51. エドワードの本音 〜プレアデス家とヒアデス家の守るもの〜
「おい、ハンドリーの足、おまえの兄さんがやったってどういうことだ」
ロベルトがはっと振り向くと、部屋の扉のところで、エドワードが腕を組んで立っていた。
「おまえ! 聞いていたのか」
ロベルトはエドワードを睨んだ。
「聞こえたんだよ」
とエドワードも言い返す。
「盗み聞くなよ。すぐ部屋出たらよかったろ」
とロベルトはうつろな目で抗議した。
「耳に残る内容だったからな。あれ聞くなって方が難しい」
エドワードも開き直ってロベルトを見下ろした。
「で? ハンドリーは何をしてあんな目にあったんだ?」
エドワードは先日ハンドリーを見舞った時の様子を思い浮かべながら聞いた。ハンドリーは膝上部分から下、足を失っていた。
「聞いてたんだろう? 王宮の地下に潜り込んだんだ。兄さんたちも、黙ってる訳にはいかねーよ」
ロベルトは兄を庇うような言い方をした。
「地下ねえ。アレがらみか」
とエドワードは呟いた。
「そうだ」
とロベルトが素っ気なく言った。
エドワードは察した。
「ハンドリーが行かされてるってことは、クレッカー長官は何か気付いてるってことか?」
「そうだよ」
とロベルトは面倒臭そうに答えた。
「ち、厄介なヤツ。身の程わきまえろってんだ」
エドワードは声を荒げた。
エドワードは、また、病室のハンドリーを思い浮かべ、ため息をついた。
ハンドリーのことをひどく気の毒に思い、胸を痛めていたが、王宮の地下に潜り込んだと聞いては、自業自得だという感情が湧き上がった。
王宮の地下は、手を出してはいけないところなのだ。王家の者と、プレアデス家とヒアデス家、以外は。
エドワードはロベルトの幼なじみなので、ロベルトがヒアデス家の出自であることや、ヒアデス家が何者か、ロベルトがヒアデス家を出たいきさつなどを知っていた。
ロベルトも、エドワードがプレアデス家の長男だということを知っていた。
互いに背負うものが大きい……。
エドワードは
「ハンドリーも相手が悪かったなー。本気のヒアデス家が出てきちゃ、勝ち目ねーわ」
と呟いた。
それから、エドワードは気分を変えるようにロベルトに聞いた。
「ところで兄上どのは息災か?」
「ああ、元気にクレッカーの悪口を言ってたよ」
とロベルトは答えた。
「どの兄?」
とエドワードが聞く。
「俺がさっきた喋ってたのはヘンケルトさ。でもハリルもミゲルも、すっげー文句言ってるってさ」
「はは。すげープレッシャーかけられてんな、おまえ。気の毒に。しかし、懐かしい名前を聞くと嬉しいもんだな。今度久しぶりに訪ねるかな、おまえの兄さんたち……」
エドワードは楽しみにするような声を出した。
ロベルトは慌てて止めた。
「やめな。最近、クレッカー長官が王宮の儀式に出入りしてるらしいからな。顔が割れるぞ。お互い、プレアデスとヒアデスの名前は隠してた方が便利だろ」
「そーだな。つーか、クレッカー長官、儀式出てんの? まじ? そりゃーちょっと迷惑だな」
エドワードは顔を顰めた。
「ところで、おまえは義理の両親とは、たまにでも会ってんのか?」
エドワードがロベルトに聞いた。
「まあ、たまにね。心配してくれてるから」
ロベルトは微笑んだ。
「そっか。いい親御さんだもんな」
とエドワードも頷いた。
「エドワードは実家には帰ったりしてんのか?」
今度はロベルトが聞いた。
「いや、最近は全然。うちは出来のいい姉がいるんで。俺はふらふらしてだいじょうぶなんで」
とエドワードは答えた。
「そーでもないと思うけど?」
ロベルトは、エドワードがプレアデスの家中から期待されていることを知っていた。
「そうか? まあ、姉とはたまに喋ってるよ」
エドワードはそれだけ言うと、もう以上は何も言わなかった。
それからしばらくエドワードは黙って考えていたが、ふいに口を開いた。
「なあ、おまえら、いつまでアレと、あんな儀式とやらをやってくんだ?」
