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竜のいない夜に〜薬師の村娘ですが、高潔の魔術師に溺愛されています〜  作者: 幌あきら
[第2章 : アルデバランの首] 第3部: 人喰い竜の駆除
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60. シャールとカレン 〜愛する者の間違った遺志〜

 クレッカー長官の部屋を出ると、まずシャールはカレンを探した。


 そしてカレンが心配そうに(とびら)の近くで(むね)の前で(ゆび)を組んで突っ立っている姿(すがた)を認めると、ハーマン長官に、ヘルマンやマーロン、リーナを連れて、先にハーマン長官の執務室(しつむしつ)(もど)ってもらうように(たの)んだ。


「すみません、とても大事な用件が、彼女に少しだけあるのです。すぐに(あと)から(まい)りますから」

とシャールはハーマン長官に言った。


 ハーマン長官はシャールの(けわ)しい顔を見て、よほどの何かを感じたようで、

「わかった。できるだけすぐ来るように」

とだけ言って、ヘルマンやマーロン、リーナを連れて、自分の執務室(しつむしつ)に戻った。


 リーナには、シャールの言っていることが、何のことなのかすぐに分かった。


 それなので、カレンがとても心配だった。しかし、何も言わずに、ハーマン長官についてその場を(はな)れた。


 シャールは、ハーマン長官たちが(はな)れていくのを見てから、ようやくカレンの方を向いた。


 そしてこれから話す内容のことも考えて、シャールはカレンを人気(ひとけ)のない廊下(ろうか)(すみ)の方に連れて行った。


「カレン、元気そうで何よりだ」

とシャールは言った。


「シャールあなたも元気そうで何よりだわ。また会えて(うれ)しい。王都に来ていたのね。今日は安全警備本部(あんぜんけいびほんぶ)に薬の納品(のうひん)? ハーマン長官があなたを連れて、魔術師を直接(ちょくせつ)要請(ようせい)しに来るなんて、意外(いがい)だったわ。何の話だったのかしら?」

とカレンは不思議(ふしぎ)そうな顔をした。


 シャールはカレンに、リーナが(りゅう)(あや)める(どく)を作ったことを説明した。そして、これから、(りゅう)駆除(くじょ)しに国中(くにじゅう)を回ることも。


 カレンは感嘆(かんたん)の声を上げた。

「すごいわね、リーナ。そんなすごい(どく)、作ったの?」


「ああ。それで王都に来たのだが、だがカレンにも会わなければならないと思っていた。分かったのか? ダミアンの()ななければならなかった理由は?」

シャールは真っ直(まっす)ぐな目でカレンを見た。


 カレンは顔を()せた。


「それはわからないままなのよ。まず王都に来て、グレゴリー公爵夫人(こうしゃくふじん)のところに()()せて、クレッカー長官に会う機会(きかい)をいただいたりもしたんだけど。クレッカー長官には何も知らないと言われて、お(しま)いだったの」

 カレンは、お手上(てあ)げといったように答えた。


「そうか」

 シャールは(つぶや)いた。さて、では、カレンに、何と言おうか。


「何、その顔、シャール。言って」

 カレンはシャールのなんとも言えない(こま)った顔を見て、何かを覚悟(かくご)しながら聞いた。


(じつ)はカレンが村を()ってから、ダミアンの知り合いという女が村に来たんだ」

 シャールは言いにくそうに言った。


(だれ)? 私の知ってる人かしら?」

 カレンは首をかしげた。わざわざ私を(たず)ねに来るような者がいるだろうか。


 そのとき、カレンはピンときた。まさか、あの女では。“アデル”。


「アデルと言った」

とシャールは答えた。


「そう。アデル。やっぱり」

 カレンは複雑(ふくざつ)な顔をした。


「知ってるのか」

 シャールは、何とも言えない顔をしているカレンに、心配そうに聞いた。


 カレンはそれには答えなかった。


 深い感情がカレンを(おそ)った。


 ダミアンが最期(さいご)一緒(いっしょ)にいたのは、やはり私じゃなくて、アデルだったのだ。


 ダミアンが、アデルへの()めた(おも)いを持っていることぐらい、知っていた。でもあの二人はそうはならないと思っていた。私はそれを(しん)じていたし、今も(しん)じている。


