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竜のいない夜に〜薬師の村娘ですが、高潔の魔術師に溺愛されています〜  作者: 幌あきら
[第2章 : アルデバランの首] 第5部: ケイマン大臣の断罪
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71. 誰が強い? 〜ソフィアとハリル〜

「ちょっと! ハリルはいる?」


 地下水脈(ちかすいみゃく)洞窟(どうくつ)から儀式の間に戻ってきたソフィアは、開口一番(かいこういちばん)、ヘンケルトに声をかけた。


 ソフィアはイライラしていた。先ほどウィリアム・ヒアデス卿に儀式を丸投げされたからだ。すごい魔力を使わされた。


「うわー、ソフィア。何か、満身創痍(まんしんそうい)って感じ……」


 地下水脈(ちかすいみゃく)への通路を守るため、その場で待機していたヘンケルトは、ソフィアの頭の先からつま先まで(なが)めて、気の毒そうに言った。


「誰のせいだと思ってんのよ! あんたの父親がちっとも働かないんだもの!」

とソフィアは怒った。


「働かない? じゃ、掠略(きょうりゃく)の儀式ソフィア一人でやったの? はー! まじか! ソフィア、やべーな!」

 ヘンケルトは感嘆(かんたん)の声を上げた。


「やりたくてやったんじゃないわよ! やらされたの!」


「その間、うちの父上は何してたのさ」


「こっちが聞きたいわよ。か(よわ)い乙女ががんばってんのに見てるだけ」


「あー。それでソフィアは怒ってるわけね」


「そりゃそうよ。あんたやハリルたちは何してたのよ? 私を手伝えよ!」


「いやーごめんごめん。ケイマン大臣やクレッカー長官のハエがうるさかったんだよ。いや、それはマジで」

 ハリルは頭を()いた。


「え? 侵入者はほんとにいたんだ」

 ソフィアは一瞬キョトンとした。


「もー! なんだと思ったのさ」


「ハエなんて、ウィリアムおじ様の嘘だろうと」


「嘘じゃないってば。何なら死体見ていけば」

 ヘンケルトはうんざりした顔をした。


「いらんわ、そんな趣味ないし。てゆうか、ハエなんて、そんなんハリル一人に(まか)しとけば十分でしょ。ミゲルとヘンケルとは私を手伝え!」


「いや、意外と侵入者の数が多かったんだよ。結構手練(てだれ)だったし。でも父上は、なんでソフィアを手伝わなかったわけ?」


「知らないわよ。私の力を試したかったんでしょ、久しぶりに」


「ああ、そういうことなら、試したは試したんじゃないか? ソフィアやエドワードが、アルデバランを消滅させろって言い出したから」

 ヘンケルトは合点(がてん)がいった顔をした。


「だったらそう言えばいいのに。てゆうか、そういうことなら、試すのは私じゃなくてハリルでしょ」


「なんでハリル兄さん?」


「ハリルのがやばいじゃん。昔からハリルには勝てたことないわよ」

 ソフィアは当然と言った顔をした。


「ソフィア、それは違うんじゃね? 昔ってすげえ小さい頃の話だろ? ハリル兄さんとソフィアがやれば、ソフィアが勝つと思うよ」

 ヘンケルトは素直に言った。


「そんなわけないでしょ」


 ソフィアの否定に、ヘンケルトは首をすくめた。

「で、その父上は今どこに?」


「まだアルデバランのそばにいるわ。何か考え事してるみたい。イライラしたしてたから放ってきた。それよりハリルよ」


「僕がなんだって?」

 ハリルは、王宮深部(しんぶ)の儀式の間につながる階段をゆっくり降りてきた。


「ハリル! 今日は掠略(きょうりゃく)の儀式の日だったでしょ? なんで来なかったのよ。一人でやらされたんだからね」

 ソフィアはハリルに訴えた。


「悪かったね。侵入者を二人ほど退治してたのさ。死体見る?」

 ハリルは苦笑して言った。


「なんであんたたち兄弟は、そんなに死体を見せたがるのよ」

 ソフィアはまたうんざりした顔をする。


「いや、すげー疑ってるからさ、ソフィア。死体を見れば納得するだろ」


「死体を見る趣味なんかないわよ。何なら人を殺す趣味もないし」

 ソフィアは吐き捨てるように言った。


 ハリルの目がギラリと冷たく光った。

「そうだよ。掠略(きょうりゃく)の儀式を一人でやるのと、人殺し、どっちがいいって話だよ」


 ソフィアは、はっとした。しまった、と思った。

「あ……、ごめんなさい、ハリル。私が悪かった」

 ソフィアは素直に謝った。言い過ぎたと思った。


 ハリルは、人殺しの件は相当気にしているはずだった。マリー・ヘレワーズ侯爵令嬢のことがあるから。


