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竜のいない夜に〜薬師の村娘ですが、高潔の魔術師に溺愛されています〜  作者: 幌あきら
[第2章 : アルデバランの首] 第2部: ケイマン大臣を狙う
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55. ロベルトの母 〜人語を話す竜〜

 バサッ、バサッ、バサッ


 大きな(つばさ)(くう)()る音がする。一匹の(りゅう)が、(つばさ)目一杯(めいっぱい)広げ、目的地を目指して飛んでいた。


 (さえぎ)るもののない空。見下ろせば、美しい真っ白な雲、美しい緑の森、美しいなだらかな青々とした山々、美しいせせらぎの川、美しい鏡のような湖、そして人家。


 世界はこんなにも美しい、のに。


 しかし、(いさか)いは、()えない。


 ギアという名のこの(りゅう)は、()んだ悲しい目をして、目的地へとただ急いで飛んでいた。


 そのとき突然、眼下(がんか)一角(いっかく)(がけ)から、一匹の(りゅう)が飛び出してきて、ギアを目掛(めが)けて突進してきた。


 真っ赤な目をカッと開き、歯を()き出しにしている。(つばさ)力一杯(ちからいっぱい)羽ばたかせ、敵襲(てきしゅう)とばかりにギアを(ねら)う。


 そして、(りゅう)はギアとすれ違いざまに、すぐ上を陣取(じんど)ると、大きな(くち)をガバッと開き、ギア目掛(めが)けて、(ほのお)()いた。


 ギアは一瞬(いっしゅん)(おどろ)いたものの、ふいっと体勢(たいせい)を変えて、(ほのお)をやり過ごした。


 そしてギアは魔力を目に集中させ、目をギラリギラリと光らせてその(りゅう)を見た。その(りゅう)と目が合った瞬間、その(りゅう)は頭の中が(はじ)けたようにのけぞって、全身の力を失ったように動きを止めた。


 そして、そのままその(りゅう)は、気を失ったように、地表にずんと落ちていった。


 森を(はな)れた下等(かとう)(りゅう)め。(ほのお)()くしか(のう)のない—。


 何だ? 俺、ヤツの縄張(なわば)りでも(おか)したか? ギアは首を(かし)げた。


 しかし、ギアは自分が集落(しゅうらく)に向かって急いでいたことを思い出すと、はっとして、また一目散(いちもくさん)に飛びはじめた。


 ギアは目的地の森のはずれに着くと、優雅に空を旋回(せんかい)し、そしてゆっくり舞い降りた。


 そして、地表に降り立ってフルフルと身震(みぶる)いすると、一瞬(いっしゅん)でその姿は(ひと)(かたち)になった。


 短い銀髪(ぎんぱつ)(おとこ)姿(すがた)灰色(はいいろ)(ひとみ)()き通った肌。


 ギアという名のその(りゅう)は、人型(ひとがた)のまま、深い森の奥へと歩き入った。


 (ふる)(もり)。太い樹々(きぎ)がところ(せま)し立ち並んでいる。太陽の光を求めて高く高く成長し、()をうっそうと(しげ)らせる樹々(きぎ)は、太陽の光をその葉で全て受け止めるため、(ひかり)地表(ちひょう)にはほとんど(とど)かない。


 ギアは薄暗(うすぐら)い森の中を、急ぎ足で歩いて行った。


 やがて、少しだけ木がまばらになり、うっすらと日の光が届く場所にやってきた。そこにはギアたちの住む小さな集落(しゅうらく)があった。


 (りゅう)の、集落(しゅうらく)


