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七章 起死回生の結末

 あの墓場のところに行くと、すでに皆が集まっていた。

「……この後、どうしたらいいんだろ?」

 ナコが不安げに呟く。スズエはまだ少し、暗い瞳を浮かべていた。まだ、シルヤのことを思い出しているのだろうか。

「…………」

 口を開いては、閉じての繰り返し。何かを迷っているような、そんな雰囲気だ。そりゃあ……割り切れるわけねぇよな……。

 その時、後ろから足音が聞こえてきた。振り返ると、そこには――死んだハズのシルヤ。……いや、多分人形だろう。

「……スズ姉?」

 しかし、姉の名前を呼ぶその声は、スズエに駆け寄るその姿は、まさにシルヤだった。

 スズエは目を見開いていたが、ポロポロとその瞳から大粒の涙が流れ出した。

「スズ姉!なんで泣いているんだよ?」

「……シルヤ、ゴメン」

 スズエは俯き、弟に謝った。姉としての、懺悔だった。

「お姉ちゃん、お前を守れなかった。何かあったら助けてやるって、そう言ってたのに、お前を死なせてしまった。ゴメン……ごめんね……」

 しばらくそれを聞いていたシルヤだったが、やがて「……姉さんは、本当にばかだな」と静かに笑った。

「確かに、死ぬのは怖かったさ。だけど……オレは、スズ姉が死ぬ方が怖かった」

「え……?」

 スズエは顔を上げる。その瞳に映っているのは、弟の笑顔だろう。

「スズ姉は、自分の命を軽んじる節があるだろ?自己犠牲って、時には美徳かもしれねぇけどさ。でも、お前に生きていてほしい奴だって確かにいるんだよ。オレだって、その一人だ」

「…………」

 スズエは涙を流しながら、それを聞いていた。

「大丈夫、オレはスズ姉を恨んでねぇよ。だって、お前は最後までオレを守ろうとしてくれただろ?自分を身代わりにしようとしてくれただろ?それだけでも、嬉しかったよ、オレは。本当に、姉さんに愛されているんだって」

 彼は本当に、幸せそうに笑っていた。姉に愛されて、最後の最期まで自分を守ろうとしてくれて、本当に幸福を実感しただろう。

「……オレさ、親には恵まれなかったかもしれねぇけど……兄貴と姉貴には恵まれたなって思えるよ。だって、兄貴は会えなくてもずっとオレ達を想っててくれたし、姉貴もいつもオレを守ってくれた。……そんなきょうだいの中に生まれて、本当にオレは幸せ者だよ」

