60. シャールとカレン 〜愛する者の間違った遺志〜
クレッカー長官の部屋を出ると、まずシャールはカレンを探した。
そしてカレンが心配そうに扉の近くで胸の前で指を組んで突っ立っている姿を認めると、ハーマン長官に、ヘルマンやマーロン、リーナを連れて、先にハーマン長官の執務室に戻ってもらうように頼んだ。
「すみません、とても大事な用件が、彼女に少しだけあるのです。すぐに後から参りますから」
とシャールはハーマン長官に言った。
ハーマン長官はシャールの険しい顔を見て、よほどの何かを感じたようで、
「わかった。できるだけすぐ来るように」
とだけ言って、ヘルマンやマーロン、リーナを連れて、自分の執務室に戻った。
リーナには、シャールの言っていることが、何のことなのかすぐに分かった。
それなので、カレンがとても心配だった。しかし、何も言わずに、ハーマン長官についてその場を離れた。
シャールは、ハーマン長官たちが離れていくのを見てから、ようやくカレンの方を向いた。
そしてこれから話す内容のことも考えて、シャールはカレンを人気のない廊下の隅の方に連れて行った。
「カレン、元気そうで何よりだ」
とシャールは言った。
「シャールあなたも元気そうで何よりだわ。また会えて嬉しい。王都に来ていたのね。今日は安全警備本部に薬の納品? ハーマン長官があなたを連れて、魔術師を直接要請しに来るなんて、意外だったわ。何の話だったのかしら?」
とカレンは不思議そうな顔をした。
シャールはカレンに、リーナが竜を殺める毒を作ったことを説明した。そして、これから、竜を駆除しに国中を回ることも。
カレンは感嘆の声を上げた。
「すごいわね、リーナ。そんなすごい毒、作ったの?」
「ああ。それで王都に来たのだが、だがカレンにも会わなければならないと思っていた。分かったのか? ダミアンの死ななければならなかった理由は?」
シャールは真っ直ぐな目でカレンを見た。
カレンは顔を伏せた。
「それはわからないままなのよ。まず王都に来て、グレゴリー公爵夫人のところに身を寄せて、クレッカー長官に会う機会をいただいたりもしたんだけど。クレッカー長官には何も知らないと言われて、お終いだったの」
カレンは、お手上げといったように答えた。
「そうか」
シャールは呟いた。さて、では、カレンに、何と言おうか。
「何、その顔、シャール。言って」
カレンはシャールのなんとも言えない困った顔を見て、何かを覚悟しながら聞いた。
「実はカレンが村を発ってから、ダミアンの知り合いという女が村に来たんだ」
シャールは言いにくそうに言った。
「誰? 私の知ってる人かしら?」
カレンは首をかしげた。わざわざ私を訪ねに来るような者がいるだろうか。
そのとき、カレンはピンときた。まさか、あの女では。“アデル”。
「アデルと言った」
とシャールは答えた。
「そう。アデル。やっぱり」
カレンは複雑な顔をした。
「知ってるのか」
シャールは、何とも言えない顔をしているカレンに、心配そうに聞いた。
カレンはそれには答えなかった。
深い感情がカレンを襲った。
ダミアンが最期に一緒にいたのは、やはり私じゃなくて、アデルだったのだ。
ダミアンが、アデルへの秘めた想いを持っていることぐらい、知っていた。でもあの二人はそうはならないと思っていた。私はそれを信じていたし、今も信じている。
だが最期、彼が死ぬ時は、アデルだったのだ。
私ではなく。
私、ではなかった。
「カレン、だいじょうぶかい?」
カレンの顔色が変わったのに気づいて、シャールは気遣った。
「いえ、だいじょうぶ、こっちのことよ」
カレンはできるだけ気丈に答えた。
「で、アデルはなんて言ってたの?」
カレンはまっすぐシャールの顔を見て、先ずは内容を聞こう、と思った。
シャールは小声になりながら
「クレッカー長官がダミアンを殺したと。正確には、クレッカー長官の手下の者が」
と言った。
「何ですって!? クレッカー長官が!? あの嘘つき!」
カレンは思わず声を上げた。
「しっ」
シャールはカレンを窘めた。
そして、シャールは
「クレッカー長官がグレゴリー元大臣を殺したことを知ったから、口封じだそうだ」
と伝えた。
「え? でも、グレゴリー元大臣は病死でしょう? 私はグレゴリー公爵の下で働いていたから......。あ! あのときかしら! なぜかダミアンが、私についてきたことがあったわね......私が病気のグレゴリー公爵に呼ばれたときに......。グレゴリー公爵が亡くなる、ほんの数日前のことだったわ......」
と、カレンは昔の記憶をたどった。
「そんなことがあったのか。じゃあ、そのときに何か知ったのかもしれないね、ダミアンは」
とシャールは言った。
「そんなことより、もう、むちゃくちゃだわ! クレッカーは私の夫を殺しておいて知らんぷりをしているのね?」
カレンは両手で顔を被った。
それから、カレンは涙に濡れた目を上げ、それでも力強い顔をシャールに向けた。
「でも、私は比較的、幸運ね。クレッカーに接触できるんだもの。必ず復讐してやるわ!」
シャールは慌てた。
「待って! 待って、カレン。ダメなんだ。すべて証拠がないんだよ。クレッカー長官は、本当に、本当にうまくやったんだ」
「え?」
カレンは食い入るようにシャールを見つめた。
「証拠がないの?」
シャールは頷いた。
「だが、アデルという女を、そして俺を、信じるかい?」
シャールは申し訳なさそうに聞いた。