 木を()(たお)して()まれた、小さく粗末(そまつ)小屋(こや)が、数十軒まばらに()っていた。


 この集落(しゅうらく)では100匹ほどの、人型(ひとがた)(かく)れ住む(りゅう)たちが、細々(ほそぼそ)と暮らしている。


 皆、銀髪(ぎんぱつ)灰色(はいいろ)(ひとみ)()き通った肌だ。


 この古い森には、こうした人型(ひとがた)(かく)れ住む (りゅう)集落(しゅうらく)が、もう少しだけ点在(てんざい)している。


 人間に知られないように、ひっそりと。


 集落(しゅうらく)に戻ったギアは迷わず、長老竜(ちょうろうりゅう)小屋(こや)(おとず)れた。


 長老竜(ちょうろうりゅう)小屋(こや)とはいっても粗末(そまつ)で、水回(みずまわ)りと木を組んで作った食卓(しょくたく)、別室の寝室くらいしかない。唯一(ゆいいつ)(くま)の毛皮が、敷物(しきもの)としてあるくらいだ。


 ギアを見ると、

「どうだった」

長老竜(ちょうろうりゅう)は聞いた。


 長老竜(ちょうろうりゅう)()いていて、もう銀髪(ぎんぱつ)にも(つや)はなく、肌も()き通るようなというよりは、ただ青白く見えた。ただ灰色(はいいろ)(ひとみ)だけはギョロギョロとしており、この世界の変化を注視(ちゅうし)しているように見えた。


噂通(うわさどお)りです」

とギアは答えた。

(りゅう)が一匹、人間によって(どく)(ころ)されたようです」


 長老竜(ちょうろうりゅう)とギアは、リーナの作った(りゅう)(あや)める(どく)について話しているのだった。


「その(りゅう)は?」

長老竜(ちょうろうりゅう)は聞いた。


「ええ、大昔(おおむかし)にこの(もり)(はな)れた(りゅう)子孫(しそん)です。人語(じんご)も話せない。我々の仲間ではありません」

とギアは淡々(たんたん)と言った。


「そうか、人語(じんご)を話せない(りゅう)だったか。人間を(おそ)ったのか?」

長老竜(ちょうろうりゅう)はまた(たず)ねた。


「おそらく。その(りゅう)()近隣(きんりん)の村で、(りゅう)被害(ひがい)があったという(うわさ)も聞きましたから」

とギアは、その(ころ)された(りゅう)軽率(けいそつ)さに少し残念がりながら答えた。


「それは人間に駆除(くじょ)もされよう」

長老竜(ちょうろうりゅう)はうなずいた。


 しかし長老竜(ちょうろうりゅう)は、

「だが、(どく)、か」

問題視(もんだいし)するように言った。


「はい。その(どく)が、我々にも()くのかどうか」

 ギアもそこが心配だった。


「最近は、(みょう)な魔術が使われていて、この我々の(もり)(はな)れた人語(じんご)を話せない(りゅう)たちが、この国に集められているようだ」

長老竜(ちょうろうりゅう)は言った。


「はい。それで、単純に増えた(りゅう)のせいで、人間たちへの被害(ひがい)が増えていると聞きます」

とギアも答えた。


「そうだな。彼らは獲物(えもの)見境(みさかい)がない。人間にも手を出すようだ。だから、人間たちもあの手この手で(りゅう)駆除(くじょ)しようとしているのだろう」

 長老竜(ちょうろうりゅう)は、少し遠い目をした。


「私たちのように(かく)れ住んでいる者からすれば、本当に迷惑(めいわく)な話です」

と、ギアはうんざりしながら言った。


「そう言ってやるな。あの(りゅう)たちはもう言葉も失い、アルデバランのことも(わす)れ、魔力も(うす)れたために魔術も十分に使えなくなっている。彼らはもう、(あさ)はかさを(うった)えられる(ほど)存在(そんざい)では、なくなってしまったのだ」

