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二章 箱の中身はトラウマが詰まっている

 ロッカー室に行くと、スズエの様子が一変した。

「どうしたの?」

 ユウヤさんに聞かれると、スズエは答えた。

 祖母が殺された場所だと。

 拒絶反応を起こしているのだろう、過呼吸を起こしていてそれをケイさんが一生懸命に処置していた。

「……ここも、探索しないといけませんよね……?」

 落ち着くと、顔を真っ青にしながら、スズエは尋ねる。確かにそうなのだが……。

「もちろんそうだけど……無理しない方が……」

 ユウヤさんは止めるが、スズエは首を振った。

「いえ……確か、隠し部屋があって……」

 そう言って、スズエは震える足で部屋の中に入った。

 やはりというべきか、淡々と進めていく。そんな中で、高いところにある箱を取ろうとしていた。しかし、女性にしては背の高いスズエでも届かないらしい。

「すみません、誰か……」

 そこまで言って、スズエの言葉は止まる。そして、

「……いえ、なんでもないです……」

 椅子を探しているのか、きょろきょろと見渡した。

 トラウマを思い出したのか……。

 祖母は首をつられて死んでしまって、そのまま首が落ちたと聞いた。幼い子供がトラウマになるには十分すぎるものだ。

 それを見ていたユウヤさんは部屋の中に入り、スズエの後ろからその箱を取った。

「ほら、これでしょ?」

 それを渡すと、スズエは驚いた表情をした。

「ユウヤさん!?罠が発動したら……!」

「それが怖いんだろうって思ったよ。大丈夫、皆でやったら早いよ」

「そうだよー。おまわりさんも手伝うからさ」

 ケイさんも部屋に入り、スズエに協力する。二人の言葉に少し安心したのか、スズエは指示を出していった。その間も、彼女の腕は震えていた。

 そうして見事、隠し部屋を見つけた。部屋の中はドリンクサーバーと何かの制御装置があった。

「……………………」

 スズエはそれをじっと見ていた。

 やがて、箱の中身を確認しようと部屋から出た。ロビーに向かうと、ケイさんが箱を緊張した面持ちで開けた。

 ――中に入っていたのは、女性の頭部。

「――いやぁあああああ!」

 それを見た途端、スズエは悲鳴を上げた。

「どうしたの!?」

「やだっ……!やだぁ……!おばあちゃん……!」

 パニック状態になっているのか、スズエはしゃがみこんで自分の髪の毛をかき乱した。ユウヤさんが必死に声をかけているが、聞こえていないらしい。

 おばあちゃん……。

 もちろん、これは偽物だ。しかし細部まで細かに再現されていて、本物と見間違えてしまいそうだ。こんなものを目の前に出されたら、誰だってパニックになるだろう。それが身内のものであるなら、なおさら。

「ごめんなさい……ごめんなさい……!」

 オレは謝り続けるスズエの前に座り、両手で頬を包んでオレの方に向けた。

「スズエ。オレを見ろ」

 無理やりではあったが、それである程度落ち着きを取り戻したようだ。

「……あ……ラン……?」

 大粒の涙を流しながら、スズエはオレに焦点を合わせた。

「大丈夫だ、あれは偽物だ。ここに本物があるわけない」

 ただ泣き止ませるのに必死だった。その背を撫でているうちに、スズエは冷静さを取り戻したようだ。涙をぬぐって謝ってきた。

「……ごめ、ん……」

 強くぬぐったからか、スズエの頬が赤くなっていた。

「ほら、スズエさん。一回食堂に行こうか」

 ラン君、手伝って、とユウヤさんに言われ、オレはスズエに肩を貸す。

 ……小さい、な……。

 自分より少し低いくらいなのに、男女の差というのはこんなにも違うものなのか。

 食堂に行くと、スズエを座らせてユウヤさんは厨房に入った。その間、オレとタカシさんはスズエの頬を見る。

「……ちょっと、血が出てるぞ」

 タカシさんがそう言うが、スズエは首を傾げるだけだった。痛くないのだろうか……?

