第十話 鶏肉に捧げる覚悟
思いがけない額の給料を手にして、アーテルへの礼に贅沢品(と思っている)の鶏肉をご馳走しようと考えるアルクス。
普段頼んだ事のない品に、若干の緊張があるようですが……?
どうぞお楽しみください。
「女将さん! こんばんは!」
「はいよ! 今日もお仕事お疲れ様!」
アウラン食堂に入ると、女将さんがいつもの元気な声をかけてくれる。
救護院での仕事がなくて落ち込んだり不安になっている時、この女将さんの声と料理に元気をもらっていた。
よーし、今日は先生にだけじゃなく女将さんにも恩返しだ!
ご馳走を注文しちゃおう!
「さ、先生どうぞ」
「おう。ん、なかなか雰囲気の良い店だな」
「!?」
先生を見た女将さんの表情が変わった!
……そりゃそうか……。
黒ずくめの服に口元以外を隠す仮面……。
ウィンクトゥーラさんも驚いてたもんなぁ……。
「あ、あの、女将さん! この人は私の法術の先生なんです!」
「……そう、なのかい……?」
「どーもー。アーテルって言いまーす。よろしくー」
「……!」
女将さんの眉間の皺が深くなる!
もっと先生らしく、普通に自己紹介してくれればいいのに!
救護院でもそうだったけど、何でそんなに軽い感じを出すのかなぁ……。
わ! 女将さんに引っ張られた!
「……大丈夫かい? ろくでもない奴ならあたしが引っ叩いてやるけど……」
「だ、大丈夫です! 本当にいい先生で、お陰で私救護院での仕事が増えたんですよ!」
「そうなのかい……? ならいいけど……」
若干不満そうだけど、納得してくれて良かった……。
女将さん、薪とか酒樽とかを運ぶから、そこら辺の男の人よりも腕が太いし力持ちなんだよね……。
細身の先生が引っ叩かれたら、壁まで吹っ飛ばされちゃいそう……。
「じゃあ好きな席に座っておくれ!」
「はい! じゃあ先生、こっちに座りましょう」
「あぁ」
四人がけの卓に向かい合わせに座る。
……うーん、こうして見ると、やっぱり怖い人に見えちゃうよね……。
何でそんな仮面つけてるんだろう……。
顔に傷があるとか、誰かに追われているとか、何か事情があったりするのかな……。
「あの先生」
「何だ?」
「その仮面ですけど……」
「あ、気になるか? 格好良いだろう。お気に入りなんだこれ」
「……そうですかー」
「何だ? 憧れてるのか? わかるぜその気持ち。何ならお前にも一つ作ってやろうか?」
「結構です……」
「そうか? 遠慮しなくていいぞ? 欲しくなったらいつでも言えよ!」
「はぃ……」
すっごい嬉しそうに言う先生。
単なる趣味かぁ……。
呆れる私のところに、女将さんが注文を取りに来た。
「さ、今日もいつものにするのかい?」
「いえ! 今日は救護院からお給料をもらったので、先生にお礼をしようとここに来たんです! なので鶏の一枚焼き定食を二人前お願いします!」
「な……! アルクスちゃん、本気かい!?」
「はい!」
「……!」
女将さんの顔が驚きに染まる。
鶏の一枚焼は、いつもの煮豆定食の倍近くするもんね。
でも今日は大丈夫!
何と言ってもこのお給料!
もう何も怖くないもんね!
「何か困っている事あるなら相談に乗るからね! うちで最後の贅沢を、なんて考えちゃ駄目だからね!」
「も、勿論です! 今日は先生へのお礼を兼ねた特別ですから!」
「……それならいいんだけど……」
ありゃりゃ……。
いつも節約節約って言ってたところに急に贅沢したから、心配かけちゃったかな……。
「……その、アルクス? そんな悲壮な感じになるなら、俺は別に煮豆定食でも良いからな?」
あぁ! 先生にも心配かけちゃった!
お礼なのに気を遣わせちゃったら意味がない!
「だ、大丈夫です! お礼なんですから! 女将さん、お願いします!」
「……! アルクスちゃんの覚悟、確かに受け取ったよ! 最高の仕上がりでお出しするからね!」
「あの、だから、えぇ……?」
戸惑う先生を置いて、女将さんは奥へと入っていった。
わかりますよ先生!
私もここで鶏の一枚焼き頼むの初めてですから!
どきどきしますよね!
やがて厨房から聞こえてきた鶏肉を焼く音と匂いに、私のどきどきは更に高鳴っていくのだった……!
読了ありがとうございます。
ちなみにアルクスがいつも頼む煮豆定食は、パンと生野菜とスープが付いて、日本円にして三百八十円くらいのものです。
鶏の一枚焼き定食は六百八十円くらい。
しかも二人前。
その覚悟は女将さんにも伝わろうというもの。
アーテルにはさっぱりでしたが……。
次回もよろしくお願いいたします。




