59. 直談判して魔術師をもらってくる
「では早速なのだが」
ハーマン長官は、シャールとリーナの前に大きな地図を広げた。
所々赤でバツ印が書いてあり、それが人喰い竜の営巣地ということだった。
「シャール、リーナ、君たちを中心に、竜の駆除隊を作りたい」
とハーマン長官は言った。
「え?」
シャールは聞き返した。
「今までは、村々が竜に襲われて初めて、我々は竜を追い払うために出動していた。だが、君たちの薬があれば竜を、殺せるのだろう? ある意味防災だ」
とハーマン長官は言った。
「では私たちは、竜の巣に行って竜を殺してくる、と言うことですか。結構危険じゃないでしょうか」
とシャールは答えた。
「その通りだ。だから、そのための警備兵だ。駆除隊というチームを作るのは、そういうことだ」
とハーマン長官は説明した。
リーナは黙った。
エドワードとシャールと、初めてこの薬を試した日のことを思い出していた。
竜はただ巣で眠っていて、人間を襲ったりはしていたなかった。だが、リーナは、エドワードとシャールと、その竜に火をつけた薬玉を投げて、それを殺したのだった。
増えすぎた竜を殺すことは、人の生活を守ること。だが、まだ人間を襲う前の罪なき竜を殺すことは道理に適っているのか? リーナはあの日から、これについて考えなかったことはない。
そして、もう一つリーナの頭にある問題は、竜たちが決して自分たちの意思だけで、この国に集まっているのではなく、ダミアンとアデルの魔術で集められているということだった。
だがこれは、ハーマン長官にはおそらく大した問題ではないのだろうとも思った。ハーマン長官の仕事は国民の生活を守ることなのであって、増えすぎた竜は、減らすべきリスクでしかない。
ハーマン長官は駆除と言う言葉を使った。
リーナは隣村の竜被害を思い出した。竜に壊された家の下敷きになって、押し潰されて死んだ家族。人ってこんな風に潰れるんだ、と吐き気を催しながら思ったものだ。竜の吐く炎のせいで、火傷で全身包帯まみれになり、肩で息をしていた患者。命は失われずに済んだが足を失った患者。
ああなってしまっては、とりかえしがつかないのだ。特に人の命は失われてはもう戻らない。
そして、リーナはエドワードを思った。エドワードは何らかの理由で人を殺している。
そして、私も罪なき竜を殺すのだ。私が竜を殺すのにも意味がある。
リーナは覚悟を決めた。
シャールにはリーナが腹を括ったことが分かったようだった。そっとリーナの肩に手を回した。
シャールとリーナの顔つきを見て、ハーマン長官は頷いた。
「駆除隊を作ることに、賛同してもらえたようだな」
そして、近くに控えていた警備兵の名前を呼んだ。
「ヘルマン。おまえが小部隊長だ。10人くらいの隊を作ってくれ。シャールとリーナの他は、人選はおまえに任せる」
ヘルマンと呼ばれた警備兵はうやうやしく頭を下げた。
しかし、はっきりとした口調でハーマン長官に進言した。
「私も何度も竜の被害を受けた村に出向いています。竜を追い払わねばならなかった経験も何度もあります。いくら竜を殺める薬を使う部隊といっても、不測の事態があれば、竜と戦わねばなりません。私は、魔術師が要る、と思います」
ハーマン長官は一瞬黙った。
「ああ」
とリーナも竜の営巣地で竜と対峙した時のことを思い出して、思わず呟いた。
リーナの声に、ハーマン長官は反応した。
「必要か? リーナ。魔術師」
とハーマン長官は聞いた。
「要らないと言えば、大嘘になりますね」
とリーナは答えた。
ハーマンはまた一瞬黙った。
魔術管理本部への魔術師の要請。要請しても、なかなか派遣されない魔術師。
俺が直々に訪ね、クレッカー長官に直談判してやろう、とハーマン長官は思った
そして、意を決すると秘書を呼び、魔術管理本部へと走ってやらせた。
「この問題は必ず解決してやる」
とハーマン長官は言い切った。
ハーマン長官の秘書が走って帰ってくると、ハーマン長官は、シャールとリーナとヘルマンを連れて、魔術管理本部にわざわざ出向いた。
直談判。ハーマン長官にとっては最終手段に似たようなものだった。それは、魔術管理本部のクレッカー長官も感じ取っているはずだ。
