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竜のいない夜に〜薬師の村娘ですが、高潔の魔術師に溺愛されています〜  作者: 幌あきら
[第2章 : アルデバランの首] 第4部: 王国の慰労会
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63. マリー・ヘレワーズ侯爵令嬢のいたずら 〜人を見た目で判断する者が多いので〜

 シャールはヘルマンとともに、安全警備本部(あんぜんけいびほんぶ)の兵士(ひか)えの()で、身だしなみを整えた。


 普段の村民(そんみん)という格好(かっこう)ではいけない。シャールは、支給(しきゅう)された正装(せいそう)の隊服に(そで)を通し、きっちりと着こなした。


 もともと村長代理を(つと)めるほどの礼儀くらいは身に付けていたので、背筋(せすじ)()ばし、(かみ)(ひげ)(はだ)も整えたら、シャールは一人(ひとり)立派(りっぱ)な青年隊士になった。


(おどろ)いた。きちんとしている。似合うじゃないか」

 ヘルマンも満足そうに(うなず)いた。同僚(どうりょう)として、()ずかしくないと判断したためだった。


 安全警備本部(あんぜんけいびほんぶ)無理矢理(むりやり)連れてこられた魔術師マーロンも、めんどくさそうな顔をしながらも、魔術師の正装(せいそう)一式(いっしき)身にまとうと、やる気のない小汚(こぎたな)い魔術師が、一応(いちおう)身なりはしっかりした、気怠(けだる)いハンサムな青年魔術師になった。


 シャールとヘルマンは、マーロンの姿(すがた)に目を(うば)われた。そして同時に気の毒になった。マーロンは、魔術管理本部(まじゅつかんりほんぶ)で、本来やるべき仕事があるような気がした。


 その頃、マリー・ヘレワーズ()は、安全警備本部(あんぜんけいびほんぶ)から、リーナをヘレワーズ侯爵家(こうしゃくけ)屋敷(やしき)に連れて行った。


 リーナは完全に萎縮(いしゅく)していた。まず、乗せられた馬車の立派さに、馬車を(ぎょ)する者たちの礼儀正しさに、そしてヘレワーズ侯爵家(こうしゃくけ)屋敷(やしき)豪華(ごうか)さに。


 完全に貴族(きぞく)。身分の違い。住む世界が全く違う。


 リーナは、ふとエドワードのことを思った。彼も貴族(きぞく)出身だ。私の分かり()ない、こんな世界に住んでいるのだろうか。


 馬車が屋敷(やしき)の門をくぐり、庭を横切(よこぎ)って進み、正面玄関(しょうめんげんかん)に着いたとき、

「お帰りなさいませ、お嬢様」

と一部の(すき)もない執事(しつじ)が出迎えた。


 使用人たちが、マリーとリーナを馬車から降ろすと、執事(しつじ)が、

「ところで、そちらのお方は?」

とマリーの後ろにいるリーナについて、丁寧(ていねい)(たず)ねた。


 リーナは自分の、薬草畑(やくそうばたけ)からそのまま出てきたような格好(かっこう)が、あまりに場違(ばちが)いで()じた。


安全警備本部(あんぜんけいびほんぶ)に所属しております、リーナ・ブロンテと(もう)します」

 リーナは緊張(きんちょう)しながらおどおどと挨拶(あいさつ)した。


 リーナは今こそ、安全警備本部(あんぜんけいびほんぶ)に所属しておいて本当によかった、と心から思った。せめてもの正当(せいとう)肩書(かたが)きがあることが、救いだった。


「こちらのリーナさんは、わたくしと同じ部隊で働くことになったお嬢さんなのですよ。よろしくお願いいたしますね」

とマリーは執事(しつじ)に紹介した。


「今日、ジョゼフ様主催(しゅさい)慰労会(いろうかい)のパーティーがありますでしょう? リーナさんは田舎(いなか)から出てきたばかりだそうですので、パーティーの準備を手伝ってあげようと思っているのです」

