52. ウィリアム・ヒアデス卿とソフィア・プレアデス嬢〜アルデバランの首〜
「ソフィア、品のない格好するな」
王宮の最深部の儀式の間で、ソフィア・プレアデス嬢が、あまりに胸元の開いた、ボディラインを強調した服を着ていたので、厳格なウィリアム・ヒアデス卿は、眉を顰めながら窘めた。
「あら、ウィリアム・ヒアデスおじ様。相変わらず信仰心のお厚い格好ね」
ソフィアは少しも反省の色は見せず、むしろすでに術衣を着ているウィリアム・ヒアデス卿を 揶揄するように言った。
「これから劫掠の儀式だろうが」
ウィリアム・ヒアデス卿はぎらぎらした目で言った。
ウィリアム・ヒアデス卿は、厳つく笑わず、冷たい目をした堂々たる大男だった。普通の人なら、その家名もさることながら、見た目だけで恐怖心を覚えるところだろう。
しかしソフィア・プレアデス嬢ともなると、物心ついた頃からウィリアム・ヒアデス卿とはよく顔を合わせ、王宮深部の儀式で毎回一緒になるものだから、すっかり懐いていて、軽口を叩くほどにまでなっていた。
逆に、ウィリアム・ヒアデス卿の3人の息子、ハリル、ミゲル、ヘンケルトの方が、父の前では萎縮しているように見える。
「おじさまのその格好を見ると安心するわね。今日もきっと平和な日に違いないんだわ」
ソフィアはため息を吐きながら言った。
「口を慎め。おまえのその格好は目にあまる」
ウィリアム・ヒアデス卿は怒鳴るような大きな声で言った。
「どうせ儀式の時は、真っ黒の術衣をすっぽり被るんだから、私がその下にどんな格好してようとどうでもいいでしょ」
「そういう問題ではない。プレアデス家の娘ともあろう者が、胸元の開いた服を着るな」
ウィリアム・ヒアデス卿は叱った。
「うるさいおじ様ね。さっさと術衣、着てくるわよ」
ソフィアはうんざりしたように言った。
「プレアデスの名が泣くぞ」
ウィリアム・ヒアデス卿は苛立ちながら言った。
「プレアデスの名? どうでもいいわ! 勘当してくれたって構わない。私じゃない誰かになって、そこらへんの男と恋をして、普通に生きていけたら本当最高でしょうね」
ソフィアは飽き飽きとした声で言った。
「聞き捨てならんな。おまえには責務を果たす義務がある」
ウィリアム・ヒアデス卿はぎろっとソフィアを睨んだ。
それから、
「あと、弟もなんとかしろ」
とウィリアム・ヒアデス卿はソフィアに鋭い口調で言いつけた。
「エドワードのこと? 何の話よ?」
ソフィアが怪訝そうに聞く。
「アルデバランの首を消滅させろと言ってきた」
ウィリアム・ヒアデス卿は呆れ声で言った。
「あー、あいつがつい最近ウィリアムおじ様と話してたってそのことなのね? あいつ、こんな儀式する気さらさらないのよね。私にもうるさいわ、アルデバランの首はいい加減なんとかならないのかってね」
ソフィアの目もぎらりと光った。ウィリアム・ヒアデス卿がどんな反応をするのか、興味ある目だった。
しかし、ウィリアム・ヒアデス卿はごく普通の反応を示しただけだった。
「アルデバランが地に堕ちた時、おまえたちプレアデス家の先祖と、我がヒアデス家の先祖がアルデバランを討った。胴と頭は泣き別れにさせ、胴は消滅させることができた。しかし、アルデバランの首は強い魔力を放ち、我々の祖先たちでは消滅させられなかった。おまえも知っているだろう」
「それは知ってるわ。奴の魔力は強大すぎて、ちょっとこの王国の支配には邪魔だったのよね」
ソフィアは言った。
「そして、我々が、今もそのアルデバランの首を私たちが秘密裏に守っているのではないか。ヤツが復活しないように。そして悪用されないように」
ウィリアム・ヒアデス卿は、苛々しながら言った。
「悪用されないように? とっくに悪用されているわよ、私に言わせれば。ウィリアムおじ様」
ソフィアは挑むように言った。
「それは私たち魔術師が利用していることを言っているのか?」
ウィリアム・ヒアデス卿は低い声で聞いた。
「それ以外にある?」
ソフィアはうんざりした口調を崩さない。
