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六章 真実の記憶

 グリーンが去った後にロビーに行くと、「記憶の灯火」と書かれた灯篭があることに気付いた。

「これ……怪しいよな……」

 あからさますぎて逆にどうしたらいいかが分からない。

 スズエはジッとそれを見ていた。

「……どう?」

 ユウヤさんが尋ねると。スズエは「……この紙の通りなら、失われた記憶を思い出せるみたいですけど」と答えた。

「正直、渡す意図が分からないですね」

「どういう意味かなー?」

 ケイさんが首を傾げる。スズエは「記憶を思い出したところで、なんになるかってことですよ」と言った。

「確かにグリーンは「自分と会った時のことを思い出してほしい」と言っていましたけど……それって、今の状態で本当に必要ですか?」

 ……言われてみれば確かに、グリーンと会った時の記憶を思い出したところで、意味がないだろう。結局は皆、同意書を書いてこのゲームに参加しているのだから。分かることと言えば皆の願い事が何だったのかということぐらいだ。

 ……いや、一人だけその条件に当てはまっていない人がいる。

「……スズエ」

「どうした?ラン」

「もしかして……「お前の記憶」を思い出させるためにグリーンが置いたんじゃないか?」

「……ちなみに、どうしてそう思ったんだ?」

 そう、彼女だ。彼女は同意書に名前を書いていない。同時に……。

「お前の記憶は奴らにとって宝の山のハズだ。そしてオレ達参加者には絶対に知られたくない、機械の扱い方を知っている。奴らはオレ達を一人でも多く殺すためにお前からその記憶を消しているハズだ」

「……一理あるね」

 彼女の記憶力なら、あり得る。ふむ……とスズエは考え込み、

「なら、一緒に見てみるか?その「真実の記憶」とやらを」

 深淵に誘うかのような、妖艶な笑みを浮かべた。

 ――一瞬だけ、スズエが別人に見えた。

「……あぁ」

 覚悟を決め、オレは頷くとフフッとスズエは笑った。

 スズエが灯火をつける。

「……なるほど、こうやって使うんだな。間違い探しみたいなものか」

 スズエは映ったその記憶を見て、すぐに理解したようだ。

「気になったところがあったら、指摘してくれ。多分、思い出せる」

 映っているのは、幼いスズエと初老の女性。恐らくスズエの祖母なのだろう。

「スズエ、これは……」

「大丈夫。忘れているってことは、ここから出るためには必要な情報ってことだろ?」

 いいのか、と聞こうとしたところで、スズエはそう告げた。彼女自身も覚悟は出来ているのだろう。それなら、オレも応えるしかない。

 ここは研究室だろうか。オレは違和感を覚えたところを指摘していく。

「その机の上……何が置いてあった?」

「机の上にはお茶が……いや、確か何かの資料だった気がするな。脳関係のもので……そう、記憶に関する研究資料だ」

「画面に映っているものは何だった?」

「画面……映画を流していて……違う、記憶に関してのものが映っていたね」

「外は明るかったか?」

「外は……暗かったハズだ。明るい時間には私達子供を研究室に入れてくれなかったからね」

「壁には何が貼っていた?」

「えっと……研究結果……いや、これは……同意書?それに……おばあちゃんの名前が書いてあった……」

「カバンの中身は何が?」

「カバン……?いや、それはレポートだ。脳に作用するにあたって、障害を残さないようにするにはって……」

 そこまで指摘していって、スズエは「……思い出した」と呟いた。

「その日、眠れなくて私はおばあちゃんの研究室に行ったんだ。おばあちゃんはどうすればトラウマだけを消すことが出来るのかって研究していて……次の日はその発表の日だった。でも、その日に誰かに連れ去らわれて……研究が発表されることはなかったんだ。その前から黒服の人達が出入りするようになっていて……そう、研究の協力をしたいから同意書を書いてほしいって言ってた」