とマリーは説明した。


「ジョゼフ様?」

とリーナはぽつんと聞いた。


「あー、ジョゼフ様は私の従兄弟(いとこ)ですの。あ、国王陛下(こくおうへいか)のことよ」

 マリーの母ヘレワーズ侯爵夫人(こうしゃくふじん)は、ジョゼフ国王の父の一番下の妹で、マリーはジョゼフ国王の従姉妹(いとこ)ということになる。


「一人でも多くの警備隊員(けいびたいいん)が出席た方がジョゼフ様は喜ぶはずですわ。この王政(おうせい)が始まって以来、途絶(とだ)えることのない、10年に1度の慰労会(いろうかい)ですものね」

 マリーは(ほこ)らしげにに(うなず)いた。


「特にリーナさん、あなた、とても(すご)いわ。あなたをジョゼフ様に紹介できるのが、楽しみで仕方(しかた)ありません」

とマリーは微笑(ほほえ)んだ。


「いいえ、私は別に、それほど」

 リーナは、はにかんだ。


「何をおっしゃるの。(りゅう)(あや)める(どく)なんて、本当によくお作りになったわね。それに、あの、あなたが自分で調合(ちょうごう)したという薬たちも、とても有用(ゆうよう)でしたわ。わたくし、感心しました」

とマリーは心から言った。


「いえ、私の方こそ、マリー様の手際(てぎわ)の良さには、心底(しんそこ)感心いたしました」

とリーナは恐縮(きょうしゅく)しながらも、思っていることを言った。


「あら。安全警備本部(あんぜんけいびほんぶ)医務官(いむかん)ですもの。わたくしは、そのときできることをやるだけですわ」

とマリーは微笑(びしょう)を浮かべた。


 リーナはマリーの姿勢(しせい)が、とても(とおと)いものに思えた。

「私も、薬師(くすし)として、同じ気持ちでいます」


 二人は顔を見つめあって、微笑(ほほえ)んだ。より強い信頼が生まれた気がした。


 それから、マリーは、はっとして、リーナを頭の先から足のつま先まで、ざっと(なが)めた。


 化粧気(けしょうっけ)のない顔。髪の毛は作業の邪魔(じゃま)にならないように、無造作(むぞうさ)に後ろで(たば)ねられている。


 洗濯はされているが、(どろ)や草の汁の(あと)がこびりついたままの服。よく物を()っ込むのだろう、服のポケットには穴が空いていた。畑仕事によく出ている靴をそのまま()いてきたのだろうか、(くつ)もしっかりと(どろ)がこびりついている。


「あなた、本当に、安全警備本部(あんぜんけいびほんぶ)に所属? よく見ると、とても医療(いりょう)(たずさ)わる者の格好(かっこう)をしておりませんね」

とマリーは少し(あき)れて言った。


「はい。私なんて、本当は、田舎(いなか)薬草(やくそう)育てているただの薬師(くすし)です。でも(りゅう)(あや)める(どく)を作ったので、急遽(きゅうきょ)安全警備本部(あんぜんけいびほんぶ)に所属することになったんです。これから国中(くにじゅう)(りゅう)駆除(くじょ)して回るからって」

 リーナは頭を下げながら、汗をかいて説明した。


「あぁ、急遽(きゅうきょ)……。そういうことでしたのね。それで、まだ衣装(いしょう)が間に合っておられないのね」

とマリーは納得した顔をした。


 リーナは(あわ)ててかぶりを()った。

「いえ、それは、違います! 衣装(いしょう)は、というか身なりのことは何も、私には分からないので……。」


 マリーはぽかんとした。

「まあ。そうでしたの。雑念(ざつねん)がないのね。あなたはきっと、本物の薬師(くすし)なのだわ」

 そして、マリーはリーナを尊敬(そんけい)眼差(まなざ)しで見つめた。


「まあ、安全警備本部(あんぜんけいびほんぶ)に所属することになったのですから、あなたも(おおやけ)の者になったのですわ。国民の目もありますから、多少(たしょう)は身なりも気にしてくださいませ。わたくしが、これこら身なりを整えて差し上げます」

