53. ケイマン大臣を狙う 〜娼婦の真似事をしてでも〜
アデルは体調が戻ると、シャールとリーナに深く礼を言い、村を出た。
シャールは竜の件でアデルのことをよほど怒っていたが、一応見送りだけはしてくれた。それから、リーナに言われてか、アデルに一頭の馬も用意してくれた。
アデルはまた深く深く礼を言った。
アデルはずっと考えていた。
カレンはもう既にダミアンのことを知っていた。そして、仲間の皆で探し求めていた、魔術を消す魔術を使える魔術師ロベルトは、アデルたちには協力しないといった。
アデルには果たすべきことが、もうなかった。
我々の計画は変更しなければならない。
アデルは、色々考えた末、仲間であるゼノン・マクレガーのいる場所へ向かった。
ゼノンはアデルと比較的歳が近く、気軽に話せることから、日ごろからよくアデルのまとまりのない相談に、のってもらっていた。
ゼノンは馬で二、三日のところの村に隠れ住んでいた。ゼノンは汚い宿屋の地下室を借りているようで、暗くてカビ臭く、自分たちの立場の惨めさに、アデルは悔しくてたまらなくなった。
ゼノンは、アデルの顔を見ると、ほっとしたような驚いたような顔をした。
「アデル生きていたのか、よかった! 死んだと伝言を飛ばしたのは?」
「私だ。マルティスの魔術をかけられて、な。その後いろいろあって、結局生きている」
とアデルは言った。
「話が長くなりそうだな。まぁそこに座れ。茶くらい出せる」
ゼノンはアデルに、背もたれのないシミだらけの汚い椅子を勧めた。
「ありがとう」
アデルはそのガタガタ鳴る椅子に腰かけた。
「マルティスの魔術と言ったな? 誰が使った? まさかクレッカーって事はあるまい?」
とゼノンは聞いた。
「ああ、違う者だ。もはやクレッカーの手下たちが使っているようだ。だが、クレッカーの手下の中にも、マルティスの魔術を知らぬ者もいた。それはどういうことだろうな」
アデルはロベルトとエドワードの顔を思い浮かべながら言った。
「さあな。クレッカーの手下どもなんか、俺には全くわからんよ。で、おまえはどうして、マルティスの魔術をかけられながらも、生きているのだ?」
ゼノンは聞いた。
「魔術を消す魔術を使える者にたまたま会った」
とアデルは答えた。ゼノンは息を呑んだ。
アデルは一先ず、ロベルトとエドワードの事は極力話さずにおこうと思った。エドワードが去り際に言った、ウィン-ウィンという言葉を信じていた。
「魔術を消す魔術か。俺たちの求めるものじゃないか! 存在したのか」
ゼノンはやっと呟いた。
「本当に存在したね。私も驚いた」
とアデルも言った。
「アデル、命拾いしたな、良かった」
ゼノンは心から言った。
「ああ」
アデルは仲間の温かさに感謝しながら頷いた。
「そして、魔術を消す魔術を使える者とは、我々の探していた者だ。で、その者は我々に協力すると?」
ゼノンは重要なことを聞いた。
「いや、しない」
アデルは申し訳なさそうに答えた。
「なぜだ?」
ゼノンは目を剥いた。
「さあな」
アデルは肩をすくめて見せた。
「だがそいつの言わんとすることは分かる。私たちは相当考えが甘かったようだ」
「どういうことだ?」
とゼノンは聞いた。
「当初我々はクレッカーが、次の政敵を殺すのを見計らい、マルティスの魔術を 魔術を消す魔術で見破ればと思っていただろう。だが、まず次があるかも分からない上、もはや、クレッカーは自分で手を下さない」
とアデルはロベルトの言葉を代弁してゼノンに聞かせた。
ゼノンもピンときたようだった。
「マルティスの魔術を使う者が、クレッカーでないのなら、厄介だ。クレッカーの手下が手を下し、失敗してもトカゲの尻尾切りだ」
アデルは頷いた。
「クレッカーを断罪するのに、魔術を消す魔術があったところで、無理だということだ。グレゴリー元大臣の件も証拠と呼べるものがない。我々は考え直さなければならない」
「そういうことか」
とゼノンも同意した。
「というと、我々にはグレゴリー元大臣が殺害された件は暴けず、命を狙われたままなのか?」
ゼノンはがっくりと肩を落とした。
「いや、だがおそらく同じ目的の者はいる」
アデルはあの時のロベルトとエドワードの雰囲気を思い出しながら言った。
「ん? どういうことだ?」
