五章 感情人形の暴走
そのまま寝てしまい、気付けば午前五時過ぎ。スズエはまだ戻ってきていないようだ。どうしたのだろうと思い、個室から出てロビーに行くと、ユウヤさんがスズエの隣に座っていた。スズエは……どうやら寝ているらしい。彼のマフラーがかけられている。
「あ、ラン君。おはよう」
「おはようございます。……スズエは……?」
「今寝たところだよ。さっきまでずっと探索していたみたい」
今寝たところって……休んでいなかったのかよ。ユウヤさんに見つけてもらっていてよかった……。
隣に座り、スズエの寝顔を見る。
「……スズエさんはね」
しばらくして、ユウヤさんが話し出す。
「贖罪の女神様の血を引いているんだ。正確には成雲家と同じように、異世界で生まれたって言われているんだけど。そして、その子供である「祈療姫」は未来を見て、己の血で他人の怪我を癒す力を持っていた。祈療姫以来、その力を持つ人は出てきていなかったんだけど……」
「……スズエは、持っているっすよね?」
スズエという存在は、かなり特殊なものらしい。
「……うん。多分だけど、スズエさんはその「祈療姫」の生まれ変わりなんだよ。そうだとしたら、全てに説明がつく」
祈療姫の生まれ変わり……そうだとして、なんで説明がつくんだ?理由はすぐに分かった。
「祈療姫はね、もちろんその力もすごかったんだけど、それ以上に他人を「惹きつける」魅力があったんだ。カリスマ性に満ち、他人の痛みを自分のことのように感じて、どんな人にも優しく手を差し伸べる。その祈療姫にもきょうだいがいてね。兄と、弟と、妹も、同じように心優しかった。力は彼女より弱かったけど、それでも人々が彼らを尊敬するには十分すぎた。しかも、死してなおその力は残っている。しかも場合によっては死者さえも蘇らせてしまうんだ」
……それって、まんまスズエ達じゃねぇか……。てか死者まで蘇らせてしまうなんて、すげぇ力じゃねぇかよ……。
「彼女の力は、大戦争を起こしかねない。モロツゥはそれが目的なのかもね」
「どういう……」
オレが首を傾げると、「じゃあ、質問しようか」とユウヤさんは微笑んだ。
「もし、女子高生を殺してその血を使うだけで死者が蘇るって言ったら、普通の人ならどうする?ラン君の意見でもいいけど」
「……ほしいって思いますね」
誰だって死にたくないんだから、この反応が当然だ。
「でも、皆が手に入れられるわけじゃない。そうなったら、どうなるかな?」
「……争いが起きるっすね」
「うん。しかもそれが日本だけならまだマシだけど、世界に知られたら最悪、戦争が始まってしまうでしょ?彼女の遺体を巡って」
……つまり、最悪世界滅亡、ということか。そりゃあ、スズエを狙う理由も分かる。
「そうならないように、ボク達「守護者」というのがいる。ボクの祖先である「幻炎」も、祈療姫に助けられて以来ずっと守ることを誓ったんだ」
「そういえば、ユウヤさんは「人間って言えるか分からないけど」って言ってたっすけど、どういう意味っすか?」
気になっていたことを尋ねると、ユウヤさんは「……ボクの中に流れる血は、人間だけじゃないんだ」と寂しく笑った。
「幻炎は「白狐」でね。まぁ、言ってしまえば妖怪なんだ。それで、追われていたところを祈療姫に助けられたってわけだ」
ほら、とユウヤさんは狐火を出してくれる。それは人間ならざる血を引いているという証明で。
「スズエさんは受け入れてくれたよ。きっと、同じように蔑まれてきたからかもね」
……人というのは、多くが持っていない力を目にすると羨望すると同時に恐れてしまうものだ。そして、そのせいで迫害を受けたり殺されたりする。今は表に出ていないだけで、まだ残っているのだろう。
「そしてだからこそ、皆を助けたいって思っているんだろうね」
ここにいる人達は皆、理不尽に命を天秤にかけられてしまった人だ。きっと皆を救うことが出来るのは……スズエしかいない。
「気付いてしまったんだよ、スズエさんは。自分しかボク達を、そしてアイトを助けることが出来ないんだって。だから無理してしまう」
