39. シャールとリーナは本当の兄妹じゃなかったなんて、今更
ロベルトとエドワード、リーナ、シャールは、しばらく目を覚さない女の寝顔を見ていた。
「なかなか目え覚めないな」
とロベルトが言った。
「そりゃ、あたりまえです。極度の脱水症状だったんだから。今すぐにってわけじゃないと思うけど、症状が軽くなれば目は覚めると思うわ……」
リーナはこまめにアデルの口元に水を運んでやりながら言った。
しばらく沈黙が流れた。
その時シャールが重い口を開いた。
「エドワード。おまえみたいな人間が、どんなつもりでうちの妹に近づいたんだ?」
その声は低く、怒りがこもっていた。
「よくもまあ、本気だとか何とか、言えたもんだな」
シャールはエドワードを蔑んだ。
「ちょっと、お兄様。今はそんなこと、もうどうでも」
リーナはシャールを嗜めようとしたが、エドワードが遮るように言った。
「リーナには知られたくなかった。俺の勝手な都合だけどな」
エドワードはリーナの顔を見た。そして手を伸ばして頬に触れようとした。その手をシャールが掴んだ。
「この期に及んで? やめてくれないか。もう妹に近づくのは」
シャールはエドワードの目を見て言った。
エドワードは諦めて手を引っ込めた。
そしてエドワードはシャールに
「悪かった。少しリーナと話をさせてくれないか」
と言った。
シャールは少し考えたが、じっとエドワードの目を見て、結局、
「いいや、だめだ」
と拒否した。
「すまない。エドワードには竜の薬の件とか、感謝している部分もあるのだが、どうしても俺の気持ちが追いつかないところもある」
シャールは冷静を取り戻しているようだったが、首を横に振った。
「そうか」
エドワードは呟いた。
リーナが何か言おうとしたが、シャールはそっとリーナの肩を抱いてリーナ言葉を遮った。
リーナとエドワードは見つめ合ったが、今は時ではないことを悟った。
リーナは、兄の言うことであるので、黙ってエドワードから離れた。
突然ロベルトが口を開いた。
「こんなところで待っていても仕方ない。リーナ、この女の目が覚めたら呼んでくれ」
リーナは急に現実に戻されたようにロベルトを見た。
「わかったわ」
リーナの言葉にロベルトは頷いた。
「エドワード、じゃあここにいても仕方ない。行くぞ」
とロベルトは後ろ髪引かれる思いのエドワードを促し納屋を出た。
文句を言いかけたエドワードに、ロベルトは
「おまえもリーナに言い訳したいことが山ほどあるんだろうけど、シャールにも、リーナと話をさせてやれよ。アイツは、本当に今の今まで、全く気づいてなかったんだからな。心の準備とかいうもんも全くなかったんだぜ。言いたいことが山ほどあるだろ」
とエドワードに言った。
エドワードもそれには納得した。
シャールの気持ちがわからなくもなかった。ロベルトから、リーナの深夜の外出のことを聞いた時の衝撃と言ったらなかったからだ。
「おまえの気持ちも分からなくないがな。というか、久しぶりだな、おまえがそんなに本気になっているのを見るのも」
ロベルトはふうっと息を吐きながら言った。
「あー、そうかな、久しぶりかな」
エドワードは素直に呟いた。あまりエドワードはロベルトに隠し事はしない。
「ま、シャールのことは、仕方ねーな。俺にはシャールの気持ちまでは思いつかなかったぜ」
とエドワードは言った。
ロベルトは頷いた。
「おまえもリーナと話したいことがあるなら、後にでも話せ」
「ああ。俺は後でリーナと話す」
ロベルトの言葉にエドワードは頷いた。
「まー、あの兄貴がリーナを解放すれば、だけどな。もう俺には近づけなさそー」
エドワードは苦笑して言った。
だがロベルトの目は笑っていなかった。
「おまえはリーナに、何を話す気なんだ。人殺しをして後悔してるとでも言うのか?」
「何でそんな思ってもないことを言わなきゃいけねーんだよ。そんなことは言わねーよ。でも理由や経緯くらい話してなさやってもいいだろ。俺だって快楽殺人者じゃねーんだから。一応命令でやってることだし」
とエドワードは頭をかきながら言った。