 つまり、スズエの祖母は……。

「……もともと、モロツゥに狙われていたってわけか、私は」

 自嘲するような、その顔は悲しげだった。

「だから、「あの子達には手を出さないで」って……最期に懇願していたんだ……」

 オレ達には覚えがないから、それは映像の話だろう。スズエはギュッと拳を握った。

「でも、それなら映像に映っていたあの男の人は誰なんだ……?」

 スズエには謎が出てきたらしい。少し考えて、スズエの動きが止まった。

「……待ってよ……あの声……」

「スズエ?どうしたんだ?」

「――あの馬鹿親共は何を考えてんだ!?」

 オレの声を無視して、スズエはいきなりそう叫んだ。顔は青ざめていて、何かに気付いたようだと理解するのに十分だった。

「馬鹿親って……いくら何でも親にそんなこと言ったら」

「あいつらはおばあちゃん達を、皆を殺したんだぞ!馬鹿なんて言葉では足りない!愚かだ!愚かすぎる!」

 告げられた言葉は、少女にとっては残酷なものだった。

「……は?」

「おばあちゃんのところに来ていた、黒服の人……私はいつもその人が帰るたびに「お母さんの声に似ているね」って言っていたんだ。おばあちゃんは「お母さんが恋しいだけよ」と言っていたけど……あまり一緒に過ごしていないとはいえ子供が、親の声を間違うわけがないんだ」

 そういうものかもしれない。赤子の時から全く話したことがなければいざ知らず、親だとか、親代わりの人の声を子供はなかなか忘れることはないだろう。

 そして……スズエは、両親と祖父母達を殺した人達が同じ声であることに気付いてしまったのだ。

 スズエは震えていた。真実の記憶が、こんなに残酷なものだとは思わなかっただろう。

「……でも、考えればすぐに分かることか……。私の頭にはおじいちゃんが作った機械類の操作方法が記憶されているし、私の存在はこの計画を立てる上で必要不可欠……。だから、お父さんは私をモロツゥに勧誘したかったのか」

 つまり、下手をすれば犯罪の片棒を担がされることになっていたかもしれなかった、ということだ。こればかりは、スズエのハッキング能力に感謝しなくてはいけないだろう。彼女が敵であれば、間違いなくオレ達は全滅していた。

「……実は、さ」

 不意に、スズエは話し出す。

「私、さ、調べたんだ。皆の、最初の試練について」

「えっ、いつ?」

「キナとレイさんが部屋に来る前ですよ。そしたら、あることが分かったんです」

 あることって……多分、言い方的にオレのことではないのだろう。

「一部の人の試練は……絶対に抜けられない、つまり死んで当然の仕掛けだったんだ。そしてそれは……キナの受けたあの試練も、そうだった」

「……え?」

「鍵がどっちも合わないようにされていたんだよ、本当は。だから、キナも本当は、ここにいなかったかもしれない」

 なら、なぜキナはここに……?

「……直前に、鍵が合うように入れ替えたんだ、誰かが。そしてそれは……アイトだった。キナのおねえさん……ナナミさん、だったかな?彼女のポケットに鍵を入れたのは、キナに渡すだろうって分かってのことだったんだろうね。だからナナミさんの鍵穴は合わなくて当然だったんだよ。私とシルヤが受けた試練も、本当は死ぬ仕掛けだった。そっちは別の人が私のポケットに入れたんだ。だから本当は……ここにいないハズの人もいたってことだ」

 つまりここにスズエとキナがいるのは本当に奇跡だということだ。そして、グリーンが本当は味方であるということも。

「多分、本来の「二十一人目」はアイトだったんだろうな。でも、アイトは殺されたから……いや、わざと殺したのか。あの親は」

「どういうことだ?」

 マミさんがスズエに尋ねる。そういえば、彼女の兄のミヒロさんはアイトを殺したという罪で捕まってしまったんだったな。

「……アイトを殺したのは、うちの馬鹿親だったんですよ。皆、確かにアイトと会っているかもしれないけど、同意書を書かせていないハズだ。アイトが実際に同意書を書かせに来たのは……私とシルヤだけだ。そして私の同意書は、目の前でアイトが破った」

 そこまで言って、スズエは俯く。

「……所詮、私は鳥かごの中の鳥だったってことか……」

「スズエ……」

「皮肉なものだね。皆を助けようと必死になっていた奴の親が、敵に通じていたなんて。本当に……笑えない」

 どこの漫画だと笑ってやれたら、どんなによかっただろうか。実際に目の前にすると、何も声をかけることが出来ない。

「私も、矛盾したこと言っていたもんな。人体実験なんてしていないって言っておきながら、廃人化してしまう可能性のある薬だから、なんて。目の前で見てしまったからこそ、分かったことなのに」

 そういえば、そんなことも言っていた。あの時は全く気にしなかったが……裏で出回っているということは分かっていても、廃人化してしまうなんて分からないだろう。

 でも、目の前で……?どういう意味だ?

