57. ドッキリを仕掛けよう ~ケイマン大臣がアルデバランに殺されても、誰も文句は言えないよね~
ロベルトとエドワードは丁寧に一礼すると、クラッカー長官の執務室を出た。
二人は無言のまま歩いたが、多分思っていることは一緒だった。
ロベルトが
「おまえんち寄っていいか?」
と聞いた。
エドワードは、黙ったまま、肯いた。
ロベルトもエドワードも、王都内に、一人で住む屋敷を借りていた。二人がエドワードの屋敷につくと、中から執事が飛んできて、二人のコートや荷袋を受け取った。そして二人を 暖かな暖炉にふわふわのソファのある、ゆっくりくつろげる居間へ通した。
エドワードは、使用人に軽い食事と酒を持って来させてから、人払いをした。
「さてと、こうして、俺たちアルデバラン調査隊員になっちゃったワケだけど」
とエドワードは言った。
「こーなったら、実家と連携して、サクッとドッキリでも仕掛けて……」
「ドッキリ仕掛けるとか言うな」
とロベルトは被せるようにエドワードの言葉を訂正した。
「まあ、こういう状況なら、いくらでもクレッカー誘き寄せる口実は用意できるだろうから、本当に、もうむっちゃ適当に、始末できるな」
とロベルトは安心したように言った。目的がもう目の前に近づいた気がした。
「でとりあえず王宮深部の儀式の調査担当になった事は、まず兄さん達に報告だな。大笑いされて終わりそうだが」
とロベルトは苦々しそうな顔で言った。
「俺も姉貴に報告かぁ。いや姉貴より、ウィリアムおじさんのほうがいいや」
とエドワードもため息をついて言った。
「おまえの、うちの父への懐きっぷりは、何なんだ一体?」
ロベルトはちらっとエドワードを見た。
「えー? ただウィリアムおじさんは、おまえのことが大好きだから、おまえの面倒見てる俺に、とりわけ優しいっていうだけで」
エドワードはほんわかした笑顔でロベルトを見た。
「俺のことが大好き? ありえねぇ」
ロベルトは首を横に振った。
「ありえまくり。おまえが知らねーだけ」
エドワードは指摘するように言った。
「そういやアデル・コーエンの監視の件だが、不審な動きをしている。いや、不審というか何というか。どうやらケイマン大臣に接触しようとしているようだ」
とロベルトはエドワードに報告した。
「どうやって接触?」
エドワードは驚いた。
「いや、それなんだが。なんかアデル・コーエン、水商売の斡旋所とかに行ってるみたいなんだ」
ロベルトは少し呆れたような顔をしていた。
「あいつが? 水商売? できる思えねーんだけど。いやあいつ、見た目はいけんのか?」
エドワードはぽかんとしながら率直な意見を述べた。
「まぁ、ケイマン大臣が女好きなのは有名だからな。そのへんを考慮したんだろうが」
とロベルトも呆れ声で言った。
「あの女、ほんと単純だなぁ。あいつバカだろ」
とエドワードはげんなりしながら言った。
「あと、アデルがその前に接触していた魔術師がいる。そいつもケイマン大臣の屋敷に潜り込んでいるみたいだ。そっちからクレッカーの情報の一つでも仕入れるつもりかもしれないな」
とロベルトがエドワードに伝えた。
「なるほどね。じゃぁ、俺たちもケイマンから殺るか?」
とエドワードは言った。
「アデルに協力してやるのか?」
とロベルトは聞いた。
「だってあいつバカだろ。娼婦の真似事なんか。なんかさすがに気の毒だ。なんか、もう、ここまでくると、いじらしいよなぁ」
とエドワードは言った。
「なにその同情」
とロベルトは呟いた。
「アデルだって本心は、ケイマン大臣となんかヤりたくねーだろ。俺も想像したくねぇ。アデルが動く前に、俺たちがケイマン殺ってやろーぜ」
さすがにエドワードはアデルのことがかわいそうに思えたようだ。
「待て。そのケイマン大臣の屋敷に潜り込んでるやつもいるから、そっちの情報も待たないと」