「…………っ」

「……こういうのってさ、いくら双子の姉弟だって言っても恥ずかしくて言えないけどよ」

 シルヤは照れながら、スズエに手を伸ばす。

「大好きだぜ!スズ姉!お前は最高の親友で、オレの自慢の姉貴だ!」

「……あぁ」

 スズエも、同じように手を伸ばした。

 二人の手が重なる。姉より大きな、弟の手。男女の、双子。

「私も、シルが大好きだよ。お前は最高の親友で、私の誇りの弟だ」

 スズエは、シルヤの胸に飛び込む。

「シルヤ――私のきょうだいとして生まれてきてくれて、ありがとう」

「スズエ、オレの姉でいてくれてありがとな」

 ――あぁ、これほど美しい姉弟愛はなかなか見ない。互いに姉弟として生まれたことを感謝出来る、こんな姉弟関係を。

 しばらくシルヤの腕の中で泣いていたスズエだったが、泣き止んだのか離れる。

「振り切れたか?スズ姉」

「うん。ありがと、シル」

「なら、早く皆のとこに行きな。お前はまだ、戦わないといけないだろ?オレ、相談室にいるから、いつでも会いに来いよ。いくらでも手伝ってやるからさ」

 そう言って、シルヤはスズエの背を押した。スズエはそれに弾かれるように、オレ達のところに戻る。

「もういいのか?」

 オレが聞くと、スズエは涙で濡れた瞳で頷く。

「行こう。――私達の未来のために」

 ――その言葉は、きっとユウヤさんとケイさんがずっと望んでいたものだった。

「うん」

 ユウヤさんが微笑んでスズエの手を取った。

「何をしたらいい?」

 ユウヤさんが尋ね、「まずはそこの棺に見つけた人形を――」とスズエが答えようとしたその時、スズエがふらついた。オレとユウヤさんが彼女を支える。

「貧血だねー。スズちゃん、ちゃんと休んでなかったからかな?」

 ケイさんがスズエの状態を見て、そう言った。

「うぅ……気が抜けたら……すみません……」

「大丈夫だよー!スズちゃんは休んでて!」

「人形をこの棺に入れたらいいんだよね?」

「そうですけど……あれ、案外重くて……」

「そういう時こそ、俺達の出番だろ」

 マイカさん、レイさん、タカシさんがスズエに笑いかけた。

「あたし、何か食べれるもの作るよ」

「わ、わたしも手伝います」

「私は探索しようかな?」

「あたしはキナ達を見ておくよ」

 ナコ、キナ、ユミさん、マミさんはそう言った。皆の心がまとまったような気がした。

「私は人形を運ぼうかな……」

「細身メガネに出来んのか?俺達に任せてレイと一緒に探索しとけよ」

「ユウヤとラン君はフウ君とスズちゃんを見ててくれるかなー?」

「え、いや、私もてつだ」

「「休みなさい」」

 なお探索しようとするスズエを、ユウヤさんと同時に止めた。なんでだ、といった表情をする。なぜ逆にお前は分からないんだ。

「君はすぐ無理しようとする。駄目だよ、倒れそうになってるんだから」

「そうだぞ。お前、実はほとんど寝ていないって知ってるんだからな」

 ……この反応、オレと同室だったってこと、忘れていたな。

「姉ちゃん、一緒に寝ようニャン!」

 フウにねだられ、スズエは「……そうだな」と頷いた。幼い子に言われては断れないのだろう。

 ロビーに向かい、スズエがソファに座るとフウはその膝に頭を乗せた。隣はオレが座る。

「ニャ……。よくお母さんがやってくれたニャン……」

「そうなんだな」

 スズエが頭を撫でると、フウはウトウトし始めた。……まるで親子のようだ。

「……あのね、今のおかあさん、本当のお母さんじゃないんだニャ……ぼく、引き取られたんだニャ……」

「……膝枕は、本当のお母さんにやってもらっていたの?」

「うん……。ぼく、じへーしょーっていう病気で小学校に通い始めた時はお友達が出来なかったニャ……。それを言ったら、本当のお母さんはニャンチャンクッションを買ってくれたニャ。そこから、お友達が増えていったニャ」