カレンは真っ直ぐな目でシャールを、見た。
シャールは証拠がないといった。だがカレンはシャールを信じた。そして何より、シャールに全てを打ち明けたアデルを信じた。
あの女はずっとダミアンの側にいて、ダミアンの良き理解者で、そして嘘なんかつける女じゃないから。
カレンとダミアンの結婚に「いいんじゃないか」と言ったあの口調。あれはアデルの、全くの素直な気持ちそのものだった。そう。そう、なのだ。あの女は、そういう女なのだ。
「もちろん信じるわ、シャール」
とカレンは答えた。
許さない、クレッカー。今、おまえの秘書まがいのことができて、本当によかった。私がおまえの悪事を全て晒す。必ず。
カレンは心に誓った。
それから、シャールが一段と険しい顔になって言った。
「カレン、あともう一つ大事なことを言わなければならないことがある。国中で人喰い竜の被害が増えている。それはダミアンとアデルのせいなのだ。彼らが、というかダミアンが、竜を集める魔術を作ったのだ」
「え?」
カレンは絶句した。ダミアン、あなたはいったい何てことをしてくれたの。
「ダミアンとアデルには竜を集める理由があった。だが、それは彼らの利己的な理由だった。それは決して褒められることではない」
とシャールは強く言った。
「俺はしばらくリーナと共に、竜退治に出かけるつもりだ。実は、俺とリーナは安全警備本部に所属することになったんだ。国民の竜被害を少しでも減らさなければならない。だから、国民のリスクとなる竜は俺たちが殺す。それがダミアンの遺志に反することだとしても」
シャールは自分の決意をカレンに伝えた。
「おそらく竜を使う事はダミアンの悲願だったはずだ。それを俺は邪魔をする。カレンは俺を恨むかい?」
シャールはカレンに聞いた。
カレンはほんの一瞬だけ黙った。
シャールは竜を集める魔術はダミアンの遺志だと言った。ダミアンは竜を何に使うつもりだったのか。
だが、カレンには、竜を使うという方法はとても暴力的で、決して理性的な判断ではないという気がした。
カレンはアデルの無表情な顔を思い浮かべた。アデルの考えそうなことだ。使えそうな目の前のアイディアに飛びつき、国民の被害など後回しにしてしまうところが。
そしてダミアンは、そんなアデルに賛同したのだ、きっと。
魔術の開発。それはとても純粋な気持ちで行われている。アデルもダミアンもとても純粋だった。互いにアイデアを出しては一喜一憂し、仲間とああだこうだと切磋琢磨し、そして見たこともない魔術を新しく生み出す。しかしその結果、その魔術は国民を傷つけかねないものになったりもするのだ。
「シャール、私はあなたに賛成するわ」
とカレンは言った。
「よかった。カレン、君が賛成してくれて。ダミアンの遺志だから竜を殺さないでくれと言われたら、俺は少し困っていたよ」
とシャールはほっとしたように言った。
「ダミアンは私にとって最愛の人だけれど、私の判断基準はダミアンだけではないの。私はきちんと自分の頭で考えるわ。人喰い竜はまずい。竜が増えれば、国民の生活が必ず脅かされる。私もそれが良いとは思わない」
カレンははっきりと言った。
シャールは微笑んだ。
「カレン、君にも頼んでいいかな。君はクレッカー長官の様子をよく観察しておいてくれないか? 彼の政敵とか政治的興味とか、次に何かしでかしそうなことを。クレッカー長官が強引な方法を取り続けるとしたら、それはダミアンの死に関わることかもしれない。俺もダミアンの死に関しては、このままにしておくつもりはないんだ。カレン、これからも連絡を取れるかい」
とシャールは言った。
「ええ、シャール。分かったわ。クレッカー長官の事は私に任せてちょうだい。あなたがいてくれると私も助かるわ」
カレンもきっぱりと言った
「共に戦おう。クレッカー長官の悪事ほきちんと暴き、正当に裁くんだ」
とシャールは言った。
それから、急に口調を変えて、
「にしても、カレン。村にいた頃とは、まるで違う雰囲気になったね。きれいできちんとしている」
とシャールは笑った。
カレンは青色の長めの服を着こなし、髪の毛もアップにまとめていた。
「青は知的な女こそ似合うね」
とシャールは言った。
カレンも少し緊張のほぐれた声で言った。
「安全警備本部の所属になったのなら、あなたも少しは身なりは考えないといけないわね。リーナもだわ。いつまでも薬草畑の中にいるような格好をしていては、同僚達と馴染めないわよ」
「そういうものなのか?」
とシャールは聞いた。
「安全警備本部は大所帯よ。女性の事務官や医務官とかもいるわ。彼女たちはとてもきちんとしていて働き者よ。もちろん見かけで人を判断したりはしないでしょうけど、リーナの普段の格好は、ほら、あまりにも、ね」
とカレンは苦笑した。
「そうか。ではリーナに服の一つでも用意してやろう」
とシャールも苦笑しながら言った。
「でも、きれいな格好したリーナを見たら、あなたの理性も吹っ飛ぶかもね」
とカレンはいたずらっぽくシャールを見た。
「あー、そのことなんだけど。ちょっと堪えきれなくて、リーナに自分の気持ちを伝えてしまったんだ」
とシャールはカレンに告白した。
「え?」
カレンは驚いた。
シャールは少し照れながら言った。
「俺はもう兄としてではなく、一人の男としてリーナと接していくよ」
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