長老竜(ちょうろうりゅう)も残念そうに言った。


「とは言え、(りゅう)(りゅう)だ。大昔(おおむかし)同胞(どうほう)だ。あまり気持ちの良い話ではないな」

長老竜(ちょうろうりゅう)は、ため息をついた。


「まぁ人間に遭遇(そうぐう)しなければ、そして我々が人間(にんげん)(かたち)をしていれば、我々にはその(どく)を使われることもあるまい」

長老竜(ちょうろうりゅう)(だん)じた。


 長老竜(ちょうろうりゅう)には、集落(しゅうらく)の仲間を守る義務(ぎむ)がある。リーナの(どく)(けん)は、大きな懸案(けんあん)だった。


 (りゅう)(あや)める(どく)を作るとは、()()1()0()0()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「しかし厄介(やっかい)なことですね。(りゅう)が人間を(おそ)って(さわ)ぎを起こすなんて。私たちにはアルデバランという別の目的があるというのに。こういった問題にまで、気を(そそ)がなくてはならないなんて」

とギアめんどくさそうに言った。


「まぁ、遠い昔の同胞(どうほう)だ。あまり悪く言うな」

 長老竜(ちょうろうりゅう)はギアを(いさ)めた。


「とりあえず、ギア、ご苦労だった。君は本当に若いのに、やる気ある(ほこ)り高き仲間だ」

長老竜(ちょうろうりゅう)はギアを(ねぎ)った。


 ギアは一先(ひとま)(かる)く頭を下げて、長老竜(ちょうろうりゅう)の小屋を出た。そして、自分の小屋へ急足(いそぎあし)で向かった。


 自分の小屋の前で、一人の美しい壮年(そうねん)の女が、か(ぼそ)(うで)薪割(まきわ)りをしていた。


「母さん! 薪割(まきわ)りなら俺がするのに!」

とギアは(あわ)てて走っていて、母から(おの)(うば)った。


「ああ、ギア! 帰ってきてたの? 無事でよかったわ。遠い旅だったでしょう。(つか)れてるんでしょうから、中に入りなさい」

母竜(ははりゅう)はギアの背中を軽くぽんぽんと(たた)いて、小屋の中へ(うなが)した。


 母竜(ははりゅう)はギアを椅子(いす)(すわ)らせると、白湯(さゆ)を出した。


 ギアは白湯(さゆ)美味(おい)しそうに飲み干すと、ほっと一息(ひといき)ついた。


「どうでした、久しぶりの人間界は」

母竜(ははりゅう)は聞いた。


「やはり(うわさ)は本当でした。森の外の(りゅう)たちは、奇妙(きみょう)な魔術によりこの国に集められていたし、その(りゅう)(ころ)(どく)も開発されていました。少しずつ世界は様変(さまが)わりしているようです」

とギアは簡単に説明した。


「そうですか、(どく)……」

母竜(ははりゅう)はゆっくりと言った。


「母さん」

 ギアは、この旅で少し思いついてしまったことを、思い切って母竜(ははりゅう)に聞くことにした。


 ギアは今回の旅で、人間に()じって情報を収集(しゅうしゅう)している間に、多少(たしょう)なりとも人間との()れ合いというものを感じたのだった。良くない人間もいたし、良い人間もいた。


 ギアが良くない人間に(だま)され(かね)(うば)われたとき、手を差し伸べ、温かい食事と寝床(ねどこ)(あた)えてくれた人間がいた。


 ギアは、見ず知らずの自分が、純粋(じゅんすい)善意(ぜんい)を人間から向けられるとは思ってもいなかった。そして、このことは、人間について考えるとき、きっと(かなら)ず思い出すことになるだろうとも思った。