ハーマン長官は強い決意を顔に浮かべて、三人を従えながら、クレッカー長官の部屋へ急いだ。
クレッカー長官の部屋の前では、カレン・ホースが待っていた。
「カレン!」
シャールとリーナは思わず叫んだ。
カレンは微笑んだ。
「今はクレッカー長官の秘書の抹籍に置いてもらって、お世話係みたいなことをやってるの」
とカレンは言った。
「赤ん坊は?」
シャールは心配するように聞いた。
「びっくりすると思うんだけど、グレゴリー侯爵夫人が面倒見てくれてるのよ」
とカレンはありがたそうに言った。
「カレン、あなたの、人脈ってむちゃくちゃすごいのね」
とリーナは驚いた。
「たまたまよ。グレゴリー侯爵夫人に子供がいなかったから。でも、その話は後でね。クレッカー長官に御用なのでしょう?」
カレンはハーマン長官を見ながら言った。
「カレン、後で重大な話がある。時間を作ってくれ。できれば、部屋の外で待っていて欲しい」
とシャールがカレンの耳元で小声で言った。
カレンは何か覚悟したような顔をしながら肯いた。
ハーマン長官とヘルマンは話の蚊帳の外で、ものの数分のこととはいえ、少し不愉快そうな顔をして待っていた。
シャールとリーナは、ハーマン長官とヘルマンに謝った。
「同郷の者に、久しぶりに会ったものですから」
カレンも申し訳なく頭を下げた。
「クレッカー長官、ハーマン長官様がいらっしゃいました」
カレンはクレッカー長官の部屋の扉を開けた。
クレッカー長官は、シャールやリーナの思っていた男とはちょっと違った風情の男だった。
グレゴリー元大臣を暗殺した政治犯というので、もっと野心家のギラギラした感じの男かと思っていたら、痩せていて神経質そうな草食系な小男だった。
「クレッカー長官。直談判に来た」
とハーマン長官が言った。
「ハーマン長官、わざわざ来ていただいて申し訳ないよ。魔術師の派遣の件だろう?」
とクレッカー長官はもう了承しているような口振りで言った。
「ああ。こんなにずっと要請しているのに、ちっとも魔術師の派遣がないからね。もう直接来るしかないと思ったのさ。こちらも少し状況が好転してね、どうしても魔術師が欲しいところだ。これでも派遣してもらえないなら、君から直接説明して欲しいところだね」
とハーマン長官は淡々と言った。
クレッカー長官は、まさか王宮の儀式を含めた魔術管理本部内部のいざこざで、魔術師が手一杯になっているとは、さすがに言えなかった。
そこでにこやかに
「魔術師を派遣するさ。竜の件だろう? とりあえず実戦系希望の者がいるから一人派遣する」
と言った。
「一人?」
ハーマン長官は顔を顰めた、
「これまで何度も要請してきたというのに、か?」
シャールは慌てた。
「ハーマン長官、今回の目的は一人で十分です。これまでの事はひとまず置いといて、一人派遣してもらいましょう。とりあえず、我々の小部隊は薬で竜を駆除していくのが任務ですから、魔術師も一人でだいじょうぶです」
とらハーマン長官の横から耳打ちした。
ハーマン長官は苦虫をかみつぶしたような顔でうなずいた。
そして
「いつも、待たされてばかりだからね。今ここでその魔術師を紹介してくれると助かるがね」
とハーマン長官はクレッカー長官に言った。
クレッカー長官は、それは想定内だったので、すぐにその魔術師を呼んだ。
「彼だ。もう今から一緒に行ってくれていい」
とクレッカー長官は言った。
その魔術師はペコリとお辞儀をして
「マーロン・シラーです……」
と面倒くさそうに挨拶した。
「初対面でこの態度。こいつ、だいじょうぶか?」
とヘルマンは心の内で思った。
「というわけだ。これでいいかい? ハーマン長官?」
クレッカー長官は聞いた。
ハーマンはまだ何か言いたいことがたくさんありそうだったが、ひとまず今回の目的の魔術師が手に入ったということで、納得することにした。
お読みくださりありがとうございます!
もし少しでも面白いと思って下さったら、
ブックマークや、下のご評価↓☆☆☆☆☆↓
今後の励みになりますので、よろしくお願いします!