三章 その感情は一体なんだ?
図書室を抜け、教室に行くと机の上にカバンが置いてあった。
「これは?」
「……私のカバン?」
キーホルダーを見て、スズエが呟く。ネコって……意外と可愛いキーホルダーをつけているんだな。普通に刀のキーホルダーとかつけてそうだった。
中身を確認していると、犬のキーホルダーが出てきた。それを見た瞬間、スズエの表情が一変した。
「……本当に、悪趣味だな……」
そして俯きながら、呟いた。これって、まさか……。
一度はケイさんに止められるが、「大丈夫です」と言って、これがシルヤの形見であることを教えてくれた。スズエがシルヤの誕生日の時に(双子なので同じなのだが)、渡したものらしい。
スズエはそれをポケットに入れる。まるで宝物を守るように。……いや、実際に大切なものなのだろう。大事な、弟の形見なのだから。
他のところも見てみるが、気になるものはない。一度モニター室に行こうと教室から出た。モニター室に行くと、いくつものモニターがあった。
しばらく周囲を調べていると、突然一つのモニターに何かが流れ始めた。
――それは、オレ達が死ぬ直前の映像だった。
悲鳴が上がる。当然だ、死ぬ瞬間なんて、トラウマ同然だから。
「…………っ!」
スズエは必死にそれを消そうと顔色を変えてキーボードを触っていた。
「どこだ……!どこのキーボードを押したらいい……!?それともパスワードみたいなものなのか……⁉面倒な設定にしやがって……!あの緑野郎……!」
カチャカチャとキーボードを打ち込む音が響く。しかし、どうやっても消える様子はない。
「……………………」
スズエはそのモニターを睨んだかと思うと、右手でそれを殴り壊した。
「お、おい!いいのかよ!?」
オレが叫ぶと、スズエは至って冷静に答えた。殴った右手から、血が流れていた。
「一つぐらいなくなっても問題ない。……これ以上は見なくていい」
少女は壊れたモニターを見ていた。
「本当に……むかつく。なんで皆、死んでまで利用されるんだ。ただ普通に暮らしていただけの、無実の人達がお前達に何したっていうんだよ……」
誰にも聞こえない呟きはしかし、オレの耳には届いていた。
(なんで他人のためにここまで怒れるんだろう……)
本当に、分からなくなってきた。裏の顔があるのか、それとも……。
何事もなかったかのように、スズエは調べ始める。
「……あった。首輪の設定だ」
やがて、小さく伝えられた言葉はそんなものだった。
「えっと……?なんでイタリア語なんだ……誰だ面倒なことしやがったバカは」
なんでお前はイタリア語なんて分かるんだ。
英語なら分かるけどさ。学校で習うし。韓国語や中国語なんかも、まぁ習う学校もあるとは聞いたことある。でもイタリア語はなかなかないぞ。
「ドマーミ……「明日」か……日本語でって書いてるから、これを打てばいいのか?」
いやだからなんで分かんだよ。
しかも当たっていたみたいだし。
「うっわ……今度はフランス語かよ……マジで誰だよ、こんな面倒な設定にした奴は」
ブツブツ言いながら、それを解いていく。
「……なぁ、スズエ。さっきから思ってたんだけど……」
「どうした?」
こちらを向いて、スズエは首を傾げた。
「なんでお前読めんの?どっかで習っていたのか?」
「独学だけど」
何かおかしなことでも?と言いたげな反応だ。独学でそこまで覚えられるのか?なんというか……すげぇ……。これが本当の「秀才」ってやつか……。
「……あ」
しばらく格闘していたスズエだったが、手が止まってしまった。
「どうしたんだ?」
「……世界史の問題が出てきた……」
画面に映し出されていたのは割と簡単な世界史の問題だった。なんでこんなものが解除するために使われたかはいったん置いておくとして。
「簡単だろ?これ」
「……私、世界史は苦手なんだよ……覚えなくていいだろ世界史なんて。なんだよこの革命をなんていうかとか。革命とかどうでもいいだろ」
