序章……② 悪霊
「冗談言ってる様に見えんのか?? さっさと舳先を回せ!!」
「(ゴク……)とっ…取舵一杯!! 帆を回せ! 左舷! お嬢の合図に合わせて櫂を櫂止めに掛けろ!! 水を掴んだら……絶対離すんじゃねーぞ!! ……お嬢!!」
ガンビは生唾を一つ飲み込んで矢継ぎ早に指示を飛ばし……最後にあたしを見た。良し……いい腕だ。
「総員……衝撃に備え!!! 3.2.1……今!!」
― ガッ!! ―
合図と同時に左舷の全てのオールが海面に立てらたまま櫂止めに掛けられて止まり、船は舵が海面を掴む反力で左に急旋回……ロープに腕か足を絡ませて体を固定しないととても耐えられない勢いで船が傾き……
「帆を引けー!! ガンビ!! 当て舵合わせー!!」
「合点!!」
ガンビの当て舵と……ボロボロながらもなんとか風をはらんだ帆が、左舷の櫂を軸にした旋回とつり合って急旋回で傾いた船を徐々に戻していく。
― ビンッ ビビンッ ―
奴等の弩から放たれた矢が航跡の上を掠めて外れて行く。ざまぁ見ろ……奴等の船は確かに速いが、小回りと操船じゃ負けやしねぇ!!
「櫂を回して海面を切れ!! 水から櫂が抜けたら全速で“悪霊島”の岩礁域に突っ込むぞ!!」
「「「「 承知!! 」」」
「そんな……」
この期に及んで……この指示の意味が分からない様なヤツはアタシの船には居ない。若干情けない声が聞こえた様な気もするが……
奴等の船はこっち程舵効きが良くない。更に船足が付き過ぎていたせいで今は風下に落ちてしまっている。
その距離は奴等を振り切るには足りないが……あたしの視線の先には、すでに黒い噴煙をたなびかせた島が見えていた。周り全てに複雑な岩礁と激流が渦まく海の難所……通称“悪霊島”が……
「さあ……追って来い!! 目にもの見せてやるからな!!」
――――――――――
「くそ!! 何をしてやがる!! さっさと船を回せ!! この能無し共が!!」
(このガキ……勝手な事をほざくんじゃねぇ!)
俺の額に青筋が浮かぶ。いかん……いけ好かんヤツだがコイツは当面のスポンサーの息子だ。勝手に喚く程度は目を瞑らねば……
「駄目だ。風下に落ちちまった。取舵じゃ裏帆を打って行き足が止まっちまう。面舵一杯!!」
俺は……ナリだけはデカいクソガキに冷静に状況を説明する。ガキは……俺の顔を見て怯むが……今度は、そっぽを向いてブツブツとおっ始めやがった。
「………くっそう!!!! あとちょっとでリナリオのじゃじゃ馬をとっ捕まえられたのに……」
コイツの頭の中は女の事しかねぇのか……まったく、そんなだから女がなびかねぇんだよ。もし、てめぇが本物の男なら……多少ツラが不味くても向こうから寄ってくらぁ。
「坊っちゃん……口のきき方に気をつけな。俺等があんたに従ってんのは、あくまでも仕事だからだ。いいか? お前らの島じゃどうか知らねぇが俺等の業界は仕事相手には敬意を払うもんなんだ……例えそれが女のケツを追っかけ回すしか能がねぇガキだったとしても……だ。どうだ……? 理解出来たか??」
「あ……うっ……分かった。悪かった……」
……ふん。バカのプライドが高いとロクな事がねぇな。普段から島長が手を焼いてんのが目に浮かぶぜ。
「分かってくれりゃあいいんだ。分かってくりゃあな。で……坊っちゃんに聞きてぇんだが、奴等の船、小回りの効きは多少マシな代物だが、あの船足じゃどう考えても逃げ切れやしねぇし、ここらは奴等の庭みてぇなもんだろ?? で……だ、あんたなら、あのお嬢ちゃんの向かった先が分かるんじゃねえのか?」
――――――――――
「畜生……奴等、岩礁が見えてやがんのか?」
悪霊島の岩礁域に逃げ込んだあたしらを追って、奴等を岩礁域の中におびき寄せたまでは良かった。だが……喫水はこっちよりも確実に深い筈なのに奴等は巧妙に岩礁を避けて追って来やがる!
「チッ! グレゴの操船なら潮に足を取られてとっくに座礁してそうなもんなのに……あの船……よほど腕の立つ船長がいやがるな」
こっちは奴等より浅い喫水と漕ぎ手のおかげでなんとか逃げられてるが……これ以上は……
「仕方ねぇ……いいかてめぇ等 !これからあたしらは……」
― グイッ ―
「グッ……なんだてめぇ??」
更に浅い岩礁域に船を回す決心をした瞬間……いきなり後ろから羽交い締めにした誰かが、あたしの腰の剣を引き抜くとそのままそれを首筋に当てやがった?
