6. 竜の被害〜竜避けの薬〜
大きな窓からは澄みわたる青空が見えた。
美しい調度品ばかりの部屋。だが不思議とこの部屋はいつも暗い。当たり前か。ここ半年で国内の竜の被害が増え、いつも空気が重かった。
安全警備本部のハーマン長官は頬がこけて目ばかりギョロギョロしていた。
前はこうではなかった。面長だったが整った顔立ちをしており、眉や髪の毛にも艶があった。
だが今は顔には影がさし、いつも難しい顔をしていた。
「お約束の、竜避けの薬玉を持って参りました」
シャールは使用人の男たちに木箱を開けさせた。木箱の中には薬玉が敷き詰められていた。
ハーマン長官は険しい顔のまま返事もせずに立ち上がり木箱を覗いた。そしてご苦労とも言わず、
「これでは一月もつか。作ったものはこれからも全て持ってこい。もう少しペースをあげて作れぬのか? 毎週毎週、あちこちで竜の被害が出て、たかさんの人が亡くなっているのだぞ」
とため息をついた。
シャールも国中のあらゆるところで竜による被害が出ていることは知っていた。
なぜだか急にここ半年で国中の竜が増えたのだ。
竜に家を壊されたり、巻き込まれて亡くなる人の数は増え続けていた。
竜が近くに棲み着いたせいで環境が変わり、同じ土地に暮らせなくなった人も少なくない。
つい先日もある村がまるまる一つ竜によって消えた。
村の近くの営巣地に突如として数匹の竜が加わったのだが、その竜たちが興奮して暴れたと言う。
もともと人と竜はなんとか均衡を保ち棲み分けていたが、ここ半年、急に竜の数が増え、駆除が追いつかなくなっていた。
安全警備本部の国内警備部門は、ここのところ、竜の営巣状況の把握から予防対策、被害の実態調査に援助と、たいそう忙しくしていた。
しかし改善されるどころか被害が拡大するばかりで、人々からの評価は年々厳しくなっていた。
急に部屋の扉が慌ただしく開いたかと思うと、職員が数名転がり込んできた。
「ハーマン長官、たった今、また一つ村が竜に襲われたそうです!」
ハーマン長官は飛び上がった。
「どこの村だ! 被害はどんな様子だ! 魔術師は要請したか!」
ハーマン長官は地図を持って来させ、避難場所の確保や警備の者をどこからどれだけ派遣するか細かく指示を出した。
そしてシャールの木箱を指差し薬玉をたくさん持っていくよう指示した。
ハーマン長官の額には大粒の汗が流れた。
「一人でも多くの者を救うんだ、いいな。状況は逐一報告せよ!」
シャールも息を呑んだ。
職員たちは頷き、慌て過ぎて半分転がりながら部屋を出て、それぞれの持ち場へと走っていった。
一部の職員は、「失礼します」と言いながら、シャールの木箱から半分もの薬玉を持って行った。
ハーマン長官の机には、すぐに、より詳細な地図が運び込まれ、その横に警備隊の資料が山のように積まれた。
部隊長たちが近隣の持ち場の警備兵の規模や装備を確認し出した。
「ということだ、シャール。薬玉も、もう半分だ。全然足りん。さっさと次を作って持ってこい」
ハーマン長官はシャールを睨みつけながら言った。
「はい、かしこまりました。出来る限りいたします。しかしすみません、原料が限られておりまして」
シャールは申し訳なさそうに言った。
しかしハーマン長官は苦虫を噛み潰したような顔で
「倍作れ。いや、五倍作れ」
と命じた。
シャールは悲鳴を上げた。
「そんな、無理でございます!」
「人の命を前に無理と軽々しく言うな。やれ!」
ハーマン長官は大きな声を上げた。
「いえ、そもそも、私が言うのも何ですが、やはりこんな薬玉では人が逃げるための時間稼ぎにしかなりません。駆除できる者を増やすしかありませんよ!」
シャールは言いにくそうに言った。
「それができれば苦労せん。竜を駆除できる魔術師が今は全部魔術管理本部の管轄で、うちがどうこうできるものではなくなったのだ! 先日の村の襲撃の際だって、すぐに魔術師を要請したが、ただの一人も派遣してくれなかった。増援どころではない」
ハーマン長官はイライラして言った。
「しかし、それでは魔術管理本部がちゃんと魔術師を管理できてるとは思えませんよ!」
シャールも言った。
「ああ。竜ばかりが仕事ではないのは分かるが、ただの一人も魔術師を派遣せぬというのは、魔術管理本部はどうなっているのだろうな!? よほどなんだろう。かといって、今一番力があり、国家機密に近いのも魔術管理本部だ。私が知らぬ事情があるんだろうよ」
その回りくどい愚痴に、ハーマン長官がいかに現場の窮状を魔術管理本部訴え、何度も援助を打診しては断られているかが窺い知れた。
安全警備本部の部署の中には武装した警備隊も所属しており、他諸国との諍いでは戦いに出ることもあるが、竜となると話は別だった。
魔術を使わなければ、人の作った武器では竜の硬い皮膚を貫けないので、警備隊を派遣したところで竜の駆除はできない。
警備隊にできることは竜を追い払うことや、人々の救助だけだった。
竜を駆除するには魔術師が必要だ。だが、魔術管理本部は、何らかの理由でなかなか魔術師を派遣してくれない。
昔の安全警備本部はこうではなかった。
そもそも、安全警備本部には部署付きの魔術師がいた。
シャールはため息をついた。
「そうですか、この状況で魔術師がゼロとは…」
沈黙が少し流れた。やがてハーマン長官はふうーっと長い息を吐いた。
「とにかく、こんな竜避けの薬でも人々の役には立つ。開発したお前の妹には感謝している。だが、見ただろ、もう残り半分だ。いいか、次は十倍作ってこい!」
「えええ、さっきは五倍って! 無理ですよ!」
シャールは思わず大声を出した。額から汗が噴き出す。
「うるさい、必ず十倍だ! 今はおまえと話してる場合じゃない、もう下がれ」
ハーマン長官はそれだけ言うと、青ざめてまだ何か言おうとしているシャールに向かって、これ以上は問答無用と片手を挙げ出て行けと促した。
すぐにハーマン長官は、先程竜に襲われた村の地図に目を向け、あちこち指差しながら対策を指示していった。
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