一章 彼女との出会い
それは、下校途中の出来事だった。珍しく遅くまで学校にいたせいもあり、暗くなった道を走って家まで帰っていた。
オレは父子家庭に育ち、家事の担当は幼い頃からオレになっている。父さんはまだ帰ってきていないだろうが、早く夕飯を作らなければいけない。
だって、気に食わないことがあったら殴られるから。
オレの身体はあざだらけだ。それを見られないようにするために、身体にさらしを巻いていた。見るに堪えないものだと、自分でも思う。それでも……明るくふるまわないといけない。なんでもないと、笑っていないといけない。どんなに苦しくっても、「これは自分の趣味なんだ」って、笑い話にしないといけないのだ。
……オレって、なんのために生きてんだろ……。
何の目的もなく、ただ父親の機嫌を見ながら過ごす日々。誰も助けてくれない。助けを求めることも、出来ないのだから。
――誰か、オレを助けてくれよ……。
心の奥底に沈めたハズの悲鳴が聞こえてきた。
目の前に黒い車が止まっていた。通り過ぎると、後ろから殴られ、気を失った。
そこからの記憶はない。目覚めた時、目の前に緑色の髪の男が立っていた。……どこかで、見たことある気がするが、思い出せない。
「おはよう、ラン君」
その男はオレの名前を呼んだのだ。オレは驚く。誰だ、こいつ。なんでオレの名前を知っているんだ?
「フフッ。何も覚えていないよね?君は死んだんだよ」
……は?何を、言っている?
わけが分からない。だって、オレの心臓は動いていて……。
「機械だよ。君の心臓は人間と同じように動いているんだよ」
そんなこと、出来るのか?
首を傾げていたオレは別室に連れていかれ、映像を見せられた。それは、自分が死んだ時の映像だった。腹から大量に血が溢れていて、事切れる自分。でも、痛みなどないしそんな傷跡もない。じゃあ、オレは本当に……。
今度は別の映像……いや、監視カメラの内容も見せられた。そこには十一人の男女がいた。中には自分と同じぐらいの、よく似た高校生二人とか小学生、中学生もいた。
彼女達は探索していた。そしてその後の、メインゲームと呼ばれた殺人ゲームで、黒髪の男性と茶髪の男子高生が選ばれた。
探索中は冷静で滅多に取り乱さなかった茶髪の女子高生は男子高生を助けようとしていた。彼がむごたらしく殺された時……自分が死ぬんじゃないかって程に、泣いていた。どんな関係なのかは分からないが、彼女にとって……彼はそれほどに、大切な人だったんだろう。
黒髪の男性も、自分で手首を切って、事切れた。
彼女は、自分が血で汚れてしまおうと関係なく二人を抱きしめていた。時間の許される限り、ずっと。それを、銀髪の男性と金髪の男性が悲しげに見守っていた。
次は、ミニゲームでチップとやらを集めるというものだった。一人一人に個室が与えられ、さすがに部屋の中までは見ることが出来なかった。しかしあの女子高生は眠れないのか、夜遅くなっても(本当に夜なのか怪しいところではあるが)ロビーやモニター室で別のことをしていることが多かった。しかし、小学生の男の子にねだられているのか、部屋で休んでいることもあった。
「…………」
時々、緑色の髪の男が部屋に来ては画面を見て笑っていた。それはあざ笑うものではなく、慈しむような、寂しそうなものだった。
「ふふっ。……君は、どうか……」
何かを呟いたが、オレの耳には届かなかった。
その後、あの女子高生と銀髪の男性が背中合わせに磔にされ、制限時間内に二人を助け出すというゲームをさせられていた。
それを見事突破し、数日後に再びのメインゲーム。そこで、今度は囚人の男性とピンク髪の女性が選ばれた。
ピンク髪の女性は胴体を圧迫されて殺され、囚人の男性は腹を銃弾で何度も貫かれる。
「どうかな?」
緑髪の男がニコニコしながらオレを見ていた。どうかなって……こんなの、むごすぎる。なぜこんなことをさせるんだ?
「君にはこれから、あの舞台で戦ってもらうよ」
「……何が目的だ?」
オレは睨みつける。彼は笑って、
「ペアの人を殺す」
そう、言ったのだ。そうすれば生きられるんだと。
そこには、寂しさも含まれていた気がした。
「これは、人形達しか知らないからね。あぁ後、これ。外に出る前に見てね」
そう言われ、オレは紙を渡された。そこに書かれていたのは参加者の名前だった。
(……うん?)