「……とととっ……止めろ!! 全員手を止めてすぐに碇を降ろせ!!!」
この声は…… まさか?!
「ジョフ?! てめぇ! 何をとち狂ってやがる??」
あたしを羽交い締めにした奴隷頭は、普段は聞いた事もねぇ程の大声で喚き散らした。
「うるせぇ!! 偉そうに指図しやがって……てめぇのせいで殺られるなんざまっぴらゴメンだ!!! 知ってるぜ! あの島長の息子がてめぇにご執心なのはよ? さあ、お前ら船を止めて降伏旗を上げやがれ!!」
――――――――――
あたしがジョフに捕まったせいで……舵取りのガンビや他の水夫達も迂闊に手が出せず、ガンビは結局バカの言う通り降伏旗を上げて船を止めざるを得なかった
あたしらの船は岩礁の隙間にある僅かな潮止まりに錨を下ろし、その後、ボートで接舷して来た奴等(外国人??)が、手際よく全ての船員を後手にふん縛って舷側に繋ぐ。
あたしは、同じく後手に縛られ……自分が今回の行商で手に入れた荷と共に運び出されるのを歯軋りしながら見ている事しか出来なかった。
――――――――――
「よおリナリオ……何時もの威勢はどうした?」
「ハン……あんたこそ何時もみたいにキャンキャン喚かないのかいグレゴ? 強面のお友達が多いと随分と強気だね? えっ……この腰抜け野郎が!」
「へっ……口の減らねぇ女だぜ。……まあ、いいさ。どうせその小生意気な態度も三日と持たねぇに違いねぇからな」
……クソッタレが。気色悪い目で見るんじゃねぇ!!
「旦那。あっしはそいつさえ居なきゃ、旦那方に手向かいするつもりなんぞありゃしません。なんならあっしも手下に加えて頂きたいぐれぇなんで……」
「このクズが!」
奴隷の中じゃ多少頭が回るからって……こんなクズを使ってたのが情けない。
「ハンッ、好きに囀りゃいいさ。俺はな、元々ここらの元締めの大島じゃ関役人だったんだよ。それを……ちょっとばかし西方船団の奴等……方達に便宜を図っただけで奴隷落ちだぞ!! 俺の財布が多少厚くなったくらいで一体誰が困るってんだ?? あっ?! それを……お前の親父を含めた部族長の奴等は……ええぃ忌々しい!!」
身勝手な言い分で、身勝手に頭に血を登らせたジョフの野郎が、振り上げた手をあたしに向かって振り下ろそうとした瞬間……
― ガッ ―
「おう、俺の船で勝手なマネすんじゃねぇよ……」
長身の男が目にも止まらねぇ速さでジョフの手首を抑えた。ちなみに……グレゴの野郎はニヤニヤしてジョフの野郎なんざ禄に目に入ってやしねぇ。
「す……すまねぇです旦那……」
「勘違いすんじゃねぇ。俺達はな、おめぇが卑怯な真似なんざしなくとも、その嬢ちゃんをとっ捕まえるくらいワケなかったんだよ。それを……余計な事しやがって……」
長身の男……おそらくこの船の船長は、ジョフの手を振り捨てる様に離した。ジョフの野郎は掴まれた腕をさすりつつ、すごすごと引っ込めた。そのまま……さっき迄の威勢をすっかりしぼませて、コソコソと一段高い船尾から降りていく。
(おいおい……たったあんだけで、ジョフの腕に手形のあざが出来てやがる。なんつぅ力してやがんだコイツ)
「おい……お前は何者だ? なんでグレゴとつるんで海賊なんかやってやがる?」
……? おいおい、なんだその顔は
もしかしてコイツ……海賊呼ばわりされて凹んでやがんのか??
