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箱庭の雫  作者: 蒔田直
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第五話

 捜索は失踪者が多く出た都の中心部の公園と路地で行われることになった。


「二手に分かれるけれど、イネスはどうする?」


 レディオルの明朗な声が少女に選択を委ねる。

 公園を選べば顔の広いレディオルと暗がりが苦手なフロワ、路地を選べば街に詳しいエヴァンと耳ざといゼストに同行することになり、それぞれの好感度が上がる。共通ルート内の細々とした選択肢で好感度を重ねることで個別ルートへの道が開けるのだ。


(この時点では攻略対象は確定しないけれど、どちらを選ぶのか)


 イネスの成長を主軸に据えていることもあり序盤のイネスは感情に乏しい。儚げな風情の彼女の様子に不安を覚えたゼストがレディオルに問うた。


「彼女が決めるんですか?」


「中々直感に優れていてね。君達の店に辿り着けたのも彼女のおかげだ」


「へえ……」


 店がある都の東側の区画は古い建物が立ち並んでおり、道の区別がつきにくい。目的地が決まっているのならともかく当てもなく歩けばたちどころに迷子になるような場所だ。


「……路地を、行きます」


「じゃあ道に詳しいエヴァンは決定として……」


「ああレディオル。フロワは公園に回してもらってもいいか?」


「余計なことは言うな、ロット」


「気遣いは受け取っておきなよ。路地をうろついて学者仲間に質問責めにされるのは嫌だろ?」


 言葉の上では気遣いを見せるシャルロットだが、無意味に目許を隠す手ぶりをフロワに向ける。フロワの暗所恐怖症を心得ている故だ。


(怖いもののひとつやふたつ、あってもいいと思うけどね)


 そんな本心を置き去りにしてシャルロットは小憎たらしいロットの振る舞いを優先した。ロットの口調は彼女の前世での物に似ていて、意識すること無く口をつく。


「確かに普段の生活に支障が出るのは望ましくない。フロワさんは公園の方をお願いできますか」


 言葉を額面通りに受け取ったエヴァンにフロワは渋面を作った。


「……お前、騙されないようにしろよ」


 朝のやり取りもあってフロワには最早エヴァンが世間知らずの坊っちゃんにしか見えなかった。


「憲兵をペテンにかける不届きものなどいませんよ」


 その愚直さこそが危ういと、浮き世離れしたイネス以外がエヴァンを見た。


「今の時点でエヴァンとイネスが路地を調査することになってるけど。フロワ、お前これ止められるの」


 シャルロットからの問いにフロワは目をそらした。フロワは世話を焼かれることに慣れてはいてもその逆はからっきしである。


「……やることは簡単な聴取だ。トワイライトに任せておけばいい」


「申し訳ありませんが、私は聞き込みに関しては経験が浅い」


 事件の調査は本来捜査官と呼ばれる者が行う。憲兵は公の施設の警備や都の見回り、狼藉者の捕縛などが本来の職務である。


「俺とエヴァンは未解決事件を本業の合間に調査してるけど、今回は少し勝手が違ってね」


「迷宮入りする事件の多くは、捜査官の手が出せない身分の犯人によって生み出されます」


 捜査官を勤める者の出自は平民であることが多い。いくら職責を果たそうと不可侵たる部分があれば手も足も出ない。


「だから事件そのものは状況証拠は充分、物的証拠も調査さえさせてくれれば簡単。なんてものが殆どだ」


 犯罪の多くは衝動的に行われる。犯行後の後始末も平素の精神状態で行える人間は少なく、現場に犯人の痕跡は必ず残る。


「大量の血痕が現場に残っているのに、犯人に繋がる物証だけが見当たらない」


 現場に残されていたのは被害者の多量の血と周辺住民の生活痕のみ。共通する毛髪や皮膚片は検出されていないことをレディオルは語った。


「あそこまで血を流させれば犯人にも付着してる筈なのに目ぼしい目撃情報も無し」


 連続失踪事件が話題になっている近頃はともかく事件当初は知名度も無く夜に出歩く人間も多かった。にも関わらず犯人を見かけた者は極めて少なく、その彼らも犯人の手により始末されている。


「人目を避けるすべを知っているか、若しくは犯行後の後始末が異様に上手い。どちらにせよ厄介としか言いようがない」


 眉間に皺を寄せ忌々しげに吐き出すエヴァンは一刻も早くこの事件が解決することを願っていた。


「これまでは俺が空気の読めない振りをして証拠を白日のもとに晒してしまえば良かったんだが、どうにもね」


 レディオルは相棒の肩を数度叩き宥めた。年齢はエヴァンの方がいくらか上だったが、内心と表向きの感情を切り離すことに関して彼は優れたものがあった。


「今まで金持ちどものお家騒動の尻拭いをしてきて、初めての難事件ってわけ?」


「言葉を選ばずに言えばそうだね」


 シャルロットが投げつけた言葉に対してもレディオルは笑みを返した。


「ロット」


「はいはい」


 自身を呼ぶ声でシャルロットは背を正し言葉を続けた。


「話を戻すけど、エヴァン、フロワ、イネスの組み分けで本当に大丈夫だと思う?」


「……頑張ります」


 弱々しい握りこぶしと共にイネスがフロワの代わりに意気込みを表明した。


「ちなみにイネスさんが実は海千山千のものだったりすることは……」


「あると思う?」


 一縷の望みをかけたゼストの問いはレディオルに切って捨てられた。


「代わりたいけど、正直俺が公園を担当した方が効率がいいんだよね。あそこ、顔見知りもよく来てるし」


 苦笑と共に続けられた言葉に事態を面白がる色は無く、レディオル自身にとっても苦渋の決断であることが窺えた。動かせる人員はゼスト、フロワ、シャルロットのみだ。


「俺が責任をもって監督するよ……」


 赤、紫、山吹の視線が集中し、観念したゼストが路地裏入りを提案したことで組分けは実に平和理に終わった。イネスは胸を撫で下ろし、エヴァンは衝突もなく終わった話し合いに満足そうな表情を浮かべていた。

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