少し、違和感を覚える。パソコンで書かれたのだろうが……。首を傾げながら、それをポケットに入れる。
外に出ると、そこには他の人達がいた。彼らも人形、だろうか……?確認するのが怖くて、聞けなかった。
スーツ姿の茶髪の、言い方は悪いが気弱そうな男性はレントさん。
褐色の肌で、青髪の明らかに脳筋そうな見た目の男性はタカシさん。
丸い帽子をかぶっている、白と黒が半分に分かれた髪の真面目そうな男性はレイさん。
こげ茶色の髪の、明るい女性はマイカさん。
不思議なフードを被った、オレンジ色の髪の女性はユミさん。
そして、三つ編みにしているピンク髪の女の子は、ナコ。
「このゲームは……スズエさんのために仕込まれたものなんだ」
緑色の髪の男はそう言ってニヤリと笑った。オレ達は顔を見合わせる。彼女とペアになったら……絶対に、生きられないと思ったから。
そうして、オレ達は石の箱の中に入れられる。しばらくすると、蓋が開いた。
目の前には、あの茶髪の女子高生がいた。どうやら彼女が開けたらしい。
彼女は緑髪の男を「アイト」と呼んだ。どうやらニット帽にマフラーをつけた銀髪の男性も同じくそいつと知り合いらしいが……アイトは既に死んでいて、彼女に改めて「グリーン」と名付けられた。
彼女は森岡 涼恵といった。あの茶髪の男子高生……憶知 記也と親友だと言う。そして……その彼女が、オレのペアだった。あぁ、オレは人形になってなお生きられないんだなと、思った。
やってらんねぇ……。
まさに、そんな気分だった。
「……なぁ、グリーン」
「なに?スズエさん」
自己紹介の後、スズエはグリーンに尋ねた。
「本当に、今出会った人達は「人形」なのか?」
どういう意図で聞いたのか、その時は分からなかった。グリーンは「当然じゃないか。何を疑ってるの?君は」と笑った。スズエは「ふーん……」と見ていたが、
「……分かっていたが、やはり「嘘つき」なんだな、お前。昔はもっと誠実な男だと思っていたが」
そう言ってのけたのだ。
「何が分かったっていうの?」
「敵に、わざわざ手の内を見せる大バカ者はいないだろ」
「シルヤ君はやるかも?」
「……シルヤだって、そこまでばかじゃない」
シルヤの名前を出した途端、彼女の雰囲気が変わった。怒りというか、憎しみというか。そこに、わずかな淋しさが含まれていて。少なくとも先程までの彼女とは、違った。それほど、大事な存在なのだろう。忘れることの出来ない、大切な。
「本当に、君は勘が鋭いなぁ。でも、そういうところ、嫌いじゃないよ」
「私は嫌いだ。大嫌い寄りの嫌いだ。このサイコパス野郎」
「厳しいなぁ」
火花がバチバチなっている。そんな彼女に、金髪の男――ケイさんは肩を叩く。
「スズちゃん、落ち着いて」
「……そうですね。柄にもなく血が上っていたみたいです」
至って冷静に、スズエはそう言った。こんな、普段から冷静な女子高生を、オレは本当に殺せるのか?いや、無理なんだろうけど。
その冷静さは怪物と戦う時にも発揮された。
「弱点さえ見つけられたら……」
ユミさんが狙われていることに気付いたスズエはそう呟いた。オレが「足、ひっかけてやろうか?」と告げると、彼女は「その手があったか」と小さく笑った。
「悪いが、少し避けていてくれ」
言うが早いか、彼女は見事なスライディングで怪物を転ばせたのだ。別に、オレがやってもよかったのに。
「大胆だね……」
「元剣道部なので」
元剣道部なのかー……そうなのかー……。大胆なんてレベルじゃなかったけど、それでいいのかー……。
そんなことを考えていると、フウが「頭が弱点ニャン!」と叫んだ。「分かった」とスズエが頷くと、怪物は立ち上がってフウに刃を振り下ろした。
「危ない!」
間一髪、スズエがフウを抱えて横に飛びのいた。そうしている間にマイカさんが「あそこにフライパンがあるよ!」と教えた。
「……兄さんのフライパン?」
兄さん?なんて考えているとスズエはフウをケイさんに預け、フライパンを怪物の頭めがけて強く振りかぶった。すると、怪物は消えていった。どうやら倒したらしい。
「さすが、エレンの妹だねー」
「からかわないでください」
エレンって確か……最初のメインゲームで死んだ、あの黒髪の男性……だよな?
