54. ケイマン大臣の不満 〜ヒアデス家当主と人喰い竜の娘の間の噂〜
ケイマン大臣は甚だ不満だった。
王宮の儀式とやらに臨席してみたかったのに、王族と魔術師しか参加できないと拒否されたのだ。
王宮の地下で行われる儀式! その言葉の響きだけで、秘密の匂いがぷんぷんし、それを掌握すれば、この国の実権を乗っ取るのに、また一歩近付ける気がする。
しかも、その儀式を取り行っているのは、あの伝説でしか名前を聞いたことのない、いにしえの家系、プレアデス家とヒアデス家だと言うのだから!
彼らは一体どんな特権階級の者たちなのだと、ケイマン大臣は興味津々に思っていた。
しかし、無残にもケイマン大臣の思惑は外れる。儀式には非魔術師は参加させられないと言われたのである。
魔術とは強大な力だ。魔術を使えば、人など簡単に傷つけたり殺めたりできる。魔術を使えるものと使えないものとか争えば、一方的に魔術を使えるものが勝つだろう。魔術はそれだけ、攻撃の殺傷能力を上げることができる。
そもそもこの国は魔術師に対して寛大すぎる。プレアデス家やヒアデス家など、特権階級を有する者までいる。さらにクレッカー長官が、魔術師の働き方改革と地位の向上を図っている。
魔術師め、とケイマン大臣は心の中で思った。
仕方がないので、ケイマン大臣は、クレッカー魔術管理本部長官に、王宮の儀式の内容を事細かに聞くことにした。
しかし、どれだけケイマン大臣が具体的に質問しても、クレッカー長官の答えは曖昧で、儀式の詳細はあまり分からない。
ケイマン大臣は、最初、クレッカー長官がわざと誤魔化しているのかとも思ったが、どうもそういうわけでもなさそうだった。クレッカー長官自身も、よく儀式のことを分かっていないのだった。
クレッカー長官から聞き出せないのならば、一緒に儀式に派遣されている魔術管理本部の魔術師であれば何かわかるか、とケイマン大臣は思った。そこでケイマン大臣は、儀式に派遣されている魔術師たちを呼び出し、儀式についていろいろ質問した。しかし、その魔術師たちもまた、皆揃って要領を得ない答えばかりをするのだった。
何を祀っているのか、そもそもなぜ祀らなければならないのか?
それすらわからず、クレッカー長官や魔術管理本部の魔術師たちは、王宮の儀式に参加している。
いったい、何と言う事だろうか。
ケイマン大臣は、政務のことでは国王とよく話す身であるのに、王宮深部の儀式の話になると、途端に国王も抽象的なものの言い方を始め、結局何も意味のあることを話さない。
国王は、そしてプレアデス家とヒアデス家は、何を隠しているのだ!
そもそも前任のグレゴリー元大臣が、プレアデス家やヒアデス家と懇意にしていたというのも、またケイマン大臣にとっては不愉快の種だった。
まるで自分がプレアデス家やヒアデス家に認められていないような気がするからである。
ケイマン大臣は思った。
グレゴリー元大臣はもう死んだのだ。この国の大臣は私だ。「私を大臣にしろ、グレゴリー大臣が邪魔だ」と言ったら、クレッカーは、グレゴリー大臣をきちんと始末してくれた。
そして今、全ての魔術師はクレッカー長官率いる魔術管理本部に一律で所属することとなった。
私は、クレッカーを介して、魔術師さえも掌握したのだ!
私の命令なくしてプレアデス家やヒアデス家もない。命令が聞けぬのなら、例え、いにしえの家系だとしても、プレアデス家もヒアデス家も大きな顔はさせない。その、はず、なのに。
しかし、クレッカーも所詮魔術師。プレアデス家やヒアデス家のことを敬い、魔術師で行う王宮の儀式のことも神聖視しているようだ。
何だ、王宮深部には何があるのだ!? プレアデス家やヒアデス家とは何なのだ!?
私は大臣だ、知る権利がある! しかも私はきちんと、王族の遠縁に当たる由緒正しい家柄の者なのだ!
大臣なのだ! 私は、大臣、なのだ!
