序章……④ 迷子の悪霊
作者の同級生には東京商船大学(今の東京海洋大学)を卒業して世界中の海を渡った船乗りが居ますが……今の時代にも当たり前に海賊は居るそうです。
結局……ガンビが言う“悪霊”は、あたしが開放されて荷下ろしが済んだ後も、フェルナン海侠団の船が水平線に向かって消えるまでマストから動く事は無かった。
(最後までマストの上から動かなかったのは、奴等が妙な動きをしないか見張ってたのか……それにしても“火の玉”ってのは一体何なんだ?)
ガンビは……“悪霊”が何故自分たちを助けてくれたのかは分からないと言った。
(とにかく……話してみるまでは油断ならねぇ)
そうこうする内に……マストの上で微動だにしなかった“悪霊”が、手に持っていた何かを担ぎ直してからマストを降り始めた。その迷いのない動きにも驚くが……
(コイツ……なんて奴だ! 眼の前でマストから下りて来てるってのに……殆ど音がしねぇ。マジで悪霊だってのか?)
― ストッ ―
目の前に立つ“悪霊”を改て観察すると……上は裸、下は何度も海水に晒されたのが伺える生成り洋袴、伸び放題の髪を後ろで一つに縛り……顔の上半分を覆う奇妙な仮面には細い溝が幾本も走っている。その下に見える口元と顎には粗く剃った無精髭。背中に紐で括られた筒状の背負子にはよく分からない杖みたいな物と……剣らしき柄が見える。
「教えてくれ……あんたは何者なんだ? どうしてあたしらを助けた?」
「……シリタイコトガアル」
潮に晒され続けた嗄れ声……そして男はゆっくりと仮面を外した。下から現れたのは……予想に反して優しげでつぶらな瞳……
「いったい何を知りたいと言うんだ悪霊殿?」
ガンビの問いに、
…
……
………
暫しの沈黙の後、男は片言で答えた。
「ココガドコナノカヲ……シリタイ」
「「「………は??」」」
ガンビもあたしも……あまりにも予想外のセリフに二の句が継げない。つまり……この男……
「ちょっと待ってくれ……あんた……迷子なのかい?」
男の顔が……ほんの少し引き攣った様に見えたのは気のせいか……
「フネシズンダ」
「なんとまあ……で、あんたはいったい何処から来たんだ?」
「………」
ガンビが問いかけた途端……男は口を噤んだ。表情を見るに、どうやらこちらの言葉が理解出来ない訳でも無さそうだ。
「どうやら訳ありみたいだね……」
「お嬢……詳しい話は船尾楼で聞いた方が良さそうですな」
――――――――――
「じゃあアンタ……もう三年半もこの島に住んでるっテノカ?」
儂が助けた娘が驚いた顔をしている。確か、儂が島で気がついてから今日で1290日……約三年半というところだ。儂はこの任務に就いた時に二度と戻らない覚悟は決めていたが、思えばもうそんなに経ったか……
「ああ……そうだ。だからここが何処かを知りたい」
彼等がこの島の側で揉め事に巻き込まれたのは……儂からすれば正に渡りに船だった。儂がこの島に流れ着いてからおよそ三年半……故国での儂はおそらく死んだ事になっている筈だ。布引丸に乗り込んだ時点で儂の立場は公的には民間人だ……船が沈む前に儂以外の船員は全員が救命ボートで退艦しとる。この計画を描いた者達の力をもってすれば、おそらく儂以外は皆無事国に帰っとるだろう。
「悪霊殿? どうしたンダ??」
……と、物思いに耽ってしまったせいで二人が怪訝な顔をしている。
「すまない。何でも無い。それで……ここはどの辺になる?」
そう重ねて聞かれた二人は、さっきとは違う……心底困った様な顔になる。
「そんな風に聞かれてもコマルンダ。ココが何処かナンテ……あたしは、ここらの事シカ知らねえし……ガンビ、あんたはドウダイ?」
「あっしがシッテルノモ、取引シテル島々程度デサァ。外のこたぁ……セイゼイ遙か西からさっきみたいなデカい船に乗ってクル奴等が居るって事くらいデスゼ」
「なっ……自分達の国の事を知らんのか?」
「そんな事言ったっテナ……そうだ、そんなに外の事が知りタイナラ、あたしらとイッショニ島に来なヨ。うちの親父ならきっとアンタの知りタイ事も知っテルサ!」
「ふーむ……」
(彼等が何処の国の住人かは分からんが……確か布引丸が嵐に遭った海域は寧波の沖だった筈だ。船底に穴が開いた船がそう遠く迄流されたとは思えんが……)
儂はこの任務に着く前は日清戦争に従軍する兵卒だった。当然、戦争が終わっても故国と清との関係は劣悪……漂流した日本兵など民衆に見つかっただけで袋叩きの上で殺されてしまうに違い無い。
(危険はあるが……しかし彼等が話すのはフィリピン人の話す言葉に近い……ならば儂が接触しても即座に清政府に通報される事は無かろう)
「分かった……同行しよう。ただし多少の準備はしたい。奴等が置いていったボートを借りるぞ」
「構ワナイ。アンタには大きな借りがアル。戻ルマデどれくらいカカル?」
儂はざっと荷造りに掛かるであろう時間を計算した。おそらく、
「明朝には戻る」
――――――――――
東の空に薄っすらと太陽が登り始める。潮止まりに停泊した船は、多少の揺れを感じさせながらも問題なく夜を超えた。私は当直では無かったが、自室の寝台にいてもうまく寝付けなかったので、船尾甲板でゆっくりと登る太陽とだんだんと光に染まる海を眺めながら昨日の事を考えていた。