遠い目をしながらスズエはそう言った。相当苦手らしい。
「……ちなみにそれ、フランス革命な」
「ふら……確かにどっかで聞いたことあるような……?」
「本当に苦手なんだな……」
これは中学生で習うレベルだ。なんで言語関係は出来て世界史が出来ないんだ……。
「スズエってもしかして……サヴァン症候群か何か?」
レイさんが何かに思い至ったのか尋ねると、スズエは「あぁ、私は「ギフテッド」みたいですね」と答えた。
「なるほど……それなら納得だね」
「どういう意味っすか?」
「ギフテッドは高い知性と豊かな精神を持っているんだ。でも、興味のないことは徹底して出来ない人が多いんだよ。逆に、興味のあるものはすぐに覚えるんだ」
なるほど……確かにスズエに当てはまっている。マジで興味ないみたいだしな……。
レイさんは俯いていた。スズエはずっとキーボードに向き合っていたが、
「……どうしました?レイさん」
どうやらそのことに気付いていたらしく、不意に聞いてきた。
「いや……頭がいいっていうのも、大変だよなって思って……」
そう言われると、スズエは横目でレイさんを見た。その間も手は止まらないが、わずかにゆっくりになっているところを見ると話を聞こうとしているらしいことは分かった。
「……?まぁ、そうですね。幼い時は割と恐れられたものですよ。幼いのに何でそんなに頭がいいんだろうかって。それで同年代の子とはなかなか話も合わなかったですよ」
「そうなんだ……」
「レイさんも、同じような経験があるんですか?」
手を止めるとレイさんの方を見て、スズエは首を傾げた。レイさんは寂しそうにしながら、
「……俺もさ、サヴァン症候群ってやつで。記憶力が異常に高くて、親からは疎まれていてさ。妹を溺愛していて、俺には一切興味を持ってもらえなくて……」
「…………」
「頑張って名門校に入学しても、妹しか俺に興味を持ってくれなかったんだ。友達なんかも、親がそんな調子で俺のことを悪く言うから離れていくし……っ!?」
レイさんの言葉が止まった。その理由はスズエにあった。
スズエは、涙を流していたのだ。それはとても綺麗な涙だった。
「……え?あれ?なんで私、泣いて……」
自分でも認識していなかったらしい、スズエは必死に涙をぬぐっていた。
「ごめんなさい、酷い話だって思っていたら……」
「スズエがそんなことを思わなくていいのに。笑って受け流してくれたら……」
レイさんは笑うのだが、スズエは首を振った。
「そういうわけにはいかないですよ。レイさんがつらいのに……」
あぁ、他人のために流す涙とはこんなに綺麗なものなのか。
そう思うほど、スズエの涙は美しかった。ルビーの瞳は涙でさらに輝きを見せていた。言われた本人はキョトンとしていた。
「……ありがとう、そう言ってくれて」
そして、レイさんは帽子で顔を隠しながら、お礼を言う。彼としても、自分のために泣いてくれる人がいるとは思わなかっただろう。人形になってしまった自分のことまで、出会って間もないというのに、ちゃんと考えてくれるなんて。
真剣に向き合い、まるで自分のことのように泣いてくれる、そんな人。
「……もっと早く、君と会いたかった……」
スズエと、もう少し早く出会っていたなら。
オレ達は、救われていたのだろうか……。
他の人達が別のところを探索し始めて、その場にはオレとユウヤさん、それからスズエだけが残っていた。タカシさんは首輪が起動しない程度に探索している。しばらくして、スズエは「……駄目ですね。面倒な仕掛けが邪魔する」と呟いた。
「後からした方がいいんじゃない?まだ時間はあるでしょ?」
ユウヤさんに言われ、スズエは「そうですね。もう少し時間をかけたら解けるものですし」と頷く。そして小さなモニターの存在に気付いた。
「これは……?」
スズエが電源を入れると、
「ひゃっ!?」
「きゃ!?」
二人分のスズエの悲鳴が聞こえた。
……うん?二人分の……?
