42. アデルの目覚め 〜なぜ私は生きているのか? うわ言でダミアンの名を呼ぶ、その心と〜
「ダミアン……聞こえているか、ダミアン……」
アデルがうなされてダミアンの名を呼んだ。
アデルは少し体調が改善したらしく、眠りながら、たまにダミアンの名を口走るようになった。
看病するリーナは、ダミアンはカレンの夫だけどなあ? と思いながらも、深くは考えず、ただ、またか、とだけ、思っていた。
アデルがダミアンの名を呼ぶときは意識が少し戻りかけのときのようで、リーナはその時を狙ってアデルの口元に水や薄い粥を運べば、アデルの口元を多少湿らすことができた。
しかし、アデルはまた深い眠りに落ちていく。いくらロベルトの魔術で治ったとはいえ、極限状態の体調から回復するには、少し時間がかかるようだ。
アデルはダミアンの夢を見ていた。魔術管理本部の暗い書庫でかび臭い本の背表紙を一つ一つ調べながら目的の本を探すダミアンに、アデルは一生懸命に声をかけるが、その声は届かない、という夢。
「ああ、ダミアン……」
アデルは嘆きながら、ふと目を覚ました。頭が痛い。
「ダミアン……?」
アデルは夢と現実がごっちゃになり戸惑った。
高い天井、整えられた部屋、清潔な布団。ここはどこだ? どういう状況だ?
私は、例のマルティスの魔術をかけられて、死ぬのではなかったか? なぜ生きている?
「あ、良かった、目が覚めましたか?」
リーナが微笑んだ。
「ここはどこだ?」
とアデルは訝しげに聞いた。
「ここは私の家」
兄や客人(魔術師)にバレて、もう納屋に置いておく必要がなくなったので、リーナは使用人たちに頼んで、アデルを家の客間に移してもらっていた。
看病も使用人に手伝ってもらい、ベナンとグレースに頼む必要がなくなって、リーナはほっとしていた。
「おまえは誰だ?」
とアデルは疑い深い目でリーナを見た。
「私はリーナ。それより、体調の方はだいじょうぶですか? 気持ち悪いとか頭が痛いとかないですか?」
とリーナは普通に聞いた。
「頭が痛い。だがそれより、あなたが助けてくれたのか? 私は厄介な魔術にかけられていたはずだが」
とアデルは言った。
「あら、そこまでご自分で分かっていらっしゃったのね? ちょうど特殊な魔術使える人がいて、あなたにかけられていたものを消してくれました。お陰で快方に向かって、本当に良かったわ」
リーナは穏やかな笑顔を浮かべて言った。
アデルはまだ頭がぼーっとしていたのだが、
「魔術で消した、と言ったか?」
と聞き返した。
アデルの脳裏に、死んでいった仲間たちの顔が浮かんだ。ダミアンの穏やかな顔も。
見つけたぞ、お前達。
“魔術を消す魔術” だ。
これで、次に何か起これば、奴の悪事を暴くことができるかもしれない。
リーナは急にアデルが黙ったので、不思議そうな顔をして、
「ええ。あ、でも、あんまり使える人のいない魔術だって聞きましたよ」
と念のため言った。
「ああ、そうだな……知ってる」
アデルは目を閉じた。少し満足げな顔だった。
しかし、リーナはアデルが自分の世界にこもるのを防ぐように、
「まずはこの薬湯飲んでください。お粥も受け付るようなら少し食べてみて」
と湯呑みを押し付けた。
しかし、アデルが目を閉じたきり開けないので、リーナはアデルの腕をとり、ぐいぐい揺さぶった。
「ん?」
アデルは目を開け、まずリーナの顔を見てから、押し付けられた薬湯に気付き、一気に飲み干した。
リーナは、この人、人の話聞くの苦手そうね、と思った。
「私は何日ここに?」
アデルは聞いた。
「一週間くらいかしら」
とリーナは答えた。
一週間。よく助かったものだ。アデルは思った。
「ありがとう」
アデルはリーナの目を見て言った。アデルの目は綺麗だった。
「ここのところ、ずっとうわ言で、ダミアンの名前を呼んでいましたよ。知り合いですか? 昔の夢でも?」
とリーナはアデルを刺激しないよう、穏やかに聞いた。
「そうか、私はダミアンの名を呼んでいたのか……」
アデルは呟いた。
ダミアン、私はおまえを欲していたのか? どうか教えてほしいのに、もうおまえはいない。
アデルは宙を仰いだ。
リーナはアデルの横顔に切なさが浮かんでいるのに気付いた。この人は、ダミアンのことを想っていたのかもしれないな。ダミアンはもう亡くなってしまっている、が。
そうか、だからカレンに会いにきたのか? ダミアンはカレンの夫なのだから。
と、リーナはふっと思った。
「アデルさん、ですよね」
とリーナがその名を呼ぶと、アデルはビクッとした。
「なぜ私の名前を?」
とアデルは少し強い口調で聞いた。
「あなたの魔術を消してくれた人が言ってました」
リーナは注意深くアデルの顔を見ながら言った。
アデルは急に頭が冴えたようで、
「そうだ、魔術を消したってことは、そいつも魔術師だよな? 私の追っ手ではないのか?」
とリーナに詰め寄った。
「はい、たぶん追っ手です」
とリーナは冷静に答えた。
アデルは絶句した。
「お、追っ手……」
「はい」
リーナはやはり平静に答えた。
「ではなぜ私は生きているんだ?」
アデルは理解に苦しむような顔をした。
「落ち着いてください。私たちは、あなたの話を聞きたいんです。ダミアンのこともあるから」
リーナは丁寧に答えた。
アデルは呆気に取られた。
どんな状況だ? クレッカー長官からの追っ手だろう? 追っ手が私を殺さずに、私から話を聞く? ダミアンの件と言ったか?
「話を聞く」ということは、この者たちは何か勘づいているのか?
リーナにはアデルが戸惑っていることが少し分かった。
「追っ手の人もあなたにかけられていた魔術を見て、何か普通じゃないなと思ったみたいなの。何かがあるんじゃないかって。だから、あなたの話を聞きたいんだと思うわ」
リーナは軽く説明した。
「ああ、そうなのか。だが……。この症状、よく魔術と分かったな」
アデルはリーナの顔をじっと見て言った。
「まあ……。よほどの病気じゃなければ、薬で多少は良くなったりするはずだったんだけどね、あなたの場合はちょっと違ったから」
リーナは苦笑した。
「そうか」
アデルは、マルティスが以前、 “薬が効かなきゃ僕の魔術です”と言ったのを思い出した。その通りだったな、マルティス。
「おまえが薬を?」
とアデルはリーナに聞いた。
「ええ、まあ、少し嗜みが」
リーナは微笑んだ。
「すまない、ありがとう」
アデルは頭を下げた。
「それはいいとして、私たちはあなたから話を聞きたいし、あなたもこの村に来た理由があるんじゃないかしら。 話せる? 話せるなら皆を呼ぶわ。後日の方がよければそうするし」
リーナは提案した。
リーナの口ぶりからすると、追っ手という者は何かを疑っていて、事の次第によっては我々の味方になってくれるかもしれない。ならば急ぐ方が良い。
アデルはリーナに頷いて見せた。
「だいじょうぶだ。今すぐその者たちを呼んでくれ」
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