ケイマン大臣は王宮の深部の事が知りたくて仕方がなかった。自分だけが知らないというのが嫌だった。
ケイマン大臣は、そこで王宮の深部を探るために、人材を集めることにした。
先ずは魔術師である。
しかし魔術師はすべてが魔術管理本部が管理しているため、ケイマン大臣には手を出すことができない。
そこでケイマン大臣は、クレッカー長官に王宮深部の儀式の詳細について調べるよう、命令を出した。クレッカー長官は、最近自身も気になっていたことだったので、了承した。
実際クレッカー長官は、すでにハンドリーなどの手下の魔術師を用い、王宮深部へと潜入させていた。しかし、残念ながら、プレアデス家やヒアデス家の妨害がひどく、クレッカー長官の潜入捜査は少しも成功しているとは言えなかった。
そこで、ケイマン大臣は、クレッカー長官には内密に、モグリの魔術師を集めることにした。その者たちを使って、儀式の裏側を探ろうと思った。
幸い、モグリの魔術師は、お金で動くものが多い。ケイマン大臣は、そこそこの数のモグリの魔術師を集めることができた。
ケイマン大臣は、彼らを王宮内の隅々に放った。
次に、ケイマン大臣は、安全警備本部に警備兵を要請した。表向きには、王宮深部の儀式を守るためという名目で、である。しかし、実際には、見廻りという形で王宮深部のあちらこちらを観察させようと思っていた。
安全警備本部のハーマン長官は、今までにない「王宮の儀式を守る」という新しい任務項目に戸惑いながら、一応警備兵を派遣してくれた。
ケイマン大臣は涙ぐましい努力をしながら、王宮深部について調査を開始したのだった。
また同時に、ケイマン大臣に敬意を表さないプレアデス家やヒアデス家についても、何か弱みはないかと、噂話をあちらこちらで聞き回っていた。
ケイマン大臣の下には、一人の早耳の男がいた。
お金を積めば何でも調べてくる男で、ケイマン大臣にとても重宝されていた。
その男がケイマン大臣の元に、一つ奇妙な話を持ってきた。
それは真夜中のことだった。人の寝静まったケイマン大臣の屋敷の中、ケイマン大臣の寝室に、その男は忍び込むように入ってきた。
「ケイマン大臣、ヒアデス家について、一つ面白い話を聞きましたよ」
と男は言った。
「ほう、なんだ言ってみろ」
待ちに待っていたケイマン大臣は、身を乗り出して聞いた。
「ちゃんとお金のほうは弾んでもらえるんでしょうかね」
と男は確認した。
「内容次第だが、おまえとは古い付き合いだ。がっかりはさせない」
とケイマン大臣も答えた。
「それでしたら」
早耳の男は、そっとケイマン大臣の側に寄った。
「どうも、ヒアデス家の当主、ウィリアム・ヒアデスは、一時、竜の娘を妻にしていたことがあるそうです」
ケイマン大臣は突然な内容でよく分からなかった。
「竜の娘? あの人喰い竜の? 妻に? そもそも人間では無いではないか。どういうことだ?」
「ええ。だから詳細は分からないのです。ただ一時期、竜の娘が人間のふりをして、ヒアデス家の当主の妻になっていたという事だけ、ヒアデス家の古い使用人が言っていたんです」
と男は言った。
「その竜の娘は今はどうなっているのだ」
とケイマン大臣は聞いた。
「全く判りません。そのへんの事は誰も知らないのです。娘はある時、ふっとヒアデス家の屋敷から消えたそうですから」
と男は答えた。
「それは事実なのか?」
とケイマン大臣は聞いた。
人喰い竜とヒアデス家が繋がっている? 本当なら大問題ではないか。
「いいえ、ただの使用人の噂話です。ゴシップですよ。だからこれでウィリアム・ヒアデスをどうにかしようなんて事はできませんがね」
と男は言った。
ケイマン大臣は考え込んだ。
「だがこれが、ウィリアム・ヒアデスが自ら隠していることなのだとしたら、奴のとんでもない弱みを握ることになるのではないか? 人喰い竜の娘だぞ? その竜の娘について、何でもいいからとにかくいろいろ情報を調べてこい」
とケイマン大臣はその男に命令した。
男はニヤリと笑った。
「竜ですからね。高くつきますよ。お金の方はきちんとお約束してもらえますか」
「俺がおまえの情報に、値切ったことがあるか?」
とケイマン大臣嫌味ったらしく言った。
その男は
「そういえばないですね、旦那。あんたはいい客だ」
と笑って言った。
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