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箱庭の雫  作者: 蒔田直
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第九話

 次の調査では二人組を作って行方不明者が多発している区画を散策することになった。古くからある下町は公共事業の区画整理の対象に選ばれることもなく、煩雑なつくりをしていた。


「公平にくじ引き……と行きたいところだったけれど、チームはこちらで決めてきたよ」


 レディオルとイネス、エヴァンとフロワ、ゼストとシャルロットで組むよう指示された。


「アクセルとブレーキの役をそれぞれ受け持ってもらおうと思っています」


「片方は積極的に、もう片方は慎重に。それぞれの視点を持って行動してほしいんだ」


 役割を課すことで行動の指針を持たせ、捜査を行うというやり方だ。ただ、この組分けにはいささか疑問が残る。


「俺たちはこういった捜査には不慣れですが、いいんですか?」


 ゼストとシャルロットはただのガラス売りだ。シャルロットは専属の家庭教師を付けられていたが彼らが知る由は無い。


「君達の家には本が棚から溢れるほどあった。物語も犯罪も人の頭の中が形になるという点では一緒さ」


 二度通しただけの家の中を目敏くも覚えていたらしい。不機嫌を顔に張り付けシャルロットは答えた。


「前の住民が置いていったものだ。手習いに開くくらいだよ」


「勉強熱心だね。いいことさ!」


 しかめ面に堪えた様子もないレディオルの態度にシャルロットは眉根を更にしかめ、顔をそらした。


「奇異な事件です。私やレディオルでは固定観念に囚われて違和感を逃してしまいかねない」


「なるほど。了解しました」


 相も変わらず四角四面といった調子のエヴァンが言葉を重ね、ゼストが答えた。

 薄い唇が了承と共に微笑みを形作る。冬場になると乾燥で口端を切ってしまうので蜜蝋のバームを塗ってやるのがシャルロットの役目だった。


「そんなにおかしな事件か? 内蔵の一つや二つを引き換えに大金が貰えるって話に乗ったかもしれないだろ」


「それで実際は中身を全て抜かれたってオチか? 有り得ないな」


 露悪的なシャルロットの意見にはフロワが異議を唱えた。


「人間の臓器は体から切り離された瞬間、意味を消失する。例外はあるが今回の被害者には当てはまらない」


 フロワは故有って医術方面にも明るく、数々の症例も目にしていた。


「獣の内蔵を用いる秘術を行う組織はありますが、人間に手を出すほどカルト化している話は上がっていません」


「個人でやっている可能性は? 黒魔術に目覚めた貴族の三男坊、家族が醜聞を恐れて隠蔽……とかな」


「可能性がゼロとは言い切れないけど、貴族が行うなら人の口にも上らないかな。それに憲兵がいる首都よりも自領で見繕った方が早い」


「レディオル」


 身分制が取り払われても家門が取り潰されたわけではない。代々続く名家は今も変わらず影響を持っていた。


「彼の言い方は乱暴ですが、貴族なら街中で騒ぎは起こさないでしょうね」


「屋敷に連れ込んだ方がよっぽど安全だ。……俺が見かけた人物も貴家に連なるようなものでは無かった。やつらは体の重心からして違う」


 幼少時から礼法を教え込まれる貴族は佇まいから平民とは異なっている。振る舞いの一つ一つに意味が付随しており、血筋と礼法が揃うことにより生まれる格で彼らは身分制が消えた現在も貴種としての権威を保ち続けていた。


「トワイライト家の使用人の方も、所作が私達とはまるで違っていました」


 控えめながら芯を持った声でイネスが自分の意見を述べた。美しくも意味を持たぬ音に意図が生まれ始めていた。いつか旋律が完成したその時にこそ彼女は初めて人間として生まれ落ちることができる。


「ある種の聖職者だ。そこいらの司祭よりもよっぽどらしい振る舞いをする」


 古くからの血筋では神を祖とする、若しくは嫁ぎ入れた家も少なくない。トワイライト家も開祖は正義を司る女神だった。


「そんな御大層な先祖を持っていながら血生臭いカルトに傾倒するのは違和感がある。だから僕らとしては貴族の線は外している。……これも固定観念かな?」


「いいや。有力な推測でいいんじゃないか」


 思考の停止ではなく考えた上で貴族を容疑から外したのならシャルロットから言うことはない。


「じゃあ、疑問も解消したことだし捜査を始めよう!」


 レディオルの音頭に従い、一行は薄暗い下町に足を踏み入れた。

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