 ユウヤさんが濡らしたタオルと水を入れたボウルを持ってきた。

「スズエさん、あんまり強くこすったらダメだよ。ただでさえ痛みを感じないんだから」

 そう言いながら、ユウヤさんはタオルを優しく頬に当てる。

「この場所じゃ、絆創膏も貼れないね……」

「いえ……そこまで酷い怪我でもないでしょう」

「まぁ、そうだけど……」

 ガーゼを貼ってもフウ君達が心配するか……とため息をつき、ユウヤさんは顔に塗っても問題のない軟膏を塗った。

 しばらくして、スズエが寝落ちしてしまったタイミングを見計らったのかユウヤさんが話し出した。

「……スズエさんはね、「無痛病」と「失感情症」らしいんだ」

「無痛病……」

 そっちは聞いたことがある。痛みが分からないという病気だ。だが、「失感情症」は初めて聞いた。なんだろうか、それは……。

「どっちも後天性らしいね。おじいさんとおばあさんが亡くなった後に発症してしまったみたいだ。だから、自分ではどう思っているのか分からないし、怪我をしていても気付かない。自分の感情を、他人に伝えられないんだ」

「それって……この状況で一番よくないんじゃ……?」

 感情が分からず、痛みも感じない。それって……。

「……そうだね。生きたいって思えないから、しかも怪我をしても痛みすらないから、簡単に身代わりになってしまう。さっきみたいに、トラウマが蘇ったり大切な人が亡くなってしまった時は取り乱してしまうけど……それ以外では感情の起伏がないんだ、彼女。ずっと冷静な判断を下す。女子高生にしては異常なほどに」

 案の定、ユウヤさんはそう答えた。よほどのことがない限り、取り乱せない……。つらいだろうが、それすらちゃんと認識出来ないのだろう。

「もちろん、おじいさんが亡くなる前は痛みもあったから、他人の痛みは理解出来るみたいだね。でも……自分のことなんてどうだっていいんだ、彼女にとっては。他人を守るためなら、自分の命すら簡単に捨ててしまう。……アイトが……グリーンが彼女に執着する理由が何となく分かるんだよ、ボクも」