「……おじさんが目の前で車に飛び込む直前、カフェでお母さんと話していたんだよ。私も退院したばかりで、なんで帰ってこないんだって、おじさんが言って。おじさんが席を立った時……目の前で、お母さんがあの薬をおじさんの飲み物に入れた。それを飲んで、帰る時に……そんなことが起こったんだ。おじいちゃんに関しては、お父さんが殺したんだ。そして私も、お父さんに殺されそうになった。……これが、あの事件の真相だよ」

 決して思い出したくなかったであろう真実。スズエはそれを、思い出したのだ。

 スズエは震えていた。かなりつらいだろう……。

「……でも、よかった」

 しかしスズエは、小さく笑った。

「ずっと、おかしいって思っていたんだ。でも、そんなわけないって……お母さん達はちゃんと私達を愛しているんだって、だから我慢しなくちゃいけないって、ずっと思い込んで過ごしてきたんだ。でも、今回のことでようやく断ち切れたよ。私はもう、あいつらの言いなりにはならない」

 だから、ありがとう。

 やっぱり、この少女は強いと思う。人は何かあった後、前を向くのに時間がかかるものだ。信じられないことを知った時は、立ち直れない人だっている。しかしスズエはそれを受け入れ、なお誰かを守るために生きようとしている。目をそらして、知らないふりをしてまで信じようとしていた人に裏切られたのに。この強さに、そして危うさに、心惹かれたのだろう。

「そういえば、私のところで作るよう言われたあの薬は……」

 レントさんが思い出したように聞いた。スズエは「改良前のものでしょうね」と答える。

「おじさんは改良するために資料を作っていたんですけど……それは金庫の中に入っているんです。そして今、その金庫のパスワードを知っているのはこの世で私だけ。アイトも、シルヤすら知らない。私だけが知っているんです」

 それだけ、重要なものだったということだ。

「おじさんは徹底する人だったんですよ。だから私にしか、話すことはしなかったんです。その改良版は、理論上では完全に人を操ることが出来る」

「そんな危険なもの……」

「今は私のこの頭にしかパスワードはないですよ。紙に書いておいて、こうやって悪用する馬鹿達に知られないようにするために。それは、記憶力のいい私にしかできないことだった。今までは、そのことを誰にも知られなかったけど……きっと、気付かれてしまったんでしょうね。私の頭を覗くしか、その金庫のパスワードを解くことが出来ないって」

 スズエは自分の記憶の価値を知っていた。だからこそ、隠していたのだ。

「……別に、シルヤもいなくなったから死んでもいいやって思ってたけど……」

 スズエから、寂しげな雰囲気が出ていた。

「悪用されるのは……嫌だなぁ……」

 自分の力も、この記憶も。

 初めて、スズエは生に執着した気がした。自分のためではないが、生きたい、生きてみせると、そう言っているようだった。そして……泣いているようにも見えた。

 ――あぁ、自分はどうあがいても「死」しか残されていないのに。なんで、執着してしまうのか。

 そう、嘆いているようだった。


 少し頭を冷やしたいとスズエは外に出る。

「ラン君、おいで」

 ユウヤさんが歩き出したので、オレも慌ててそのあとをついていく。

「どうしたんすか?」

 ユウヤさんが連れてきたのは、スズエの部屋に模した場所。ここには何もなかった気がするけど……。

 ユウヤさんはスズエが普段家で使っているであろうパソコンの電源を入れ、少しいじる。すると、いくつかの映像が出てきた。

 ――その全てが、スズエのものだった。

 そのうちの一つが、恐らく二か月ぐらい前の映像だった。なぜそう判断したのか。それはスズエがブレザーだった上に、グリーンが慌てた様子でスズエのものに来て「逃げよう」と言っていたからだ。

「……グリーンは、ボクやエレンさんにも話したんだ。「スズエさんの身が危険なんだ」って。多分、この映像の後に、ボク達のところに来たんだろうね。エレンさんからしたら、実の妹だ。そしてボクからしても、守るべき対象だ。きっと守ってくれると思ったんだろうね」

 そして不意に、オレの方を向いた。

「あいつがラン君を生かしたのも、そういった理由だと思う」

「え……?」

 ……そういや、ユウヤさんはオレが生きているって知ってるんだったな……。

「あいつは無意味なことをしない。いたずらはするし問題行動ばかり起こすような奴だけど、それでも……こういった人命のかかるところだとか、重要なところでは、無意味に乱したりしない。ボクも、それは知ってる。そして、あいつがモロツゥと繋がっていたことも知っていたし、敵対しているように見せようとも、話していた」