 だから、もっと長いこと人間界に潜入(せんにゅう)していた自分の母竜(ははりゅう)は、もっと人間に対して、色々な(おも)いがあるのではないかと思った。


 つまり、ギアは、今までただ(にく)んできた人間という生き物に対して、複雑(ふくざつ)気持(きも)ちを(いだ)いてしまったのだった。


「母さんは人間界にいたことを、今でも思い出したりするの?」


 母竜(ははりゅう)は、ギアのおどおどした質問に、ギクッとした顔をした。しかしすぐに態度(たいど)()(つくろ)った。


「そりゃあ、思い出したりしますよ。人間のふりをして、お城のような家に住んでいたのですからね。あれは夢だったのか、本当だったのか、と(いま)だに思いますよ」

母竜(ははりゅう)微笑(ほほえ)んで言った。


「母さん! ちゃかさないで。そういうことじゃなくて」

とギアは母竜(ははりゅう)をじっと見つめながら言った。


 母竜(ははりゅう)は、(さっ)した。ギアは物事(ものごと)には多面性(ためんせい)があることに気づいたのだ。ギアは本気で聞いているのだろう。もうギアは小さな子供ではない。


 母竜(ははりゅう)真面目(まじめ)な顔をして、ギアの方を向いた。


「そうね……」

 母竜(ははりゅう)は少し(つら)そうな顔をした。


「おまえにはもう話したと思うけど。人間界に子供を一人、残していますからね。あの子が幸せにやっているかどうかは、片時(かたとき)も思わない事はありませんよ」

 母竜(ははりゅう)素直(すなお)に答えた。



「ロベルト兄さんの事ですね」

 ギアは(こま)った顔をした。


 それも、ギアの死んだ父や長老竜(ちょうろうりゅう)たちから、母竜(ははりゅう)の人間界潜入(せんにゅう)時の犠牲(ぎせい)の一つとして教えられてきた。


「でも、人間との子供だろ?」

とギアは思いの(さだ)まらない声で言った。


「母さんは(みんな)のために、人間界に、あの宿敵(しゅくてき)ヒアデス家に、(もぐ)り込んでくれたんだろ。仲間のために犠牲(ぎせい)を払ってやってくれたんだ。人間の子供なんかに、そんな言い方しないでいいんじゃないの?」

とギアは聞いた。


宿敵(しゅくてき)、ね」

母竜(ははりゅう)はつぶやいた。


 母竜(ははりゅう)は、初めて(つま)として、ウィリアム・ヒアデスに()かれた夜のことを思い出したが、急いで首を()って頭から追い払った。


「おまえももう分かってきているのでしょう。そんなに割り切れるものでもないってことが」

母竜(ははりゅう)はギアを(たしな)めた。


 ギアは、はっとした。母竜(ははりゅう)見透(みす)かされたようで、恥ずかしくなり、強情(ごうじょう)な顔に戻った。

「人間に同情(どうじょう)余地(よち)なんかない! (みんな)が言ってるんだ」


「そうですね」

母竜(ははりゅう)は、それ以上はギアを刺激(しげき)しないように、同調(どうちょう)して答えた。


「そんなことより、母はおまえが心配です。母さんがヒアデス家の件で、アルデバランを見つけられずに失敗してしまったから、おまえはそのことを()()んでるのではないの? 長老竜(ちょうろうりゅう)の言う、いろいろ危険なことに(みずか)志願(しがん)して」

母竜(ははりゅう)は心配そうな目でギアの顔を見た。


「べ、別に! 母さんの名誉挽回(めいよばんかい)のためにとか、か、考えてないから!」

 ギアは赤くなりながら言った。


「本当ですね? あなたは自分のために生きないといけませんよ」

母竜(ははりゅう)は強い口調(くちょう)で言った。


「そんなこと、分かってる。俺は俺のやるべきと思ってることをやってるんだ!」

とギアは言い返した。


「ならいいんです。母さんのせいでおまえが苦しむのは、母さんは絶対に(いや)ですからね」

母竜(ははりゅう)は言った。


 それから母竜(ははりゅう)(とお)い目をした。


 ロベルト、あなたは幸せにやっているでしょうか。


 あなたは、私を(うら)んでいますか?


 母さんのせいでおまえが苦しむのは、母さんは絶対に(いや)です。


 母さんのせいで、おまえが苦しむのは、母さんは絶対に、(いや)、なのです、よ。

お読みいただきありがとうございます!


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