とエドワードがぼそっと呟いた。
ロベルトははっとして顔を上げた。
「なんか、状況が変わらないもんかね?」
とエドワードが首を傾げる。
「くっだらねえと思わねーか?」
とエドワードがさらに畳み掛けるように言った。
「まあ、うちのら兄貴も同じようなことは言ってはいるがな……」
とロベルトはやんわりと答えた。
エドワードはロベルトをじっと見た。
「あんなもの、消滅させちまえよ」
「それができないから困ってんだろ」
とロベルトは言った。
エドワードはロベルトの言葉にイライラした。
「嘘だね。何でできねー? ウィリアムおじさんに、ハリル、ミゲル、ヘンケルト、それに何よりおまえ。十分じゃねーか!」
エドワードの言葉にロベルトも言い返した。
「プレアデス家は?」
「あんなもん、無くしちまえって思ってるよ!」
とエドワードは言った。
「っておまえ……。無責任過ぎるだろ!」
とロベルトは怒鳴った。
それから、ロベルトはさらにエドワードを問い詰めるように言った。
「じゃあ国王は? あの力で国を治めてるようなもんだぜ?」
「アレに頼って治めてる国なんて滅びちまえよ」
とエドワードは悪びれずに言った。
「おい、おまえ。それ本心か? 不敬だぞ!」
ロベルトは低い声で言った。
「不敬なんかじゃねーよ。国王のやり方が合ってりゃ、あんなもんなくたって国は立派に治るさ」
とエドワードはさらりと言った。
「じゃあ、俺たちの力は? 魔力の源はアレだぞ?」
とロベルトは聞く。
「ああ。魔術師なんていらないと、俺は思ってるよ」
エドワードの言葉にロベルトは愕然とした。
「じゃあ、竜は? ああいう、人間には立ち向かえない生き物にどう対処する?」
とロベルトは怒りを押し殺しながら聞いた。
「シャールとリーナが、なんとかするだろ。毒か何かでコントロールできりゃそれが一番いいんだ。そもそも、今そっち方面、魔術師派遣されてねーし」
とエドワードはうんざりして言った。
「おまえがらそんな風に考えてるとは知らなかったよ」
とロベルトは言った。
エドワードはふんと鼻を鳴らした。
「俺は異端児だからなー。じゃー聞くが、おまえはどーしたいんだ? ずっと、こんな、訳のわからんことやり続けていくのかよ?」
「国の安定のためならな」
とロベルトは使命感で答えた。
「国の安定か。そもそも、どーしてこの国がこんなことなってんのか俺にはよく分からんよ。おまえはウィリアムおじさんに何か聞いてたりすんのか?」
エドワードはロベルトを見つめた。
「いや、聞いてないな」
とロベルトは首を振った。
「昔すぎて誰も覚えちゃいねーんだろ? 俺はさー、アレから脱して、もっとシンプルにならねーのかなって思ってるわけよ」
とエドワードは言った。
「じゃ。おまえん中で、クレッカーを何とかすんのはどーゆー理屈だよ」
とロベルトは聞いた。
エドワードは笑った。
「そりゃ簡単さ。おまえに手を貸してんのだって、何か状況を変えるためさ。クレッカーはやらかしそうだからなー。すでに大臣殺してるみたいだし。今のケイマン大臣も好奇心いっぱいそうだ。アレもすぐ食いつくぞ!」
「おまえ、どこまで、本気だ?」
エドワードの言葉に、ロベルトは確かめるように聞いた。
「全部本気さ」
と、エドワードは答えた。
「そんなこと考えてるとは思わなかった」
ロベルトは小さい声で言った。
「そうか? 俺はおまえの出自を聞いて、何か変わる気がしたんだ。俺はおまえに賭けてる。おまえが俺を拒否しようともな」
エドワードはロベルトを見つめた。
「俺より、おまえの方がよっぽど……」
とロベルトが言いかけると、エドワードが被せるように、
「バカ言うな。ロベルト」
と言った。
ロベルトは黙った。
エドワードはニヤッと笑った。
「俺は目的を果たすために、おまえを絶対に離さないからな」
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