41. いまさら、義理の兄を 男としてみられるのでしょうか
リーナが走っていったのは、ベナンとグレースの家だった。これまでずっと、あのアデルという女の人の看病してくれてたのだ。ベナンとグレースに状況説明しなくてはならない。
「ベナン、グレース、いる?」
家の中で炊事の準備をしていたベナンとグレースは何事かと慌てて出てきた。
「どうしたの、リーナ!」
ベナンとグレースは肩で息をしているリーナを見て驚いた。
「ベナン! グレース! あのさ、あの女の人、助かったわ! 今まで、本当の本当に、ありがとう!」
リーナはまだ、はあはあ言いながら、とにかく伝えたい言葉を振り絞るように言った。
リーナの言葉にグレースはにっこり笑った
「治ったって聞いたわよ。ほんとに良かったわ」
「え? 聞いた?」
リーナは怪訝そうな顔をした。
「ああ、納屋の外でイケメン魔術師さんたちに会ったのよ。そこで聞いたわ」
とグレースは言った。
「イケメンと話せて嬉しかったわー」
ふふっとグレースは笑った。ベナンは妹の笑顔に不満そうな顔をしていた。
だが、あの女の人の容体が良くなったのには心から安心したらしく、
「ようやく枕を高くして眠れるわー」
と明るい声を出して言った。
二人の様子を見てリーナは少しだけ心が軽くなった気がした。
「本当に二人のおかげよ」
リーナは深々と頭を下げた。
「ちょっと、いいんだよ。こーゆーのはお互いさまだろ」
とベナンはかぶりを振った。
ただ、グレースは少し心配そうな顔をした。
「でも、皆にバレちゃったんでしょう? それはだいじょうぶだったの? バレてはいけなかったんじゃないの?」
リーナの顔も曇った。
「そうなの。これからあの女の人の目が覚めたら、いろいろ分かるし、いろいろ状況も変わると思うわ」
「それより、シャールにもバレたんだろう? だいじょうぶだったか?」
とベナンは心配そうに聞いた。
ベナンは、リーナがシャールに黙っていたことが一番心配だった。人を匿う、そんな大事件を、大切な妹に隠されていたら? ベナンには、シャールの気持ちが痛いほど分かった。
「だいじょうぶ……じゃなかったかもしれない」
とリーナは呟いた。
やっぱり! ベナンは思わずリーナに近づき、シャールの気持ちの一つでも代弁してやろうと思った。
しかし、その時グレースが、
「リーナ? ちょっと外に出ましょうか」
と、グレースがリーナと二人きりになれるように、リーナを外に連れ出そうとした。
ベナンもついて来ようとするので、
「兄さんはちょっと遠慮して」
とグレースは言った。
「おい、リーナの様子、だいじょうぶじゃねーだろ。俺のことは仲間はずれかよ」
とベナンが不服そうに言うので、
「ちょっとね。女には女の話があるときもたまにはあるから」
とグレースはベナンに有無も言わせずリーナを外に連れ出した。
グレースはリーナと人気のない畦道を歩いた。
「あのさ、リーナ。言わなきゃいけないことあるんだけど。あなたとシャールが本当の兄妹じゃないって、ロベルトとエドワードに言っちゃったのよね」
とグレースは切り出した。
「え? あ、そっか、あの二人には言ってなかったんだっけ」
リーナは今気づいた、といった声を出した。
「ちょっとショックだったみたいだわ。特に金髪の方が」
とグレースが言った。
金髪……エドワードの方か、とリーナは思った。エドワードはどう思ったろう。
今となっては、シャールのリーナに対する行動には、数々の思い当たる節があった。つまり、兄妹以上の想いの端々がシャールの行動には表れていた。そして、それはエドワードの目にも留まっていたに違いなかった。
リーナは整理のつかない気持ちになって、全部吐き出してしまいたくなった。リーナはグレースの手をぎゅっと握った。
グレースは久しぶりのことで驚いたが、掌で優しく包み返した。
リーナが、重い口を開いた。
「あのさ、グレース。シャールの想いを聞いてしまったの」
グレースは一瞬止まった。え? シャール?
「はえ? まじで? シャールが、あんたに想いを言ったの?」
「うん」
「想いって、そういうことよね?」
グレースは信じられなくて聞き返した。
「うん」
リーナは消え入りそうな小さな声で答えた。
「ああ〜、それは想定外だったわ……」
とグレースは空を仰いだ。
しかし、グレースは言ってしまってから、しまったと思った。
「ごめんごめん、想定外とか言っちゃって。シャールっぽくないなと思っただけよ」
だが、昼間のエドワードの「手遅れだ」とはっきり言った様子を思い出して、なんとなくだが、グレースもシャールの気持ちが分かった気がした。あのエドワード見てたらシャールもアテられてしまったのかもしれない。
リーナがあの女の人を匿うことをシャールに隠したかがっていたことは、グレースはベナンから聞いていた。ベナンもグレースも、シャールには言うべきだと思っていた。だが、リーナは、これ以上兄に迷惑をかけたくない、と思ったそうだ。
シャールはそのリーナのその遠慮が、もう我慢できなかったのだろう。
なぜ俺に遠慮する、なぜ俺を頼ってくれない、俺は全人生をおまえに捧げるのに!
