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竜のいない夜に〜薬師の村娘ですが、高潔の魔術師に溺愛されています〜  作者: 幌あきら
[第2章 : アルデバランの首] 第5部: ケイマン大臣の断罪
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70. 掠略(きょうりゃく)の儀式 〜ソフィアの恐るべき力〜

 ソフィアは無言のまま王宮深部(しんぶ)の広間を歩いていた。


 ソフィアは、相変(あいか)わらず胸元(むなもと)の開いた、ボディーラインの強調されたロングドレスだ。豊かな肢体(したい)堂々(どうどう)と歩いていく。


 長いストレートの金髪が、ソフィアの(かた)で揺れた。


「ふん」

 なんてつまらない毎日。


 週に一度行われる、掠略(きょうりゃく)儀式(ぎしき)


 ここの広間の(ゆか)は、(みが)かれた大理石(だいりせき)で綺麗に整備され、職人によって(こま)かく彫刻(ちょうこく)(ほどこ)された石柱(せきちゅう)が9本、円形に配置されていた。


 石柱(せきちゅう)石柱(せきちゅう)(あいだ)には、やはりみごとな装飾の漆黒(しっこく)燭台(しょくだい)がそれぞれ配置され、常に火が(とも)されていた。


 全く見事(みごと)儀式(ぎしき)()


「でもこれは、ニセモノなのよね〜」

とソフィアは(つぶや)いた。


 本物は、もっと隠された場所にある。


 ソフィアは、この儀式(ぎしき)()を取り巻く(かべ)を見た。


 この広間を取り巻く(かべ)は、岩が荒々しく積まれているだけの、広間の中心とは全く雰囲気(ふんいき)の違う、殺風景(さっぷうけい)なものだった。


 そして、その中の一つの石に()れ、軽く押した。


 すると、その瞬間(しゅんかん)、岩はずっずっずっと奥に移動し出した。そして連動(れんどう)するように周囲の岩も動き出した。


 いくつかの岩が不規則(ふきそく)に動く。上手(じょうず)に組んだ岩を魔力が(すべ)らせることで起こす。


 この仕組みを知っているものは、国王とプレアデス家とヒアデス家の中枢(ちゅうすう)の者だけだ。


 岩がうまく組みなおされて、やがて、大人(おとな)が一人、かがんで入れるほどの隙間(すきま)ができた。


 そこにはもはや、広間の燭台(しょくだい)の光は届かない。真っ暗闇(まっくらやみ)の岩の隙間(すきま)だ。


 ソフィアは、()れた足取(あしど)りで、岩の隙間(すきま)(あいだ)を通っていった。ごつごつした岩が、あちこち突出(とっしゅつ)したり、(へこ)んだりして道を作っている。


掃除(そうじ)しといてって言ったのに」

 ソフィアは、岩の隙間(すきま)に、小さなクモの巣を見つけて、少しイライラして言った。今この岩の通路は、ソフィアの叔母(おば)が管理しているのだ。


 ソフィアは、片手で光の魔法を使い(あた)りを()らし、片手でロングドレスの(はし)をつまんで、ヒールの高い(くつ)でカッカッと細い隙間(すきま)の通路を歩いていく。


 やがて岩の細い隙間(すきま)の通路は、地下水脈(ちかすいみゃく)()まり場のそばまでやってきた。


 王宮の地下から少し(はな)れた場所に、地下水脈(ちかすいみゃく)によって作られた小さな洞窟(どうくつ)があることは、一体(いったい)誰が気づいたのだろう。


「本当、良く見つけたものね」

とソフィアは感嘆(かんたん)とも(あき)れとも取れる口調(くちょう)で言った。


 地下水脈(ちかすいみゃく)なら誰もたどれない。そこでプレアデス家かヒアデス家の先祖(せんぞ)たちは、この地下水脈(ちかすいみゃく)の作った洞窟(どうくつ)の奥に、アルデバランの首を安置(あんち)することにしたのだ。