 自閉症……なるほどな。だからこだわりが強かったのか。

「姉ちゃんは、ぼくのこと嫌いになる……?」

 寝ぼけながらも、怯えたような瞳をスズエに向けていた。それは、子供が親に嫌われたくないと言っているようだった。

「そんなわけないだろう。それも個性さ」

 スズエが笑うと、フウも笑って抱き着いた。

「よかったニャ。姉ちゃんに嫌いって言われなくて……」

 フウは眠そうだ。スズエが優しく撫でて、

「ほら、フウ。眠いなら寝なさい。私はここにいるから」

 そう言うと、

「うん……おやすみなさい……」

 フウはスズエに抱き着いたまま寝てしまった。それにつられたのか、スズエもあくびをした。

「うー……ごめん、ちょっと寝る……」

「ちょ、スズエ?」

 そしてオレの肩に頭を乗せ、目を閉じた。すぐに寝息が上がってしまう。

「全く……人の気も知らないで……」

 そう呟き、オレは身体を冷やさないように抱き寄せた。


 朝になり、準備が整ったところで棺のところに向かう。そこにはグリーンと……シンヤが立っていた。

「来たな」

「隠れる気がなくなったんだ?シンヤ」

 スズエが挑戦的な笑みを浮かべる。シンヤは「そういう気の強いところ、好きだよ」と同じように笑った。

「死に対する恐怖がないのか、強がりなのか……まぁどっちでもいいや。なんにせよ、お前達は逃げられないんだから」

「そうとは限らないよ。私だって、抵抗してやる」

 駆け引きだった。どちらも譲らないという、そんな意思。シンヤはフフッと笑い、指を鳴らす。すると舞台が変わった。

 目の前には、二つの棺があった。その一方に、誰かが入るとのこと。みんなが顔を見合わせるが、

「……私が行きます」

 そう言って、スズエは前に出る。「待ってくれ!」とオレは思わずその腕を掴んだ。

 スズエが振り返る。その瞳は驚いていた。

「オレが行く」

「ラン、ダメだ」

 スズエは譲らなかった。きっと、オレ達を守るため。

「でも、お前死ぬの怖くないのかよ?」

「……怖いよ。皆を置いて死ぬなんて。でも……皆が死ぬ方が、もっと怖い。だから行くんだよ。私は皆を、お前を信用しているから」

 スズエは笑う。オレは目を見開いた。怖いと、少女の口から出たことに驚いたし、信用してくれていることが、嬉しかった。

 戸惑っていることに気付いたのか、スズエはポケットに手を入れ、白いネコのキーホルダーを渡してきた。

「これ、お前に預けておくよ」

「これは……」

 オレはそれを受け取る。スズエは、「オレ」に笑顔を向けた。

「少し前に何となく買ったものでな。シルヤが「忠実な犬」なら、私は「気まぐれなネコ」だし、お似合いだと思って。それに見ろ、お前によく似ているだろ?白いとことか、青い目とか。だから、お前に持っていてほしい」

「…………」

「お前に、私の命を預けたよ」

 その言葉を聞いてオレは唇を噛み、ギュッとそれを握った。

 オレは、それと引き換えるようにスズエにシルヤの腕輪とエレンさんの服を渡した。

「すまねぇ、時間がなくてこれ、お前に渡せなかった」

「これは……」

 それを受け取ったスズエは静かに、抱きしめた。そんな彼女の後ろに、シルヤとエレンさんが見えた。

「スズ姉、大丈夫だ、オレ達も一緒にいる」

「えぇ、だから心配しないで。スズエは自分の信じる道を進みなさい」

 そんな声が聞こえた気がする。スズエはそれを地面に置いて、

「……いってきます、兄さん、シルヤ」

 祈るように、願うように、呟いた。それはとてつもなく神聖なものに見えた。

 そして、スズエが棺に入ろうとする。

「スズエ」

 オレが名前を呼ぶと、スズエは振り返った。オレは手を振る。

 これは、言わないといけない。

「また、会おうな」

 オレの言葉に、スズエはキョトンとした後、優しく微笑んだ。

「……あぁ。「生きて」、また会おう」

 手を振り返し、スズエが棺の中に入る。

 「生きて」……。

 そうだ、絶対に生きて再会するんだ。そのために……オレ達は、戦う。

 スズエに今まで得てきた情報を教えてもらいながら、棺が最後の四つになる。このうちのどれかに、スズエが入っているのだ。

 青いランプが二つに、赤いランプが二つ。皆でどうするか迷っていると、

「……ラン」

 スズエが声をかけた。

「最初に青いランプがついた棺を選べ」

 それは、スズエかルイスマが入っている棺。つまり……人間だ。

「でも、それじゃあ……!」

 お前、死ぬ可能性があるぞ、と言いかけて、

「ラン。

 ――私を信じろ」

 いつも自分達を導いてくれた声が、そう言ってくれた。オレはギュッと手を握り、「……分かった」とそれを選ぶ。

「……え?」

 しかし、スズエの戸惑った声が聞こえてきた。待ってくれよ、まさか……スズエの棺を、選んだのか……?

 いやだ、いやだ!やめてくれ!

「い、いや……!まだ、しにたく……!」

「あははっ!滑稽だね!」

 シンヤが高笑いを上げるが、不意にスズエが「……フフッ」と笑った。

「……なんてね」

「……は?」

 スズエは生きていた。しかし、ルイスマも生きているらしい。どういうことだ?

「ちょっとだけ小細工を仕込ませてもらったよ。人形の棺の一つを人間のものに、人間の棺のものを人形だと反応するようにしておいたんだ。ルールに小細工を仕込んではいけないってなかったからね」

