48.一時の別れのキス <第一章完結>
次の日リーナは朝早くからアデルの部屋にいた。
アデルはだいぶ調子も戻り、食事も取れるようになっていた。長いこと寝たきりで生死を彷徨っていたので、まだ足元はおぼつかなげだったが、物に掴まれば立てるくらいにまで回復していた。
「ここまで回復すればもうだいじょうぶね」
リーナは微笑んだ。
「ああ。ありがとう。本当におまえのおかげで命が繋がった」
アデルはベッドの上で深く頭を下げた。
「それはいいんだけど……」
リーナは言った。
「あのさ、竜の魔術のことなんだけど。やめてもらえないかな? 私は竜の被害をこれ以上増やしたくないのよ」
リーナは真剣な表情で、懇願するように頼んだ。
アデルはリーナの顔を見た。だいぶ迷いがあった。リーナから聞く一般市民の死傷者、破壊された村々の状況。だが、死んだダミアンやクラウスの顔が頭をよぎった。
「応えられない」
アデルは申し訳なさそうに言った。
「そう」
リーナは半分分かっていたような口ぶりで言った。
「でも、もし竜を使わなくてもいい方法を思いつたら、竜の魔術はすぐに止めてね」
アデルはそれにはすぐ同意した。
「それから、悪いけど、私は竜をどんどん駆除するからね」
リーナはアデルにはっきりと言い渡した。
それにはアデルも大きく頷いた。
「一般の者に害をなすようなら、むしろ私からもお願いする」
アデルの言葉にリーナは腹立たしく思った。
「それはあなた、無責任というものよね」
リーナはアデルを睨んだ。アデルは申し訳なさそうに下を向いた。
そこへ、
「よう、リーナ、アデル」
と呼ぶ声がして、エドワードが部屋に姿を現した。
「あら、エドワード」
リーナがぎこちない笑顔で答えた。
「何だ? 何か様子が変だな、リーナ」
とエドワードが不審そうな顔をした、
「そ、そう?」
リーナは何とか平静を保とうとした。
「アデルは? 調子はどうだ?」
とエドワードは聞いた。
「ああ、おかげさまで悪くない」
とアデルは答えた。
エドワードはじっくりアデルを見た。反魔術というものの気配。確かにアデルから漂っていた。反魔術なんてもん知らなかったら、こんなん絶対バレないな、とエドワードは思った。
「おまえたちは私を殺さないのだな」
とアデルはエドワードに言った。
「まーな。そのうち役に立ってもらおうって感じ?」
とエドワードは言った。
「そうか。そして、私にこんな、変な魔術を、かけたのだな?」
とアデルは言った。
「は?」
エドワードはギクッとした。
「バレてるぞ。私も魔術開発の方面では実はそれなりだからな。はっきりと知ってるわけじゃないが、何か掛けたな、攻撃的なものじゃなさそうだが」
とアデルは冷静に言った。
「マジかよ。アイツも役に立たねーなー、バレないやつ教えろって言ったのに。もう」
とエドワードはロベルトを思い浮かべて愚痴をこぼした。
「いや、よくできた魔術だと思う。普通なら掛けられても分からんさ。私でも外し方は分からん。まあ何とかするが」
とアデルは言った。
「何よ、魔術って」
リーナは胡散臭そうな顔でエドワードを見た。
「リーナは知らなくていいことー」
エドワードはリーナの頭を撫でた。
「おまえらが私を殺さないということは、私を利用するのだな」
アデルは不審そうな目を向けた。協力しないと断言した相手だ。
「おまえ死にてーのかよ。せっかく生かしといてやんのに。恩ってヤツ感じとけよ、もー。お互いウィンウィンになればいーじゃんか。だろ?」
エドワードはめんどくさそうに言った。
「ウィンウィン……か?」
とアデルは聞いた。
「ああ。多分おまえとはまたどっかで会うし、そんな悪くない未来じゃねーって俺は信じてるけどな」
とエドワードは笑った。
「変な魔術をかけといてよく言う」
アデルは呆れたように言った。
「ま、とりあえず、おまえとはここで一旦お別れだ。運が良けりゃまた会えるさ」
エドワードはそうアデルに言った。
「ところで、リーナ。用があるから、ちょっと来いよ」
と今度はリーナに言った。
「何? どこ行くの?」
エドワードがアデルの部屋を出て、リーナの手を引いてどんどん歩いていくので、リーナは不安に思って聞いた。
「二人きりになれる場所」
エドワードは答えた。
二人は薬草畑の納屋に来ていた。エドワードはリーナの方を向いた。
「リーナ、俺たちは今日発つ」
リーナは思ったより早かったので少し戸惑いながら
「そう。どこで何するか決まったのね」
と言った。
「ああ。今、ロベルトがシャールに何か話してると思う」
とエドワードが言った。
「そっか。あんまり深くは聞かないけど、気をつけてね」
リーナは寂しい気持ちを堪えて言った。
それから、
「あの、エドワード、ここ数日本当いろいろありがとう。こんな急な別れ方で少し寂しいけど」
リーナはエドワードの目を見て丁寧に言った。
