68. 慰労会4 〜エドワードの愛の言葉〜
仕方なくシャールは、難しい顔をして、エミリアをエスコートして庭の方へ歩き出て行った。
リーナはその様子を遠くから見ていた。
誰だろう、あのご令嬢は。美しい身なり、身のこなし、ちょっとした仕草。全て完璧な本物の令嬢。
リーナはもやもやとした感情が、心の中に湧いてくるのを感じた。
シャールはさっきまで私といたのに。
その時、一人の男性がリーナのそばに近づいてきた。男性は目の部分だけ仮面をつけていて、素顔はよく分からなかった。
「君一人?」
とその男性は微笑みながら聞いた。
「えっと……」
リーナはどう答えていいか迷った。私はシャールを待っている。この男性と、特に話したいこともない。
リーナが何も答えずにいると、男性は、ふふふと笑ってリーナのすぐ横に立った。
「人と話すの苦手? 僕も今日はあんまり人と話せないんだ。でも君とはちょっと話してみたいし、少し無駄話に付き合ってよ」
と人懐っこそうな口調で言った。
リーナは、この男性は何者だろうと思った。今日の慰労会には、わざわざ仮面をつけている人はいない。
でもその男性は、リーナが不審がっていることなど気にも留めない様子で、
「ご覧よ。今日の慰労会もたいそうな盛況だね。立派な若者たち。彼らがこの国を守ってくれているんだって。どう思う?」
とリーナに話しかけた。
どう思うって? そんな質問あるかしら、とリーナは思った。
しかしその仮面の男性の瞳の奥は、遠い何かを見つめているようだった。
「えっと」
リーナが何か言わなければと思っている時、
「おーい、それ、俺の連れなんだけど」
と聞き慣れた声がした。エドワードだった。
リーナは息が止まるかと思った。目を見開いてエドワードを見た。
「あれ? エドワードじゃん」
と仮面の男性が言った。
仮面の男性は、エドワードを見たあと、リーナの様子をチラリと見た。
そして、へえ、そういうことか、と誰にも聞こえないように呟いた。
「おまえ、こんなとこ来ちゃいけねーだろ。何やってんだ、ばか」
とエドワードはその仮面の男性に言った。
「ふふふ。親父がこの慰労会に顔を出したんだ。何事かと思って追って来ただけ」
と仮面の男性は楽しそうに言った。
「ウィリアムおじさんが?」
エドワードは意外そうな声を出した。
「そう。この娘に話しかけていたね。でももう用事は済んだようだ。親父は帰ったよ」
と仮面の男性はニコニコしながら答えた。
「じゃぁ、おまえも帰れよ、ヘンケルト」
とエドワードが鬱陶しそうに言った。
「まあ、そうなんだけどさ。さっき国王陛下に呼び止められちゃって、この子なんてどうだって聞かれたから、ちょっと話してみようかと」
とヘンケルトは楽しそうに話した。
「どうだってどういう意味だよ」
とエドワードは聞く。
「だから、お嫁さんにどうだって。国王がさ、人は国の宝だとか何とか。綺麗な娘だからいいんじゃないかとか何とか。で、この娘に話しかけてみよっかなと思ったんだけど」
とヘンケルトは、国王の話が長かったようで、少しため息をつきながら言った。
「ちょっと、お嫁さんにって……」
とリーナが言いかけた時、
「こいつは俺のもんだ」
とエドワードは、強い口調で言って、ヘンケルトを睨んだ。
「だよねえ。なんか、今さっき、そんな感じがしたんだよね」
とヘンケルトはにっこりした。
「じゃぁこの娘が、男か誰かを待っているような雰囲気を出していたのは、エドワードの事だったのかな?」
とヘンケルトは言った。
エドワードは険しい顔をした。おそらくそれは俺のことじゃない。
俺がこの慰労会に出る事はリーナは知らないはずなのだから。「待つ」なんて。
強い嫉妬心がエドワードの体を駆け巡った。ただでさえ、ずっと、ずっとリーナに会いたかったのに。リーナは別の男を待っていただと?