 こんなに美しく、穢れを一切知らない人間なんて、ボクは見たことがない。

 ユウヤさんはそう言って、スズエの頬を撫でた。その姿は兄のようにも、恋人のようにも見えた。

 誰だって、綺麗なものに惹かれるものだ。オレだって同じだ。タカシさんも、ほかの人形達もそうだろう。

「……銀髪は、こいつとどんな関係なんだ?」

 タカシさんが尋ねると、「……そうだね、なんて言うのかな……」と少し考えた後、

「彼女を守る役目を背負った人間……かな?ボクが人間なのかは微妙なところではあるけどね」

 そう言って、笑った。どういう意味だろう?スズエも謎だが、ユウヤさんも謎だ。


 しばらくして、スズエが小さく目を開く。

「……ん……」

「起きたか?」

「あぁ……すまない、寝てしまっていたみたいだな」

 スズエは僅かに顔を青くしながら、謝ってきた。まだあの中身が頭の中から離れないのだろう。

「……はぁ、情けないな……。もう、昔のことなのに……」

 そんなことない、と思った。祖母の首が家に送られてきたというのは相当なトラウマものだ。むしろよく精神崩壊しなかったと思う。

「……なぁ、シルヤとはどんな関係なんだ?」

 不意に、気になって聞いた。だって、感情が分からないのに、シルヤを失った時の彼女はかなり取り乱していた。相当親密な関係だったろう。

「そんなこと聞いてどうしたんだ?」

 スズエは微笑みかける。そこにはやはり寂しさも漂わせていて。黙っていると、

「……そう、だな……」

 髪をいじりながら彼女は少し考えて、

「親友だ、と言ってやりたいところだが……本当は違うな」

 そんな、意味深な言葉を呟いた。

「そうなのか?恋人、だったのか?」

「それなら、わざわざ隠したりしないさ。私だって」

 フフッと笑う姿は、モニター越しに見た誰かの笑顔と重なった。


 ロビーに行くと、スズエは壁にかかっている絵画を見た。

「どうしたんだ?」

 何か気になるものでもあったのだろうか?そう思いながら尋ねるが、

「ん……いや、なんでもないんだ。ただ、あの絵画……」

 スズエが指さしたのは幼い双子のような、よく似た茶髪の男女が少し大きい緑髪の男の子と黒髪の男の子と遊んでいる絵画だった。

「……あれさ、多分、私とシルヤと……グリーンと兄さんなんだよ」

 どこか寂しげに、彼女は告げる。あぁ、確かにそうかもしれない。そう言われたら茶髪の女の子の方はスズエの面影が残っている。緑髪の男の子も、グリーンによく似ていた。

「まだ、おばあちゃんが亡くなる前のことだと思う。ちゃんとは覚えていないけど、その時はまだ、兄さんは家にいたから……」

 スズエはしばらく無言になった後、

「……なんで、こんなことになったんだろ……」

 小さな声で、そう呟いた。信じられないのだろう、幼馴染があんな風に変わってしまって、兄や親友を殺されて。

「……グリーンは……アイトは、さ……」

 スズエは誰に聞かせるわけでもなく、小さな声で話した。聞かなくてもいいと、暗にそう伝えていたのだろうが、オレは耳を傾けた。聞かないと、本当に後戻り出来なくなってしまうと思ったから。

「あんな奴じゃなかったんだ。確かにヤンデレサイコパスなところはあったけど」

 そこは否定しないんだ。

「でも……意味もなく、こんなことをやるような奴じゃない。……何か、あいつなりに理由があるハズなんだ。それが何かは分からないけど……」

 それは、幼馴染だからこそ分かっているものだった。オレ達には分からない、もう一つの顔。

「……行こうか」

 そう言って、スズエは一度部屋に向かった。

 個室(と言ってもペアなので同室になってしまうが)でも、スズエはパソコンをかかっていた。

「何しているんだ?」

「ハッキング」

 オレの質問にスズエは予想とは斜め上の解答を告げた。

「は……え?」

「だから、ハッキング。エレベーターを動かせるようにしているんだ」

 ……こんなことも出来るのか……。

 唖然としていると、スズエは「出来た」と顔を上げた。

「多分、もう動くよ」

「そ、そうか」

「それより、寝なくていいのか?もう遅いだろ?」

 時計を見て、スズエは聞いてきた。つられて見てみるともう二十三時過ぎだった。

「お前の方こそ大丈夫かよ?」

 人間であるスズエの方が休むべきだと思うが……。

「私は大丈夫。もう少しハッキング出来るところがないか確認したいし……」

「……そうか」

「安心しろ、勝手に外には出ないさ。死なせたくはないからな」

 一応トイレも水道もあるみたいだしな、とやはり寂しそうに呟く。

 その瞳からは、雫が流れている気がした。

「私のことは気にしないでくれ」

「……それなら、遠慮なく眠らせてもらうけど……何かあったら起こしてくれな」

 それだけ言って、オレはソファに横になった。

「おやすみ、ラン」

 誰かの優しい手が、オレの頭を撫でた。


「この役立たず!」

 父がこぶしを振り上げる。オレはそれを顔に受けた。強い衝撃で、口の中が鉄の味に染まった。

「女だったらもう少し役に立ったのに!」

 この時はその意味がよく分からなかったが、ようは身体を売って金を稼げたのに、と言う意味だ。この男はつくづく最低な親だった。

 母はオレを産んだ時に亡くなってしまったのだと父方の祖父母から聞いていた。本当はこんないい子がこんなクズ息子に嫁いでいいものかと悩んだらしいが、押しが強かったため認めてしまったらしい。正直、オレが無事に産まれたのも奇跡に近かった。桜色の髪の助産師さんが懸命にオレ達母子に寄り添ってくれたらしい。