「……あ、え、えっと……スズエちゃん?」
「……AI?というより、なんで私?」
画面に映っているのは私服姿であろうスズエの姿。なんというか……少し子供っぽい気がする。
「確か、人工知能は下のフロアにあった気がするんだけど……?しかも、ご丁寧に全員分。さすがに個人情報になると思ったから私とシルヤの人工知能にしか話しかけていないけど」
あったのかーそうなのかー……。
何も聞かれていないのが唯一の幸運だ……。
「はぁ……あいつらねぇ……」
「あ、アイト君は何もやってないよ?」
「なんとなく分かってるよ。大方、お前はグリーン……アイト専用のAIってところかな?」
ため息をつきながら、本物のスズエは告げる。AIのスズエは「ま、まぁそうだけど……」とビクビクしながら見ていた。
「そんなに怯えないでくれるかな?さすがに傷つくよ?」
「な、なんか、私の雰囲気変わってるんだもん……」
「あー……まぁ、確かに」
AIスズエの言葉に、本物のスズエは苦笑いを浮かべた。
「少なくとも、そんな男の子っぽい女の子じゃなかったもん」
「それは喧嘩を売っているのかな?そうなら定価で買ってあげるけど」
あ、やばい。なんか喧嘩勃発しそうになっている。
「ち、違うもん!ケンカなんて売ってないもん!」
「ふーん。まぁいいか。……それで?重要な情報は君のところにあるのかな?」
後ろのファイルのことを言っているのだろう。それに、AIスズエの腕にも一つ抱えられている。
「見せてもらおうか」
「だ、ダメ!見せるなってアイト君に言われてるの!」
「そうかー。ダメかー」
ニコリとスズエが笑ったかと思うと、ポケットの中から黒い手袋を取り出して、手に付ける。
「それなら、無理やりにでも見させてもらおうか」
あ、なんかやばいモードに入っている気がする。いわゆる「本気モード」の状況だ。
「え、あの、スズエちゃん……?怖いよ……?」
「さーて、どこのファイルから洗い出してやろうかなー」
「や、やめてー!あ、アイトくーん!」
「はいはいあいつをよーぶーなー」
うきうきした様子でスズエ(本物)はそのモニターのキーボードをかかっていく。「これは……個人情報か。あんまり詳しく見ない方がいいね」とか「あ、これ文字化けしてる。後で直して読もうっと」とか「これはどっかのパスワードかな?覚えておいて損はないかもなー」とか……なんというか、サディストになっている気がする。「ふはははは」と笑い声さえ聞こえてきそうだ。
「……ユウヤさん」
「……どうしたの?ラン君」
「オレ、スズエをあんま怒らせないようにするっす」
「奇遇だね、ボクもそう思ってたよ」
普段あまり怒らない人が怒ると怖いというけど、本当なんだな……。これだけ見ると、本物のスズエがAIスズエをいじめている図に見える。
「あ、これ、人形のやつじゃ……?」
「うぅう……」
「これはこっちの大きい方に移しておこうか」
そう言って少し操作すると、さっきまでスズエが触っていたモニターの方に何かが映った。どうやら本当に移したらしい。
「さてと……あとはそれだけだよ。見せてくれる?」
「これだけは本当にダメ!アイト君に絶対死守しろって言われてるの!」
「問答無用。見せてもらうよ」
「あぁあああ!」
どうやら腕の中のファイルを奪ったらしい。どうやって取ったのかは聞かないでおこう……。
「……………………」
それを見たスズエは固まっていた。どれだけ時間が経っても動かなかったので、さすがに気になって覗き込もうとする。
「どうした?何が書いてあったんだ?」
「す、スズエちゃ」
だが、見る前にプツンと無言で電源を切られた。そして、
「私は何も見ていないうん見ていないめっちゃ恥ずかしいポエムだとか変な小説だとか見ていないんだうん何もなかった何も見ちゃいない……」
顔を両手で隠しながら耳まで真っ赤になってブツブツ言い始めた。カウンターを食らったらしい。
「……よし、あいつをぶん殴りに行くか」
「はーい、極端な答えを出さないでねー、スズエさーん」
そして立ち上がってグリーンを殴りこみに行こうとするスズエをユウヤさんは止める。その間にオレは電源をつけた。ひょこっと、AIスズエは小動物のように半分だけ顔を覗かせていた。
「うぅ……ラン君……?」
「スズエ……ちゃん、でいいのか?」
「う、うん……呼びやすいならいいよ……」
「何か知っている情報はないのか?」
オレが聞くと、AIスズエは「知っていること……」と考え込んだ。
「そうだね……具体的には何がいい?」
「参加者のこととか、このゲームのこととかかな?」
「参加者に、ゲーム……いいよ。本当の私もいるし」
「どういうことだ?」
尋ねると、「これは、参加者には教えてはいけないことなの」と答えた。参加者……いや、だったらなんでスズエはいいんだ?