「グレゴの奴……どうしてあんな事をしでかしやがったんだ……」
あいつとは、古い知り合いではあっても決して親しい付き合いじゃない。あたしの族長はここら一帯の島々を治める島長の一人で、奴の親とも面識はあるが……グレゴの印象といえば、族長の息子という立場にあぐらをかいた“とにかく思慮の足りない男”でしか無かった。
「単にあいつが暴走した? いや……あいつの親はグレゴが馬鹿だと知ってるし……簡単に手綱を緩める様な奴じゃない」
ならば……一体何が……
「……ハヤイナ、チャントネタノカ?」
「ひっ……」
突然響く嗄れ声……舷側の向こうに居たのは昨日の男だった。男は手漕ぎボートで来た筈なのに……またしても全く気配がしなかった。
「おどかすな……あんたこそ随分早いな」
「………スマナイ」
昨日と違い、きちんと上下を身につけた男は、背中に布製の背負子を担ぎ、その背負子の脇には昨日担いでいた筒状の入れ物がくくられていた。
「いや、こっちが勝手に驚いただけだ……ボートをもう少し船首の方に回してくれ。縄梯子を下ろすから」
「ワカッタ」
――――――――――
それから……当直の船員に声を掛け、男を船に上げたあたしらは、船を海流の流れる所まで動かしてから昨日の内に繕った帆を張った。
「今日の風は悪くないですな。これなら日が沈むまでにはあっしらの島に着くでしょう」
船足が完全に帆走(船の推進力が帆に受ける風のみになる事)を始めた頃……私とガンビは、手持ち無沙汰で船尾甲板に立っていた男に声を掛けた。
「……カジハイイノカ」
「なに、この辺には難所もありやせんし、若いので問題ありやせん。それにせっかくの客人を放っておくのもどうかと思いやしてな」
「キヲツカウヒツヨウハナイ」
「そういう訳じゃないんすがね……一つ聞いときたい事がありやす」
男は、一瞬怪訝な顔をしたが……それ以上は表情を変えず、視線で先を促した。カンビは……その視線に両肩を竦めて、
「なに……まだ悪霊殿の名前を聞いて無かった事を思い出したんでさ。短い付き合いかもしれやせんがいつまでも“悪霊殿”でもないでしょう?」
男は質問に不意を突かれたのか、少しだけ表情を緩めた。
「ワシノナハ“カノウ”ダ」
「ふーん……随分変わった名だね。まあいいや。こっちも改めて名乗っておくよ。あたしの名はリナリオ、一応この船の船長だ。こっちは副長兼操舵長のガンビ」
「とっくに知ってはいるでしょうが……改てよろしくおねがいしやす」
あたしたちの自己紹介を聞いたカノーは……突然深々と頭を下げて?!
「カノウダ。ミジカイアイダダガヨロシクオネガイスル」
思ってた以上に礼儀正しい挨拶が帰ってきて驚いた。
「ああ……堅苦しいのはやめよう。カノー、あんたに一つ聞きたいんだ……昨日あんたが使役した“火の玉”の事さ」
「??」
悪霊改めカノーは……不思議そうな顔をして考えこんじまった。どうもあたしの言ってる事がよく分かっていない様だ。
「……ほら……あれだよ。あの船の下っ端の頭をぶっ飛ばした……」
「アレカ?! アンタラハ銃ヲシランノカ?」
あたしの言ってる意味がやっと分かった様だが……
「ジュウ?? それが“火の玉”の精霊の名前かい?」
彼は……何故か苦い者を飲み下した様な顔をして答えた。
「……アレハ……トオクノ敵ヲコロスタメダケニ作ラレタ……道具ダ」
――――――――――
儂が助けた現地の人間は……驚いた事に銃の存在を知らなかった。そう言えば昨日襲って来た帆船もこちらに対して砲撃はしてこなかった。あれは……
「まさか、大砲や銃の存在知らなかった?? 昨日の船もてっきり汽帆船かと思ってたが……ただの帆船だったのか?」
ワシは……船長を名乗る娘と舵取りの男にざっと銃の事を説明した。二人は銃の大まかな原理を聞いて目を丸くしている。
「ジャア……そのジュウってのを使えばダレでもカノーみたいに遠くのヤツを殺せるのかい? それは……大弓ヨリも遠くまで届くのか??? ミンナがそんな物を持ってタラ……戦になんか負けっこナイジャないか」
リナリオは……儂の話を聞いて顔を青くし、ガンビは……何か思案顔で唸っている。
「カノー殿、その道具をツカエバ……ミンナがカノー殿みたいに遠くの動索を撃ち抜けルンデスカイ?」
「そいつは無理だな。アレは特別な弾丸を使ったし……どんな道具でも上手く使いこなすには練習が要るだろう? ましてや、この銃は……」
儂はこの銃の長所も……そして短所も知り尽くしているが、それをここで語っても仕方ない事だ。それに……片言で色んな事を説明しながら話していたので気がつかなかったが、そろそろ日射しがかなり傾いてきている。
「どうだ……そろそろ島に近付いて……」
その時だった……儂の……そして二人の顔に緊張が走った。儂が何かを言う前に、リナリオが船尾から飛び出し、マストに手をかけてスルスルと登って行く。それを見ていたガンビが何も言わず、若い衆から舵を変わる。
「やっぱり気の所為じゃ無い……これは……」
まだ船上からは目的地は見えてもいない……だが、儂ら三人が嗅いだ汐風には……微かにあらゆる物が燃える臭いが混じっていた。
もしも……もしも気に入ってもらえたなら……
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