61. 実戦の村 ~人喰い竜とヘルマンの部隊~
「遅くなりました、すみません」
カレンと話し終わったシャールは、急いでハーマン長官の執務室に戻った。執務室にいたハーマン長官の秘書は、「皆は隣の会議室だ」と指を差した。
会議室では、ヘルマンが10人体制の部隊の残りのメンバーの人選をしているところだった。
その横で、ハーマン長官が、新しく安全警備本部に長期的に派遣されることになった魔術師のマーロンに、安全警備本部内のことを簡単に説明していた。
ハーマン長官は、遅れてやってきたシャールを見た。
「マーロン。こちらがシャール、そしてこっちがその妹のリーナ。人喰い竜を殺める毒を作った。そして、そこの小部隊長のヘルマン・ワークに、あと何人か警備兵を入れて、一つの部隊とする」
ハーマン長官は言った。
「何の部隊ですか?」
とマーロンは聞く。
「国内の人喰い竜を駆除して回るのさ」
とハーマン長官は大きな地図を広げた。
「あちこちの国内警備兵から最新の竜の営巣地の情報が入ってきている。村を襲いそうなところから優先的に竜を、狩るぞ」
それから、ハーマン長官はマーロンの方を向いて、
「それで、マーロン。おまえは竜と戦った経験は?」
と聞いた。
「僕、まだ学科を卒業したばっかりなんで。実戦って言われても。でも、僕は実戦系かなと思って、なんとなく実戦系の任務を志願しました」
とマーロンはぶっきらぼうに答えた。
横で聞いていたヘルマンが少しうんざりした顔をした。
「こいつ、皆とうまくやる気あんのか?」
「では、まだおまえは竜と戦えるか分からないということか?」
クレッカー長官は魔術師の志願を第一に考えると聞いてはいたが、さすがに使える者を派遣してほしかった、とハーマン長官は思った。
「練習なしにできる人間はいません。初めは任務というより、実戦経験積みたかったんですが」
とマーロンは、皆を見回してから、
「ま、そんなわけにもいかなそうですね。竜を殺せる毒があるって聞いちゃあね」
と浮かない顔をして言った。
ハーマン長官は変な顔をした。
「不満か?」
なぜ、マーロンが不満そうな顔をするのか? 不満なのはこっちの方なのに。
「ヘルマン、シャール、ということらしいが、いいか?」
とハーマン長官は、マーロンのことを、ヘルマンとシャールに丸投げした。
「仕方ないです。いいですよ」
とヘルマンは答えた。
「問題ありません。毒が効きますから。なので逆に、マーロンが期待するような実戦経験が積めるか、分かりませんよ」
とシャールは言った。
「だから、それですってば」
マーロンはうんざりしたように呟いた。
「じゃ。あとは任せるぞ、ヘルマン。俺は最近の長雨で被害が出ている地区の対策会議に出なくちゃならないから」
とハーマン長官は言った。
「はい!」
若く精悍な顔つきのヘルマンは、勢いこんで大声で返事した。ハーマン長官は「頼んだぞ」と大きく頷いた。
シャールとリーナは、さっきハーマン長官が広げた地図を眺めた。
「こんなにも人家に近いところに竜が巣食ってるなんて。どこから手をつけたらいいかわからないわ」
「まぁ、そのへんは、私が」
とヘルマンが言った。
「それなりに竜の動きを監視してきましたから。最も危険なのは、ここと、ここと、ここら辺でしょう」
「さすがだ。話が早い」
とシャールは言った。
「でも、この竜を殺せる毒も、まだ一度しか試していません。ですから、実験も兼ねて、比較的規模の小さいところから行きたいですね」
「ではこの村にしましょう」
とヘルマンは王都の南の方の小さな森のはずれの村を指差した。
「竜は一番なのですが、すでに村を三度も襲っている」
「そんな!」
リーナは声を上げた。
「人は亡くなったの? なぜ皆村を捨てて逃げないの?」
ヘルマンは分厚い資料をめくり、その村の被害の記録を探した。
「1度目は竜が1匹。5軒の家を壊し、人をその場で2人食っています。そして1人を攫っています。攫われた人は見つかっていない」
リーナは愕然とし、崩れそうになった。慌ててシャールがリーナを抱き止めた。リーナは思わずシャールの胸に顔を埋めた。シャールが優しくリーナの頭を撫でる。
マーロンがそんなリーナとシャールをチラッと見た。
「怪我人は重軽傷者、合わせて8人」
ヘルマンは淡々と記録を読み上げて言った。
「2回目も同じような被害ですね。4軒の家を壊し……」
「魔術師は何をしていたの?」
リーナは叫んだ。
「魔術師は派遣されていないのですよ。ここ半年の被害ですね」
とヘルマンも憤然として答えた。
「魔術管理本部は本当何をしているんだ」
とシャールは呟いた。
「僕を見ても知りませんよ」
とマーロンは言った。