まさか、親友だけでなく兄も目の前で殺されたのか?スズエは。でも、確かエレンさんの本名は「七守 恵漣」だったハズ。
「どうした?ラン」
オレの名前を呼ぶペアに、オレはビクッと震えた。顔を覗き込まれ、
「……あぁ、エレン兄さんのことか?」
そう、聞かれた。どうやらお見通しだったらしい。
「……エレン兄さんは、私が幼い頃に七守家に引き取られたんだよ。だから、私と苗字が違うんだ。私も忘れていたぐらいだしな」
彼女は寂しそうに、答えた。せっかく会えた兄を、こんな形で奪われたのだ。相当つらいだろう。
「……うん?」
不意に、スズエが上を見て首を傾げた。
「どうしたんだ?」
「いや……あそこ、レバーがないか?」
指さされたところには確かに、何かのレバーがあった。
「でも、あんなとこ、届かなくね?」
この中で一番高いであろうタカシさんでも届かない。しかし、スズエは左右を見て、
「……いや、いけるかもしれない」
そう言いながら、軽いストレッチを始める。左右には壁しかない。……まさか。
そのまさかだった。スズエは壁を使って高くジャンプして、本当にレバーを掴んだ。
「……運動神経いいねぇ……」
ケイさんの呟きに心の中で同意する。スポーツ選手か何かなのか?スズエは。
レバーが下ろされると、どこからか音が聞こえてきた。スズエは華麗に着地しながら「上の階からですかね?」と言った。何この子、すごすぎる……。文武両道とはこのことを言うのだろう。
確認もかねて探索を始めたオレ達は、今度はリング場に来た。そこで、再び試練が始まる。なんと、マグマのような水が流れてきたのだ。
スズエは近くにあった機械の一つを、高校生とは思えないスピードでいじっていく。
「くっ……!間に合わない……!この文字列、邪魔すぎる……!」
もう片方もやらなければいけないが、どうやら手間取っているらしい。そうしている間にも、水位は上がっていく。
「スズエさん、ボクも手伝うよ」
その時、ユウヤさんがもう片方に触れた。そして同じようにいじっていく。そういえばこの人、自営業の人だったな。
「誰か!天井にあるナイフを取ってください!」
スズエの指示に、ケイさんがロープを使って飛び、ナイフを取った。今度はどうするのかと思えば、柔らかいロープを切れと言う。マイカさんが切ると、四つ角のポールが光った。
「ラン!右端のポールを調べてくれ!」
「了解」
オレは言われた通りにそこを調べる。……どうやら、色が変えられるらしい。スズエにそのことを伝えると「ありがとう、もう少しそこにいてくれ」と言われた。
「ユウヤさん、そっちはどうなってますか?」
「もうすぐで解析が終わるよ!導き出されたのは……赤、青……」
「私の方は緑と黄色……。ラン、黄色だ!黄色にしてくれ!」
その言葉を信じ、オレは黄色を選ぶ。すると、水は止まり、水位は減少していった。
スズエはオレに近付き、頭を下げた。
「ありがとう、ラン。助かった」
「いや、礼、言われることじゃねぇし……」
皆を守るために必要な行動なわけだし、むしろ礼を言われるのは先陣切ってやってくれたスズエの方で……。
「それにしても……寒いな、ここ」
不意にそう言われ、オレは「確かにそうだな。寒い」と頷いた。実際、水位が上がってきていたせいか部屋の空気が冷たい。スズエ自身も、不意に呟いた言葉だっただろう。
「そう?」
「そこまで寒くないと思うけど……」
ユミさんとレイさんが首を傾げた。他の人形達もよく分からないと言いたげだ。
「おぬしらは人形だからじゃろ」
「そうだねー」
「まぁ、そこまで精密に作られていたら人間とそう変わらねぇしな」
ゴウさん、ケイさん、マミさんがそう言った。まぁ、確かに。
スズエの顔色が変わったのが見えた。あれは……何かに、気付いた顔だ。
「……あとで、解析をした方がいいな……確信が得られない……」
誰にも聞こえないように呟いた言葉を、オレは聞き逃さなかった。何が分かったというのだろうか?聞いても、きっと教えてはくれないだろうが。
廊下を歩いていると、少し前でスズエが僅かにふらついているのが見えた。呼吸も乱れている気がする。そういえばこいつ、下の階にいた時ほとんど休んでいなかったな……。食事もあまり取っていなかった気がする。
「休んだ方がいいんじゃね?」
そう言うが、スズエは「いや、大丈夫だ」と首を横に振った。オレは少し考え、
「……オレの方が疲れたんだ。休もうよ」
そう言って、壁に寄り掛かった。スズエは「あぁ、それは気を遣わず、すまなかった」と普通なら男が言いそうなセリフを吐いて同じように壁に寄り掛かった。
「……なぁ、スズエ」
「どうした?」
オレは、どうしても聞きたかった。
「お前さ……こんなゲームに巻き込まれるような心当たり、あるか?」
正直、オレにはない。もしかしたらプログラムされていないだけかもしれないが……。