「……そうっすね」
「今のボクに出来るのは、こうやって休ませて、一人で抱え込まなくていいんだって伝えることだけ。それしか、出来ないんだ」
悔しそうに、ユウヤさんは嘆く。守りたい人に何も出来ないのは、こんなにもつらいことなのだ。
――だから、ユウヤさんはオレに託してくれたのか。
その、大切な人を。
目の前の、静かに眠っている少女を見る。皆を守ろうと必死になっている、優しい命。皆に隠れて、憎まれ役を買って出てまで重いものを背負っている。ユウヤさんはそれを知っている。
守れるのなら、オレしか出来ないのなら、同じものを背負いたい。
それを願うのは、罪だろうか。
スズエが目を覚ますと、ユウヤさんが「ご飯作ってるから、待っててね」と笑いかけた。
「あ、ユウヤさん。マフラーありがとうございます」
「いいよ、これぐらい」
ユウヤさんが食事を作っている間、スズエは本を読んでいた。
「うーん……何も収穫はない、か……」
そう言いながらめくっていると、スズエの目が変わった。何かあった証拠だ。
「どうした?スズエ」
「これ、見て」
スズエは本を見せる。そこに書かれていたのは出口の開け方だった。
「イルスアの背中にあるメンバーカードをモニター室のカード認証に読み込ませたら出口が開く……」
これが事実だとしたら、脱出に一歩近付く。どこが出口か分からないが、どこかにはあるということなのだから。
「……なら、あとは首輪の解除を……」
よく聞き取れなかったが、スズエは髪をいじっているので何か考えているのだろう。
スズエが髪をいじるのは、隠し事がある時や考え事をしている時だ。ようやく気付いた彼女の癖だ。
「……なぁ、スズエ」
オレは目の前のペアに声をかける。
「どうした?ラン」
彼女はオレを見つめた。赤い、ルビーのような輝きの瞳。
「一緒に、生きて脱出しような」
オレが笑いかけると、スズエはキョトンとした後、
「……あぁ、約束だ」
そう言って、悲しそうに笑い返した。その意味が、オレにはよく分からなかった。
食事を食べ、スズエは皆に話す。
「恐らく、あの謎の部屋にイルスアがいると思われますけど……どうしますか?」
「でも、あそこの開き方が分からないじゃない……」
ナコの言葉に、スズエは「いや、一つ思いついたことがある」と言った。
「あのプレートに書かれている絵……手を繋いでいるように見えないか?」
「あー!そういえばそう見えるかも」
「多分、あそこは二人用の部屋で、手を繋ぐことで開く仕組みかもしれない」
なるほど……トイレだと思っていたが、確かにそう見える。
……いや待て、それってもしかしてスズエと手を繋ぐってことになるのか?それとも、ペアは解除されているから他の人でもいいのか?
「でも、中で何が起こるか分からないからな……ゴウさんとフウとキナとナコは避けたいな……」
手負いの人と子供をすぐに除外するあたり、やはり優しく冷静沈着なのだろう。
「それって、ペアじゃなくてもいいのかなー?」
「多分大丈夫じゃないですか?まぁやってみないと分かりませんけど」
「だったらスズちゃんと一緒に入りたいかなー」
ケイさんが冗談めかして(目は冗談じゃない)告げるが、スズエは首を傾げた。
「え?いえ、それならランと入りますけど。ペアですし」
うわぁサラッとそんなこと言うとかイケメンかよ……。性別が逆なら普通に惚れてるわ……。
「でも、大人の男がいた方が安心すると思うけどー」
「まぁ、一理ありますが……」
てかスズエが入ることは決定してるんだな……。まぁ頼りになるしなー……。
「だけどあんまり刺激したくないんですよね……なんか大変なことになりそうだし……」
「大変なことって?」
オレが聞くと、スズエは至って真面目に答えた。
「爆発とか爆発とか爆発とか」
「それしかないのかよ!」
グリーンの名前を決める時に「ざっそう」って名前にしようとしたり、要求が味噌汁だったり、時々挟んでくるそのボケはなんなんだ?