 つまり、スズエは……赤いランプのついている棺のどちらかにいる、ということか。

 本当に、大胆的に動いてくれるな。

 マジで演技がうまくて失敗したかと思っちまった……。

「な、ふざけるなよ……!」

「シンヤ、お前は忘れているようだけど。誰にだって譲れないものがあるんだ。私だってそう。私は、皆を助けたい。そして許されるのならば、皆と生きたい。

 ――今回は、お前の負けだ、シンヤ」

 それは、華麗な逆転劇だった。

 グリーンが、青いランプのついた棺を選ぶ。それで、このミニゲームは終わった。

 棺が開く。コツッとスズエは地面に足をつけた。そして、オレの手を包んだ。

「ただいま」

 その花のような笑顔に、オレは抱きしめて顔をその細い肩に埋めた。

 あぁ、こんなに小さいのか。

 その肩に、何度も救われた。さっきのあれはかなりひやひやしたけど、結果としてこうやって戻ってきたんだから、まぁ今回は見逃そう。

 役職カードを引き、それを見る。――オレは、「身代」だった。シルヤが命を落とした、あの忌まわしいカード。

 ――あぁ、生きて出られないのか……。

 オレは、覚悟を決めた。

 スズエはシルヤに会いたいと言った。「最後に」と言ったことが気になるが、そこまで考える余裕がなかった。

 相談室にはシルヤがいた。どうやら片付けているようだ。

「あ、スズ姉!ランも来てくれたんだな!」

 シルヤは笑顔で出迎えてくれた。スズエは「うん。少し話がしたかったから」と笑った。その表情は姉のものだった。

 三人で、穏やかに話す。そこに暗い影なんてなかった。

 やがて時間になり、姉弟は最後の別れを済ませた。そう、ここから出てしまえばもう、二人は会えないのだ。

 ――スズエ、お前は幸せになってくれよ。

 オレよりもっといい人と出会って、結ばれて……そうやって、幸せに生きていってくれ。

 自分達の控室に入り、その時を待つ。

 時間が来てメインゲーム会場に足を踏み入れると、自分の名前が書かれた場所に立つ。一瞬だけ、スズエがオレの方を見た気がした。

「それじゃあ、今回の説明をするね。基本は今まで通りだ。だけど、いくつか違うところがある。今回は怪盗と鍵番、両方いる。そして……怪盗が身代を盗んでいたら、その人だけが処刑されて、あとは晴れて解放。それだけは頭に入れてろよ」

 シンヤがルールだけ告げる。そうして、議論が開始された。

「まずは役職をまとめようか」

 ケイさんがそう言う。スズエが「今回は鍵番、賢者、身代、そして怪盗……怪盗が何を盗んだかによりますね」と考え込む。そして、

「……先にカミングアウトしておきますね。私は「鍵番」です」

 スズエはそう、言った。なら、スズエに入れるわけにはいかないか……と思っているとそれに反論したのはユウヤさん。

「待って、それは違うよ」

「どういう意味?」

 ユミさんが聞いてくる。それにユウヤさんは答えた。

「鍵番は、スズエさんじゃない」

 え?どういうことだ?スズエは鍵番じゃ、ない……?