 だが最期(さいご)、彼が()ぬ時は、アデルだったのだ。


 私ではなく。


 私、ではなかった。


「カレン、だいじょうぶかい?」

 カレンの顔色が変わったのに気づいて、シャールは気遣(きづか)った。


「いえ、だいじょうぶ、こっちのことよ」

 カレンはできるだけ気丈(きじょう)に答えた。


「で、アデルはなんて言ってたの?」

 カレンはまっすぐシャールの顔を見て、()ずは内容を聞こう、と思った。


 シャールは小声(こごえ)になりながら

「クレッカー長官がダミアンを(ころ)したと。正確(せいかく)には、クレッカー長官の手下(てした)の者が」

と言った。


「何ですって!? クレッカー長官が!? あの(うそ)つき!」

 カレンは思わず声を上げた。


「しっ」

 シャールはカレンを(たしな)めた。


 そして、シャールは

「クレッカー長官がグレゴリー元大臣(もとだいじん)(ころ)したことを知ったから、口封(くちふう)じだそうだ」

と伝えた。


「え? でも、グレゴリー元大臣(もとだいじん)病死(びょうし)でしょう? 私はグレゴリー公爵(こうしゃく)(もと)で働いていたから......。あ! あのときかしら! なぜかダミアンが、私についてきたことがあったわね......私が病気のグレゴリー公爵(こうしゃく)()ばれたときに......。グレゴリー公爵(こうしゃく)()くなる、ほんの数日前のことだったわ......」

と、カレンは昔の記憶(きおく)をたどった。


「そんなことがあったのか。じゃあ、そのときに何か知ったのかもしれないね、ダミアンは」

とシャールは言った。


「そんなことより、もう、むちゃくちゃだわ! クレッカーは私の(おっと)(ころ)しておいて知らんぷりをしているのね?」

 カレンは両手で顔を(おお)った。


 それから、カレンは(なみだ)()れた目を上げ、それでも力強(ちからづよ)い顔をシャールに向けた。

「でも、私は比較的(ひかくてき)幸運(こううん)ね。クレッカーに接触(せっしょく)できるんだもの。(かなら)復讐(ふくしゅう)してやるわ!」


 シャールは(あわ)てた。

「待って! 待って、カレン。ダメなんだ。すべて証拠(しょうこ)がないんだよ。クレッカー長官は、本当に、本当にうまくやったんだ」


「え?」

 カレンは()()るようにシャールを見つめた。

証拠(しょうこ)がないの?」


 シャールは(うなず)いた。

「だが、アデルという女を、そして俺を、(しん)じるかい?」

 シャールは(もう)(わけ)なさそうに聞いた。


 カレンは真っ直(まっす)ぐな目でシャールを、見た。


 シャールは証拠(しょうこ)がないといった。だがカレンはシャールを信じた。そして何より、シャールに(すべ)てを()()けたアデルを(しん)じた。


 あの女はずっとダミアンの(そば)にいて、ダミアンの()理解者(りかいしゃ)で、そして(うそ)なんかつける女じゃないから。


 カレンとダミアンの結婚に「いいんじゃないか」と言ったあの口調(くちょう)。あれはアデルの、(まった)くの素直(すなお)な気持ちそのものだった。そう。そう、なのだ。あの女は、そういう女なのだ。


「もちろん信じるわ、シャール」

とカレンは答えた。


 (ゆる)さない、クレッカー。今、おまえの秘書(ひしょ)まがいのことができて、本当によかった。私がおまえの悪事(あくじ)(すべ)(さら)す。(かなら)ず。


 カレンは心に(ちか)った。


 それから、シャールが一段(いちだん)(けわ)しい顔になって言った。

「カレン、あともう一つ大事なことを言わなければならないことがある。国中(くにじゅう)人喰(ひとく)(りゅう)被害(ひがい)が増えている。それはダミアンとアデルのせいなのだ。彼らが、というかダミアンが、(りゅう)(あつ)める魔術を作ったのだ」


「え?」

 カレンは絶句(ぜっく)した。ダミアン、あなたはいったい何てことをしてくれたの。


「ダミアンとアデルには(りゅう)を集める理由があった。だが、それは彼らの利己的(りこてき)な理由だった。それは(けっ)して()められることではない」

とシャールは強く言った。


「俺はしばらくリーナと(とも)に、竜退治(りゅうたいじ)に出かけるつもりだ。(じつ)は、俺とリーナは安全警備本部(あんぜんけいびほんぶ)所属(しょぞく)することになったんだ。国民の(りゅう)被害(ひがい)を少しでも()らさなければならない。だから、国民のリスクとなる(りゅう)は俺たちが(ころ)す。それがダミアンの遺志(いし)(はん)することだとしても」