「なんでって顔、してるね」
「だって、スズエも参加者だろ?」
「うん、「今は」ね」
……んん?なんか、含みのある言い方だな?
「そうだね……私が本当は「参加者じゃない」って言ったら?」
「……は?」
それは、どういう……?
「これに参加する条件としてね、「同意書」というものを書かせないといけないの。皆は覚えていないだろうけど……ちゃんとここに保管しているの。その中に、私の同意書はないんだ」
「え、でも、スズエは確かに参加して……」
「アイト君に参加者の紙、渡されたでしょ?」
これのことか……とその紙を見る。ここには確かに、スズエの名前は書かれている。
(……いや、これ……スズエの名前だけ手書き?)
ようやく違和感に気付く。オレ達の名前はパソコンで打ってあるのに、スズエの名前だけ誰かが書いたようなものだった。
「あのね、本当は二十人で行われる予定だったの」
「え……?」
二十人、で……?
「確かに、二十一人の参加者がいた。だけどね、そのうちの一人は殺されたの。だから最初は二十人で行われる予定だったの」
「でも、この紙には二十一人書かれていて……」
「そう。つまり……私は「参加しない予定」だったんだよ」
頭の理解が追い付かなかった。
スズエは……参加しないハズだった……?じゃあ、なんでここに……?
「そうだね……皆は、自分の願い事と引き換えにこのゲームに参加させられている。そしてその条件にたまたまあったのが「私」だった……って、シンヤ君は言っていたかな?」
「シンヤ君……?」
「このデスゲームを行っている主催者だよ。まぁ、本当の理由は別にあるんだろうけど……私にはそう言ったかな?確かに、皆の願い事の条件に合うのは「私」だったのは事実だけどね」
皆の願い事の条件……。レイさんはさっき、スズエに早く会いたかったと言っていた。もしかして、オレ達が覚えていないだけでそういうのと関係が……。
「今言えることはそれだけ。また明日にでもおいで。あ、でも夜には来ないでね。アイト君が来る時間だから」
目の前の、モニターの少女が大人びた雰囲気を出していた。
ロビーに集まるとあの隠し通路に行こうということになり、皆で進んでいく。
「……あ、ここかな?」
ユミさんが隠れた扉を開くと、暗い道があった。明かりは足元だけ。
「……進もうか」
ユウヤさんの言葉に、皆が歩き出す。そんな中、一人だけ立ちすくんだままの人がいた。
「スズエ?どうしたんだ、早く行こうぜ」
オレが声をかけると、スズエは「あ、えっと……」と少し悩んだ後、手を伸ばして、
「そ、その……手、繋いで……」
涙目で懇願された。
数分後、スズエはオレの腕をがっちり掴んでいた。どうやら祖父が殺された時、こんな風に暗かったらしい。そのせいか、こんなに暗い場所は苦手になったようだ。シルヤといる時は大丈夫だったらしいが。
「その……スズエ?無理しなくていいんだぞ?」
オレがそう言うのだが、
「大丈夫……もう少し頑張る……」
そう答えて引かなかった。
その時、ガシャーン!と大きな物音が響いた。
「ひゃああ!」
ぎゅぅぅぅと腕を強く掴まれる。やめてやめて当たってる。何がとは言わないけど当たってるから。
「す、スズエ?大丈夫か?」
「うぅうううう……!」
オレの腕に顔をこすらせる姿はなんというか……小動物だ。それだけ怖かったのだろう。
「ほら、戻ろう。他の人達が行ってくれるからさ」
「そうだよ、スズエさん。あまり無理しない方が……」
ユウヤさんもそう言うが、それでも引かなかった。
「うぅ……頑張る……もう少し頑張って味噌汁飲むんだ……」
なぜそこでチョイスが味噌汁?