とロベルトが窘めた。
「つーか、ケイマンの屋敷に忍び込むとか必要ねーだろ。ケイマン自身にしゃべらせればいいんだから。さて、ケイマンに、とっておきのドッキリでも仕掛けてやるか」
エドワードは投げやりにな言い方をした。
「ノリ軽っ」
とロベルトは呻いた。
「ケイマン、儀式に出たいって言ってたっけ?」
エドワードはクレッカー長官との会話を思い出しながら言った。
「儀式、出てもらうか。何ならアルデバランの首でも拝んでもらうか」
とロベルトもふうっと息を吐きながら言った。
「アルデバランさんに殺されちゃあ、誰も文句は言えないもんなあ」
とエドワードは遠い目をして言った。
「そうだね、アルデバランだしね」
とロベルトも答えた。
「国王陛下も目をつぶるしかないよね」
もう一度エドワードが言った。
「そうだね、アルデバランだしね」
とロベルトももう一度答えた。
「俺たちも助けられる状況じゃなかったってことで」
エドワードはだいぶ適当に言った。
「そうだね、アルデバランだしね」
とロベルトもまた答えた。
「じゃあ、ケイマン大臣は、王宮深部の儀式の間で、アルデバランさんに何とかしてもらうってことで」
とエドワードはめんどくさそうに決めた。
「そうだな。まぁ、アルデバランさんに、どうやってケイマン大臣をやってもらうかは、まぁ兄さん達に聞いてみるわ」
とロベルトも兄に丸投げするように言った。
「楽しいドッキリ仕掛けてくれたらいいなぁ」
エドワードが少しだけ明るい声を出した。
「そうやってリクエストしておくわ」
とロベルトも答えた。
こうやって適当に意見をやりやっていた二人だが、それから顔を見合わせると、はーっと大きなため息をついた。
「まぁでも、アルデバランの力が暴走したら、止めんのは結局俺たちだ。結構覚悟がいるな」
とエドワードはうんざりしながら言った。
「そりゃそうだ。俺たちしかいない。逆に、何のための俺たちだよ」
とロベルトも辟易しながら言った。
「ウィリアムおじさんが許可するかな」
とエドワードが心配そうに言った。
「え!? そこには内緒だろ」
と急にロベルトは大きな声を上げた。
「おまえ、どれだけ父親嫌なんだ?」
エドワードはチラリとロベルトを見た。
「親父が出てきたら、絶対に俺たちの思った通りにはならないよ」
とロベルトは断言した。
「知ってる。でもアルデバランが暴走した時、一番頼りになるのはウィリアムおじさんだ」
とエドワードは強く主張した。
「ソフィアでもいける。親父には内緒だ」
ロベルトは譲らなかった。
「あのソフィアを信用すんじゃねー」
とエドワードはうんざりしながら言った。
「なんでだよ! 俺の母親の件で親父がしばらく再起不能になっていた時、アルデバランが力を取り戻しかけて暴走して、結局全部を片付けたのは、ソフィア一人だったって聞いたぜ」
とロベルトは力強く言った。
「うん、それはな。あいつやべーんだよ。しかもすっげーうまくやる」
エドワードもその点は認めた。だが首を横に振った。
「でもソフィアは気分屋だ」
「おまえがリーナでも会わせりゃ、ソフィアは、一発で機嫌が良くなんじゃねーの」
とロベルトはエドワードに提案した。
「なんで急にリーナ?」
エドワードはギクっとした顔で聞いた。
「ソフィアはプレアデスの家名のせいで、社交界からだいぶ遠ざけられてんだ。おまえが恋人連れて帰ったつったら、ソフィア大喜びすんじゃね? リーナみたいな田舎くさい大真面目な娘が来たら、すげえ気に入ると思う」
とロベルトはソフィアを思い浮かべながら言った。
「リーナなぁ」
エドワードは遠い目をした。
「あー、会いてぇ。次に会ったら絶対俺のものにする」
エドワードは熱のこもった目をした。
「まあ、あの義理の兄貴を何とかすればな」
とロベルトは水をさした。
「シャールはずっと兄貴だった。今更男に見えるもんか」