 シャールは自分の決意(けつい)をカレンに伝えた。


「おそらく(りゅう)を使う事はダミアンの悲願(ひがん)だったはずだ。それを俺は邪魔(じゃま)をする。カレンは俺を(うら)むかい?」

 シャールはカレンに聞いた。


 カレンはほんの一瞬(いっしゅん)だけ(だま)った。


 シャールは(りゅう)を集める魔術はダミアンの遺志(いし)だと言った。ダミアンは(りゅう)を何に使うつもりだったのか。


だが、カレンには、(りゅう)を使うという方法はとても暴力的(ぼうりょくてき)で、(けっ)して理性的(りせいてき)判断(はんだん)ではないという気がした。


 カレンはアデルの無表情(むひょうじょう)な顔を思い浮かべた。アデルの考えそうなことだ。使えそうな目の前のアイディアに飛びつき、国民の被害(ひがい)など後回(あとまわ)しにしてしまうところが。


 そしてダミアンは、そんなアデルに賛同(さんどう)したのだ、きっと。


 魔術の開発(かいはつ)。それはとても純粋(じゅんすい)な気持ちで(おこな)われている。アデルもダミアンもとても純粋(じゅんすい)だった。(たが)いにアイデアを出しては一喜一憂(いっきいちゆう)し、仲間とああだこうだと切磋琢磨(せっさたくま)し、そして見たこともない魔術を(あたら)しく()み出す。しかしその結果、その魔術は国民を(きず)つけかねないものになったりもするのだ。


「シャール、私はあなたに賛成するわ」

とカレンは言った。


「よかった。カレン、君が賛成してくれて。ダミアンの遺志(いし)だから(りゅう)(ころ)さないでくれと言われたら、俺は少し(こま)っていたよ」

とシャールはほっとしたように言った。


「ダミアンは私にとって最愛(さいあい)の人だけれど、私の判断基準(はんだんきじゅん)はダミアンだけではないの。私はきちんと自分の頭で考えるわ。人喰(ひとく)(りゅう)はまずい。(りゅう)が増えれば、国民の生活が(かなら)(おびや)かされる。私もそれが()いとは思わない」

 カレンははっきりと言った。


 シャールは微笑(ほほえ)んだ。


「カレン、君にも(たの)んでいいかな。君はクレッカー長官の様子をよく観察(かんさつ)しておいてくれないか? 彼の政敵(せいてき)とか政治的(せいじてき)興味(きょうみ)とか、次に何かしでかしそうなことを。クレッカー長官が強引(ごういん)な方法を取り続けるとしたら、それはダミアンの()(かか)わることかもしれない。俺もダミアンの()(かん)しては、このままにしておくつもりはないんだ。カレン、これからも連絡を取れるかい」

とシャールは言った。


「ええ、シャール。分かったわ。クレッカー長官の事は私に(まか)せてちょうだい。あなたがいてくれると私も助かるわ」

 カレンもきっぱりと言った


(とも)(たたか)おう。クレッカー長官の悪事(あくじ)ほきちんと(あば)き、正当(せいとう)(さば)くんだ」

とシャールは言った。


 それから、急に口調(くちょう)を変えて、

「にしても、カレン。村にいた(ころ)とは、まるで違う雰囲気(ふんいき)になったね。きれいできちんとしている」

とシャールは笑った。


 カレンは青色の長めの服を着こなし、髪の毛もアップにまとめていた。


「青は知的(ちてき)な女こそ似合(にあ)うね」

とシャールは言った。


 カレンも少し緊張(きんちょう)のほぐれた声で言った。

安全警備本部(あんぜんけいびほんぶ)の所属になったのなら、あなたも少しは()なりは考えないといけないわね。リーナもだわ。いつまでも薬草畑(やくそうばたけ)の中にいるような格好(かっこう)をしていては、同僚達(どうりょうたち)馴染(なじ)めないわよ」


「そういうものなのか?」

とシャールは聞いた。


安全警備本部(あんぜんけいびほんぶ)大所帯(おおじょたい)よ。女性の事務官(じむかん)医務官(いむかん)とかもいるわ。彼女たちはとてもきちんとしていて働き者よ。もちろん見かけで人を判断(はんだん)したりはしないでしょうけど、リーナの普段(ふだん)格好(かっこう)は、ほら、あまりにも、ね」

とカレンは苦笑(くしょう)した。


「そうか。ではリーナに服の一つでも用意してやろう」

とシャールも苦笑(くしょう)しながら言った。


「でも、きれいな格好(かっこう)したリーナを見たら、あなたの理性(りせい)()()ぶかもね」

とカレンはいたずらっぽくシャールを見た。


「あー、そのことなんだけど。ちょっと(こら)えきれなくて、リーナに自分の気持ちを伝えてしまったんだ」

とシャールはカレンに告白(こくはく)した。


「え?」

 カレンは(おどろ)いた。


 シャールは少し()れながら言った。

「俺はもう兄としてではなく、一人の男としてリーナと(せっ)していくよ」

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