スズエは少し考えた後、
「……心当たりはない、が、会った時も言ったように去年の夏休みの時に、アイト……グリーンに会っているんだ。私も、シルヤも。グリーンと二人だけでカフェに行って……」
どうやらスズエとシルヤは、幼い頃に人間だった幼いグリーンと会ったことがあるらしい。近所のお兄さんと言った感じで、よく一緒に遊んでくれていたようだ。
「どんな話をしたか、覚えてる?」
「……すまない、そこまではよく……」
本当に申し訳なさそうに、彼女は告げた。やはり、よく覚えていないのだろう。
「ただ……確か、「何か願い事はあるか」と、聞かれた気はする。「その願い、叶えてあげられるよ」とも」
「願い事……」
そういえば、オレも誰かにそう聞かれた気がする。あの時、オレは確か……。
――誰か一人でいいから、オレを助けてくれる人が欲しい。
そう、確かそう願ったのだ。するとその人は「これに名前を書いたら、叶えてあげられるよ」と言われて、そして……。
「どうした?ラン」
「あ、いや……なんでもねぇ」
「……そうか」
スズエは何か言いたげだったが、詳しく聞いてはこなかった。踏み込むわけにはいかないと思ったのだろう。
「スズ姉ちゃん!」
その時、フウがスズエに抱き着いてきた。スズエは「どうした?何か怖いことでもあったか?」と微笑んだ。
「そういうわけじゃないニャン。だけど……不安なんだニャン……」
「そうか。……なら、安心するまで傍にいるよ」
本当に不安そうなフウを、スズエは優しく包み込んだ。まるで本当の姉のように。
キナも傍に来て、「わ、わたしも……怖くて……」と腕にしがみついた。スズエは「いいよ。落ち着くまで傍にいたらいい」と、それも優しく許してくれた。ナコも来て、縋りつくが、それも温かく包み込んだ。姉や母のように。
……本当に、こんな奴のための舞台なのか?
こんなお人好しが本当に、ただ一人だけ生き残るためのゲームなのか?何か、別の思惑を感じる……。
しかし、オレには到底思いつかない。彼女のことを、よく知らないから。
ユウヤさんが悲しげに、スズエを見ていた。
スズエが少し離れたところを探索中、ユウヤさんに「ラン君」と声をかけられた。
「どうしたんだ?」
オレはユウヤさんを見る。スズエには……気付かれていないようだ。
「さっきはありがとう、スズエさんを休ませてくれて」
「あー、そのことっすか?別に、礼を言われるほどのことじゃ……」
「ううん。そんなことないよ。……スズエさんはさ、あぁやって一人で抱え込んじゃうでしょ?他の人達も、ボクも、彼女を頼りにしている。しすぎてしまっているんだ。だから彼女は、親友やお兄さんが死んだ後も、休めていないんだよ。肉体的にも、精神的にも」
それは思っていた。下の階ではゲームの時以外は個室かモニター室にこもっていたし、食事もちゃんととっているか怪しいところだったから。寝不足に栄養不足に疲労にと続いてしまえば、誰だっていずれ倒れてしまう。人間なら、当たり前だ。
「でもね、彼女自身は自分で気付けないんだ。そのことに」
「それは、どういう意味……」
「病気の関係でね。よほどのことがない限り、自分で感知出来ないし、伝えることが出来ないんだよ。だから何かあったらすぐに休ませてあげてほしい」
病気の、関係……。そうだったのか……。だから、あまり人間らしくないと思ったんだ。
「ボクやケイさんも気にしておくけど……今は、主に彼女の傍にいるのは君だから。だから、頼んだよ」
さっきみたいに、何か理由をつけて休ませてあげたらいいんだ、とユウヤさんは言った。そうすれば彼女は従うと。
それなら……オレにも出来るな。いや、でも、オレは殺すことが目的で……。だが、ペアを殺すなんて……。
オレは、どうしたらいいのだろうか?自分の目的のために騙すか。それとも、自分の命を捨ててでもスズエを守るか……。
この計画を知られた時、スズエはどうするだろうか。見捨てる?放っておく?……壊されるかもしれない。
怖かった。死ぬのが。彼女に、見捨てられるのが。
……なんで、見捨てられるのが怖いんだ?まだオレ達は会ってそこまで経っていないだろう。それに、生きている人を優先する。当たり前だ。何を彼女に期待しているんだ、オレは……。
スズエはオレの方を見て、「どうした?ラン」と首を傾げた。
「いや、なんでもねぇよ」
笑いかけると、「……そう……」と不思議そうな顔をしたが、やはり問い詰めては来なかった。
「……安心しろ。それはお前達に与えられた「権利」だろ?」
小さく呟かれた言葉に、オレはビクッと震える。しかし当の本人はただ笑顔を向けていた。そこには寂しさも含まれていて。
――なんで、そんな顔をするんだ?
お前は必ず生き残るんじゃ、ないのか?それなのになんでそんな悲しそうな顔をするんだ?オレにはよく、分からなかった。