50. ロベルトと兄ヘンケルト 〜王宮の深部を探るクレッカーの罪、と〜
「おい、ロベルト。あのバカ、マジで来たんだけど」
ロベルトと、ロベルトの兄ヘンケルトとの定期連絡で、開口一番、ヘンケルトがうんざりしながら言った。
ロベルトとヘンケルトは魔術を使い、お互いに宙に遠隔で姿を映し出しながら連絡を取っていたが、ロベルトは映し出されたヘンケルトの顔が、あまりにも歪んでいたので苦笑した。
ロベルトは宿屋の部屋で、たいてい自分一人きりの時に、兄であるヘンケルトやハリル、ミゲルと連絡を取っていた。
ヘンケルトがロベルトにとって一番年の近い兄であるから、ロベルトにとってはヘンケルトと話すのが一番気が楽だった。
「そりゃ来るだろ。クレッカーだろ? 国王が許可したんだ」
とロベルトはヘンケルトに、「何を今更」といった口調で言い返した。
「ああ、ほんと、それ含めて最悪だよ、もう。なぜ国王は許可なんかしたわけ?」
とヘンケルトは嘆いた。
「そう言うなよ」
とロベルトは慰めようとした。
「言うよ! ただでさえ真っ黒な術衣で厳かにってだけで恥ずかしいのに、すげー部外者感漂わすヤツが居てみ? 俺、何やってんだっけ、って現実に引き戻されるってゆーか」
とヘンケルトはロベルトにいかに恥を晒しているかを訴えた。
「神聖な儀式だぞ、恥ずかしがるな」
とロベルトは笑いを堪えながら言った。
「いや、無理だよ、俺も年頃の男の子だし」
ヘンケルトは口を尖らせた。ヘンケルトは時折り、弟のロベルトよりよほど幼い表情をする。
「あと、国王の前だぞ、真面目にやれよ」
とロベルトは嗜めた。
「いや〜、儀式のセリフ間違っちゃいけないのに、も〜俺、笑い堪えるのに必死で、声が震えて震えて。絶対、王も笑い堪えてたと思うぜ」
とヘンケルトはうんざりしながら言った。
「……もしかして、国王もそれが狙いだったりして。儀式なんてかったるい、何か面白くなんねーかなって」
とロベルトは国王を思い浮かべながら言った。
「あー、それあり得るわ……あの人……」
ヘンケルトは顔をしかめた。
「国王に向かって、 “あの人” 呼ばわりは、さすがにやめようか」
とロベルトはヘンケルトに言った。
「そうだな、一応やめとくか」
とヘンケルトは答えた。
閉鎖的な儀式で毎回顔を合わせており、特に性格の緩いヘンケルトは、国王と大分気の許せる仲だった。
「ってゆーか、あのクレッカーってヤツ、すっげー真面目な顔で恭しく突っ立ってんだぜ!? ピシッとした服、着ちゃってさ」
とヘンケルトはげんなりと言った。
「初々しいじゃん。儀式ってもんが初めてでドキドキしてたんだろ」
とロベルトは笑ってしまった。
「まったく、もー、儀式って聞いて、何か期待してきたんだろうか!」
ヘンケルトはため息をついた。
「そんなに魔術管理本部でやりたきゃ、いくらでも譲るっつーの」
とヘンケルトはヤケになって言った。
「兄さん、それは言い過ぎだろ。さすがにだめなヤツもあるし」
ロベルトはたしなめた。
それから、
「他の兄さんたちは?」
とロベルトは聞いた。
「ハリル兄さんとミゲル兄さんも、むっちゃ文句言ってるよ。おまえ、さっさとクレッカーなんとかしろよ」
ヘンケルトはうんざりしながらロベルトに言った。
「すまん」
ロベルトは謝った。
「で、ロベルト、進展は?」
やっとヘンケルトが本題に入った。
「少し進展があった。クレッカーがグレゴリー元大臣を殺したって話しだ」
とロベルトは報告した。
「は? グレゴリー元大臣は病死だろ?」
ヘンケルトは疑いの声を上げた。
「それが、クレッカーたちヤバい魔術開発したっぽくてな」
とロベルトは答えた。
「ヤバい?」
ヘンケルトは少し真面目な顔になった。
「ああ、人に脱水症状起こさせるんだってさ」
とロベルトは答えた。
「脱水症状? ピンとこないんだけど」
ヘンケルトは頭が追いついていない、といった顔をした。
「この魔術かけられると、人はどんなに水を飲んでも、水を吸収できなくなって、脱水症状で死ぬ。これで死んでも傍目じゃ病死だ」
とロベルトは簡潔に説明した。
