暴虐の勇者殿 ~勇者召喚だぁ?ふざけんな!~
天正十年 六月 本能寺
「なぁ、蘭ちゃん。ホントにみっちゃんが攻めて来るのか?」
夕陽が射し込む板の間で、武将姿の男が仰向けに寝転がったまま問いかけると、
「えぇ、来ますよ。間違いなく」
何やら文箱のようなものを運んでいた、顔がめっぽう良い小姓姿の男が足を止め、それに答える。
「あーぁ。わし、結構みっちゃんのこと買ってたのになぁ。何で裏切るのかねぇ」
「そりゃぁ、信長さまが、それはもうしつこく、しつっこく、ねちねち、ねちねちと明智様をいたぶるからですよ」
「えーっ、わし、そんな事して無いしー。それに、こないだみっちゃんの頭を鉄扇で叩いたの、蘭ちゃんだろう?」
「あれは信長様が叩けとおっしゃったからですよ」
信長と呼ばれた男は、「よっ」と声を吐き出すと同時に勢いよく起き上がると、愛刀を腰に差し直しながら、
「そうだっけ?でもまぁ、わしを討ちに来るんだったら、迎え撃つしかないわな。蘭ちゃん、策は有るんだろうな?」
「当然です。既に配下の者達は配置についています。後は私が合図をしたら…」
その時二人の足元に見たこともない紋様が現れ、白く光った。
(なんだこれは、バテレンの妖術か?)
(まさか、敵方に妖術使いが?)
そう思ったが、あっという間に周りの景色が霞んで行き……
気づけば全く知らない場所に来ていた。そこは石造りの建物の部屋の中で、おまけに大勢の南蛮人が自分達を取り囲んでいる。
((ちっ、やはりバテレンの妖術か!))
そう判断し、二人して身構えるが、
「成功だ!」
「ようこそ、勇者殿!」
「これで我が国も救われる!」
「でも、二人?どちらが勇者殿なんだ?」
なぜか周りはお祭り騒ぎだった。しかも、彼らの話している言葉は日本語ではないにも関わらず、信長達にはその内容が理解できた。
(通訳も居ないのに、南蛮人の言葉が判る?いや違うな。よくは判らんが、何かがおかしい…)
「この状況、気に入らねぇな。蘭ちゃん、どう思う?」
「同感ですね。なぜだか非常に不愉快です」
二人でひそひそと話していると、一段高い場所で飾り立てた椅子に座っていた太った男が立ち上がり、手を挙げた。その途端、騒いでいた奴等が静かになる。どうやら、その男が一番偉いようだ。
信長は、ぶよぶよと弛んだ肉を全身につけた男を視ながら、かつて親しくしていた南蛮商人が見せてくれた≪国王陛下≫なる者の姿絵を、思い出していた。
(金の冠を付けてるし、よく似てやがる)
そのぶよぶよ男が、徐に話し出した。
「勇者殿、ようこそ、我がロウェイ王国へ。私はこの国の王のニコラス二世だ。突然のことで驚いたとは思うが、ここは勇者殿の世界とは別の異世界でしてな。我々はこの国の窮状を打破するために、貴殿を召喚したのです。して、どちらが勇者殿ですかな?」
丁寧な口調だが、明らかに上からの言葉に信長の頬がひきつる。
「《召喚した》とは、どういう事だ?」
腰の打刀に手をかけながら聞くが、相手はこれ以上立っているのは億劫とばかりに、再び椅子に腰掛けて喋りだした。
「我が王国はここ数ヵ月、多くの魔素溜まりが発生しており、そのせいで魔獣が大量発生したため、困っていたのです。だから古の召喚術を使って、異世界から勇者殿を召喚したのですよ。ですから、どちらか判りませんが、勇者殿には早々に魔獣を退治して、この国を救って頂きたく…」
「この国を救うってか。なら、最初にするのは、」
ザシュッ!
大きく踏み出して距離を詰めると同時に、実休光忠が一閃する。次の瞬間、座っていた王の首が飛び、吹き出した血飛沫が辺りを斑に染めていった。
「無能の排除だな」
「ですねぇ」
ゴトン、カラカラカラ………
「「「「ヒッ…」」」」
落ちてきた王の首と転がる王冠を見て、何が起きたのか漸く気づいたのだろう。先ほどまで浮かれていた部屋の空気が、瞬く間に恐怖一色に染め上がって行く。
そして、その原因となった男は首のなくなった王の身体を椅子から引きずり下ろすと、転がっていた冠を手に、自らがそこに腰かけた。
「で、わしに何をして欲しいって?話ぐらいは聞いてやるぞ?」
恐怖に色濃く支配されたその場で、声を出す事の出来る者は一人もいなかった。
「どうやら、ここにいるのは腑抜けと腰抜けだけのようですねぇ」
綺麗な顔に飛んだ血飛沫を拭いもせずに、短刀・不動行光を手にした≪蘭ちゃん≫が、信長の横で微笑む。
「では、こちらも全て排除で宜しいですか?」
恐怖の濃度がさらに増した…
この二人、あまりに自由奔放な上に残虐非道なので、私の手に負えず没となりました。
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