 大昔はこの地下水脈(ちかすいみゃく)水量(すいりょう)も多かったのであろう。長年、水によって浸食(しんしょく)されることでできたこの洞窟(どうくつ)は、天井(てんじょう)の高い大広間くらいの大きさはあった。


 ただ、水という自然の驚異(きょうい)が作り上げたでこぼこの地形は、洞窟(どうくつ)全体を見渡(みわた)すことを困難(こんなん)にしていた。


 そして、水によって(みが)かれた、つるつるの岩肌(いわはだ)が、よけいにこの洞窟(どうくつ)を美しく見せていた。さらに、この地下水脈(ちかすいみゃく)の水の透明度(とうめいど)。光を落とせば、底地(そこち)まで見えるのではないかと思うほど、水は()んでいた。


 そしてこの洞窟(どうくつ)の最深部には、大昔よりは水量(すいりょう)が減ったとはいえ、地下水脈(ちかすいみゃく)()まり場がある。この洞窟(どうくつ)に流れ込み、この洞窟(どうくつ)から流れ出るのに、一旦(いったん)水が落ち込む窪地(くぼち)


 岩の細い隙間(すきま)の通路からは低すぎて見えない、この地下水脈(ちかすいみゃく)()まり場こそが、最重要(さいじゅうよう)儀式(ぎしき)()だった。


 アルデバランの首は、この地下水脈(ちかすいみゃく)()まり場の窪地(くぼち)の、すぐそばに置かれている。


 ソフィアは体勢(たいせい)に気をつけながら進んでいく。ソフィアの光の魔術だけが、真っ暗闇(まっくらやみ)洞窟(どうくつ)の中を(ほの)かに()らす。


 つるつるの岩肌(いわはだ)(すべ)って転ばないよう、足元に気をつけながら、窪地(くぼち)の方へ降りていく。下り道なので、足元が危ない。


 窪地(くぼち)を目指して降りて、どれだけ歩いただろうか。ソフィアは、ようやくアルデバランの首のある場所までたどり着いた。


 アルデバランの首は、石を組んで作った、小さな井戸(いど)のような場所に、無造作(むぞうさ)に投げ入れられていた。


 (きば)の生えた、雄牛(おうし)ような頭。


 アルデバランの首から立ち(のぼ)る、(すさ)まじい魔力量(まりょくりょう)。取り巻く魔力で、小さいはずのアルデバランの首が、一回(ひとまわ)りも二回(ふたまわ)りも大きく見える。


 そして、首だけになっても(なお)、アルデバランの目はギラギラと(かがや)いている。ソフィアが(のぞ)き込むと、(にら)むようにしてこちらを見た。


「つまらん。また貴様(きさま)か」

 アルデバランの(かす)れ声で言った。


「ああ。また魔力が少し回復しているようだな。その生命力(せいめいりょく)。本当に感心する」

 ソフィアは、アルデバランを見下ろしながら言った。


「いい加減(かげん)に、(わし)を解放しろ。(わし)がいつ、おまえたちに悪さをした?」

 アルデバランは()いた。


「昔のことは知らん。私は生まれてまだ20年そこそこだからな」

とソフィアは答えた。


「ふん。今日もアレをしにきたのか」

とアルデバランは言った。


「ああ。掠略(きょうりゃく)儀式(ぎしき)