なんて愚問だろうか……。
「分かったよ、後でちゃんと味噌汁作ってあげるから。ね?」
ユウヤさんが苦笑いを浮かべながらスズエの頭を撫でると、スズエはコクコクと頷いた。まるで兄妹のようだ。
掴まれたまま先に行くと、扉が出てきた。中に入ると、そこは部屋になっていた。
「……なんで私の部屋?」
スズエが呟く。机に、ベッドに、本棚に……確かに誰かの生活空間だと言われて納得がいく。
「でも、扉がないな……。じゃあ、私の部屋をそっくりそのまま再現したってことか?」
机の上にはパソコンや何かの資料、筆記用具などが置かれている。なんというか……スズエらしい机だ。
本棚には研究資料や医学書などのほかに、ぬいぐるみも置かれていた。
「あ、これも再現されているのか……同じものが置かれてる」
本棚を見て、ため息をついた。なんか、ぬいぐるみが置かれていることに驚いた。しかも何個もある。
「でも新品かな……?私のじゃないね、これ」
ぬいぐるみは全部シルヤとかサチからもらったものだし、とスズエは呟く。ネコのぬいぐるみが多いから、多分スズエはネコ好きなのだろう。というより、他にもオレの愛用している筆記用具類が置かれている。他の人達も自分の私物を見つけていた。どうやらところどころ他の人の持ち物も置かれているようだ。
机の上にある資料を見て、スズエはキョトンとした。
「あれ?これ……いつの間にかなくなっていて探していたものだ。なんでこんなところにあるんだ?」
スズエは本当に不思議そうに首を傾げた。それだけ重要なものということだろうか?
「……それ、見てもいいか?」
「え?うん。私は問題ないけど」
スズエの許可をもらい、オレはそれを覗き込む。
そこには、「モロツゥ」という組織について調べたことがまとめられていた。
「そういえば……去年お父さんにここを紹介されて……調べてみたらやばい組織だって分かったから断ったらいつになく怒鳴られたな……その次の日に、この調べた紙はなくなっていて……」
つまり、関係者以外に知られてはいけないことだったということだろう。でも、もしそうだとしたらなぜそんな紙がここに置いてあるんだろう。
「じゃあ、こっちのパソコンには……?」
オレにその資料を渡し、スズエは机の上のパソコンに電源を入れた。
「あ、操作出来そうだね。……これは……主催者側の情報?」
ちょっと待て、なんでこんなところにそんなのがあるんだ?
「……これ……」
スズエが顔色を変えた。オレが覗き込むと、そこにはデスゲームのルールが書かれていた。その中に、こう書かれていたのだ。
同意書の紙を破った場合、参加資格はないものとする。
参加資格のある者以外の人がデスゲームに参加する場合、最後まで生き残ったとしてもその人物は必ず「殺すこと」とする。
「……………………」
スズエは黙り込んだまま。
つまり、スズエは……参加者じゃないから、百パーセント死ぬ。
「この最後の二項目、二か月前に書かれたんだろうね」
スズエは更新された日付を見ながら、呟く。
「……なんか、忘れている気がする……」
誰にも聞こえないような声が聞こえた。何か、忘れている?それは一体……。
「ねぇ、スズ姉ちゃん」
フウがスズエの足元に来た。スズエは目線を合わせて尋ねる。
「どうしたの?」
「これ……落ちてたニャン……姉ちゃんのじゃないニャ?それか、姉ちゃんのおかあさんのとか……」
そう言ってスズエに渡されたのは桜の飾りがついたかんざし。
「……待って。なんでこれがここに?」
それを見た瞬間、スズエの顔色が真っ青になった。心当たりがあるようだ。
「どうしたんですか?」
キナが尋ねると、スズエはこう答えた。
「……これ、お母さんのかんざしだ」
「……は?」
スズエの母親のもの?それがなんでこんなところに……?
