち悪さと、臭いに、ひとたまりもなく。
でも俺には関係ない。
俺はちょっと普通の人間じゃない。
吐いたり具合が悪くなったりといったこともなく「おーおー、なんかいっぱい死んだなー」くらいの認識しかない。
別にどうとも思わない。
なんで平気なのか。
なんでも、あの女神いわく「あなたは生まれつきの特異点です」とのことだ。
特異点。
カッコいい響きだ。
そんな異端だからこそ、こっちの世界からコンタクトをとることができたのだとか。
いろんな意味で俺は規格外らしい。
だから──こんな光景にも動じない、と。
まあ、前から、そんな気はしていた。
この世界で言うところの『スキル』ってやつを、生まれながらに持ってたからな俺。
その時点で普通じゃないのが決まりきってる。
ちなみに、今あるスキルだが。
全部でみっつ。
元からあるスキル。
地球から鞍替えして、こっちの世界に属することで開眼したスキル。
そして、女神の頼みを聞いたことによる報酬としてもらったスキル。
このみっつだ。
この世界では、スキルというのは一人ひとつしか目覚めないそうだ。
しかも、誰しもが目覚めるわけでもなく、だいたい三割くらいの人間はスキル無しだとか。
それなのに、俺だけみっつ。
ずるいと言われたらその通りだし、チートと言われたらそうだねと答えるしかない。
……事実、女神の手によるチートみたいなもんだからね。
そんなこんなで得たみっつ。
今後、この異世界で生きていく上で、これら三種の神器ならぬ三種のスキルが役立つだろう。
だがそれは、今後の話だ。
今じゃあない。
今やることは、そんな、スキルの活用なんかではなく……
「……逃げよ」
逃走だ。
幸い、ヘルファイア令嬢はまだ、こっちに気づいていないらしい。
こみ上げてきた恨みがとうとう爆発でもしたのか、丸焦げになったバカップルに蹴りを入れている。
今のうちだ。
あの死人への鞭打ちが終わらぬうちに、この場を離れよう。
聖刀を鞘にしまい、きびすを返す。
ダッシュはしない。
わざわざ目立つことをして、見つかったら最悪だ。気づかれてボスバトルになるかもしれん。
実に好都合なことに、この処刑場は今、煙がもうもうと立ち込めている。
視界がけっこう悪い。
これなら、少しくらい動いても見つかりそうにない。
慌てず騒がず、ゆっくり進めば……そこの門から出ていける。
処刑場を囲んでいる壁の数ヶ所にある、大きな門。
外と繋がっている出入口。
そこへ、こっそりと歩みを進める。
おそらくここは、今回は処刑の舞台として使われたが、他にも色々な用途がある広場なのだろう。
罪人を処刑するためだけに使われる場所にしては、あまりに広すぎるしな。
──もう少しで、門にたどり着く。
あと十メートルほどか。
あの令嬢は、まだ蹴りをかましてるのだろうか。
振り返る。
よくわからん。見えない。
こんだけ離れるともうダメだ。煙でよく見えない。
もうさっさと行こう。
門についた。
反対側、つまり広場の外から人が来る気配はない。
こんなに煙が上がってるのに誰もこないとか、どうなってるんだ?
「うわぁ……」
広場の外へ出ると、謎が解けた。
理由が、判明した。
──広場の外もまた、火の海となっていた。
炎から必死に逃げ惑う人々。
男女の叫び。
燃える建物、逃げ切れず燃える人間、燃える動物、燃える木々。
さっき見た、処刑場での惨事。
それに負けないくらいの地獄が、こちらでも現実のものになっていた。
「なんとまた。せっかく脱出したのに、その先もかよ」
あの魔女令嬢、どんだけ炎をばらまいたんだよマジで。
やり過ぎだろ。
目には目を、歯には歯をって知らんのか。
やられたらやられた分だけやり返せってことだぞ。それ以上すんなってことなんだぞ。ハムラビ法典知らんのかよ。
「まあ知らんか」
異世界だしな。
俺だってその部分しか知らないし。
ハムラビってのも、どこの国の王様だっけ。
えっと…………バビロニア……か? そうだよな。いったいどこにあった国なんだろ。ヨーロッパ……もしくは中東?
「まあいいやそんなこと。それより逃げよ。頼むぞ、聖刀」
さっきと同じく、聖刀をかざす。
安全そうなところまで逃げる。
こうなったら、もうゆっくりする必要はない。
ダッシュだ。
目指すは外。
街の外に出れば助かるはずだ。
まさか国中に火の雨を降らせたりはしてないだろ。そう信じたい。
……遠くのほうでは、お城らしきものが燃えている。
城があるってことは……ここはこの国において、割と重要な街なのか?
歴史があるとか、防衛上の大事な場所だとか、物流の要所とか。
もしかしたら、あのダーリンは王族とか貴族とか、あるいは将軍とかの身内だったのかもしれない。だとしてももう丸焦げだが。
ああなっちゃ家柄も血筋も意味ないな。
燃える城や、焼け死んでいく人たちや、焼け死ぬことになる人たちを尻目に、走る。
ひたすら走る。
体力には自信がある。
周りから「お前人間離れしてんな」とよく引かれてたからな。
そのあとに「オツムは並だけど」と続くのが、いまいましかったが……そんなことより今はとにかく走るべし。
土地勘がゼロなので道がわからず、仕方なく、やけくそのように、ずっと一方向にだけ走り続けていると。
やっと、街の外れっぽいところにぶつかった。
城があるだけあって、なかなか広い街だった。
着いたのは、街外れというか、壁。
街を囲む外壁。
それにも、一番上のほうで火がついている。監視役の兵隊の控え室かなあそこ。
力尽きたり、焼け死んだりした人たちを踏み越える。
外壁に開かれた門から、ついに街の外へ。
──見渡す限り、至るところが燃えてた。
山や森も、全部ではないが、あちこちで火の手が上がってる。
よその街や村もやられてるのか、遠く離れたところからも、さらに遠い方角からも、どこからも、真っ黒い煙がモクモクと天に昇ってるのがわかる。
うん。
終わったわこの国。オワタオワタ。
全部バカップルと魔女のせいです。あーあ。