「半分は冗談だが、半分は本気だぞ。何せ人形だ、何が起こってもおかしくない」
半分はボケなのかー……。まぁ、緊張を解くためだとでも思っておこう……。
「スズエさんって、ラン君の前ではボケ倒すよね……」
ユウヤさんが苦笑いを浮かべながら告げる。どうやら彼も思っていたらしい。スズエは「うーん……」と考え込み、
「同世代だからか、なんとなく安心するんですよね。シルヤに似てるっていうか……まぁ、多少ボケ倒してもいいかなって」
「多少じゃない気もするけど……?」
「そうですか?シルヤなんてこれ以上にボケますけど」
さすが双子の姉弟、そういうところは似ているらしい。
「……エレンさんも同じようなところあったよ……しかもあっちは基本的に本気で言ってたな……」
「兄さんもボケ倒すんですねー」
……このきょうだいは揃って天然らしい……。なんか、血を感じる……。
なんだかんだと話しながら、あの部屋の前に行く。
「あ、そうだ」
不意に、スズエは声を出した。そして持っていたパソコンを紙と一緒にユウヤさんに渡す。
「ユウヤさん、これ」
「どうしたの?」
ユウヤさんは受け取り、尋ねる。スズエは「死ぬかもしれないので」とあっけらかんと告げた。
「し……!?」
それを聞いたユウヤさんは焦りの表情を浮かべた。
「その紙はパソコンのパスワードとハッキングした場所のパスワードを書いています。一応、ユウヤさんはエンジニアですし、ある程度は分かるでしょう?」
死ぬ……既にその覚悟を持っているということか……。
「それならボクが……!」
「大丈夫」
スズエはこちらを向いた。
――そこにいたのは、スズエと……シルヤとエレンさん。三人は笑っていた。
「私だって簡単に死んでやらない。もし私が死ぬとしたら……それは、誰かを守る時だ」
誰かを……守る時。それが、彼女の生きる意味。そして、そんな彼女を守るために二人は魂だけになってもなお守ろうとしている。それはまさに、「きょうだいの絆」だった。彼女はそれを信じているのだろう。
「……スズ、エ……」
「大丈夫、それはもしもの時のために預けるだけだよ」
にこりと、スズエは守護者に向けて笑いかける。ユウヤさんはギュッと握りしめ、「……分かった」と頷いた。スズエは満足そうにしていた。
「ほら、ラン」
スズエがオレに手を差し出してきた。あ、結局オレと入るんだな……。嬉しいような、少し怖いような……初めての気持ちに戸惑いながらも、オレはスズエの手を握る。すると予想通り扉が開いた。
「開いたね。ここからは二人だ、気を引き締めていくぞ」
「あぁ、分かってる」
皆に見送られ、オレ達は部屋に入る。
そこは予想に反して、女の子らしい部屋だった。その空間に、女の子が一人佇んでいる。
「あ、スズエちゃんにラン君だ。いらっしゃい」
彼女――イルスアはオレ達を見て笑いかけた。そして、「紅茶を淹れるね」と言って立ち上がった。
「一度部屋を探索しよう」
イルスアがいなくなったタイミングで、スズエに言われる。確かにその通りだとオレはスズエとは逆の方向を探索する。
スズエが絵の具を見つけ出したところで、イルスアが戻ってきてしまった。
「何か言いたいことがあるの?」
イルスアに言われ、オレはドキッとした。スズエは「……単刀直入に言いたいが」と告げた。
「イルスアちゃんのメンバーカードを貸してくれるかな?すぐに返すから」
「いいけど……アイト君を奪わない?」
雰囲気が一気に変わった。スズエは「何を言っているんだ?君の好きな人を奪うわけがないだろう」と答えた。
「本当に?」
「もちろん。私が君から奪う理由がないだろう?」
すげぇ……荒事もいとわないスズエが穏便に説得しようとしている。見た目はかわいいのに、マジでやばい人形なんだな……。
しかし、次第にイルスアの様子がおかしくなっていた。
「いやだいやだいやだアイト君を誰にも渡したくない!」
「イルスアちゃん!大丈夫!すぐ返すよ!だからちょっとだけ貸してほしいの!」
あぁ、これが「感情人形」と呼ばれる所以か。
すぐに暴走してしまう、不安定な感情。誰かに依存していて、いなくなると不安定になってしまう。
――スズエと同じように。
「ラン!逃げろ!」
スズエの指示に間一髪、避けるとオレがいた場所に穴が開いた。
「感情人形……人間の感情ほど怖いものはないってことか……」
スズエが呟く。あれを見たらまぁそう言いたくなるものだ。
目の前の人形は、背中から恐ろしいほど鋭く尖った太い針やのこぎりなどが見えていた。感情人形じゃねぇ、あれじゃあ殺戮人形じゃねぇか。
「どうする?さすがにオレ達だけじゃ倒すのも不可能だと思うけど」
「当然だ、高校生の男女でどうにか出来るような状況じゃないだろう。というより、大人でもあれは無理だ」
とすると、外に助けを求める……。いや、ここは二人しか入れないから外に出すことになるのか……。
「ラン、お前は扉の傍にいてくれ。私が囮になる」
スズエが変貌してしまったイルスアを睨んでいた。囮になるというのは本気らしい。
――いや、オレがなるべきなんじゃね?