 ハリルが何をしているか、まだ彼女には打ち明けていないようだけれども。


「いや、ソフィア、ごめん。今日実際アルデバランと対峙(たいじ)したのは君だ。そっちの方がよっぽど()まわしい」

 ハリルは笑顔を取繕(とりつくろ)って言った。


「ううん、本当にごめん。でも、こんな家業(かぎょう)じゃ、倫理観(りんりかん)なんて、ぶっ壊れるわね」


「そうだな。で、俺に何の用?」

 ハリルは訊いた。


「ハリル。あんた私と一回勝負しなさいよ」


「は?」


「ウィリアムおじ様は今日、私の力を試してた。でもウィリアムおじ様は間違っていると思う。正直私は全然よ。試されるべきはハリルだと思う」

 ソフィアは真っ直ぐな目でハリルを見た。


「ちょっと待って、ソフィア。試すって何? なんで俺が父上に試されなければならない?」

 ハリルは訳がわからないと言った顔をした。


「ああ、アルデバランを消滅させる話よ」


「あー。エドワードとお前が言い出している話だな?」


「そうよ。私がそれをウィリアムおじ様に言ったから、多分ウィリアムおじ様は、私がそれだけの力があるかどうか見たのよ」


「そんじゃ、ソフィアと勝負する理由はねーよ。どう考えても、俺よりソフィアのが上だ」

 ハリルはため息をついて言った。


「勝手に自分を戦力外通告しないでよ。うそつき」

 ソフィアは首を振った。


「ばーか。俺はしがない水を使えるだけの魔術師さ。父上とやっても負けるだろうな」


「それはない。ここだけの話ウィリアムおじ様はだいぶ力が落ちてる。だから私も(あせ)ってる。ウィリアムおじ様が使い物になるうちに、アルデバランを消滅させねば」


「へー、親父腕が落ちてんだ。俺にはそれもわかんねーよ。やっぱすごいなソフィア」


「え?」

 ソフィアは戸惑(とまど)った。


「うちの父もわかったはずだ。この中じゃ、お前が一番だ。だけど、さらに言うとな、ソフィア。ロベルトとエドワードの方が、お前より上だと思ってる」


 ハリルの言葉に、ソフィアは目を()いた。


「ソフィア、俺より、まずは、ロベルトとエドワードをなんとかしろよ」

 ハリルは優しく言った。


「あ……、わかったわ……」

 ハリルの言葉が少し意外だったので、ソフィアはおずおずと(うなず)いた。


 ハリルはにっこりした。


 ソフィアに背を向けて儀式の間を出ようとしたハリルに、ソフィアは慌てて声をかけた。


「ねえ、ハリル。マリー・ヘレワーズ嬢は、まだイエスと言わないの?」


 ハリルは立ち止まった。


「言わないね。あの頑固(がんこ)さは何なんだろう。まだ自分が俺にふさわしくないと思ってる」

 ハリルは苦笑した。


「ハリルにふさわしいって、何? 家に(しば)られた人殺(ひとごろ)しの魔術師。大泥棒の女頭領(おんなとうりょう)だってあんたにはふさわしいわよ」

 ソフィアは言った。


「だよな。でもマリーは違うことを考えてるみたいだ。ヒアデス家がよっぽど神聖な家系だと勘違(かんちが)いしている」

 ハリルは、はあっと息を吐いた。


「あらまぁ。うちらの家系なんて、この王国の生ゴミ片付け番みたいなもんなのにね」


「だよなぁ」


「でももうこれ以上待たせられないでしょ。いい年になってしまった。死者を生き返らせたとか言う心ない噂も彼女を傷つけたに決まってる。あんたがもう守らなきゃいけないのに」

 ソフィアは強い口調で言った。


「言われなくてもわかってるよ。ソフィアは黙ってろ。わかった口をきくな」

 ハリルはムッとして答えた。


「正直、人殺(ひとごろ)しのあんたなんかより、よっぽど国王に(とつ)いだ方が彼女の清廉潔癖(せいれんけっぺき)は守れると思うけど」


「うるせーよ。ここんとこ忙しくてマリーに会う暇もないんだ。そうすると不安ばかりが襲ってくる。お前のそういうの、ほんとに俺の心を(えぐ)るからやめてくれ!」


「ふ。うそだよ。現実だけを見なよ。10年ごしの恋じゃないの。この10年、彼女はずっと手探りであんたの秘密を探してる。いじらしいわ」

 ソフィアは微笑(ほほえ)んだ。


「あー、今から大事なこと言うぞソフィア。そういう意味合いも含めて、俺はアルデバランの消滅に賛成だ。アルデバランさえなくなれば、俺は解放される」


 ハリルの言葉にソフィアはニヤリと笑った。


「ほんとよ、私たちはずっと(しば)られ続けてきたんだから。アルデバランを消滅させたら、あんたは結婚できるのね。利害の一致」

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