とソフィアも半分めんどくさそうに答えた。


「ご苦労なことだ」

とアルデバランもぶっきらぼうに言った。


 そこへウィリアム・ヒアデス卿がやってきた。


 相変(あいか)わらず大きな体躯(たいく)堂々(どうどう)とした立ち振る舞い、冷酷(れいこく)な表情。一つにまとめた長い黒髪。もう術衣(じゅつい)を着ている。


「ソフィア。、それとあまり話すな。取り込まれるぞ」

とウィリアム・ヒアデス卿は低い声で(たしな)めた。


「はいはい」

 ソフィアはうんざりした顔をした。


「ソフィア、さっさと術衣(じゅつい)を着て来い」


「はーい、ウィリアムおじ様。ところで、ハリルや、ミゲル、ヘンケルトは?」

とソフィアは聞いた。


「さっき王宮深部(しんぶ)の広間で、見かけない顔の者がうろついていたからな。片付(かたづ)けろと、置いてきた」

とウィリアム・ヒアデス卿は答えた。


「え? じゃあ今日は、ハリルやミゲル、ヘンケルトはなし?」

 ソフィアはげんなりした顔をした。

「めんどくさ! 私のやること増えるじゃん」


「めんどくさいとか言うな。クレッカーや、ケイマンのハエがうるさいんだ」

とウィリアム・ヒアデス卿は言った。


「ハリル一人でだいじょうぶでしょ? ミゲルとヘンケルトは呼び戻してよ」

とソフィアは食い下がる。


相変(あいか)わらず文句(もんく)が多いな。おまえ一人の(ちから)で十分なくせに」

とウィリアム・ヒアデス卿は(あき)れた声を出した。


「よく言うわ、おじ様! どれだけ、か(よわ)い女を働かせるおつもり?」

とソフィアは抗議(こうぎ)した。


「か(よわ)い? おまえがか? 最近私は、おまえ一人で、この王国ぐらい(つぶ)せるんじゃないかと思えてきたよ。ミゲルやヘンケルト呼ぶのも、おまえの(ちから)を隠すためじゃないのか?」

とウィリアム・ヒアデス卿は()るような目で言った。


 ソフィアはギクッとした。しかし顔には出さず、取り(つくろ)った。


「ウィリアムおじ様に言われたくはないわね。現存(げんぞん)する最強の、やばい魔術師さん」


 しかし、ウィリアム・ヒアデス卿は、ソフィアの軽口には返答しなかった。

「ソフィア、さっさと術衣(じゅつい)を着て来い」


 ソフィアはもう文句(もんく)を言わず、岩陰(いわかげ)に折りたたんで置いてあった術衣(じゅつい)を、頭からすっぽりと(かぶ)った。


 術衣(じゅつい)を着るのには(わけ)がある。


 アルデバランから()がした魔力が、直接、魔術師を攻撃しないよう、体を守るように作られている。


 王国の初期、プレアデス家とヒアデス家の先祖たちは、若くして()くなることが多かった。アルデバランの魔力に()てられていたのだった。


 それに気づいてからは、代々(だいだい)、必ず術衣(じゅつい)を着るようになった。


「さあ、掠略(きょうりゃく)儀式(ぎしき)を始めるぞ」

とウィリアム・ヒアデス卿は、ソフィアに言った。


「ふん」

とソフィアは鼻を鳴らした。


 ソフィアは()()きした顔を隠しもせず、カツンと右足を一歩前に出した。


 ソフィアの魔力が、地面伝(じめんづた)いに、バリバリとひび()分岐(ぶんき)しながらも、アルデバランの首に向かって走っていった。


 石で囲まれた場所に投げ入れられているアルデバランの首は、()げることも(かな)わず、ただソフィアのその魔力を一身(いっしん)に受けた。


 ソフィアのひび()分岐(ぶんき)した線状(せんじょう)の魔力は、アルデバランの首にまとわりつくと、バリバリと火花(ひばな)()らしながら、アルデバランから魔力を引き()がしていった。