「偽物とかじゃないの?」
ユウヤさんが首を傾げるが、彼女は首を横に振る。
「少し欠けているでしょう?昔、間違えて落としてしまったことがあって……その時に欠けてしまったんです。あの時、いつもは関心がないくせに異常なほど怒られちゃって……覚えているんですよね」
確かに、桜のところが少し欠けている。でも、この程度なら子供相手にそんな怒るほどでもないと思うけどな……。それだけ大事なものだったのか?
「これもいつの間にかなくなっていたから、どうしたんだろうって思ってたんだよな……。それにしてもフウ、よくこれが私の母親のだって分かったな」
そういえば、フウは真っ先にスズエに見せてきた。まるで持ち主を知っているかのように。
「スズ姉ちゃんは花が好きだから、もしかしたらって思ったニャン」
……んん?なんかおかしいぞ?
それで普通スズエのところに来るだろうか?確かにこの部屋のモデルはスズエの部屋だが、かといってスズエのものとは限らないだろう。実際、さっきオレのものも見つかっているし。それに……知っていたような口ぶりだった。
(不思議だな……)
違和感はあったが、子供相手に問い詰めるのも悪いだろう。オレは何も聞かないことにした。
ロビーまで戻り、もう遅いからと休むことになった。ちなみにスズエはユウヤさんに味噌汁を作ってもらっていた。
「おいしい……!」
幸せそうに飲むその姿は年相応の女の子だった。なんというか……子供っぽくてほのぼのするなぁ……。
スズエが少し離れたところでパソコンをかかっている間、ユウヤさんが声をかけてきた。
「ラン君、ちょっといいかな?」
「いいっすけど……スズエの方がいいんじゃ……」
「いや、スズエさんじゃダメなんだ」
真剣な瞳とその言葉に、スズエのことだと気付く。オレはユウヤさんに向き合い、「どうしたんすか?」と聞いた。
「何か気付いたんだよね?」
「……そうっすね」
見透かされているような瞳に逆らえず、オレは頷いた。
「それなら、スズエさんには言っていた方がいいと思うよ。まぁ、言いたくないなら仕方ないと思うけど……」
「……でも……」
ユウヤさんは、きっと気付いているのだろう。もしかしたらケイさんも感づいているかもしれない。
「本当に……君達は不器用だよね」
「どういうことっすか?」
「何でもないよ」
ユウヤさんは静かに笑っていた。まるで弟を見るかのように。
タカシさんはスズエと何か話しているようだ。しばらくして、タカシさんは笑いながらスズエの肩を叩く。
「本当に面白い奴だな、スズエは」
「私は思ったままを言っただけですよ。タカシさんも大変だったんですね」
社交的……というわけではないが、スズエは聞き上手だ。どんなことでも聞いてくれるから、何でも話したくなってしまう。
――フウが懐く理由も分かるな。
でも、フウの場合はスズエに絶対的な信頼を寄せている気がする。なんというか……自分では分からないけど、子供が親に向けているような、あんな信頼。
「それで、この動画はなんだ?」
「あぁ、なんか落ちていたので見ているんですよね。何か手かがりがあるかと思って」
どうやら何かを見ているようだ。よく分からない拾ったものをよく見ることが出来るな……。
「これ、なんだ?」
「見た感じ、何かの事件ですかね……?でも、警察が二人しか来ていない……?」
オレはユウヤさんと目配せをし、二人に近付く。
「それ、ボク達も見ていいかな?」
「え?まぁ構いませんけど……何が映るか分かりませんよ?」
そう言って、スズエは見やすいように身体をずらした。オレ達はそれを見てみる。
そこには確かに、二人の警察官と容疑者らしき人が映っているだけだった。黒髪の若い男の人が拳銃を持っている。
「撃てぇ!」
男性の声が聞こえ、その青年は発砲「してしまった」。しまった、というのは近くにいた上司であろう女の人が焦ったような表情を浮かべたからだ。
「……これって、あの金髪か?ケイ、だったか?」
「そうかもですね……」
そう言えば、あの人元警察官だったな。……こんなことがあったら、やめたくなるだろう。ケイさんのことが少し分かった気がした。
「……この、声……どこかで……」
そんな中、スズエは首を傾げながら画面をジッと見ていた。すると木の陰に、人影が映った。
男の人だろうか?フードを被った男はその様子を見て、笑っていた。
風に吹かれ、フードが取れる。黒髪で、誰かによく似ていた。
「…………っ!」
その顔を見た瞬間、スズエの表情はわずかに変わった。
(どうしたんだ?)
