72. ドッキリ大作戦1 〜娼婦アデル(笑)と、びっくりケイマン大臣〜
「ようこそ、ハワード・バーンズ様」
娼館の支配人の女が、にやりと下品に笑いかけながら言った。
「新しい女が入ったんだって?」
ハワード・バーンズと偽名を名乗った、ケイマン大臣が目を細めて聞いた。
「ええ。でも、全くの初めてな女ですよ。色気もないしねえ。仕事になるかしら」
と支配人の女はため息をつきながら言った。
「ほう? 処女ということかな?」
ケイマン大臣は興味を惹かれた目をした。
「いや、でも、それ以前の問題といいますか。あんまり、バーンズ様にはお勧めできませんね」
と支配人の女は首を横に振った。
「いや、お勧めできないと言われると、逆に興味を引かれるな」
ケイマン大臣はニヤリと笑った。
「え、本当の本当に、その女にしますか?」
支配人の女は確認する様に聞いた。後でクレームを付けられても困る。
「ああ、その女にしよう。俺が調教してやろうじゃないか」
ケイマン大臣は自信ありげに言った。
「いや、ですから、そういうレベルの話では……。まあ、いいならいいですけど」
支配人の女は、困ったような顔をしながら言った。
「たまには変わった女も、な」
ケイマン大臣は舌舐めずりをした。
「経験豊富なバーンズ様ですから、その女にいろいろ教えてやって下さいよ。こっちも助かります」
支配人の女は、色々無理だろうなと思いながらも、お世辞を言った。
お世辞とは気づかないケイマン大臣は、まかせなさいとばかりに、大口を開けて笑った。
この娼館での、ハワード・バーンズ の評判はあまり良くなかった。しつこかったり、やや普通ではない行為を強要したりするからだ。
「新人の女、最初がこの人でだいじょうぶかね」
と支配人の女は、ケイマン大臣には聞こえないように呟いた。
この娼館の一室では、アデルが、薄着で、無表情で椅子に座っていた。
ケイマン大臣の屋敷に潜入しているゼノンと調べたら、ケイマン大臣がハワード・バーンズという偽名で、この娼館にたびたび訪れる事が分かった。
ゼノンの必死の説得を振り切って、アデルはなんとかこの娼館に潜り込もうとした。
しかし、アデルの女の武器になりそうなものは、栗色のふわふわの髪の毛だけだった。
聡明な色気のない顔、決して柔らかそうとは言えない身体、上目遣いなど全くできず、ただ真っ直ぐ人を見る目。そして、決して若いとは言えない。
この娼館の支配人の女は、アデルを見て嫌そうな顔した。どこをどう見ても、アデルは男性が一夜の慰めに選ぶタイプではない。
でもアデルが一生懸命頼むのと、処女だということと、もの好きな男がいるかもしれないという点で、置いてやると決めた。
しかし、案の定、支配人の女が思った通り、アデルを指名した男は、これまで誰一人いなかった。
支配人の女にしてみれば、理由は明白だったが、アデルは指名がないことにはあまりピンと来ていなかった。
アデルはただ、
「さて今日は、ケイマン大臣は来るだろうか」
ということしか考えていなかった。
ただ、アデルに指名がなかったことが、結果的にケイマン大臣の食指を動かすきっかけになったのだから、たいした幸運だった。
部屋の外で人と話し声が聞こえた。アデルは耳を澄ませた。「あ」と思った。支配人の女とケイマン大臣のようだ。
話し声は、アデルの部屋での前で止まった。
「やっと来たか」
とアデルが呟いた。
ぎいっと部屋の扉が開いた。
紳士面をしたケイマン大臣と、支配人の女が、扉越しにアデルを見た。
支配人の女はアデルに目配せをした。
「仕事だよ」
「ああ」
アデルは頷いた。
よし、きた、仕事だ。アデルは思った。ケイマン大臣から、クレッカーとグレゴリー元大臣の名前を引きずり出してやる。
アデルはケイマン大臣の顔を、射るように見た。
ケイマン大臣は、アデルのその目に、ため息をついた。
「君は初めてなんだって?」
とケイマン大臣は聞いた。
「ああ」
アデルは頷く。
「結構いい歳に見えるが」
とケイマン大臣はアデルを見た。
「ああ。縁がなくてな」
とアデルはたいそう素直に答えた。
「なるほど。この感じ。支配人がお勧めしないわけだ」
とケイマン大臣は思った。
しかしケイマン大臣は、支配人の女に大口を叩いた手前、ここで手を引くのも、少しきまりが悪かった。
「じゃあ、こういう時にどうしたらいいのか、全く分かってないのは仕方がないのかな? とりあえず、そんな殺し屋みたいな目で、客を見るもんじゃないぞ」