「あ、あのね。鍵番は、ぼくだニャン……」

 フウが怯えた様子でそう言った。

「誰かが嘘ついているねー」

 ケイさんが呟く。待ってくれよ、それじゃあ収拾がつかないじゃないか。

「か、怪盗は誰だよ!?」

 焦ったタカシさんの質問に、手を挙げる人はいなかった。当然だ、怪盗が答えるわけがない。

「ど、どうするんだよ……!」

「……鍵番の可能性のある三人には、入れない方がいいだろうねー」

 マミさんの質問に、ケイさんは冷静に答える。誰が嘘をついているか分からない以上、三人に入れるわけにはいかない。

 ただ、問題がもう一つある。

「で、でも、身代にも入れちゃいけないだろ?」

 そう、身代にも入れてはいけないのだ。つまり、オレも選ばれてはいけない……。

「そ、そうだね。でも……」

「身代なんて、どうやって見破るんですか……?」

 レイさんとキナが困った表情を浮かべる。ここで正直に話したところで、逆に怪しまれて入れられてしまっては終わりだ。オレは、ただ無言を貫いた。

「待って。怪盗に役職を盗まれても、結果が出るまで分からないんだよね……?」

 マイカさんが顔を青くした。そういえば、そんなルールだったな。

「じゃあ、完全に勘でいれるしかないのか……?」

 レントさんが絶望したように言った。

「じゃ、じゃが、そうするしかないぜよ……」

 ゴウさんも、帽子を深く被った。

 ……いや、待て……。

「……待って。マイカさん、今、なんて言った?」

 ユウヤさんも同じことを考えたのか顔色を変えて、マイカさんに尋ねる。

「え……?えっと……怪盗に役職を盗まれても、結果が出るまで分からない……?」

「……っ!」

 ユウヤさんが目を見開いた。オレも、気付いてしまった。

 嘘をついているのは、スズエだと。

「……スズエ、正直に答えてくれ」

 オレは、スズエに問い詰める。

「お前、「怪盗」だな?」

 スズエはただ、不敵の笑みを浮かべるだけ。それは肯定の意だ。

「誰の役職を、盗んだ?」

「……誰のだと思う?」

 あぁ、分かった。分かってしまった。

「……オレの、なんだな?」

「…………」

 スズエは静かに、笑った。その顔は、青ざめているように見えた。そして、

「ラン。……私に、入れないでくれ」

 オレに、そう懇願したのだ。ふざけないでくれよ……!こういう時まで、他人のことを考えるなよ。死にたく、なかったんだろ?

「ラン君のって……ラン君の、本来の役職は……?」

 ケイさんが聞いたその時、終了の合図が響いた。誰に入れるか、決まらぬまま。

「……おまわりさんに入れなよ」

「ニャ!?なんでニャ!?」

「おまわりさんは「平民」だからねー」

 ケイさんは顔を青くしながら、そう言った。

 もう、時間がない。オレはケイさん……ではなく、スズエに入れた。

 だって、理不尽だろ?怪盗で身代を盗んで、そうして殺されるなんて。

 ――ケイさんに票が集まっている中、スズエにも四票入っていた。きっと、もう一票はユウヤさんだ。だって、スズエは既に死ぬ決意をしているのだから、自分に入れるわけがない。

「それじゃあ役職を教えるぞ。鍵番はフウ、賢者はユウヤだ。身代は……ははは!ランだったけど、スズエに変わってる!ランの言う通り、スズエが怪盗だったみたいだー!」

 スズエは静かに笑っていた。まるで、すでに覚悟は決まっていると言いたげに。

「ま、待ってくれよ!オレが身代だっただろ!?オレを処刑しろよ!」

 オレは懇願する。だって、スズエは生きていていい人間だっただろ!?このゲームに参加しなくてもよかったんだからさ!

「無理な相談だな!だって、それだとケイも殺さないといけなくなるだろ?」

 あぁ、シルヤを殺された時のスズエも、こんな気持ちだったんだな。助けたいけど、助けられない。その人を助けたければ、誰かを犠牲にしないといけない……。そんな、究極の選択肢を迫られる。とてつもなく、つらかった。

「……ラン、いいんだ」

 スズエはオレの肩を掴む。まるでこれから死に逝く人とは思えないほど、その瞳には希望が満ちていた。

「私のことなんて、忘れてしまえ。忘れて、前に進め。――でも、皆の幸せを願っていた人間がいたんだってことだけは、覚えていてね」

 いつもの笑顔を、オレ達に向けてくれる。

「――大好きだよ。皆は、ちゃんと幸せになってね」

 覚悟を決めた人間というのは、こんなにも強いものなのか。

「ほら、スズエ。処刑の――」

「何言ってるんだ?そんな素直に、処刑されるわけないだろ?最期まで抗ってやるさ」

 シンヤに向けた、不敵の笑み。どういう、意味なんだ……?

「悪いけど、これ以上お前達の思い通りには――」

 スズエが自分の首輪に触れると――それが外れた。

「――させないよ」

「なっ……!」

 みんなが呆然としているすきに、スズエは走った。

「アイト!」

 スズエはグリーン……いや、アイトに手を差し出す。彼はその手を握った。

「アイト、皆を連れて……っ!」

 何かを指示するためにオレ達の方を向いたその瞬間、赤色が飛び散った。それがスズエの血だと気付くまでに、時間がかかった。その細い腹が、複数の太い針のようなもので貫かれ大量の血が流れているのだ。