 二歳になるまで、オレは祖父母のところで育てられた。しかし父がオレを引き取ると言って聞かなかったため、その助産師さんに相談して療育費を入れている通帳と父に渡す通帳は別にして、預かっている通帳から療育費を出したらいいのではと言われたらしい。

「あの方はね、本当に素晴らしい方だわ。ランのお母さんの入院費をもらわなかったばかりか、あなたを育てるための必要なお金も入れてくれているの。お父さんには、内緒にしていてね」

 祖母はいつも、そう言っていた。オレはその言いつけを守っている。

 あぁ、でも今日もまたそのくそ親父から暴言暴力を受けるのだろう。


「……ん……ラン」

 声が聞こえ、オレは目を開いた。目の前には心配そうにオレの顔を覗き込んでいるスズエがいた。

「大丈夫か?随分うなされていたが……」

 スズエはオレの頭を優しく撫でながら聞いてきた。それに安心して、オレは「……悪い夢を見ていただけだ」と答えてしまった。

「……そうか。相当怖い夢だったんだな」

 しかし、詳しいことは聞いて来ようとしなかった。そこに優しさを感じて、オレは思わずスズエに縋りつく。

「どうした?」

「……悪い、少しだけ、このままで……」

 懇願すると、それ以上は何も聞かず、ただポンポンと優しく頭を撫でるだけだった。その行動が姉のような、母のような、温かいもので。

 ――母さんが生きていたら、こうやって優しく撫でてくれたのか……?

 祖父母の話だと、オレは見た目も性格も母親似らしい。確かにあのクズ親父には全く似ていない。というより反面教師と認識している。

 スズエは、オレにとってある種の理想の母親像だった。彼女といると、安心する。

 ――オレは、彼女を殺せない。

 彼女のための舞台だとか、そんなの関係なく。オレは、自分が生きるために彼女を殺すなんて出来ない。

 そもそも、人形であるオレ達がわざわざ生存者を殺して生きるなんてなんだ?意味なんてないんじゃないか?

「……何を考えているのかは分からないが」

 不意に、スズエは小さく呟いた。

「グリーンは……アイトは、無意味なことなんて言わない。何か理由があってお前達に何か言ったんだと思うぞ」

 まるで心の中を読み取ったような答えだ。オレは目を見開く。

「言っているだろ?私はあいつの幼馴染だからな。ある程度の思考回路は分かっているつもりだ」

「……………………」

「あいつは、多分組織を裏切っている。そもそも、裏切るも何もない気がするけど」

 なぜそう断言出来るのだろうか。まさか、彼女は敵側、なのか?

 いや、そんなわけがない。それなら、ここまでオレ達に肩入れなんて……。だけどグリーンと知り合いだし……。

 頭がこんがらがってきた。彼女が何者なのか、分からなくなる。

「……お前達が私を疑うのも、無理はないさ」

 やはり心を読まれているように、告げられる。

「それを責めたりはしないし、お前達が何をしようと、私は止めたりしない。ただ私は、自分がするべきことをするだけだ」

 自分がするべきことを……。

 どっちで捉えるべきだろうか?味方として?敵として?

 いや、どちらだとしても。彼女には何か目的があるのだ。

「お前が……してくれることを待っているよ、私は」

 途中、聞き取れないところがあった。彼女は何を望んでいるのだろうか?オレには、分からなかった。


 落ち着いた頃、食堂に向かうと、栄養ドリンクと野菜ジュースが置かれていることに気付く。

「あ、野菜ジュースと栄養ドリンクがある……!」

 スズエが目を輝かせた。嫌な予感がして「……スズエ、まさかそれだけとは言わねぇよな……?」と尋ねる。

「え?ダメ?」

 案の定、首を傾げられた。オレは盛大なため息をついてしまう。

「……あのな。それだけじゃ身体に悪いだろ……動けなくなるぞ……」

「私は全然いける」

 こいつなぁ……。

 オレはもう一度ため息をつき、少し考えて「待ってろ」とキッチンに行く。ハンバーグを作り、持っていくとスズエは野菜ジュース片手にパソコンを開いていた。

「出来たぞ、スズエ」

 そう言うと「ん……ちょっと待って……」とスズエは画面を見つめたまま、今度は栄養ドリンクに手を伸ばす。オレがそれを取り上げると「あっ……!?」とスズエは顔をあげた。オレがにっこりと笑って、

