49. プレアデス家とヒアデス家 ~王宮深部の儀式~
魔術管理本部のクレッカー長官は就任以来頭を抱えている問題があった。
魔術師管理の一本化に、プレアデス家とヒアデス家をどうするか、という話である。
プレアデス家とヒアデス家は、今の王政が始まった頃からある古い一族で、代々国王付きの魔術師をしていた。
王宮の儀式関係は、全てこの両家が取り行っていた。
しかし、その内容やその他請け負っている業務などはクレッカー長官でさえも全く不明だった。
すべての儀式は王宮の最深部である、政務官の入れない場所で行われ、目に触れる事はない。
また、プレアデス家とヒアデス家は政務に直接関わらないため、普段王宮で見かけることもあまりなかった。
両家とも秘密主義で、婚姻などで多少話が漏れてもよさそうなのに、不思議なことにプレアデス家とヒアデス家の内部のことは、少しも世間に漏れ出ることがなかった。
というか、プレアデス家とヒアデス家のことは、口に出すのも憚られるといった風潮が王宮内にはあった。
つまり、プレアデス家とヒアデス家はすでに特権を持っていると言ってよかった。
(それならわざわざ触れることもない。)
とクレッカー長官は考えていた。そもそもの改革の目的は、魔術師全般の地位の向上と、適切な任務への派遣だったからだ。
クレッカー長官は、ヒアデス家当主を見かけたことがあった。大規模な音楽会が催されたときだった。
ヒアデス家当主のウィリアム・ヒアデスは立派な体格の壮年の男だった。
長い黒髪は後ろで一つに束ねられ、腰ほどの長さがあった。鋭い目つきは、国王付きというのが嘘に思えるほど残忍な色が宿っていた。
驚くべきはその魔力量だった。平時でありながら、ゆらゆらと体から立ち上る魔力は、さらに、彼を一回りも二回りも大きく見せた。
また、彼には三人の息子があった。皆精悍な顔立ち、堂々たる立ち振る舞い、頑丈な体躯、と全く申し分なかった。
これほど威圧的で、敵にしたくない、と思わせる家族は他になかった。
しかし、ケイマン大臣はクレッカー長官とは別なことを思っていたようだった。
クレッカー長官とは異なり、王宮での力を掌握したい彼は、プレアデス家とヒアデス家が目の上のたんこぶに思えたようだった。
ケイマン大臣は、王宮の儀式関係という利権の匂いがプンプンするものに、ひどく関心を寄せていた。
そこで、ケイマン大臣は、事あるごとに、
「クレッカー、プレアデスもヒアデスも魔術師であることに変わりはないのだから、魔術管理本部の下に組み入れなさい」
と言った。
ケイマン大臣のその本心は、王宮の儀式関連を魔術管理本部からの人材派遣という形で執り行い、儀式の全容、さらには王宮の深部の秘密を知ることだった。
クレッカー長官は、全く気が乗らなかった。
しかし、ケイマン大臣の再三の要求で、一先ずダメ元で
“プレアデス家とヒアデス家の所属を魔術管理本部で預かる”
という通達を仕方なく出した。
案の定、プレアデス家もヒアデス家も、魔術管理本部からの通達を無視した。
クレッカー長官は正直ほっとした。
しかし、ケイマン大臣は、今度こそ憤慨した。
「私の命令を蔑ろにするとは何事だ!」
と言うのだ。
(正確には魔術管理本部からの通達だったのだが。)
そしてケイマン大臣は、
「私の命令を無視するプレアデス家とヒアデス家を排斥して、国王付きの魔術師を魔術管理本部から派遣せよ」
と言うのだった。
「そんな簡単に言ってくれるな」
とクレッカー長官は呻いた。
クレッカー長官は仕方なく、王宮に出向き、国王に謁見を願い出た。
「王宮の儀式を魔術管理本部から派遣された魔術師で取り行えと?」
クレッカー長官の要請に、国王は呆れた声で聞き返した。
「はあ… …。私はただ、お伺いに参っただけですので、無理にとは決して、決して申しません。ただ、魔術管理本部は新しい体制になりましたので、一応そちらに従っていただくことは可能でしょうかと、打診しに参ったしだいでして」
クレッカー長官はずいぶんと歯切れ悪く言った。
要するに、魔術管理本部の顔を立ててください、と厚かましいことを言ったのだった。
クレッカー長官としては、ケイマン大臣の意向で無理矢理国王に打診させられに来たのだから、断ってもらって全く構わなかった。
「ほう」
しかし、国王は意外にも、少し面白そうな顔をした。
ただ国王は、
「しかし、今までプレアデスとヒアデスがやってくれていることだから、そなたらでは勝手が分からぬのではないか?」
と聞いた。
「はい。ですから、一部魔術管理本部の魔術師も儀式に混ぜていただくところから… …」
クレッカー長官は珍しく汗をかきながら言った。
国王はしばらくクレッカー長官を眺めていた。クレッカー長官からはその表情が読み取れなかった。
クレッカー長官は、ただただ手を前で組んで、頭を垂れ、国王のお言葉を待っていた。
「よかろう。一部の儀式には魔術管理本部の魔術師も加わるがよい。プレアデスとヒアデスには私の方から伝えておこう」
国王はクレッカー長官の顔を立ててくれた。
こうして、魔術管理本部には、王宮から儀式関係の要請が来るようになった。
しかし、プレアデス家とヒアデス家からは、相変わらず魔術管理本部には何も言ってこなかった。
初めてクレッカー長官が王宮の儀式というものに参加した時も、プレアデス家とヒアデス家の者は淡々と儀式を進めるだけで、魔術管理本部の魔術師には、ただの一言も声をかけなかった。
居ながらにして無視。
また、プレアデス家とヒアデス家の者は、真っ黒な術衣を頭から足先まですっぽりと被り、誰が誰だかも全く分からなかったので、クレッカー長官も話しかけるに話しかけられず、結局何の接点もないまま終わった。
クレッカー長官は仕方がないと思った。
そもそも、ケイマン大臣の無茶振りだったのだ。最初は自分も望んでさえいなかった。今このような儀式に臨場できるだけでありがたい。
しかし、クレッカー長官は何度か臨席するうちに、だんだん儀式に疑問を感じ始めていた。
クレッカー長官が参加する儀式は、神々を祀るものだと説明があったが、どうやら、何か大きな存在を常に隠しているような違和感があった。
それだけは、どうもひた隠しにされている。
国王も「一部の儀式になら」と言っており、クレッカー長官たちが参加しているのは、ごく当たり障りのない儀式だけのような気がした。
クレッカー長官は、これは知らなくてもいいことだと心に念じた。
しかし知りたい気持ちが抑えきれなくなってきた。
クレッカー長官は、王宮の最深部に興味を持ってしまったのだった。
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