「半年で3回も襲われているの? この村の者は、なぜ村を捨てて逃げないの?」
とリーナは聞いた。
「権威ある教会があるからです」
とヘルマンは答えた。
「権威ある教会......」
リーナは絶句した。
「では警備兵も相当数、配備されているのか?」
とシャールは聞いた。
「警備兵の被害も甚大です。食われた者こそいないものの」
とヘルマンは顔を歪めて答えた。
「ここからやりましょう。マーロン、いい?」
とリーナは言った。
「僕は何でも」
マーロンは興味なさげに言った。ずっとこんな調子だ。
「この村はそんなに遠くない。すでに警備兵の配置もある場所だから、明日にでも出立できる」
とヘルマンは言った。
シャールはすぐに地図と必要な書類を書記官に書き写させた。ヘルマンもすぐに部隊の警備兵に遠征に必要な物質の準備をするよう命じた。皆竜を駆除できる希望に溢れていた。だが、マーロンが1人めんどくさそうにしていた。
「マーロン?」
とリーナが声をかけた。
「僕、こういう空気嫌いなんですよねー。僕、明日までに何かすることあります?」
とマーロンは聞いた。
「いや警備兵がやるのでだいじょうぶだ」
とヘルマンが答えた。
「じゃぁ僕、お先に失礼しますね」
とマーロンは会議室を出て行こうとした。
「マーロン!?」
リーナは驚いて呼び止めた。
「えー? 別に僕、することないんでしょう?」
マーロンはげんなりした顔をした。
「構わん。では明朝に。時間通りに来い」
とヘルマンはため息をついて言った。
「はーい」
マーロンは振り返りもせず、会議室から出て行った。
「だいじょうぶか、あいつ」
とヘルマンは勘弁してくれといった顔で呟いた。
だが、明日の竜駆除の準備の方が忙しく、皆すぐに自分の仕事に戻っていった。リーナも薬玉の準備が万全かどうか確認しに走っていった。
明朝、皆はマーロンを心配していたが、しかし特別困ったことも起きなかった。マーロンは時間通りに来て、自分の荷を担ぎ、文句も言わずに遠征先まで皆について馬を走らせた。
一先ず、ヘルマンはほっとした。
リーナもここのところ馬に乗る練習していたが、遠出となるとシャールが許さず、シャールはリーナを抱えて馬を走らせた。マーロンはその様子をチラリと見た。
目的の村は王都からそう遠くはなく、馬を一日走らせれば着く距離だった。
村のすぐ側に竜の営巣地があった。巣を構えていたのは一番の二匹の竜だった。
村は悲惨だった。
配備されていた警備兵は、誰一人として無事な者はいなかった。野戦病院のような場所でただ横たわり死を待つだけの者、片腕のない者、片目を失った者、背中にひどい火傷を負った者、深い裂傷で足が思うように動かない者。
村人も警備兵たちも、ヘルマンたちの部隊が到着しても、事態が好転するとは半信半疑だった。
助けてくれるのか? 助けられるのだろうか?
しかし竜の退治、それ自体は、たいそう順調だった。
二匹の竜が眠る夜に、リーナが薬玉に火をつけ巣に投げ入れてお終いだったからだ。
次の朝には、赤い瞳をカッと見開き、長い舌をだらりと口から垂らしたまま息絶えた、竜の死骸がそこにはあった。
マーロンは舌打ちしながら、
「ほらみろ、僕は何もできねーよ」
と誰にも聞こえないように言った。
だが、リーナが巣のすぐ側に落ちていた竜の糞の中に、人骨らしいものを見たとき、あまりのおぞましさに足腰がたたなくなり、倒れ込んでしまった。
シャールはそんなリーナを受け止めると、リーナの頭を両手で掻き抱き、リーナの耳元で「落ち着け、だいじょうぶだ」と繰り返した。
「お兄様......」
リーナはシャールにしがみついた。
「お兄様、私は恐ろしい……」
「リーナ、俺がいるから」
とシャールはリーナの頭を撫でた。
「そばに、いさせて」
リーナは絞り出すような声で言った。
シャールははっとした。リーナを抱きしめる腕に力がこもった。
リーナはしばらく大粒の涙をこぼした後、ぐっとこらえてシャールの手を借りて立ち上がった。
「竜は死んだけど、これから警備兵や村人の怪我を診るわ。追加の処置ができる者がいるかもしれない」
とリーナは言った。
「リーナ、落ち着け。俺たちの部隊には医務官も入れてある。彼女はすでに警備兵や村人の処置に走っていった」
とヘルマンは言った。
「そうなのね。医務官が......。よかった。でも私が作った、よく効く炎症止めや、熱冷ましの薬もあるから、その医務官の人を手伝ってくるわ」
リーナはほっとしたような顔をしながらも、医務官の女性の元へ走っていった。
マロンは大あくびした。
「ほんと、僕、特にやることないですよねー」
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