「だが必要なことではないか。アルデバランの首は、やろうと思えば、消滅させられるかもしれん。だがアルデバランの首とともにすべての魔力を我々が失った時、どう竜などの大型魔獣に対処する? 大型魔獣だけではない。沢山の未知の事項に、我々は魔術で対処してきたのだ」
ウィリアム・ヒアデス卿は、ソフィアに強い口調で返した。
「竜とかそのへんのものなんて生易しいじゃない。私はもっと嫌なことを言ってるのよ! 誰か悪意ある者にアルデバランの首を奪われてごらんなさいよ。あの魔力を使えば、今でも国一つ、余裕で吹き飛ぶわよ。そんな悪人の手に渡るリスクを考えたら、私だってアルデバランの首の消滅に賛成よ」
とソフィアはウィリアム・ヒアデス卿の目を見て言い切った。
「おまえたち姉弟は……」
ウィリアム・ヒアデス卿はげんなりした。
「だからずっとアルデバランの首の件は、王家とプレアデス家とヒアデス家の秘密にしてきたではないか」
「でも最近、クレッカーとかいうハエが鬱陶しいじゃない」
ソフィアは腕を組んでウィリアム・ヒアデス卿を じとっと見た。
「まあ、おまえの言っていることも一理ある。アルデバランは首だけでも国を滅ぼせる。クレッカー自体は魔術師は管理したくても、国の転覆までは考えないだろう。だが、問題はケイマン大臣だな」
ウィリアム・ヒアデス卿はソフィアの言うことに一部同意して言った。
「そうね。ケイマン大臣、国王の遠縁の血筋だっけ? あいつは国王になれると聞けば国王になりたがる男よ」
ソフィアは不謹慎にも少し面白そうな顔をした。
「ははは。魔術師でもないのに、アルデバランの首見て、その価値を一瞬で見抜けるとは思えないけどね」
ウィリアム・ヒアデス卿は気難しい顔をした。
「でも、ケイマン大臣じゃないにしろ、悪意ある人間の手に渡った時のリスクは高いわよ。そもそも私はアルデバランの首なんて、なくていいと思ってるもの。私はウィリアムおじ様が何と言おうと、消滅させたいと思っているわ」
ソフィアは言った。
「ふん。だがおまえ一人では無理だろう」
ウィリアム・ヒアデス卿は馬鹿にするように言った。
「そこよね。エドワードがいても、消滅となるとまだ厳しいわね。でも、そのうち、ウィリアムおじ様も、私に協力する時がくるわ」
ソフィアはある確信を持って、ニヤッと笑った。
「でも、ウィリアムおじ様が、とりあえず現状維持を望むなら、クレッカーやケイマン大臣を、何とかしてよ。おじ様、本当は、いくらでもクレッカーやケイマンを断罪できるでしょう?」
とソフィアは提案した。
「何の話だ?」
ウィリアム・ヒアデス卿はとぼけた。
「グレゴリー元大臣と懇意にしてたもの。最期も見舞ったんでしょう? グレゴリー元大臣は、魔術で殺されたんですってね。エドワードに聞いたわ。そんなの、ウィリアムおじ様が直接見て、気づかないはずないでしょう?」
ソフィアは少し真面目な顔に戻って言った。
「……」
ウィリアム・ヒアデス卿は答えなかった。
「おじ様が何も答えないってことは、そう言うことね。ウィリアムおじ様のことだもの、どうせ、抜かりはないんでしょう? 誰がグレゴリー大臣に何したか、いくらでも証拠を掴めたはず」
ソフィアは説得しようとしていた。
「……」
ウィリアム・ヒアデス卿はまだ黙っている。
「下らない魔術師たちが、クレッカーを断罪したくて、しょうもないことをやろうとしてるんですって。あなたの可愛いロベルトも巻き込まれてるそうよ」
ソフィアはなんとかウィリアム・ヒアデス卿をその気にさせたかった。
「ソフィアいくら貴様でも、ロベルトの名を軽々しく出す事は許さんぞ」
ウィリアム・ヒアデス卿は相手をゾッとさせるような冷酷な顔で言った。
「それは、失礼しました……」
ソフィアは言いすぎた、と思った。これ以上は無理だ。
「さて、しゃべりすぎだ、ソフィア。いいかげん、アルデバランの首の魔力を 奴から引き剥がす劫掠の儀式をするぞ。奴が力を取り戻さないように」
ウィリアム・ヒアデス卿は何事もなかったかのように、淡々と言った。
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