とゼノンは希望を見出しながら聞いた。
「詳しくは言えないがな。希望がなくはない、と思う」
とアデルは答えた。
「それで、ゼノン、おまえに相談に来たんだ。我々には何ができる? もう、仲間が死ぬのは嫌なんだ」
とアデルは縋り付くような目でゼノンに言った。
「クレッカーをとにかく殺してしまえば、全て済むのか?」
アデルは覚悟の目でゼノンを見た。
ああ、アデルのこの目だ、ダミアンが愛したのは。ゼノンは心の中で思った。
ゼノンは首を横に振った。
「ヤケになるな、アデル。俺だって、クレッカーは殺っちまえと思ってるが、ヤケになれば身を破滅させるだけだ」
「そうだな、すまない、ゼノン……」
アデルは頭を垂れた。
「クレッカーは用心深い男だ。だが、ケイマン大臣はどうだ?」
とゼノンは切り出した。
アデルの顔がパッと明るくなった。
「そうか! 誰か、ケイマン大臣の方を探っているものはいるか? ケイマン大臣とクレッカーが密約したのは間違いないのだ」
ゼノンは頷いた。
「ケイマン大臣の方からクレッカーに、グレゴリー元大臣を殺す話を持ちかけている証拠でもあれば良いのだが」
アデルの目に強い光が宿った。
「ゼノン、おまえ、文字検索系の魔術、得意だったな? ゼノンはケイマン大臣の屋敷に入り込め。ケイマン大臣の屋敷中の文書から、グレゴリー元大臣の名前を探し出すんだ! 掃除夫でも肩書きは何でも、とりあえず屋敷に入り込めさえすれば、おまえの力なら何とでもなるだろう」
ゼノンは少し興奮気味のアデルを抑えながら、
「まあ、やりはするが、さすがのケイマン大臣も文書に残すほどバカではあるまい。あまり期待するなよ」
と言った。
アデルは頷いた。
それから、
「ケイマン大臣って女好きで有名だったな? ベッドの中で寝物語にぽろっと話す事はあるんじゃないか?」
と言い出した。
「は?」
ゼノンはアデルが突飛なことを言い出したので、思わず聞き返した。
アデルはニヤリと笑った。
「私も娼婦の真似事でも何でもして、とりあえずケイマン大臣からグレゴリー元大臣の名前を引きずり出してみせる」
ゼノンは慌てた。
「アデル娼婦など!」
アデルは意に返さなかった。
「なに、私もこう見えて一応女だから、何とかしてみせるさ」
ゼノンは真面目な顔でアデルの目を見て、諭すように言った。
「アデル、そういうことじゃない。ダミアンが嫌がるだろう」
アデルはゼノンを見つめ返した。
「ダミアンはもういない」
ゼノンはゆっくりとアデルに言った。
「そういうことじゃないんだよ、アデル。自分の死に関わったケイマン大臣とお前がそういうことになるのは、ダミアンは絶対に望まない」
アデルは何故だかひどく腹立たしさを感じた。
「ダミアン、ダミアン、って。ダミアンにはカレンと言う妻がいるだろう」
「でもダミアンがおまえを好いていたことくらい、部署の者は皆知っていた」
ゼノンは根気よくアデルに言い聞かせなければならなかった。
アデルは止まった。
「そうだったのか?」
「ああ。知らなかったのは、おまえくらいだ」
ゼノンはふうっと息を吐いた。
「じゃぁ、ダミアンはなぜカレンと結婚したのだ」
とアデルは呟いた。
「それはおまえがカレンに、結婚したら良い、と言ったんじゃないか。かわいそうなのはダミアンだ」
ゼノンはため息をついた。
「そうなのか? それは……」
アデルは絶句した。
「カレンもかわいそうだ」
とゼノンは言った。
「おまえのせいだ、アデル」
アデルは虚な目をゼノンに向けた。
「そうか私のせいだったのか。ならばやはり私がやらなければならないな。何だってする。ケイマン大臣からグレゴリー元大臣の名前を私が必ず引きずり出す」
「アデル!」
ゼノンは声を上げた。だが、その声はアデルの心には届かなかった。
それからアデルは、突然、
「我々は弱すぎる」
と言った。
「クラウスもダミアンも殺された。実戦を積んだ魔術師は本当に強い。私も少し実戦向きの魔術を学ぶ」
「アデル、おまえ、急に何を言い出すんだ? さっきの俺の話は、ちゃんとわかったのか?」
とゼノンは聞いた。
アデルは何も答えなかった。
「アデル!」
ゼノンの呼びかけに、もうアデルは反応しなかった。
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