そう思ったが、その必要がないことがすぐに分かった。
スズエはイルスアの攻撃を華麗に避けているのだ。まるで悪役に立ち向かうヒーローかってぐらい、的確に素早く。
……オレが出る幕がねぇや……。
囮役に適任なのは明らかにスズエの方だ。情けない話だが、オレは普通の男子高校生の体力しかない。……いやスズエが異常なだけか、この場合。
(……ここから出たら、もう少し鍛えよう……)
男として負けた気がするし……。
「ラン!そこをどけ!」
スズエの言葉にオレはハッとなって避ける。同時に、後ろだった壁に穴が開いた。
「うわぁ!?」
外から悲鳴が聞こえる。当たり前だ、いきなり太い針が出てきたのだから。
「出るぞ!」
スズエはオレの手首を掴み、その穴から脱出する。
「スズエさん!これは……!」
「イルスアが暴走したみたいですね……。メンバーカードを取ろうとするとそうなってしまうみたいです」
スズエはジッと弱点を探るように見ていた。
「なんで奪おうとするのぉ……!」
「許さない許さないスズエもランも嫌い!みんな嫌い!」
「うふふっ!楽しいわぁ!」
「感情が入れ替わっている……。なるほど、その時の感情によって対応を変えた方がいいのか……」
これまた面倒な……とは口が裂けても言えない。
「ランとケイさんはイルスアの後ろでメンバーカードが取れそうなら……」
「了解」
オレとケイさんが後ろに回ったことを確認して、スズエは説得を始めた。
「アイト君を奪わないでぇ……!」
「大丈夫、私はアイト君を奪わないよ。本当に返すから。だから安心して。ね?イルスアちゃん」
「みんな嫌い!死んじゃえばいい!」
「誰もアイト君は奪わない。だから落ち着いて。死んじゃえなんて言っちゃいけないよ」
「うふふっ。ワタシ、アイト君がいないと生きていけないの」
「ちゃんと返すよ。少し借りるだけ。だからお願い」
「うぅうう……!スズエちゃんがいじめてくる……!」
「何が嫌だったの?謝るから教えてくれるかな?」
ほら、仲直りしよう?とスズエはイルスアに手を差し出す。そのすきに、ケイさんが背中のメンバーカードを抜き取った。
瞬間、バクってしまったようにイルスアがさらに暴走してしまった。
「――キナ!」
誰彼構わず攻撃し始めたイルスアはキナを刺そうとした。キナは動けないのか、ギュッと目を強くつぶった。
血が飛び散った。だけど、それはキナの血ではなく。
「……あ……スズエさ……」
「大丈夫か?キナ」
スズエが片腕でキナを庇って、抱いている方とは反対の肩が貫かれていた。ポタポタと赤い液体が地に落ちる。
動かなくなったイルスアを確認し、スズエはまずキナを放す。そして、自分で歩いてそれを外した。痛がっている様子は……全くない。
「怪我はないか?キナ」
まずは自分の心配が先だろうに、スズエはキナの無事を確認する。キナは「わ、わたしは大丈夫ですけど……!」と慌てている。
「大丈夫、動かせるし」
そういう問題じゃない。スズエの基準は相変わらず分からない。
だけどまぁ……他人が無事で動けるのなら大丈夫だということなのだろう。なんとなくだが、スズエの思考が分かるようになってきた。
キナの気迫に負けて包帯を巻いている間に、スズエはもともとの名前は「涼恵」ではないのだと教えてくれた。本当の名前は教えてくれなかったが、きっと元の名前もいいものなのだろう。
巻き終わり、モニター室まで向かう。そして、スズエがメンバーカードを呼び込み、カタカタと触っていく。そして、
「……よし。何とか出口は開いたよ。あとは出口がどこかだね……」
ほら、とスズエは画面を見せてくれる。確かに出口は開いたがどこかが分からない。
「……考えられることは、今回のメインゲームが終わってから出てくるって感じかな?ねぇ?アイト」
急にグリーンの名前が出てきて、オレ達は驚く。後ろからグリーンが出てきて、「……気付いていたんだ?」とスズエを見ていた。