「いったん休憩しような?」

 そう言ってやると、「……はい」とこれは逆らってはいけないものだと悟ったのか彼女は頷いた。

「いただきます」

 スズエが箸を持ち、それを食べると「……おいしい……」と感想を述べてくれた。その素直さがうれしかった。

「それはよかった」

 幸せに満たされながら、オレも食べる。我ながらいい出来だ。ハンバーグだけは、あのクズ親が唯一認めてくれた自信作なのだ。

「……久しぶりだ、誰かの手料理なんて……。そもそも、まともな食事をしたのも久々だ」

「どんな食生活送ったらそうなんだよ……」

 オレが苦笑いを浮かべると、スズエは寂しそうな瞳をした。

 スズエが食器を片付け、コーヒーと紅茶を淹れてくれる。

「……私の家は、さ」

「うん?」

 珍しくスズエが自分のことを話そうとしたので、オレは自分なりに真剣に耳を傾けた。

 どうやら彼女は、普段は家に一人だけらしい。両親は月に一度帰ってきたらいい方で、半年に一回しか帰ってこないとか当たり前だった。小学生の時ぐらいまでは、シルヤもよく来ていたので自分で作っていたのだが、自分の分しか作らないのに意味あるのかと思うようになって、必要な時や食べたくなった時ぐらいしか作らなくなったらしい。その代わりに野菜ジュースとか栄養ドリンクで済ませるようになってしまったようだ。

 もちろん、コンビニのおにぎりとか弁当も考えたらしいが、どちらにしろ一人で食べることになるのでただ虚しくなるだけだと避けていたらしい。シルヤが来るとなった時は作っていたが、好きなものがないので基本的にはシルヤが食べたいものを作っていたようだ。

「そう、だったんだな……」

 そりゃあ……虚しくなるよなぁ……。誰とも食べることないって……。

「だから、こうして誰かと一緒に食べるのも、久しぶりのことだった。特に朝を一緒に食べるなんて、小学生の時以来かな」

 オレは俯く。自分の家庭もなかなかに酷いものだが、彼女も相当に酷い。下手すれば児童虐待になりえる。

 オレは紅茶を飲む。するとスズエがじっと見ていたかと思うと、

「……身体に違和感はないか?」

 そう聞かれたのだ。

「どうした?急に」

 オレが首を傾げると、「気になっただけだ、黙秘権だってある」とやはり無理やり聞き出すようなことはしなかった。

「別に、そんなことで黙秘なんてしねぇよ……。違和感、か……特にないぞ」

 本当に、人間みたいに作りやがって……なんて思っていると、

「……それ、他の人には言うなよ」

 スズエは雰囲気を一変させてそう告げた。

「なんでだよ?」

 ほかの人形達も同じだろ?それなのに何を内緒にしろと言うんだ?

「「人形」が、飲食して、違和感がないんだぞ?胃袋のように溜まるタンクが内蔵されていると仮定しても、違和感があるだろう。そもそもそれだとすぐに壊れてしまうな。奴らがそんな非効率な構造の人形を作るとは思えないんだ。まぁ百歩譲って、水やオイルで違和感を覚えない、ならまだ分かる。それで動く機械もあるからな。でも、食事が出来る人形なんて、少なくとも私は聞いたことがない」

 そんなこと言われても……と思っていると「……悪い、忘れてくれ」と言ってスズエはパソコンに向き合ってしまった。

 ペアがこの調子だと、マジで暇だ。

「……見ていいか?」

 聞くと、「別に構わないぞ」と頷かれたので覗き込んだ。そこにはよく分からないものばかりが映っている。これがハッキングというものか……。

「一応、他に解けそうなものがないかっていじっているところだ。探索したいなら、いつでもいけるぞ」

「いや……皆まだ来てないからもう少し待っていようよ」

 自分でも、なんでそんなことを言ったのか分からない。だけど……もう少しだけ、彼女とこんな風に二人きりの時間を過ごしたかった。

「……うん?」

 不意に、スズエが声を出した。何か見つけたのだろうか?