「まあ言い繕っても仕方ないが……グレゴ殿とは仕事の上での付き合いだ。あんたに恨みは無………」
― …パーン…… ―
遠くで……
生木が爆ぜる様な……妙な音が響いた。
――――――――――
― タスケガホシイヵ?? ―
自慢じゃないが……あっしはこれでもブリム一家の中じゃあ古顔なんだ。つまり生粋の船乗りって奴だ。そんなあっしでも……こんな不気味な声を聞いたこたぁ無かった。最初は空耳かとも思ったさ。なんせあっしらは舷側の縁に並んで括られていて……甲板には獣油がたっぷり撒かれてたんだからな。(撒かれた獣油が俺等の積荷なのが重ね重ね腹立たしい)
「助けが要るかだって?? 要るに決まってんだろうが!!」
あっしも殆どヤケクソでしたからね……ここが悪霊島の近くだってのも忘れて怒鳴っちまった。船に獣油を撒いてた連中は、殆どの奴等が小舟で自分等の船に戻っちまってたから、残ってる連中は二人だけ……一人はボートで待ち、もう一人は船に火を点ける役……ってわけだ。
で……残ったそいつは、あっしの怒鳴り声が死ぬ前の悪口雑言だとでも思ったのか……ヘラヘラ笑うだけで、そのまま松明を甲板に放り投げようとしたんだ……ところが、
― シュリン…… ―
「……?」
変な音がしたと思ったら……男は無言のまま松明をその場に……
― パシッ ―
「???」
落としちまう……筈だった松明は、いつの間にか男の背後に立ってた何かの手に収まってやがった。
“いつの間に??”“どうやって??”“何処から?” ……あっしの頭ん中ぁ驚きと疑問で一杯になっちまったが……次の瞬間に起きた事に比べりゃぁかわいいもんだったよ。
松明を落とした野郎は……何故かぷるぷると震えるばっかしだったんだが……その後、何で野郎が動けなかったのかがあっしらにも分かった。何でかって? だってあの野郎目ん玉をグルンと回して白目を向いたかと思うと……野郎の頭から股ぐらまでまっすぐな線が浮かんできやがったんだからな。
あっしは……これでも生粋の船乗りだ。船戦の経験だって数えきれねぇし、戦上手の海兵共の事だってよく知ってる。実際そいつ等とやり合って死にかけた事もあるが……
「こりゃあ……たまげた……悪霊を見たのは初めてだ」
松明の男は、いつの間にか背後に立ってた悪霊の剣で……真っ二つにされちまったんだ。
――――――――――
― ドチャッ ー
悪霊が男の手から松明をすくい上げたと同時に……最後に残ってた男は合わせ目からゆっくりと離れて……汚えヒラキが甲板に転がった。
悪霊は……もぎ取った松明を舷側から捨てると……真っ二つになった死体の片方の足首を掴み、そのまま奴等のボートに向かって投げ捨てた??
「ギャンッ!!」
短い悲鳴がボートに乗ってた奴の運命をあっしらに伝える……
その時になって……やっとこさあっしらは、悪霊が気味の悪い仮面を付けた男だと気付いた。男の陽に焼けた上半身(多分……あっしらとは元の肌の色が違うんだと思うが……色味は変わらない程に焼けている)は……筋肉がそのまま身体に張り付いてんのかと思う程に鍛えあげられ、片手に……血の伝わる細身の反りがついた剣を持ったまま、俺達の方にやって来た。
「ヒッ……」
男は、あっしらの事など目に入ってない様な素振りで船尾近くに来ると、そこに引っ掛けられてたロープをモクモクと手繰り始めた。あっしらは声も出せずにその様子を見入ってたんだが……
「ドウシタ? サッサㇳアノフネヲオエ」
よく聞けば酷いなまりだったが……何を言ってるのかはかろうじて理解出来る。だが……
「あんたが言いたい事は分かったが……そいつはロープを解いてくれなきゃ無理ってもんですぜ」
「……スデニキッタ」
「えっ……?」
あっしはそう言われて初めて……後ろ手に力を込めた。と、縛られていた筈のロープがバラバラに千切れてるじゃねぇか?
「オンナタスケルナライソゲ」
「ああ……分かった」
この時のあっしは……とにかく動転してたんだろうな。助けて貰ったとはいえ正体も分かんねぇ様な不気味な人斬りの言う事をホイホイ聞いて動いてたんだからな。とは言ってもその時はそんな事は言ってられん状況だ。なんと言ってもお嬢は訳の分からん船に攫われたままなんだ。あっしはとにかく仲間の何人かのロープを死体が持ってたナイフで切ってから他の仲間の縛りを切る様に指示した。
『……問題無い……か』
あっしが指示を出し終わって改て男を見ると、男は……細いロープの先に結んであったらしい黒い丸太を舷側から引き上げた所だった。
「なあ……あんたナニモンなんだ? なんであっしらを助けた?」
男は……無言で丸太を振り上げると、甲板に叩きつけた。
「ヒッ」
「アトダ……アレニチカヅケ」
相変わらず不気味ななまりで喋る悪霊の手には、甲板に叩きつけられた丸太みてぇな物が握られていた。何で“みてぇな”物なのかって? そりゃ、丸太の端が……衝撃でズレてたからな。
もしも……もしも気に入ってもらえたなら……
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