9. 愛する、妹
夜になって、ようやくシャールは村に帰ってきた。
使用人たちに荷車を片付けさせ、シャールは疲れた足取りで家の中に入った。
「リーナは?」
シャールはリーナ付きの使用人に聞いた。
「今はお部屋の方に。疲れていらっしゃるようで」
使用人が少し早口で答えた。
「疲れて? 何かあったのか?」
「はい。隣村が竜に襲われたみたいで、応援に行かれてました。」
シャールはギョッとした。
「隣村?」
ハーマン長官のところに報告が入ったのは、あれは隣村のことだったのか!
なぜあの時すぐにどこの村か確認しなかったのか。俺はどこか人事に思っていたのか?
シャールは自分の不甲斐なさに心臓が潰れそうな程打ちのめされた。
シャールは真っ青になってリーナの部屋に急いだ。
「リーナ、入るよ、だいじょうぶかい?」
シャールが扉をノックしながら言った。
返事はなかった。シャールは何かあったのではとぎょっとして、慌てて扉を開けた。
リーナはベッドに入って眠っていた。
シャールはリーナの姿を見て、全身の力が抜けるほどほっとした。
リーナは疲れ切った顔をして眠っていた。
「こんなになるまで…..,」
シャールはリーナの頬にそっと触れた。
途端にシャールは堪えきれないほどのリーナへの情愛が湧き上がった。
いけない。
シャールは慌てて手を引っ込めた。俺はまだ兄でしかない。シャールは自分の唇を噛んだ。
そのときリーナがふと目を覚ました。そしてそこにシャールがいたので驚いた。
「あ、ごめんなさい、お兄様。私、先に部屋に上がってしまって」
シャールは首を振って、そっとリーナの頭を撫でた。
「疲れているって聞いたよ。隣村が竜に襲われたんだって?」
「ええ。隣村から応援を頼む連絡があったらしくて、村長さんと一緒に行ってきたの。怪我人の手当てをしに」
リーナはそう言うと、起きあがろうとしたが、疲れているようで体を支えられなかった。
シャールはリーナを抱きかかえてやった。
「だいじょうぶかい?」
リーナを優しくベッドに座らせると、シャール自身はベッド脇の椅子に腰掛けた。
「ごめんなさい。お兄様」
「気にしないでいいよ。隣村はどんな様子だった?」
「竜は一匹で、家が数軒壊されてたわ。安全警備の人が飛んできて竜は追い払ってくれたみたい」
「亡くなった人はいたのか?」
「いたわ。痛ましかった」
「亡くなった人もいたのか……やるせないな」
「ええ。それはもう、本当に……」
リーナの目に涙が浮かんだ。
リーナは隣村の惨状を思い出して、改めて身震いした。
いくつかの家族が竜に壊された家の下敷になっていた。
近隣から飛んできた安全警備の隊員たちが手を尽くして人々を引っ張り出したが、瓦礫は容赦なく人を押し潰し、悔しくも幾人かはすでに遺体になっていた。
それも、血塗れだったり、手足があらぬ方向を向いていたり、もはや顔の造りが分からないほど潰れていたり、目を覆うほどの惨状だった。
「怪我人はどんな様子だ?」
「重症者が数人いたから、私は火傷の手当てとか止血とかのお手伝いを。熱冷ましや炎症止めも使っていますけども、予後はどうかしら」
リーナは胸が張り裂けそうになりながら、遺体をかき分けて生きている者を探し、安全警備の医官と共にできるだけの応急処置をしたのだった。
「そうか。それは……本当に大変だったね」
シャールはリーナの手を取った。
「村の人は皆あの状況に打ちひしがれていたわ。うちの村もいつ同じことになるか分からないわね」
「ああ、そうだね。明日朝イチで村長のところに行ってみるよ。うちの村も竜に備えないとね」
「ええ、あんなこと、もう二度と起こってほしくないわ」
「隣村への応援も検討してくる」
シャールは言った。
「お兄様。ありがたいわ」
「そうだね。俺が村のためにできることは何でもやろうと思っているよ」
「お兄様は皆に慕われているわよね。そういうところ尊敬するわ」
リーナの言葉にシャールは微笑んだ。
「リーナは、村どころか国のために役立ってる」
シャールはリーナの頭をそっと撫でた。リーナは少し顔を赤くした。
シャールは、ふっと真顔になった。
「ところで……。ちょっと言いにくいんだけど」
「何?」
「リーナ、安全警備の長官が言っていたけど、国中に竜が増えている。竜避けの薬をたくさん作ってくれとのことだ」
シャールは目を伏せて続けた。
「竜を退治できる魔術師はどうやら別件で忙しく、竜退治には派遣されない」
リーナの目に悲しげな光が灯ったが、仕方なく頷いた。
「それは隣村の様子で大体分かりました。魔術師は結局来なかったもの。安全警備の人が追い払っただけよ。竜、また来るでしょうね」
「そうか、やはり魔術師は来なかったか」
「ええ。もし薬玉しかないなら、がんばって作るしかないわね」
シャールとリーナは黙った。
しばらくしてシャールはため息をついた。
「リーナ、竜避けの薬の原料はどこにあるか、いい加減俺にも教えてくれないか。俺も手伝うべきだろ」
リーナはちょっと黙ってから、やっぱり首を振った。
「だめ、言えないわ」
「何で?」
リーナはシャールの顔を見た。
竜避けの薬草は危険なところにある。そんな危険なところに兄を行かすわけにはいかない。
ただでさえ、血の繋がらない私を家に置いといてくれてるのに。
「と、採り方とかあるから……」
リーナは苦し紛れの言い訳をして
「とにかく私で何とかします」
と言った。
「おまえ……危険だったりしないか?」
シャールはリーナの手をぎゅっと握った。リーナは少し居た堪れなさを感じた。
「だいじょうぶです」
「何かあったら必ず俺に言うんだよ」
「分かりました」
シャールはリーナの額に手をかけて、おでこにそっとキスをした。
子供の頃からのキス。このキスの意味合いが変わったのはいつからだろう。
シャールは自分の唇に指で触れた。
この関係はいつまで続くのだ? どうすればよいのだ?
その時は、シャールは、この後自分たちが新たな世界に投げ出されるのに、気づいていなかった。
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