43. アデルの情報、政権交代の裏側 ~だが俺たちはおまえに協力しない~
アデルはベッドの上で上体を起こした。
「だいじょうぶだ。呼んでくれ」
リーナは頷き、すぐにシャールとロベルトとエドワードを呼びに行った。
皆はすぐにアデルの部屋に集まった。
リーナはシャールの顔を見ると少し顔を赤くして、そっと下を向いた。ロベルトがチラリとその様子を不審そうに見ていた。
「こちらが私の兄のシャール、それから王都の魔術師のロ……」
リーナがアデルに紹介しようとしたが、ロベルトが途中で遮った。
「俺たちは名乗るわけにはいかない」
ロベルトは言った。「そういうものか」と思って、リーナは口を押さえて黙った。
シャールはリーナの肩を優しく撫でて、リーナを慰めた。
そしてシャールはアデルに、
「あなたは何しにこの村に来たんですか?」
とまず尋ねた。
アデルは
「ダミアンの妻のカレンがこの村にいるだろう? カレンにダミアンが殺されたことを伝えに来た」
と言った。
アデルは淡々と言ってしまってから、ここにいる者たちが皆驚かなかったことに、かすかに違和感を感じた。
シャールはアデルの表情に気付いて、すぐに
「ああ、すみません。それは実はもう、この者たちから、カレンに伝わっているんです」
シャールはロベルトとエドワードを見ながら、アデルに説明した。
アデルは余計に怪訝そうな顔をした。
「おまえたちは “追っ手”だと聞いたが、なぜカレンにダミアンのことを報告したのだ?」
「まー、それは色々あってな。俺たちもよく知らん。ただ上からそうしろと言われたから、そうした」
とエドワードが答えた。
アデルは少し混乱し、「クレッカーは何を考えている?」と考えを巡らせた。だが分かるはずもない。
それから、アデルははっと我に返って、
「ダミアンの死を聞いて、カレンは何か言っていたか?」
とカレンの気持ちを慮った。
「あなたはカレンのことも知っているのか?」
とシャールが聞いた。
「ああ。魔術管理本部にいた頃、何度か話したことがある。ダミアンのことは知らせてやりたいと思ってな」
とアデルは答えた。
「カレンと話せたら直接話してやりたいのだが」
とアデルは言った。
シャールは残念そうに、
「ダミアンの死の真相を知りたいと、王都の魔術管理本部を訪れに行きました」
と答えた。
「そうか」
アデルはため息をついた。
「カレンは魔術管理本部に行ったのか。だがヤツらは何も語らないだろうな」
と呟いた。
「じゃあ、おまえなら話せることがあるんだな。なぜおまえやダミアンはクレッカー長官に命を狙われているんだ?」
とロベルトは聞いた。
アデルはロベルトの目をじっと見た。
「その前に私の方も一つ聞きたいとことがある。私にかけられていた魔術を消したのはおまえか?」
「ああ、私だ」
ロベルトも、アデルの目を見つめ返した。
「そうか。なら言おう。私を信じるか?」
とアデルはやや挑むような言い方をした。
「おまえの話し次第だ」
ロベルトは顔色一つ変えずに言った。
アデルは口を開いた。
「クレッカーが、私にかけられたこの魔術を使って、先のグレゴリー大臣を殺害した。そして、私たちがそれを知ってしまったからだ。口封じだ」
部屋中の者が固まった。
「グレゴリー大臣を殺害? 何のために?」
とロベルトが聞いた。
「そりゃ聞かなくても分かるだろう? ケイマンを新しい大臣にして、自分が魔術管理本部の長官になるためさ」
とアデルは言った。
ロベルトは頷きながらも、
「なぜクレッカー長官は魔術管理本部の長官になりたかったんだ?」
と聞いた。
アデルはじっとロベルトを見た。
「それは、最近の魔術管理本部の改革で何となく分かってきたがな。あいつは魔術師を取り巻く環境を変えたかったんだと思うぞ」
「ああ。昔に比べてよくなったみたいだなー」
とエドワードは言った。
アデルはため息をついた。
「クレッカーはクレッカーなりに信念があってやっているのだろう。それは私も否定しない」
だが、そう言った後で、アデルはぎゅっとベッドの上で拳を握った。
「だが。だが、やり方があまりにも卑劣だ。そして、私の大事な仲間たちを殺した」
皆は黙った。
しばらくの沈黙の後、ロベルトが口を開いた。
「おまえにかけられていたこの魔術は誰が作った? おまえらかと思っていたぞ」
と聞いた。
「私ではない、同僚だ。魔術以外には興味ないヤツだから、今もクレッカーの下で、何の疑問も持たず、楽しそうに魔術を作っているさ」
とアデルはマルティスの顔を思い浮かべながら答えた。
「おまえにかけられていた魔術は痕跡の残りにくいものだった。魔術と判別しにくいから、人は病死だと思うだろうな」
とロベルトが言った。
「ああ。強い魔力をぶつけないからな。体内のターゲットをしぼり、緩やかに魔力を留めさすのだそうだ。何も破壊しないから痕跡が見えにくい」
とアデルは説明した。
ロベルトはさらに続けた。
「これは暗殺用に作られたものか?」
「いや、私の同僚は別に暗殺とかなんか思って作っちゃいないさ。あいつはただ単純に、新しい魔術を作っただけさ。悪いのは、暗殺に利用したクレッカーだ」
アデルは真っ直ぐな目でロベルトを見た。アデルは、そのへんに関してはマルティスを信じていた。
ロベルトは念を押すように聞いた。
「おまえの言っていることは本当か?」