タカシさんは気付いた様子がない。ユウヤさんは気付いたようだが、そっとしておくようだ。なら、オレもわざわざ聞くわけにはいかない。
オレはユウヤさんみたいに、「守護者」というわけではないから。
オレじゃスズエを守れない。だって、「人形」、だから……。
「……………………」
スズエは静かに、その映像を止めた。
「胸糞わりぃな……」
「そうですね……」
普段と変わりない態度。しかしそこに、何か暗いものを覚えた。
個室に戻ると、スズエが「寝ていていいぞ」と言ったのでオレはソファに横になる。
「ベッドを使っていいぞー。私はもう少し起きてるし」
「いや、女の子をソファで寝かせるほど薄情じゃねぇって……」
あのクソ親父じゃないんだし。
「そうか?気にしなくていいのに……私はどこでも眠れるぞ?」
「お前はもう少し女の自覚を持て……」
オレはため息をつき、「おやすみ」と言うと、スズエも「おやすみ、ラン」と笑いかけてくれた。
ドンドンと、玄関を強く叩く音が聞こえる。
「おい!借金返せ!」
あぁ、借金取りかとオレは隠れる。この家ではよくあることだ。
クソ親父はいわゆる闇金業者に借金をしてまでギャンブルや酒、女に溺れている。本当に、オレが高校に入学出来たのは奇跡に等しい。
最初、中学を卒業したら働こうなんて考えていた。こんな家庭環境では学費なんて到底払えないだろうと思っていたから。しかし、祖父母が自分のために学費を隠し持っていると言ってくれたのだ。
祖父母も、父親に金を無心されて貯金はほぼ尽きていると言っていた。それなのにどうしてと尋ねると、
「実は、あなたを取り上げてくれた助産師さんがあなたのためにって入れてくれていたの。大学の学費もあるから、気にしないでランがやりたいことをしなさい」
あなたをこんなに思ってくれている人がいるってこと、覚えていてねとばあさんは言った。本当に、オレは恵まれているんだと思った。
でも……友人には、そんなこと言えない。どうしても距離を取ってしまう。あんな父親の血を引いている自分が傍にいていいのかって。
あぁ、誰か――オレを、助けてくれ。
薄く目を開く。ベッドに移動しているが、スズエはまだパソコンをかかっているようだ。部屋に寝る前まではいなかったキナとレイさんがいた。キナはスズエの肩で寝ていて、レイさんも目をこすりながら本を読んでいる。話しかけるか悩んでいると、
「……どうした?ラン。何かあったか?」
パソコンの画面を見たまま、スズエの方から聞いてきた。まさか気付いているとは思っていなかったので驚きながらも起き上がる。
「いや、何でもない。スズエは寝ないのか?」
「もう少し調べたい。何か手かがりがあるかもしれないし」
時計を見ると、四時過ぎ。……もう明け方だ。まさかこの時間まで起きていたのだろうか?
「さっき、キナとレイさんが来た。キナが怖くて眠れないんだって。だから勝手に部屋に入れてしまった。それで起こしてしまったならすまない」
「いや、別に構わねぇけど……それで起きたわけじゃねぇし……」
キナは安心したような表情を浮かべながら寝ている。やはり、姉のように思っているのだろう。
「首輪のパスワード……それさえ解けたらなんとでもなるけど……」
スズエは頭を抱えている。そりゃあまぁ、簡単には解かせてくれないよなぁ……。
「まぁ、ただ一応数字以外に二パターン程思いつくパスワードがある」
「そうなのか?」
「一つは人名だな。それなら適当に出てきた名前を入れていけばいい。もう一つは花言葉関係だ」
人名はまだ分かるが、花言葉関係?それはなんでだ?