とケイマン大臣は言った。
「ああ。すまん、初めてで、わからなくてな。先ずはキスとかしたらいいのか? それとも服を脱いだらいいのか?」
アデルは素直に申し訳なさそうな顔をしてから、真っ直ぐケイマン大臣に聞いた。
ケイマン大臣はうんざりした顔した。
「本当に変わった女だな。おまえみたいな女はこういうところじゃ見たことがない。上目遣いの一つも使えないのか。座り方一つにも、男を誘う仕草ってのがあるだろ」
「あるのか? 男を誘う仕草……? こんな感じか?」
アデルは薄いドレスの胸元に手を当てて、そこから襟ぐりをつたって肩の方に手を沿わせて、袖を肩から下ろし、透き通る白い華奢な肩を見せた。
「おや。思ったより綺麗な肩じゃないか。とりあえず、その肩に触ってみようか」
とケイマン大臣は、ほんの少しやる気が出た。
「肩に触るのか?」
とアデルは呟いた。
「気分を上げるためじゃないか」
ケイマン大臣は突っ立っているアデルの後ろに回り、背後からアデルの肩に触れた。
「おや? 思ったよりすべすべだな!」
そしてケイマン大臣ら、アデルの肩から腕へと、手を滑らせた。
アデルは、こういう時にどうしたらよいのか分からず、微動だにせず、突っ立っていた。あまり気分の良いものではないな、とアデルは思った。
アデルの素肌に触れたケイマン大臣の方は、少し気分が良くなり、アデルの薄手のドレスの中に手を突っ込もうとした。
ケイマン大臣の手がアデルの胸に触れるかという瞬間、アデルは反射的に、パシッとケイマン大臣の手を振り払った。
「は?」
ケイマン大臣はキョトンとした。
「あ、すまん、つい」
とアデルは言った。
「おいおい、これから私たちはヤるんだから、あちこち触らせてくれてもいいだろう?」
とケイマン大臣は呆れて言った。
「そういうものだったな」
とアデルは頷いた。
「おまえ……。やる気を削がせる天才だな……。いや、ここまでとは!」
とケイマン大臣は呻いた。
そこへ、突然、バンっと部屋の扉が開いて、
「はーい、こんにちは〜」
と二人の男が入ってきた。手に木の板を持っている。
ロベルトとエドワードだった。
「は? え? 誰だおまえらは。なんだ?」
ケイマン大臣はポカンとして聞いた。
「こちらをご覧ください」
ロベルトが木の札をケイマン大臣に見せた。
『ドッキリ大成功』と書かれていた。
「は?」
ケイマン大臣は、わけがわからん、といった顔した。
「いやーすみません、余興です! 娼婦らしからぬ女が相手になったとき、男性はどうするか?といったドッキリでーす!」
とエドワードが楽しそうに言った。
だが、ケイマン大臣は、少しほっとした顔をした。
「やっぱそうだよな! この女おかしいよな!」
「のわりには、少しがんばりましたね、お客さん!」
エドワードはノリ良く褒めた。
「いや〜恥ずかしいなあ〜」
ケイマン大臣もノリ良く、照れながら言った。完全に余興だと思っている様子だった。
「おまえら! なんでここに!」
アデルは、ロベルトとエドワードの顔を見て、ぎょっとした顔をした。
「おまえこそ何やってんだ、ばか」
とエドワードは、ケイマン大臣には聞こえないように、小声でアデルに言った。
「で、この余興は、どう続くんだね? まさか、この女と続きをやるわけじゃないよね? それは勘弁だよ!」
とケイマン大臣は笑った。
アデルはムッとした。
「もちろん、当館最高の娼婦をご紹介しまーす!」
とエドワードは言って写真を見せた。
写真には、やはり悪ノリしてみました〜という顔のソフィアが写っていた。
ケイマン大臣は、ソフィアの写真に釘付けになった。
長いストレートの金髪、豊満な肢体、艶かしい表情。そして、姿勢よくポーズをとっていた。
「なんだ、この美しさ、この気高さは! こんな女とできるのか? ぜひ、チェンジで!」
ケイマン大臣は気分が良くなって、エドワードに向かって、ソフィアをご指名した。
「はいはーい、では場所を変えましょうね! こんないい女とヤれるんですから、ロケーションもしっかりご用意させていただいております〜」
とエドワードはにっこりした。
「そうか、そうか!」
ケイマン大臣は、なんだかすっかり空気に呑まれて、警戒心などどこへやら、すっかりロベルトとエドワードの言いなりになって、促されるまま、アデルの部屋を出て行った。
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