とエドワードは自分に言い聞かせるように言った。
「どーだろーな。シャールはこれからリーナと一緒に、国中の竜を駆除して回んだろ、あの毒で。かなりの遠征だ。仲は深まるぞ」
とロベルトは言った。
「やめてくれ。気が滅入る。シャールがリーナに手を出すなんて考えたら、気が狂いそう」
とエドワードは頭を掻き毟った。
と突然、
「誰よ、リーナって」
と言う声がした。
「は?」
エドワードがはっとして顔を上げた。
「やあ。ソフィア、お久しぶりです」
ロベルトがにこやかに挨拶した。
「おーい、ばか姉貴、なんで勝手に入ってきてんだ」
エドワードが声を上げた。
「帰ってきてるって聞いたから、あんたの顔を見に」
ソフィアは悪びれず答えた。
「いつから話聞いてた?」
エドワードはため息をつきながら聞いた。
「全部?」
ソフィアは首をかしげながら答えた。
「ケイマン殺るってとこも?」
エドワードは聞いた。
「むしろ、その辺しか理解できなかった。知らん人間の名前がいっぱい出てきたから。後で全部説明してよね」
ソフィアはむっとしながら答えた。
「するか、ばか」
エドワードがそっぽ向いた。
「言うわねぇ。ケイマン殺るのに私の力が必要じゃないの?」
とソフィアがにやりと笑って言った。
「ソフィア。その辺は俺が詳しく説明するんで。とりあえずケイマン大臣をアルデバランの力で何とかするっていうのは、協力してもらえませんかね」
とロベルトがにこやかにお願いした。
「相変わらずロベルトは話が早いわね。ケイマン大臣? 餌撒けば来るでしょ。で、私が適度にアルデバランの力を解放して、その後アルデバランを押さえ込めばいいんでしょ」
とソフィアは軽い口調で言った。
「おまえ、それ軽々しく言うけど……」
とエドワードはソフィアを軽く睨んだ。
「助かります。俺たちが、適当にケイマン大臣をアルデバランの前に連れて行くんで」
とロベルトがソフィアに頭を下げた。
「かわいいロベルト。でも、ウィリアムおじ様には内緒にしたいのね? もう少しウィリアムおじ様の力を借りてもいいと思うの。クレッカーがグレゴリー公爵を殺したこと、ウィリアムおじ様はよく知ってるし、たぶん証拠も持ってるわよ」
とソフィアはロベルトに窘めるように言った。
「親父が?」
ロベルトは少し顔を歪めながら聞いた。
俺は結局父の掌の上で転がされているだけなのか?
「でも何考えてるかはわからないわね。今のところクレッカーの望む通り、魔術管理本部の魔術師を儀式に入れたりしてるし」
とソフィアも不思議そうに答えた。
「そうですか親父が。でもいいんです。グレゴリー公爵の殺害の件も、俺、何とかするんで。別に、アルデバランの前でケイマン大臣に全てを話させてしまえばいいかって思ってるんで」
とロベルトが少し意地になって答えた。
「そう。あなたはほんとに、ウィリアムおじ様の手は借りたくないのね。まぁいいわ。好きになさい。でもきっと、いざと言う時に、おじ様は動くわよ」
とソフィアは、それだけはロベルトに伝えた。
「ハリルやミゲル、ヘンケルトには、声をかけようと思っています。ソフィアの助けになると思うんで」
とロベルトは答えた。
「それは助かるわ。人が多い方が私もサボれるし。それにいざと言う時は、あんたたちもやりなさいよ」
とソフィアは言った。
「ほんと、ソフィアのそういうとこ」
とロベルトは笑った。
「おまえら、俺を完全に無視して話進めやがって」
とエドワードが口を挟んだ。
「じゃぁ、あんた自分で説明できんの? さあ言いなさいよ。“今度会ったら俺のものにする”って誰のことなのよ」
とソフィアはエドワードに詰め寄った。
お読みいただきありがとうございます!
もし少しでも面白いと思ってくださったら、
ブックマークや、下の↓ご評価☆☆☆☆☆↓、
どうぞよろしくお願い致します!
今後の励みになります!