「マジか。そりゃちょっと、すごいの作ったな。で、グレゴリー元大臣は、それで暗殺されたってことかよ?」
とヘンケルトは感心した声を上げた。
「ああ、たぶん。もう他にも実際何人か使われてて、死んだ奴もいる。そっちでも不審なのは疑っていけ」
とロベルトは提言した。
「了解。ちなみに、その魔術ってさ、あれ、効く?」
ヘンケルトは念のため聞いた。
「魔術消すやつか? 効く」
とロベルトは断言した。
「そりゃよかった。最悪その魔術をかけられても俺は死ななくてすむな」
とヘンケルトはふうっと息を吐いた。
「ああ」
ロベルトも頷いた。
「ちなみに、そのクレッカーの魔術って、非公表ってことだよな?」
とヘンケルトは確認した。
「そうだ。暗殺用だろ」
とロベルトは答える。
「ははっ、クレッカーのヤツ、儀式じゃ借りてきた猫みたいにしてたのに、案の定真っ黒じゃん」
ヘンケルトの目がギラっと光った。
「で、クレッカーは誰を殺ったんだ?」
ヘンケルトはそこが重要とばかりに、声が重くなった。
「さっき言った通り、グレゴリー元大臣が殺されてる。あとは、俺が知ってるだけで、魔術管理本部の開発部門のヤツが三人狙われた。うち一人は俺たちが殺ったんだが。こいつらは多分この魔術の口封じだ」
とロベルトが言った。
ヘンケルトがピクッとした。
「嫌な仕事、悪いね、ロベルト。ま、グレゴリー大臣は納得いくな。後釜のケイマン大臣とクレッカーは繋がってるもんな」
「ああ、そのへんは全部筋が通る」
とロベルトも同意した。
「オッケー、状況は分かった、引き続き頼むよ、ロベルト」
「そっちもな、ヘンケルト。クレッカーは頭は悪くない。アレにも気づくだろうし、気づいたら取りに来るぞ」
とロベルトは警告した。
「うん。実のところ、うちも目下そっちに手を割いてる。実際何人も魔術管理本部から潜り込まれている」
とヘンケルトは真面目な声で言った。
「マジで? だいじょうぶなのか?」
ロベルトはだいぶ心配した。
「今のところは、たぶん。そうそう、おまえが前に話してた先輩だっけか? ハンドリーって名前のヤツ、潜りに来てたぜ」
とヘンケルトはロベルトに伝えた。
「は? え! ハンドリーが!?」
ロベルトは絶句した。
「もしかしてハンドリーの足は… …」
「うん、ハリル兄さんがやった。でも兄さんが下手こいて逃げられちゃった」
とヘンケルトはため息を吐きながら言った。
「… …」
ロベルトは言葉がなかった。
「あれ、ロベルト、どーした?」
ヘンケルトはロベルトの意外な反応に驚いた。
「悪い、兄さん。一応、ハンドリーには昔からちょいちょい世話になっててさ。ちょっと思うところが… …」
とロベルトは言いにくそうに言った。
「そうだったのか、それは残念だったね」
とヘンケルトは優しい声を出した。
「いや、だが、まあ、アレがらみは仕方ないから」
ロベルトはそう言って少し黙った。ヘンケルトもロベルトに少し悪い気がして黙った。
しばらくしてヘンケルトが口を開いた。
「ロベルト、グレゴリー元大臣の件で、クレッカー、パクれるか?」
「難しいな。今更証拠がなあ」
とロベルトは正直なところを答えた。
「そうか」
とヘンケルトも、まあそうだろうな、といった口調で肯いた。
「クレッカーの件は何とかするさ。それはそうと、プレアデス家は何か言ってるか?」
とロベルトは、エドワードの実家について聞いた。
「プレアデス家は相変わらず適当さ」
とヘンケルトは笑って言った。
「あーそう。それはよかったけど」
とロベルトはエドワードの顔を思い浮かべながら答えた。
「こっちもできる限り秘密を守り抜く。クレッカーがかなり厄介だ。そっちで何とかしてくれるとありがたい。がんばれよ」
とヘンケルトは言った。
「ああ、分かった。何とかする。じゃあ、また」
とロベルトは答え、魔術の通信を切った。
クレッカーは王宮の深部を覗こうとしているのか。
不相応な人間め。
それは、阻止しなければならない。
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