第六話 救護院の迷い
唯一使える初級回復魔法に『解毒』と『病気治療』の効果を付与できたアルクス。
それにはいささか副作用もあるようで……。
果たして救護院で受け入れられるのでしょうか?
どうぞお楽しみください。
「あらアルクスちゃん。今日はお休みでしょう? 何か忘れ物?」
「あぁ、いや、その……」
救護院の院長であり、修道女でもあるウィンクトゥーラさんの少し驚いた顔に、私は曖昧な笑みを浮かべる。
私がルームス様から追い出された事も、初級回復魔法しか使えない事も知った上で、働かせてくれている優しい人。
……そんな人に私は今から、とても恥ずかしいお願いをしなければならない……!
「あの、ウィンクトゥーラさん!」
「何かしら?」
「……私、『解毒』と『病気治療』の法術を習ったんですけど……」
「えっ!? 本当!? だとしたらとても助かるのだけれど……!」
「……なのでお手洗いのすぐそばの部屋を貸してもらえませんか!?」
「!? ど、どういう事!?」
……やっぱり説明しないと駄目だよねぇ……。
「……そういう事だったのですね……。驚きました……」
ウィンクトゥーラさんは私を応接室に通し、説明を真剣に聞いてくれて、深々と頷いてくれた。
先生になってくれたアーテルさんの事。
『専魔の腕輪』の本当の効果。
初級回復魔法に『解毒』の効果を付与できるようになった事。
そして……。
「……それで、その毒素や病気の元を身体の外に出す方法が、お手洗いで、その、出すって事なのですね?」
「……はい」
うう、恥ずかしい……。
人間誰しもする事だけど、お世話になってる人の前で話したい内容じゃない……。
「うーん、理には適っていると思いますけど、安全性が不明瞭なものを患者さんに施すわけにはいかないですし……」
「で、ですよね……」
先生の事は信じてる。
修行では確かな手応えもあった。
でもそれを人に伝える手段が私にはない……。
動物とかで実証しないと、いきなりは無理だよねぇ……。
「おぉい! 至急診てくれ! 急患だ!」
「!?」
救護院に響いた声に、私もウィンクトゥーラさんも即座に立ち上がった。
急患は救護院において何よりも優先する事柄だ!
「ごめんなさいね! 話はまた後で!」
「いえ! 当然です! 私も手伝える事があるかもしれないので、一緒に行きます!」
「ありがとう! 助かるわ!」
行ったところで初級回復魔法しか使えない私は、法術士としては大して役には立たないだろう。
でも薬を運んだり包帯を用意したりと、手伝える事はあるはず!
ウィンクトゥーラさんと一緒に入口まで走る!
「どうなさいました!」
「あぁ! 院長! 助けてくれ! 弟が山で蛇に噛まれた!」
「うぅ……!」
患者さんの顔は真っ青だ!
噛まれたであろう右足は、ぱんぱんに腫れている!
一刻も早く『解毒』の法術か薬を……!
「蛇、ですか……! その蛇の種類はわかりますか!?」
「わ、わからねぇ! すぐ逃げて行っちまったから……!」
「……!」
ウィンクトゥーラさんの顔に焦りが走ったのがわかった。
蛇は種類によって毒が違い、薬もそれによって違う。
だから『解毒』の魔法が一番効果的なんだけど……。
「……とにかく傷口から毒を吸い出します!」
「それは山で俺やったんだ! 傷より身体に近いところを縛ったりもした! でも弟の具合はどんどん悪くなって……!」
「そう、ですか……!」
どうしよう……!
ウィンクトゥーラさんが使えるのは、外傷に対する回復魔法。
『解毒』の法術を使える人もいるけど、ウィンクトゥーラさんがすぐ呼びに行かないって事は、今日は隣村の救護院に行っているのかな……。
薬は用意されているけど、蛇の種類がわからないと効果を発揮できない……!
でも患者さんは息も絶え絶えで、今にも息が止まってしまいそう……!
それなら、私が……!
「……アルクスちゃん……」
「は、はい!」
「私の責任でお願いするわ。この人に、『解毒』を……!」
「……わ、わかりました!」
その言葉で、私の身体は強張った。
ウィンクトゥーラさんが責任を取る、それはつまり助けられなかった時の話……。
私の法術にこの人の命がかかってる……!
……怖い……!
手が震える……!
「なーにやってんだアルクス」
「!? 先生!?」
「あ、あなたは一体!?」
「何だお前!? 黒ずくめで仮面なんかつけて、怪しい奴め!」
あああもう先生!
騒ぎになるから外で待っててって言ったのに!
「細かい事考えるな。一年以上やってきた事をやるだけだろ。お前はその人を救いたいって気持ちのまま、法術を使えばいいんだよ」
「……! わかりました!」
場違いなほど落ち着いた言葉。
ぶっきらぼうだけど暖かい言葉。
手の震えが止まる!
勇気が湧いてくる!
「行きます!」
私は患者さんの肩に手を当てて、青の初級回復魔法を注ぎ込み始めた……!
読了ありがとうございます。
果たしてぶっつけ本番の『解毒』は効果を現すのでしょうか?
上手く行った場合、お手洗いはちゃんと開いているのでしょうか?
次話もよろしくお願いいたします。