② レベッカ
「……レベッカ。ちょっと、苦しい。痛み止めをもらってくれないか……」
「分かりました。ハル。ナースコールしました。すぐに看護師が来ます」
「すま、ない」
「もうすぐです。がんばって」
相変わらずの無機質な声だったが、気休めであっても励ましの言葉はあったほうが嬉しい。
たとえそこに感情と呼ばれるものがなくとも、『案じている』という振る舞いをしてもらえるだけで心持ちは大きく変わる。
「イチノセさん、大丈夫ですか? どこが痛みますか?」
「胸と……腕が……。少し、息苦しい……」
「……はい。緩和剤を注射しますね。チクッとしますけど我慢してくださいね」
左腕に鋭い痛みが走ったが、もう何度も受けてきた痛み止めの注射だから、耐えた。
点滴のような小さい針なら怖くはないし、サトウさんは話しかけながら注意をそらしてくれるから気にはならない。
しかし痛み止めの注射は針が太くて長く、刺さったあとの薬品が流れ込む気持ち悪さもあって、俺はあまり得意ではない。
サトウさんも真剣になるからか、どこか機械的で雑談もあまりない。
「十五分ほどで楽になってくると思います。違和感があったらまたナースコールしてください。タナカ先生も起こしておきますから」
サトウさんは冗談めかして言って寄越したが、その表情はとても演技がかった作り物に見えてしまう。
三十手前の奇麗な女性に思うが、作業の一つ一つが機械的で、かけてくれる言葉も定型文。雑談の話題も俺の興味や好みから外れているように思う。
だから――というとサトウサンには申し訳ないが、レベッカがたまに発する人間味に、人としての温かさや拠り所を感じてしまう。
ああ、痛みと息苦しさで力んでいた体が、ぽっと温まる感じが広がっていって弛緩し、雨雲が流れ去って日が差したようにぼんやりとしてきた。
痛み止めが効いてきたのだろう。
それか注射で安心したからか。
じんわりと腕や首筋が痺れているのも血行が戻ってきたからのはずだ。
「ハル。大丈夫ですか。水を飲みますか?」
「ああ。二口ほど飲ませてくれ」
「分かりました。ハル」
レベッカが俺の顔色を読んで……。いや、それは無理か。せいぜいが生唾を飲んだからとか、唇を舐めたからとか、無意識のうちに水を求めて頭を動かしたのを感知したのだろう。
いくら寝たきりの患者を介護するAIベッドとはいえ、俺の心や気持ちを読んで水を勧めるなど、行き届きすぎている。
ただ、そう。
細かなところでレベッカは出しゃばらない。
よく見るテレビ番組はまめに案内してくれる反面、俺が気乗りしない時にはあっさりと引き下がる。
無論、そういうプログラミングであろうから当然なのだが、AIとして当然の従順さが『かいがいしさ』に見えてしまうのは、俺が彼女を人間扱いしてしまっているからだろうか。
少なくともたまにしか顔を合わさない若い研修医よりは身近だと思うが、サトウサンやタナカサンとレベッカにどれほどの差があろうか?
看護師のサトウサンと主治医のタナカサンは、生きている人間で、少なくとも医療従事者として俺に接してくれている。
レベッカは朝・昼・晩を問わず、必要なことも不必要なことも会話を交わし合っている。
いつだったか、外の景色が見たくなったときがあった。
「外が見たい。体を窓に向けて、カーテンを開いてくれ」
そう命じた俺に対しレベッカは
「今日は天候がよくありませんが、それでもご覧になりますか?」
と問い返してきた。
なるほど確かに。景色を見るならば空模様は大事な要素だ。
晴れていれば気分も良くなるし、雨模様もそれはそれで動きがあって気分が変わる。大雨で雷でも鳴っていようものなら、逆に心躍るショータイムだ。
反面、ただどんよりと曇っているだけとか、青空にポツンと白い雲が流れているなんてのはあまり面白くない。
「雨なら見てみたい。曇りならやめておく」
「では、次の晴れの日か雨の日に、改めてご案内させていただきます」
こんなやり取りをサトウサンやタナカサンとは交わしたことがない。
だからいつも素直に言うことができる。
「ありがとう。ベッキー」