「やけに花言葉に関することが多くてな。まぁあくまで可能性の一つだ」
「そう……でもスズエ、そろそろ寝た方がいいよ?疲れるでしょ?」
レイさんもそう言うが、スズエは「大丈夫ですよ」と笑った。スズエは生身の人間なんだけどなぁ……。
「ん……お姉ちゃん……?」
キナからその言葉が聞こえてくる。そういえばキナ、姉を殺されているんだよな……。
キナはスズエの腕に抱き着いた。
「どうしたの?キナ」
スズエはキナの頭を撫でる。まるで本当の姉のように。キナは頭を擦り寄らせながら、
「もう寝ようよぉ……お姉ちゃん……」
寝ぼけているのか、そう告げた。スズエは苦笑いを浮かべながら「分かったよ」とキナを寝かせ、自分もベッドに横になる。
「ほら、おやすみ。お姉ちゃんはキナが寝るまで起きているから」
腕に抱き、スズエが言うと「うん……おやすみ……お姉ちゃん……」と寝てしまった。
「……お姉ちゃん、か……久しぶりに言われたな……」
スズエ自身も姉であるがゆえだろう、少しうれしそうだ。
「妹、か……本当は、いたハズなんだけどなぁ……」
どういう意味だろう。妹がいたハズって……。
「スズエ、聞いていいかな?」
レイさんが尋ねると、スズエは「いいですけど……」と頷いた。
「妹がいたって、どういうことかな?」
「あー……言いにくいんですけど……生まれて数日後に死んだって、母から聞いたんですよ。確か、「亜花梨」って名前だったかな?」
口ぶり的に、会ったことはないのだろう。それでも、妹に会う日を待ちわびていたハズだ。スズエも、シルヤも、エレンさんも。
「ふぁあ……横になったら眠くなったな……もう少し調べ物をしたいのに……」
「ここまでやったんだから、ちゃんと休む。君は、俺とは違ってまだ子供なんだから」
レイさんが起き上がろうとするスズエを止める。スズエは「……じゃあ、一時間だけ……」と言ったかと思うとすぐに眠りの世界へ漕ぎ出してしまった。相当疲れていたのだろう。
「全く……すぐ無茶するんだから……」
「……レイさんは、スズエが好きなんすか?」
「そうだね。そうかもしれない」
からかう目的で尋ねたけど、レイさんはすんなりと頷いた。
「……俺の周囲にさ、あんなふうに真剣に聞いて、自分のために泣いてくれた子っていなかったんだよ。両親は俺なんかより妹の方を溺愛して、俺には目もくれなかった。どんなに頑張っても意味なかった。でも、他の友人には笑い話にするしかなかった」
「…………」
「家になんて、呼ぶことも出来なかったよ。両親が俺の悪口ばっかり言うから離れて行ってしまう。……妹とは仲がいいけど、どうしても両親の目があると話すことも出来ないんだ」
……レイさんも、結構苦労していたんだな……。
「ランはどうなの?」
「オレっすか?」
「そう。君はスズエのこと、好きじゃないの?」
逆に聞かれ、オレは考える。
スズエは素晴らしい女性だと思う。頭がよくて、頼ることが出来て。好きか、嫌いかと聞かれたら迷いなく好きだと言えるぐらいには。でも、それが恋愛感情かと聞かれたらよく分からない。そう答えると、
「そうなんだ?俺はそういった意味で好きなのかなって思ったんだけど」
「オレなんて、スズエにはふさわしくないっすよ。遠くから見ているだけの方がいいんです」
人形だとか関係なく。あんな親父の血を引いている自分なんて、こんな全てが美しい女性の隣に立つことすら、本当はおこがましい。
「そうかなぁ?スズエ、ランのことをユウヤさんやケイさんと同じぐらい信用しているように見えるんだけど」
「同年代だからじゃないっすか?シルヤと重ねてるとか」
まぁ、見ている範囲だとシルヤとオレの性格は真逆だけど。
「自覚ないのなら、俺はそれ以上言わないけど」
そう言ってレイさんは笑った。どういう意味か、その時のオレには分からなかった。