アデルはうんざりした顔をしてみせた。
「じゃあ逆に、おまえらはクレッカーから何を聞いて、私を殺すことになっているのだ? どうせ何も聞かされていないんじゃないのか?」
ロベルトとエドワードは黙った。その通りだったからだ。アデルはそうだろう、といった顔をした。
皆は黙った。
と、突然アデルはしんみりした顔になった。
「おまえたちは、私の仲間の死に際を見たか? 何か言っていたか? こうして話せたついでだ、できるだけ教えてくれないか?」
とロベルトとエドワードに頼んだ。
エドワードはアデルに伝えてやろうと思った。
「俺たちはクラウス・モーゼルの死に際を見た。クラウス・モーゼルの方はおまえと似た症状だった。別の追っ手にやられたんだろう。見つけた時にはもう瀕死で、もはや何か喋れる状態じゃなかった。そのまま死んだ」
「そうか」
アデルは頭を垂れ、手を胸の前で組むと目を閉じた。
「才能のある、面白い奴だった。それでいていつもお互いを助け合う、いいチームメートだった。どれだけ助けられたか」
アデルは天国の彼が安らかであることを祈るように言った。
「……」
ロベルトとエドワードは黙った。
自分たちと同じように信頼し合う仲間がいて、それを殺されたのだ。さぞ無念だろう。それは、分かる。自分たちが看取った者たちに家族や仲間がいることは考えなかったわけじゃない。
「悪かったな」
エドワードは呟いた。
アデルははっと顔を上げた。
「おまえらは言われてやっただけだろ。おまえらが憎いが……一番憎いのはクレッカーだ。むしろ、おまえらが彼の死様を教えてくれたことにだけは感謝する」
アデルは一息に言った。
それから、エドワードは言いにくそうに口を開いた。
「あと、ダミアン・ホースは、俺たちが手を下した」
アデルははっと顔を上げた。
「ダミアンはおまえらが手を下したのか? おまえらが……」
アデルはじっとロベルトとエドワードの顔を見つめた。こいつらが、愛する、ダミアンを。
「彼は俺たちに気づいた後、仲間に伝言を伝えようとしていた。おまえはそれを受け取ったんじゃないのか」
とエドワードが言った。
「ああ。それで彼の死を知った」
とアデルはゆっくり言った。
「ダミアン・ホースは見たこともない光の魔術や、変わった波の魔術を使って、俺たちに抵抗した。正直びびった」
とエドワードは言った。
アデルは胸が締め付けられる思いがした。彼は光の魔術が得意だった。そして、私は波の魔術……。ダミアンは波の魔術も使ったのか……。
それからアデルは冷たい目をロベルトとエドワードに向けた。
「そしておまえらは、ダミアン・ホースを殺しておきながら、それを自らカレンに伝えに来たと? おまえら性根腐ってんな」
「それはもう、重々承知。やりきれなくて、それでこの兄妹を巻き込んだ」
エドワードはいたたまれなくて、頭をかいて言った。
アデルはそのエドワードの様子を見て、この男ならいけるかも、と思った。
あでるは急に
「私はクレッカーの悪事を暴きたい。おまえたち、私に協力してくれないか」
と言った。
はっとして、ロベルトとエドワードは黙り、空気が張り詰めた。
政権をとるために、グレゴリー元大臣を暗殺するというクレッカー長官のやり方は、どんなに政治的信念があっても許されるものではない。
また、ロベルトとエドワードは、アデルが大事な仲間を殺された無念さにひどく同情していた。ロベルトとエドワードは二人で死線を何度もくぐり抜け、もはやかけがえのない相棒だったから、片方が何者かに殺されれば、必ず復讐するだろうと思った。
だが、ロベルトの頭に、優秀な父や兄たちの姿が思い浮かんだ。ひいては “家”が思い出された。
「アデル。おまえは俺に何を望むのだ。協力とは具体的に何だ?」
ロベルトは聞いた。
「おまえの魔術を消す魔術だ。グレゴリー大臣のときは、結局、グレゴリー大臣の症状が、病気なのかマルティスの魔術なのかを見分けることができなかった。だが、おまえの、魔術を消す魔術なら、今後クレッカーがこの魔術を使って誰かを暗殺する時に、この症状が病気なのかマルティスの魔術なのか見分けられる。クレッカーの悪事を証明できるはずだ」
アデルは一気に言った。
ロベルトはしばらく考えていた。
「そういうことなら、」
ロベルトが口を開いた。
「おまえに協力するわけにはいかないな」
ロベルトははっきりした口調で言った。
エドワードもなんとなくロベルトが断るのではないかと思っていた。アデルの話が本当なら、クレッカー長官は殺人者だ。だが、アデル自身の件だってそうだが、もはや、クレッカー長官の手下の魔術師が、マルティスの魔術とやらを使っている。クレッカー長官はもう今後尻尾を出すことはない。
「この女の話だけじゃな。もう亡くなってしまっているグレゴリー大臣のことじゃ、今更証拠もクソもない。それに、まず、この女の話が本当か分からない。しかも、クレッカー長官がここまできて、これから尻尾を出すと思うか? そんなあやふやな話には乗れない」
と、ロベルトは言い切った。
「情報はありがたかった。だが、とりあえず、俺はおまえとは行動を共にしない」
ロベルトはアデルに向かって冷たく言い放った。
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