「そうだな。次はいつ会えるか」
とエドワードはリーナの手を取った。
「そうね」
リーナも頷いた。
エドワードはしばらくリーナを見つめていたが、やがて言った。
「リーナ、あまり気が進まないんだけどさ……」
エドワードはかなり躊躇っていた。
「何? 何か急に嫌な予感」
リーナは顔をしかめた。
「うーん、普段の俺なら引くようなことなんだけど」
エドワードも自分の頭を押さえて迷っていた。
「そこまで言われるとちょっと聞いてみたくなった」
リーナは怖いもの見たさで興味が出た。
エドワードは、リーナの手を握る手に力を込めた。
「えーっと、さっきアデルが言ってた魔術なんだけど……おまえにも掛けていいか?」
「は? 何の魔術なの、それ?」
「監視の魔術」
「は? ストーカーか?」
リーナは嫌悪感丸出しの顔でエドワードを見た。
「やっぱそう思う? 俺も思う」
エドワードはため息をついた。
それから、リーナが変質者を見る目でエドワードを見るので、
「おい、汚いもん見る目でこっち見んな!」
と言った。
「だって……」
リーナはまだエドワードをじとっと見ている。
「あーあー、すみません! ロベルトに教えてもらって、魔がさしました!」
エドワードは開き直った。
「ちょっと、エドワード! 開き直ってるし!」
「だから俺も気が進まねーって言ったろ!」
「そりゃそーです! 誰が何と言おうと、却下です!」
リーナは一蹴した。
エドワードは大きく息を吐いた。
「もー正直に言うとな、遠いところでおまえの安否をずっと心配するのが嫌だったんだよ」
エドワードは自分の中の迷いを振り払うように頭を振ると、じっとリーナの目を見つめた。
「もう、おまえと離れたくない」
「えっと……」
リーナは恥ずかしくなって、そっと目を伏せ、手を引っ込めようとした。
しかしエドワードが手を強く引くので引っ込められなかった。
「え……」
リーナは戸惑った顔でエドワードをもう一度見た。エドワードの長い金髪から真剣な眼差しが見え隠れした。
「エドワード……?」
リーナが沈黙に耐えられず聞いた。
エドワードは何も答えずにそっと顔近づけてきた。リーナの手を握るエドワードの手に力がこもる。エドワードの髪がリーナの頬に触れた。そして、唇が触れようとした。
その時、リーナははっと我に返って
「待って」
と顔を背けた。
シャールの顔がリーナの脳裏を横切った。
エドワードはビクッとしてすぐ顔を離した。
「いや、えーーっと。ごめん、また……」
エドワードは下を向いたまま言った。
二人は真っ赤になって黙った。
「リーナ、俺、いろいろ終わったら、絶対おまえ迎えに来るから」
とエドワードは言った。
「え?」
リーナは真っ赤になった。
「……」
「……」
「ふう、ダメだな、俺は。限界……」
エドワードは急にリーナの手をパッと放した。
「俺、また来るわ。元気でやれよ」
とエドワードはいつもの笑顔に戻って言った。
「あ、うん」
リーナはまださっきのエドワードの雰囲気に戸惑いながら答えた。
それからエドワードはネズミの籠を見た。
「おまえも忙しくなるな」
「うん。エドワードも」
「俺たちはそれぞれ自分の信じた道でやるだけだ」
「うん、エドワード。がんばって」
「おう」
エドワードはにっこり笑った。
「あ、あの、これ」
リーナはエドワードにいくつか怪我に効く軟膏を渡した。
「私の選りすぐりの薬。絶対に効くから」
「知ってる」
とエドワードは言った。そして、エドワードはリーナから薬を受け取るとき、掌でそっとリーナの手を包んだ。
「ちょっと、エドワード……」
エドワードはふっと笑って、
「大事に使うわ」
と言ってリーナの手を離した。
リーナはあの日、エドワードの肩の怪我を手当てした日のことを思い出した。そして、強く抱きしめられたエドワードの腕を思い出し、体が熱くなった。
それから、シャールのキスも思い出した。
リーナは意を決したように、いきなりエドワードの唇にキスをした。
エドワードは初め驚いたものの、そのままリーナの体を両腕で強く包み込み、深く深く、くちづけた。
「もう離したくない……」
エドワードは荒い吐息と共に、リーナへの想いを吐き出した。
リーナもそっと自分の腕をエドワードの背に回してみた。エドワードはそれに気付くと微笑んで、そっとリーナの頭を撫でると、リーナの唇、頬、額、耳、うなじ、と順々に優しくキスをしていった。
しばらくして二人が体を離したとき、エドワードはリーナの目を見て
「じゃ、行くわ」
と言った。
リーナは赤い顔のまま、笑顔で
「うん」
と返した。
そしてエドワードは何事もなかったかのように、納屋から出て行った。
リーナはその後ろ姿を 寂しそうな顔で見送った。
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