66. 慰労会2 〜ウィリアム・ヒアデス卿の質問と、国王とマリー・ヘレワーズ嬢〜
その時、そこに思わぬ人物が現れた。ウィリアム・ヒアデス卿だった。
彼は、大股で堂々と国王の側に歩み寄ってきた。相変わらず冷酷な目で、口をぎゅっと結んでいる。後ろで束ねた黒髪も、一糸の乱れもなかった。一応公のパーティーということで、彼は魔術師の正装を纏っている。
そもそも彼が慰労会に参加するなど、大変珍しいことだった。気付いた者は皆、威圧感に気圧されて押し黙った。
国王だけが、気安くニコニコしながら、
「おや、ウィリアム・ヒアデス卿。今日は顔を出したのかい?」
と話しかけた。
「ええ。少し気になることがありましてね。でも一つはもう片付きそうです。竜の毒を作ったのは、こちらのご令嬢ですか?」
とウィリアム・ヒアデス卿は訊いた。
「そうでございます」
とマリー・ヘレワーズ嬢は、丁寧に一礼しながら答えた。心の中では、「ご令嬢っておっしゃったわ、よしっ成功っ!」と思っていた。
「では」
とウィリアム・ヒアデス卿はリーナの方を向いた。
「お嬢さん、一つお聞かせ下さい。その竜の毒というものは、すべての竜に効きますか?」
彼の眼はどんな嘘も許さない、強い光を放っていた。
「えっと、あの、どういう意味でしょうか?」
とリーナは、ウィリアム・ヒアデス卿の意図が全く分からず、おずおずと尋ねた。
全ての、竜? 全てってどういう意味かしら? 竜には何種類もいるの? どういうこと?
リーナが本当に何も知らなそうな顔をして、怯えた目で見るので、ウィリアム・ヒアデス卿はふうっとため息をついた。
「なるほど。ご存じない?」
ウィリアム・ヒアデス卿は、相変わらず冷たい目をして、リーナをじっと見つめた。
リーナは相変わらず縮こまっている。
「それなら結構です」
とウィリアム・ヒアデス卿は、太い声で言い放つと、話はお終いとばかりに向きを変え、リーナや国王の側を離れようとした。
「おいおい、それだけかい?」
その時、国王の明るい声がウィリアム・ヒアデス卿を呼び止めた。
ウィリアム・ヒアデス卿は、一応国王の言葉ということで、一旦足を止めて、
「そうですが。まだ何か?」
と聞いた。
「そうだ、ウィリアム・ヒアデス卿。君の所に三人兄弟があるだろう。誰も婚約もしていないと聞くよ。どれか一人に、このご令嬢をあてがってはどうだい?」
とリーナを指し示しながら、国王はいい考えとばかりに、楽しそうに言った。
「君も、この令嬢が気になっているんだろう?」
と国王は少し意地悪そうな目で言った。
「いえ、私の興味は竜の毒であって、それを作った娘ではありません」
とウィリアム・ヒアデス卿は国王をチラリと見て言った。
「息子の婚約の話は、どうぞ好きにしてください。本人たちに直接確認してくださったら結構。うちは政務には関わらない家なので、素性さえしっかりしていれば、どんな嫁でも私は問題ありませんよ」
ウィリアム・ヒアデス卿は、全く興味を示さない感じで、くるりと向きを変えると、それ以上は何も言わずに、慰労会の大広間から出て行った。
皆は、ウィリアム・ヒアデス卿の空気に押されて、ただ後ろ姿を見送るしかなかった。
その時、シャールが、はっとして、
「国王陛下! リーナに貴族との婚約などとんでもございません! 私たちは身分が違います!」
と思わず声を上げて国王に訴えた。
マリーは微笑んで、
「シャールさん。身分のことは、多分気にしなくてもよろしいかと思いますわ。あちらはヒアデス家という、少し特殊な家柄の者です。もちろんリーナさんがご自分で決めたら宜しいことですけれども」
とシャールを嗜めた。
「でも……」
とシャールが言いかけた。
マリーはシャールの言葉を遮るように、