グレースはシャールの切ない気持ちに少しだけ共感した。
それから、リーナの顔をじっと見て、
「ごめん。言いにくいことは言わなくていいんだけど、リーナはどう思ったの?」
と聞いた。
「私がエドワードになんとなく惹かれてるんじゃないかってシャールに言われて。そうなのかとも思ったり。でもエドワードにも、ちょっと言えないんだけど、色々あって……。えーっと、頭ん中ぐちゃぐちゃで、あんまりちゃんと説明できない……」
リーナは小声で言って、頭を抱えた。
「でも、そんなことより……」
リーナは真面目な顔をして、グレースを見た。
「ねえ、グレース、お兄様のこと、いまさら、兄じゃなくて男として見られるものなのかしら?」
リーナはひどく真剣な顔をしていた。
グレースは微笑んだ。
「リーナしだいよ。正直、ベナンならキッツイけど、シャールはリーナの前でもちゃんとしてんじゃん。村長代理もこなすしさ。頼りになるしさ。ふだん気にしてなかったけど、イケメンだしさ」
とグレースはそれとなくシャールの良さをアピールしてみた。
リーナは顔を真っ赤にしている。
「わ、私は、お兄様のこと、お、男の人って思ったことなかったから、胸板も大きかったし、力も強くて、そういうこと言われて抱きしめられたら、ドキドキした……」
「抱きしめられたって、何よ、どさくさに紛れて、シャールそんなことしてんの?」
グレースは、シャールやるじゃん、と心の中で思った。
「で、でも、グレース、男の人とは、だ、抱きしめたりとか、キ、キスをしたりとか、そ、そういうことだけじゃないでしょう?」
グレースはリーナが思っていることを察した。
「リーナ。たぶん、シャールもエドワードも、あんたの全部を欲しいと思ってると思うわよ」
とグレースはそっと言った。
「でもきっと、二人とも、今すぐになんて思ってないと思う。ちゃんとリーナの気持ちを待ってくれると思う。それに、男女って、そういうことするだけじゃないでしょ? 付き合うにしろ、結婚するにしろ、人生を二人で色々楽しんだり乗り越えていくものだと思う。って、偉そうに言ってるけど、私、結婚したことないけど」
グレースはペロッと舌を出した。
リーナは潤んだ目でグレースを見て、そっかと頷いた。
グレースは安心させるように微笑んだ。
「ゆっくり考えたらいいんじゃない? あんたが、結局どっちと一緒にいたいか、さ」
リーナは頷いた。
リーナにそう話しつつも、グレースには思うこともあった。
所詮、エドワードはこの村の訪問者でしかない。いずれはいなくなる。グレースには、エドワードがこの村に来た理由も何も知らない。
グレースには、ただこの村の平安を望み皆を助けるシャールは、信じるに値する男だと思う。シャールがリーナを求めているなら、ただ応援してやりたい。
でも、それはグレースの願望であって、どちらを選ぶかはリーナの決めることだ。
「いいのよ。リーナ。自分のペースでゆっくりとね」
グレースはリーナに優しく言った。
そして少しだけ、兄ベナンのことを思い出したが、うん、ベナンには出る幕はないな! とグレースは苦笑した。
急にグレースが苦笑したので、リーナは訝しげに
「何?」
と聞いた。
「いや~、すごいタイミング、と思って。だって、つい先日、うちのベナンにも縁談の話が来たのよ?」
グレースは笑った。
「え! ベナンにも? すごいじゃない。相手は誰なの!」
リーナも興奮した。女子はこういう話は大好き。
「それが、隣村の女の人みたいよー。うちの村長さんが話持ってきた。ここのところ竜の騒動で、ベナン、隣村に何度か行ったじゃない? そこで何か見染められたんじゃないかしら」
とグレースは言った。
「すごいすごい! ベナン喜んでる?」
とリーナは聞いた。
「いや、びみょー」
グレースは苦笑した。
「えええ! 何で微妙なの!?」
リーナが意外そうな顔をした。
グレースは、やっぱり何も気づいちゃいないのね、と思いながらリーナを見ていたが、
「ま、でも、今日のシャールの話を聞いちゃあ、ベナンも諦めて、話受けるんじゃないかしら」
と呟いた。
「どう言うことー!」
リーナは説明してといった顔をした。
しかし、グレースは何も言わず、
「ま、うちら兄妹は、あんたたちの幸せ、願ってるからね?」
と笑顔で言った。
お読みくださってありがとうございます。
もし少しでも面白いと思ってくださったら、
よろしければ、
ブックマークや、ご評価☆☆☆☆☆の方も
よろしくお願い致します!
今後の励みになります!