 ソフィアの(ひたい)から、(あせ)()れた。


「いやね、化粧(けしょう)(くず)れるわ」

 精一杯(せいいっぱい)軽口を(たた)きながら、ソフィアはアルデバランを(にら)みつけている。


 さすがにアルデバランほどの魔力の持ち手となると、ソフィアの魔力も激しく消耗(しょうもう)した。


「ウィリアムおじ様! ちゃんとやってよ!」

とソフィアは怒鳴(どな)った。


「必要ないだろう」

とウィリアム・ヒアデス卿は、しれっと言った。


 ウィリアム・ヒアデス卿は、今日はソフィアの力を見るために、ソフィア一人でやらせると心に決めていたのだった。


「なんですって? おじ様! 私、こんなに大変(たいへん)なんですけど!」

 ソフィアはキレて言った。


「もうあらかたの魔力は、アルデバランから()がれているじゃないか」

とウィリアム・ヒアデス卿は、冷静に首を横に振った。


 ソフィアの魔力とアルデバランの魔力が、火花(ひばな)()らしながら、ぐるぐると(くる)ったようにアルデバランの首を取り囲んでいた。


 激しくぶつかり合う魔力で、アルデバランは不快(ふかい)を感じて、うめき声を上げた。


「ちょっと……まだ私にやらす気?」

とソフィアが、余裕(よゆう)の無さそうな声を上げた。


「できるだろ」

ウィリアム・ヒアデス卿は平然(へいぜん)と答える。


 ウィリアム・ヒアデス卿が手伝う気がないと分かると、ソフィアはこのぶつけるだけぶつけた魔力を、一人で何とか回収(かいしゅう)せねばならなくなった。


「ウィリアムおじ様にやらせる気だったのに!」

とぶつぶつ文句(もんく)を言いながら、ソフィアは今度は左足をガツンと、一歩前出した。


 ソフィアの左足を中心に、魔力の風が激しく()った。


「おっと」

 猛然(もうぜん)たる魔力の風で、ウィリアム・ヒアデス卿ですら、一瞬(いっしゅん)足元がおぼつかなくなった。


「ソフィア、ここまでとは。ヤケになっているとはいえ」

とウィリアム・ヒアデス卿は(つぶや)いた。


 ソフィアの(はな)った魔力の風は、アルデバランに(おそ)いかかると、アルデバランから()がされた魔力を(から)め取り、そのまま地下水脈(ちかすいみゃく)へ落とし込んだ。


 地下水脈(ちかすいみゃく)一旦(いったん)ここに()まるが、次から次に流れてくる水は、この国中の地下をめぐり、あらゆる(いずみ)、あらゆる川、あらゆる土地を(うるお)す。


 それとともに、アルデバランの魔力も、この国中に()ることになる。


 そう。これが正体。


 この王国に、魔力がある、理由。


 この王国に、魔術師が存在し、魔力を使える、理由。


 すべてはこの人外(じんがい)のもの、アルデバランの首から(はっ)せられたものなのだ。


 ようやくソフィアの魔力の風で、すべてのアルデバランの魔力を地下水脈(ちかすいみゃく)に落とし込むと、ふうっと大きな息を()いて、そして右足から(はな)っていた、アルデバランの首の周りをめぐっている線状(せんじょう)の魔力を、一気(いっき)に両手で回収した。


 ソフィアは、もはや(かた)で息をしている。

「はあっ、はぁっ、はあっ」


「さすがだ」

とウィリアム・ヒアデス卿は言った。


「おじ様、最低……本当、一人でやらされるのは……何年、ぶりかしらね」

とソフィアは、まだ息が整っていないまま、ウィリアム・ヒアデス卿を(にら)むと、


「ロベルトのお母様の(けん)以来かしら!」

嫌味(いやみ)を言った。


 ウィリアム・ヒアデス卿は、さすがに今日はロベルトのことで、ソフィアを怒らなかった。


 別のことが、頭を()(めぐ)っていたからだ。


 先日のソフィアの言葉。いい加減(かげん)アルデバランを消滅(しょうめつ)させろと言った、あの言葉。

お読みくださってありがとうございました!


すみません、次話ですが、現在、書き直し中です。アデルさんが娼婦の真似事をする回だったのですが、表現を変えたいと思いまして……。申し訳ございません。

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