「シャールさん、あなたは本当にリーナさんのことを溺愛してるのですのね。こないだから、リーナさんも少しもあなたから離れませんし。でも、これからは、今後のことも考えねばなりませんよ」
と少し咎めるように言った。
「そうだね。君も数多の令嬢から人気があると聞くし。誰かいい人いないのかい?」
と国王も楽しそうにシャールに言った。恋バナが好きらしい。
それから、
「マリーも、今後のことを考えてくれるといいんだけどね」
と国王はまた、マリーには聞こえないような小さな声で呟いた。
何も聞こえなかったマリーは、それからヘルマンの方を向いた。
「ヘルマン様、悪かったですわね。付き合っていただいて、本当ありがとうございます。わたくしの気も晴れましたわ! エスコートはもう宜しいから、みんなとバカ騒ぎでもしていらっしゃいませ。お酒飲みたくてうずうずしてらっしゃったんでしょう?」
とマリーはヘルマンに笑顔で言った。
「えーっと、いや、マリー嬢のおかげで、国王陛下からお言葉を頂戴できたんで。ちょっと感激してます。こちらこそ悪かった。マリー嬢がエスコートが必要なら俺はとどまるけど?」
とヘルマンは、マリーに少し後ろめたさを感じているようで、照れくさそうに言った。
「そう、ヘルマン様はお優しいのですね。わたくしも婚約者とか気の合う令嬢みたいな、仲の良い者がおりませんから、誰かに声をかけられるまで、ヘルマン様がエスコートして下さるとありがたいわ」
とマリーは微笑んだ。
「わたくし、変わり者なんですって」
とマリーはほんの少し寂しそうな笑顔で付け加えた。
「変わり者って! マリー嬢の仕事っぷりに俺たちがどれだけ助けられているか!」
とヘルマンは思わず声を上げてから、
「まあ、それはいいとして、本当に俺でいいんですか?」
と少し怖気づきながら聞いた。
「いや、ダメだろ!」
マリーとヘルマンのやり取りを聞いて、国王は嫌そうな顔をして、抗議の声を上げた。
ヘルマンは、国王の言葉にピシッと固まった。ダメだ、マリーに関することは、国王の地雷だ。
国王はつかつかとマリーに歩み寄った。
「マリー、そういうことなら、私と一曲踊っていただけますか?」
と国王は笑顔でマリーに手を差し伸べた。
「わたくし、上手に踊れませんの」
とマリーはその手を頑なに断った。
「でも、その警備兵よりは、マリーを楽しませられると思うんだけど」
と国王は尚も食い下がった。
「ジョゼフ様、ヘルマンに失礼です」
マリーは国王を嗜めた。
「マリー。多くは望まないから。たまには、私の願いも聞いておくれよ」
と国王は哀願した。
「ジョゼフ様」
マリーは少し悲しい目をした。そして黙った。
マリーの目に含まれるものに、国王は心当たりがあった。
二人の間で、時間が止まった気がした。
「分かったよ、マリー」
と国王はため息をついた。
マリーは下を向いた。
「あの……。俺やっぱり、辞めましょうか?」
国王とマリーの間を流れる空気の重さに、ヘルマンはおどおどと言った。
「いえ、ヘルマン様は何も気にされることはございませんわ」
マリーははっとして、笑顔を作ると言った。
「それより、申し訳ございません。わたくしのエスコートなど。仲間の皆様とお酒が飲めなくて」
とマリーは済まなさそうに言った。
「いいですよ。たまにはこんな夜があっても。全く。俺、もう、何とでもなれって感じなんで。王子様になってみせますよ!」
ヘルマンは、さっきの国王とマリーの間の空気を吹き飛ばすように、できるだけ明るく言った。
マリー・ヘレワーズ嬢は、ヘルマンに深く感謝した。
リーナは、気丈そうに振る舞うマリーの目に、一瞬涙が光るのが見えたような気がした。
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