「どうしたんだ?」

「いや……あのロッカー室にあった隠し部屋の先に、別の部屋に続く廊下があるみたいなんだ。でも、そんなの地図にはないんだけど……」

 確かになぁ……。違う場所、ということか?

 その時、スズエの肩に手が置かれた。

「スズエ、その話詳しく教えてくれる?」

「あ、レイさん。それにキナも。おはようございます」

 なんでお前はそんなに冷静なんだよ?なんで見ているだけだったオレの方が驚いているんだよ?

 普通、突然肩に手を置かれたら驚くものではないのか?それとも失感情症という病気と関係あるのか?……多分関係ないんだろうな。

「これですね」

 そんなオレの思考回路など全く気にする様子もなく、スズエは話を進めていく。

「なるほど……」

「何かあるかは分かりませんけど、行ってみる価値はあると思います」

 何もなかったらその時はその時だ、とスズエは告げる。

「ただ、地図に書かれていないのが不穏ですね。この先は詳しく調べられなくて……罠がある可能性も十分にありえます。行くのは構いませんが、気を付けた方がいいでしょうね」

 それにしても、スズエってオレ達を「人形」としては扱わないよな……。平等に接しているというか、「生者」と「死者」と分けない。他の人達は多少なりとも分けているというのに。

「……スズエって、俺達にも人間として接してくれるよね」

 レイさんもそう思ったようで、聞いていた。スズエは「え?」と不思議そうに首を傾げた。

「だって、あなた達は「人間」でしょ?」

「……へ?」

「確かに、心臓はないかもしれないけれど……それでも生きているじゃないですか。「生きたい」って、思えるじゃないですか。そんなの、ただの人形じゃないですよ。私達と同じ、人間です」

 レイさんはキョトンとしていた。オレも同じだろう。

 人形じゃない。同じ心を持った人間だ。

 スズエにとって、それだけで守る理由になるのだ。

「まぁ、ルイスマとモリナは今度会ったら絶対に殺しますけどね。あんな、人間の心を持たない奴らなんて。必ず、地獄に落としてやる」

 忌々しく、スズエは告げる。

 あぁ、やっぱ、こんな女性が敵側なんてありえないな。

 こんな、正義を好み、悪を忌み嫌う、綺麗で不安定な心を持った少女が奴らの仲間なんて。

 だが、そこにグリーンとシナムキの名前がなかったことに違和感を覚えた。理由を聞く前に、皆が集まってきてしまってタイミングを失った。

 スズエは事情を話していたが、不意にキナの視線に気付いたらしい。

「キナ、どうした?」

 目線を合わせ、スズエが尋ねるとキナは「あ、その……」と少し言いにくそうにしていた。

「す、スズエさんの髪の毛、少しボサボサで気になって……」

「あー……梳いていないからな。まぁいいかと思っていたが、キナが気になるなら後で整えておくよ」

 そう言うと、キナが手を挙げた。

「あの、それならわたし、やりたいです」

「え?……まぁ、別にいいけど」

 スズエが首を傾げながら髪の毛を解く。キナは「やった!実はスズエさんの髪の毛、触ってみたかったんです!」と渡された櫛を受け取った。

「サラサラ……!お手入れはされているんですか?」

「いや、特にはしていないな。そんな時間あるなら別のことをする主義だからな」

「でも、長い割にはとても綺麗です……。それに、いい匂い……羨ましいなぁ……わたし、くせ毛だから手入れ大変なんですよね……」

「シルヤも言ってたなぁ、そんなこと。シルヤは私の髪をいじるのが好きでさ。一回だけ事情があって髪を短く切ったら泣かれてしまってね。それ以来、出来るだけ髪を長くするようにしているんだ」