「気配で気付いていたよ。だてにサムライ女なんて呼ばれていない」
「あははっ。そうだね」
「……それで?何の用だ?」
グリーンはジッとスズエを見ている。しかし不意に寂しそうな表情を浮かべたかと思うと、
「……君は、なんでそこまで他人のために尽くせるの?自分が報われないって分かってるのに」
突然、そんなことを言った。スズエは「何のことだ?」と静かに笑う。
「君はここから出られない。モロツゥの仲間にならない限り、死ぬしか選択肢がないんだよ」
それは、今までオレが言わなかったこと。ユウヤさん以外の人は皆、目を見開いている。
「そうだね。もしくは、お前と一緒にここから逃げ出すことかな?私が、生き残るには」
しかしスズエは一切驚くことなく、普通に答えた。
――あぁ、スズエは気付いていたのか。
このゲームに参加した時点で自分が生き残る道は、残されていないのだと。
「気付いているなら、話は早いよ。
――ボクと一緒に逃げよう、スズエさん。今ならまだ間に合うよ。だって君は、このデスゲームの参加者じゃないから、逃げる権利がある。ボクは、奴らに狙われても構わないから」
グリーンはただ、スズエに手を差し出していた。そこには敵としてではなく、ただ目の前の幼馴染の少女に生きていてほしいと願う瞳だけが宿っていた。
彼の言う通り、スズエには逃げる権利があった。だって、ただ理不尽にこのゲームに参加させられ、しかも殺されるだけなのだ。誰も、文句は言わないだろう。
しかし、スズエはフッと笑った。
「悪いけど、私は逃げるつもりはないよ」
「な、なんで……」
グリーンは驚いていた。誰だって、死にたくないハズなのだ。それなのになぜ……?
「だってそれは、皆を見捨てるってことでしょ?そんなことしたら、絶対後悔するもん、私。それなら、たとえ死ぬとしても皆を守る道を選びたい」
それは少女らしい回答だった。グリーンは泣きそうな瞳をスズエに向ける。スズエはそんな彼の手を優しく握った。
「ごめんね、アイト。お前はいつもそうやって、私を助けてくれようとしてくれたよな。でも私は、皆を助けたいんだ。この、命に代えてでも」
「……本当に、君は変わらないね。スズエ」
「大丈夫。せめて最期のその時まで、笑顔でいてあげるよ。それが、私がお前に出来る、せめてもの「贖罪」だ」
スズエはただ笑っていた。必ず死ぬんだということをまるで知らないかのように、純粋で美しい笑顔を。
――あぁ、だから「正の異常者」なのか。
己の死と向き合い、命を天秤にかけ、その上で自らを犠牲に出来る人。
「アイト、私は約束しただろ?皆を、お前を助け出して見せるって。そのために、思い出したら奴らの望む、「哀れな被害者」を演じるって」
「……ごめ、ん……スズ、エ……」
「だから、そんな顔しないでよ。世界中の誰もがあなたを許さなくても、私はあなたを許す。あなたが生きることを望むから」
聖母のような微笑みとは、このことを言うのだろう。そう思うほど、スズエの笑顔は慈愛に満ちていた。
「でもボクは、他人の血に汚れてきたな……」
「汚くないさ。誰かを守るために血に汚した手を、私は汚いなんて思わない。むしろ、私の方が穢れている」
あぁ、まるで正反対の二人だが、その心底にあるものは誰よりも似ていた。何かを守るために自らを犠牲に出来る、その本質は。
あぁ、これほど美しい心を持っている二人を、オレは見たことがなかった。
――夢を見るんだ。
少女は静かに微笑んでいた。
シルヤがいて、兄さんがいて、皆もいる。皆、笑っているんだ。私はそれを、遠くから見守っている。
私は、ここにいなくてもいいって立ち去ろうとするんだ。でもそれを、シルヤが手を掴んで止める。スズ姉も一緒に行こうぜってそう言って。
兄さんも笑って、私を見ているんだ。
シルヤが、私を皆の輪に入れてくれる。でも私は、これが夢なんだって分かっているの。
あぁ、なんて優しくて、残酷な夢なんだろうね。
少女は、涙を流していた。