 スズエも同じことを言っていた。つまり、ユウヤさんの今までのグリーンに対する敵対心も……演技だったということか。スズエが途中から何も知らない、哀れな被害者の演技をしていたように。

「君は、自分の家系についてどこまで知っているかな?」

「……よく、分かっていないっす」

「グリーンが言っていたんだ。君の父方の家系は、森岡家を守護していた忍の家系だったって。だから、君を生かしたいって言っていた。君ならスズエさんを守れるんじゃないかって。……あんな、偽のビデオを作ってまでやるとは思わなかったけど」

 あれ、グリーンが作ったのか……。

「ユウヤさん、もしかしてグリーンと繋がっていたんすか?」

「さすがにここに来てからは繋がっていないよ。ケイさんとかタカシさんの目もあったし」

 だよなぁ……。言い方的に、何か知っているような気がしたけど……気のせいだよな。

「……行こうか」

 その言葉に頷き、オレ達は戻った。


 戻ると、スズエはソファに座っていた。声をかけると、「あぁ、ランか」と振り返った。隣に座ると、沈黙が流れた。

「やっほ、スズエ」

 突然声を掛けられ、顔を上げるとユウヤさん……ではなく、シンヤが立っていた。

「つらいよな?自分の両親が関わっているなんて」

「…………」

「この同意書に名前を書けば、他の皆は解放してもいいよ?」

 シンヤはスズエに同意書を見せた。無名の同意書。それに名前を書いてしまえば……スズエは、モロツゥに従うことになる。オレ達を解放する代わりに、どんな理不尽なことでも従わなければいけない。言ってしまえば、奴隷契約だ。

 スズエはしばらく考え、その同意書に手を伸ばした。

 ――同意書に書こうとした場合は、止めてほしい。

 AIスズエに言われたことを思い出す。思い出した途端、オレはスズエから同意書を奪って破っていた。

「ラン……?」

 スズエは目を丸くしていた。それに構わず、オレはこう言っていた。

「お前が犠牲になる必要はねぇだろ。まだ他の道があるハズだ。簡単に、そんなもんに同意なんてすんなよ」

 そう、わざわざスズエが犠牲になる必要はないのだ。それこそ、スズエが死なない道だってあるハズだ。

「チッ。せっかく「彼女」を手に入れられるかもしれなかったのに」

 シンヤが舌打ちをした。もともとそのつもりだったらしい。殺す、というのは最終手段として残しておきたいようだ。

「兄さん、それ以上好きにはさせないよ」

 その時、ユウヤさんの声が聞こえた。その隣にはグリーン。

「スズエさんに何しようとしているのかな?」

 二人はスズエを庇うように前に立つ。その姿はまさに、「守護者」と呼ぶにふさわしいものだった。

「……あはは。やっぱり、お前達二人を参加させるべきじゃなかったな。あいつらが参加させろと言ったから参加させたけど……あぁいや、そこの奴もか」

 シンヤはオレの方を見る。

「お前達のせいで、思ったよりスズエが絶望しなかったよ」

「お前の計画なんて最初から知ってたからね。仮にも生まれた時からずっと一緒にいた弟だし」

「スズエさんの人形をボクのサポート役にしてもらってよかったよ。皆を助けるために動いてもらっていたからね」

「……はぁ。まぁいいや。でも、次のメインゲームで終わらせることが出来るかな?」

 シンヤは去っていく。オレはただ、スズエを抱きしめていた。

 しかし現実に戻り、二人で顔を見合わせる。次第に顔が赤くなっていった。

「わぁああああああ!ごごごごめんなさい!」

「すすすすまねぇ!」

 慌てて離れる。ユウヤさんとグリーンは「青春だねぇ……」とほのぼのしていた。

「……ユウヤ、ボクが出来ることはほとんどないよ。せいぜいこうやってスズエさんを守ることだけ」

「十分だ、ありがとう」

「あー、でも何も報酬がないのは困るなー」

「……黙れ、アイト。今度本でも買ってやるから」

「やったー!ありがとう、最近外に出ていないから小説の続き読んでいないんだ!いやー、太っ腹だなぁ!」

「あー、あれか……」

 その会話はまさに、そこらへんにいる幼馴染だった。

 仲がいいんだなぁ……。

 そしてそれを微笑ましく見ているスズエも、幸せそうだった。

「……ラン。さっきはありがと。同意書に名前書くの、止めてくれて……」

 小さくお礼を言われ、オレは小さく笑った。

「でも、もう一度やり直せるなら……今度こそ、皆が生き残る道を……」

 そんな、ユウヤさんの声が聞こえてきた。

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