「そうだったんですね……」

 想像するだけで微笑ましい。本当に仲のいい親友だったんだな。

「よくそれで「恋人」なんかじゃないね」

 ユミさんが笑う。実際その通りだ。よく親友のままでいられるものだ。

「シルヤは親友ではあっても、恋人には絶対になりえなかったですよ」

 フフッとスズエはやはり動じず断言した。

「最初の時も思ったけど、なんで断言出来るんだ?相手は分からないだろ」

 マミさんの言葉に、スズエは口の端を上げた。

「……なんでだと思います?」

 ――その笑顔はやはり、画面越しに見ていた誰かのものと重なった。

 やはり答えは聞かされなかった。まずは上の階を探索しようとエレベーターで昇る。

「スズエって、いい奴だよな」

 タカシさんに言われ、スズエは首を傾げる。

「いきなりどうしたんですか?」

「野郎三人の中にわざわざ来てくれるなんて、優しいじゃねぇか」

「まぁ、ランは私とペアですし。ユウヤさんもタカシさんとペアなんですから仕方ないでしょう、そこは」

 ……つくづく感じていたのだが、スズエって危機感ないよなぁ……。

 いわゆる箱入り娘というものだ。ここまで危機感がないと、いっそ清々しい。

「それにしても」

 タカシさんがスズエの髪に触れる。

「キナの言う通り、髪の毛サラサラだな。それに、いい匂いだ」

「タカシさん?」

 殺気を感じ、オレ達は震える。ユウヤさんが恐ろしい形相でタカシさんを見ていたのだ。何なら後ろに鬼神を引き連れている。

「ゆ、ユウヤ?」

「スズエさんにセクハラしないでくれるかな?燃やされたければ別だけど」

 ニコリと笑っているのがさらに恐怖をそそる。

「ユウヤさん、落ち着いてください。何もされていないんですから」

「……スズエさんがそう言うなら、いいけど」

 しかし、スズエのその一声にユウヤさんは不満げではあったがおとなしくなる。猛犬を繋いでいる飼い主か。

 エレベーターから降り、なぜか会社のオフィスに来た。なんでこんなところが……なんて思っているとパソコンの一つがついたらしい。

「……これは……」

 出てきたのは、スズエの個人情報だった。途端に、レントさんが慌てた。タカシさんが問い詰めている間に、スズエはそれを見ていた。

「……合っていますね」

 小さくため息をつきながら、彼女はそう言った。オレもそれを覗き込む。

 森岡 涼恵 五月二十六日生まれ

 森岡家の長女として生まれる。研究者であり祖父母である森岡 謙次郎と森岡 香江子、おじの森岡 ひとりを幼い頃に亡くす。彼女自身もたぐいまれな記憶力と才能を持っている。兄である恵漣とは三歳の時に生き別れている。小学校就学前にはハッキングや解析などパソコン関係のことが出来ていた。祖父母とおじが亡くなった後はしばらく引きこもりになっていたが、カウンセリングの先生や幼馴染の記也、愛斗の助力のおかげで乗り越える。