 スズエの口の端から、血が流れる。それを合図にしたように、スズエは膝をついた。

「全く……本当にお前は、予想外のことをするな」

 本当はきれいなまま残したかったのに、とシンヤは呟く。駆け寄ると、スズエは乾いた声を出した。

「……あ、はは……やっぱり、私は生きて出られないんだね……」

 そして、スズエはオレの方を見た。

「ラン、ごめんね……約束、守れそうにないや……」

 ――生きて、ここから脱出しような。

 そう、言ったことを思い出す。あぁ、なんて残酷なことを言ったのだろうか、オレは。

 涙が流れる。しかし、スズエはその涙を拭ってくれた。

「もう……泣くなよ……私、お前に会えて本当に幸せだったんだよ?相棒」

 力なく笑ってくれる。そして、ふらふらしながら立ち上がった。その動きに合わせて、スズエの髪紐が解ける。茶色の長い髪がたなびいた。

「最後の……プレゼントだ……」

 そしてその足で、歩き出す。スズエが歩いた場所に、血痕が残されていく。

 慌ててついていくと、モニター室のところでスズエが息絶えていた。キーボードに血の跡がついているので、操作したのだろう。画面には、何かが解除されたというマークがついていた。心なしか、スズエは笑っているように見えた。

「……皆の首輪のパスワード……解けたんだ……」

 アイトが驚いたように呟く。どうやら彼も分かっていなかったらしい。

 皆が集まる。そして、キナとフウがスズエに近付いた。

「姉ちゃん、起きてニャ……!死んじゃいやだニャ……!」

「スズエさん、起きてください……!またいろんな話、してください……!お願い、だから……!」

 必死になって揺さぶる幼い子供達が、見ていて虚しい。受け入れたくないのだ、ずっと優しくしてくれたおねえさんが、死んでしまったなんて。

 涙が、スズエの手に落ちる。その瞬間、スズエの遺体が光を放った。

「……え……?」

 何が起こっているのかが分からない。光が収まると、そこにスズエの遺体はなく、代わりに無数の花弁とともに赤い花が一輪だけ落ちていた。

「……ゼラニウム……」

 アイトが呟く。

「……あなたがいて、幸せです……」

 それを拾い、紡ぐ言葉はスズエの心を代弁していた。

「ラン」

 名前を呼ばれた気がして、前を向く。

 そこにはスズエの姿があった。彼女はオレの頬に触れる。そして、美しい笑顔を浮かべた。

「愛しているよ」

 その言葉を最後に、スズエは消えていった。

 ――忘れられるわけないだろ……?

 忘れろ、なんて言っておきながら、愛しているなんて。本当に、ずるい女だ。

 大丈夫、オレは生きていくよ。お前の分まで。

 だってそれが、お前に命を救われた人間が出来る、唯一のことだろ?

 オレ達は涙をこらえ、皆で出口のところまで向かった。


 外は暗かった。ここは……誰かの研究所だったらしい。

 看板を見ると、「モロツゥ」と書かれた隣に「森岡 ひとり」と名前があった。……確か、スズエ達のおじの名前だったハズだ。

「……スズちゃん、見覚えがあるって言っていたけど……こういうことだったんだねー」

「つまり、おじさんの研究所がモロツゥ達に乗っ取られていたということですね……」

 マジかよ……。研究所が乗っ取られてしまっていたのか……。

「そういえばさ」

 アイトが声を紡いだ。

「人形達って、どうなってる?」

「どうなってるって……俺達は人形のままじゃ……」

 レイさんがアイトを見て、驚いた表情を浮かべた。人形であるハズのアイトから、血が流れていたのだ。

 人形達は慌てて、自分の手首に指をあてる。

「……動い、てる……」

「心臓が、動いているよ……!」

 それは、人間である証だった。

「……あの光が、人形達を人間に戻したんだね……」

 アイトは小さく笑みを浮かべ、ギュッと握った。

「ありがとう、スズエ……」

 どうか、あとはエレンやシルヤ君と一緒に穏やかに過ごしてね。

 アイトの呟きに、ユウヤさんは同意するように頷いた。

 空には、三つの星が輝いて見えた気がした。



 数か月後、オレは一つの墓の前に立っていた。

「……スズエ、シルヤ」

 オレは、赤い花をその墓前に捧げる。

「ありがとう、オレ達を助け出してくれて。……オレ、お前らのこと、忘れないから」

 そう呟くと、目の前に笑顔のきょうだい達が現れた気がした。

 風が吹く。赤い花弁が宙を舞った。

「ラン君」

 後ろから声が聞こえ、振り返る。そこにはユウヤさんとアイトが立っていた。

「そろそろ帰ろうか」

 それに頷き、二人のもとに向かった。

「……お前は、幸せに暮らしてくれよ、ラン」

 スズエの声が、聞こえた気がした。

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