考えられるのは、ただ一人。シャールだ。
「おまえはもう帰れよ、ヘンケルト」
とエドワードはイライラしながら言った。
「そうだね。ここにいることがバレちゃ、いろいろ後が面倒だしね。誰にも言うなよ、エドワード」
とヘンケルトは少し真面目そうな顔で、エドワードに念を押した。
「あと、婚約者候補になるのかなーと思った女性も、違ったみたいだし」
ヘンケルトはそう言うと、くるりと向きを変えて、慰労会の大広間から出て行った。
「エドワード、あの人知り合い?」
とリーナは聞いた。
「あんなやつ、どうでもいいだろ」
とエドワードはピシャリと言った。
エドワードは、リーナの腕を強い力で引き、バルコニーへと引っ張っていった。
エドワードには、リーナのドレスも髪型も、どうでもよかった。ただ、こうして再会できたことが、エドワードの胸を締め付けた。
皓々と明るい大広間から一転、バルコニーは薄暗く、星月夜が見えた。
エドワードは、ずいっとリーナに詰め寄った。そして、リーナを両腕で挟み込むようにバルコニーの手すりに手をかけた。リーナは、エドワードの腕と体で、もう逃げられなくなった。
逃げる? いや、違う。待っていた? シャールを? エドワードを? どっちを?
リーナの心は動揺した。
この、心の震え方はいったい何? この涙が出るような気持ちは、いったい何?
「エドワード、だわ」
とリーナは呟いた。
「おまえの口から俺の名前が出る」
とエドワードは呟いた。
「おまえが誰を待ってようと関係ない。おまえは俺のものだ」
エドワードはそのままリーナの唇を奪った。強く強く、何度も何度も、貪るように、くちづけを繰り返した。
「エドワード……」
とリーナが息を漏らした。
「もっと俺の名を呼べよ。俺を欲しがれ」
とエドワードはリーナの耳元にキスをしながら言った。
リーナはエドワードにしがみついた。
「エドワード……」
リーナはエドワードの厚い胸板に顔を当てた。
もう次はいつ会えるか分からない。
「エドワードが、好き……」
リーナは呟いた。
エドワードのリーナを抱きしめる腕に力がこもった。
「俺もだ。全部終わったら、俺のものになってくれ」
リーナは目にうっすらと涙を浮かべながら、うん、と肯いた。
「いいか、俺はおまえに愛を誓う。離れていても、何があっても、俺はおまえだけを想っている」
エドワードは何度もリーナに言った。
「エドワード、必ず私を迎えに来てね……」
リーナも言った。もう迷わない。
エドワードとリーナは、愛を誓い合った。
王宮の庭でエミリア嬢をエスコートしていたシャールは、ふと見上げた大広間のバルコニーにリーナとエドワーズの姿を認め、硬直した。
リーナを固く抱きしめるエドワード。エドワードにしがみつくリーナ。
シャールは愕然とし、そして絶望した。シャールに対するリーナの態度と、エドワードに対するリーナの態度の違いに。
ここのところ、ずっと俺の腕を掴んでいたのは? 俺のキスを拒まなかったのは? ただ、その時そばにいた、一番安心できる者だったからか?
だが、それで俺はいいのか? シャールは下を向いた。
リーナの心の安らぎでいたい。リーナを抱きたい。リーナの全てが欲しい。
俺の気持ちはどこにやったらいいのだ。
「シャール様? どうかなさいましたか?」
エミリアがおずおずと聞いた。
しかし、シャールの耳にはエミリアの声は届かなかった。
なぜ俺はエミリアと庭を歩いているのだ? 俺がリーナのそばにいて、リーナをエドワードから守れば良かったのではないだろうか。
そうだ、リーナが一番気を許せるのは、俺のはず。
強い悔しさがシャールを襲った。
だいじょうぶ、挽回のチャンスはあるだろう。自分とリーナは国中を回って竜を駆除する旅に出る。俺とリーナはずっと一緒だ。そしてリーナはしばらくエドワードとは会えないはずだ。
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