 うわぁ、結構過酷な人生送ってるなぁ……なんて思いながら最後の文章を読んで、息を飲む。

 双子の弟がいる。

 双子の、弟……?とスズエを見るが、彼女は特に驚いた様子を見せなかった。

「なぁ、スズエ……」

「どうした?ラン」

「お前、双子がいるみたいだけど」

 明らかにおかしいと思いながら尋ねると、

「知ってるよ。何なら会ってるし」

 あっけらかんと答えた。しかしそこには確かに孤独と寂しさが宿っていて。

  ……いやいや、なんとなく気付いていたが、もしかして……。

「会ってるってことは……ここから出たら、スズちゃんの弟君に会える!?」

 マイカさんが明らかな地雷を踏んでしまう。

「無理ですよ。もう、死んでしまいましたから」

 案の定、スズエは顔を上げることなく答えた。

「死んだ?それってどういう……」

 ケイさんが恐る恐る聞いた。そこで初めて、スズエはオレ達の方を見た。

「いたじゃないですか。バカで、お人好しで、最期まで私を守ろうとしてくれた、どこまでも優しい愚弟が」

 ――シルヤの面影を宿した少女が涙を流して立っていた。

 あぁ、そうか。こいつ……兄貴だけじゃなく、弟も……理不尽に奪われたんだな……。

「……行こう。また後で調べたらいいし」

 片割れを失った孤独さを漂わせながら、しかし微笑んでいる少女が、酷く儚く見えた。

「スズエ」

 気付けば、歩き出していた少女を呼び止めていた。スズエは立ち止まり、振り返る。

「どうした?ラン」

 不思議そうに首を傾げて、オレをジッと見ていた。オレは意を決して尋ねた。

「なぁ、シルヤとは……どんな関係だ?」

「シルヤと?何度も言わせないでくれ、親友だよ」

 やはり答えてくれないか……と思っていると、

「……なんて、騙したままなんて悪いか」

 髪の毛を触りながら、ため息をつく。しばらくそうしていたと思うと、

「あいつは……シルヤは、私の、双子の弟だよ」

 まっすぐ見て、答えた。やっぱりか……。

 だから、あの時自分が死ぬのではないかと思うほど泣いていたのか。いや、きっと自分が死ぬ以上に苦しかったのだろう。大事な、弟を奪われたのだから。

「待つぜよ、それじゃきさんは……」

「もう過ぎたことでしょう。それに、恨むべきはあなた達ではなくルイスマですから」

「……憎く、ないのか?」

 マミさんの言葉にスズエは少し考えた後、

「憎いですよ。シルヤと兄さんの命を奪ったルイスマが、あいつらが憎い。本当は今すぐにでも殺してやりたいくらいに。でも……今は私情を挟むより、一人でも多くの人を助ける方が優先ですから」

 ギュッと握るその拳は震えていた。言っている通り、本当に憎いのだろう。しかし、自分の感情と今の最善とを分けて考えることが出来るこの少女はやはりただ者ではない。普通の人なら、感情的に動いてしまってもおかしくないのに。

「……本当は、自分の命に代えてでも……それこそ惨たらしく殺されてでも、あの子を守ってあげたかった……」

 不意に呟かれた言葉は、姉のもので。

 あの子……その言葉は、きっとシルヤにしか使わないのだろう。愛する、弟にしか。

「行きましょう。私のことなんかに構っている暇はないでしょ」

 今度こそ、少女は歩き出した。オレは慌ててついていく。

(……あ)

 スズエは少しゆっくりと歩いていた。オレ達人形のことを気遣っているのだろう。

(本当に……ありえないぐらいに優しいな……)

 ドクンと、胸が高鳴ったような気がした。

 道中、ナコに話しかけられた。

「ねぇ、ラン」

「なんだよ、ナコ」

「スズエ先輩って、本当に怪しい?」

 ナコは不安そうにしていた。オレはどう言おうか少し考えて、

「……半々ってとこかな?」

 そう答えた。

「どういう意味?」

「あいつはオレ達のために動いてくれている。それは確かだ。だけど、ハッキングの技術だとか解析能力とかは明らかに異常だ。まるで「知っている」みたいに。……だからこそ、分かんねえんだ」

 演技なのか、本当にただ頭がいいだけなのか。

 だけど、オレ達に向ける優しさ……あれだけは、本物だと分かる。

「……そう。でもあんまり情を入れすぎない方がいいと思うわよ。あたし達の目的はあくまでペアを殺すこと……それだけなんだから」

 ナコは幼い割に淡々としている。被害者のビデオを見た時は死にたがっていたように思えたんだが……。

「ラン、ナコ、どうしたんだ?」

 立ち止まっているオレ達に気付き、スズエは声をかける。

「ごめんなさい、スズエ先輩。今行くわ」

「疲れたのか?それなら少し休んでもいいが……」

「いや、そういうわけじゃない。悪いな、心配かけて」

 オレが近づくと、「いや、何でもないのならいいんだ」と微笑んだ。

 ――こいつの瞳、ルビーみたいに綺麗だな……。

 その瞳の奥に宿る、覚悟と強さ。それが少女にはあった。

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