とマリーが宣言(せんげん)した。


「まあ、とりあえず、今夜はパーティーですから、身なりを整えるどころか、大変身(だいへんしん)しなければなりませんわね」

 マリーは急にいたずらっぽく笑った。


「リーナさん、どうせハーマン長官に、適当(てきとう)にあしらわれているのではありませんか? 今夜はハーマン長官に、どこの令嬢(れいじょう)かと、敬語(けいご)を使わせてやりましょう」

とマリーは笑って言った。


「マリー様、何をおっしゃってるんです?」

 リーナには意味がわからなかった。


 リーナは、思っていたマリーの人柄(ひとがら)が、実際と違って唖然(あぜん)とした。


 医務官(いむかん)として働いていたときは、口数少(くちかずすく)なく、真面目(まじめ)合理的(ごうりてき)な人かと思っていた。


「ジョゼフ様にも見せてやりましょう! これが(りゅう)(あや)める(どく)を作った薬師(くすし)の女の子だと! (ひと)こそ(くに)(たから)ですわ。そのことを、女のやり方で彼らに見せつけてやりましょう!」

 マリーは自分の思いつきが相当(そうとう)気に入ったようだった。


 リーナを(みな)(みと)めさせたい、とマリーは思ったのだった。


「とりあえずお風呂を用意させますわ。頭のてっぺんから足のつま先まで、ピッカピカにしていただきます。そしたらお化粧して、マニキュアを()りますわよ」

 マリーはリーナに言ったあと、使用人の女たちに何事か色々言いつけた。


「え? あ、あのマニキュアとか、名前を聞いたことしたないです……。化粧もしたことないし……」

 リーナは()ずかしそうに言った。


 マリーは面白(おもしろ)くて仕方(しかた)がなかった。


「ドレスは私のをお貸しいたしますわ。選んで(まい)りますが……好みもございますでしょうから、ついてきてくださいまし。わたくしとリーナさんでは、少し(せい)の高さが違いますから、サイズを合わせなければなりませんね」

 マリーは腕まくりをして、それから使用人にお針子(はりこ)さんの準備を言いつけた。


「ヘアメイクも今風(いまふう)にやりましょう。リーナさん、本気を出しますわよ、覚悟してくださいまし」

とマリーはウインクをした。

「ハーマン長官を見返してまりましょう。どこから見ても完璧(かんぺき)な、立派(りっぱ)令嬢(れいじょう)、にしてみせますわよ」


 実際マリーはリーナを大変身(だいへんしん)させる気など、最初はまるでなかった。ただ、あまりにもリーナが、田舎(いなか)から出てきたばかりの(きたな)い身なりをしていたので、(おおやけ)のパーティーに出られるだけの身だしなみだけ、しっかり整えてやろうと思っていた。


 しかしマリーは、リーナが薬師(くすし)として、これまでそれだけをやってきて、工夫(くふう)(かさ)ね、新しいものを()み出してきたその事実に、(とおと)さを感じ、すっかりリーナのことを気に入ってしまった。


大変身(だいへんしん)」など、本当はリーナにとっては何の価値(かち)もないことを、マリーもよく知っていた。


 だが、今日、王宮の慰労会(いろうかい)に集まる人物(じんぶつ)たちは、違う。人を見た目で判断する者が多い、それが事実だ。


 だからマリーはリーナを淑女風(しゅくじょ)に仕立て上げることに決めた。


 そして、実際マリーはやってのけたのである。


 マリーは、リーナを使って、身なりだけは美しく、気高(けだか)い一人の令嬢風の(れいじょうふう)女性を、作ったのだった。


 それは後ほどの慰労会(いろうかい)で、少し(さわ)ぎを起こすこととなった。



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