「それでリーナが納得するとでも?」
とロベルトはエドワードに聞いた。
「じゃ、逆に聞くけどさ。職業軍人の妻たちが、夫の職業のことで夫のこと嫌いになるか? なりゃしねーだろ。なんとか分かってもらうさ」
とエドワードは言った。
「本当におまえは……。まあ、健闘を祈る」
とロベルトは言った。
エドワードはロベルトの言葉には返さなかった。リーナが受け入れられなかったらそれまでだ、とエドワードは思っていた。
それから、ロベルトはしばらくおいてから聞いた。
「それと、おまえの家系のことは言うつもりか?」
エドワードは笑った。
「リーナに? 言うわけねー! 王宮の大多数でも、俺らの家系のことなんか名前くらいしか知らねーだろ! 口に出すのも恐れ多いっつって口噤むような話だぜ? もはやおとぎ話。リーナなんか、ぽっかーんとして、はあ?で終わりだぜ」
ロベルトは、ほっとしながら
「ああ」
と答えた。
ロベルトとエドワードが、納屋から出ると、隣の畑で作業をしていたグレースが、ロベルトとエドワードに気付いた。
グレースは少し迷ったが、意を決したように二人に寄ってきた。
「あの」
とグレースは勇気を出して二人に話しかけた。ロベルトとエドワードはグレースを見た。
「あの女の人はどうなりました?」
とグレースは聞いた。
「ああ。おまえも看病してくれてたんだったな。うまいこといって彼女の病気は治った。本当におつかれさまだったな。これからはゆっくりしてくれ」
とロベルトは答えた。
「そうなのね。あなた方が治してくれたのね? よかった」
グレースはほっと息をついた。
それから、ちょっと言いにくそうに、
「あの、えーっと、さっきシャール見たけど、シャールにもバレたってことでいいのかしら?」
とグレースは聞いた。
ロベルトは笑って言った。
「ああ。それで今、シャールがリーナに説教してる最中だと思うぜ」
「あはは。隠し事されて、シャール頭にきてるでしょうね」
グレースはシャールの顔を思い浮かべて笑った。
その様子を見ていたエドワードはふと思っていたことを聞いてみた。
「なあ、お嬢さん。シャールってさ、リーナに過保護すぎねー? リーナのことになるとやけにムキにならないか?」
グレースはエドワードの言葉を聞いてポカンとした。
「え? あ、えーっと、知らないの? あの二人、本当の兄妹じゃないのよ。んで、シャールはリーナのこと、溺愛してる」
「は? えっと? は? まじ?」
とエドワードは聞き返した。
俺は、リーナのことを好いている一人の男に、本気だからとか言っちまったってわけか?
「まじか」
とロベルトも呟いた。
「とんでもねー情報ありがとう。もっと早くに知りたかった」
とエドワードは頭を抱えながら言った。
「そうよ。で、あなたが、最近リーナと、よくお出かけするイケメン魔術師ね? しかも村中で噂になっちゃって。ねえ、あの噂、どこまでホントなの?」
とグレースはイタズラっぽく笑った。
「シャールはできた人間だから、噂は噂ってちゃんと分かってるだろうけど、内心穏やかじゃなかったはずよ〜。分かった? もうリーナにちょっかい出すの、やめなさいよ」
とグレースは腕を組んで諭すように言った。
「もう手遅れだよ」
とロベルトはエドワードをちらっと見てから、グレースに言った。
「あら」
グレースはエドワードの顔を見て意外そうな顔をした。
「手遅れなの?」
「ああ、その村中を駆け巡ってる噂、俺はよく知らねーけど、おれはリーナが好きだし、それを行動で示したのも本当だ」
エドワードは、」俺は何を言わされてるんだと思いながら、ぶっきらぼうに言った。
「あらまあ。まさか、本当にリーナに手を出していたとは! そりゃ、シャール、たいへんね。でもリーナにはシャールがいるわ。……とはいえ、まあ、リーナの気持ち次第か」
とグレースは言った。
「都会のイケメンでも田舎娘に手を出すことってあるのね〜。でも、本気じゃなかったらやめてよね。リーナは私の大事な友達だし、シャールの大事な妹だし、うちの兄だってリーナのことを大事に思ってる。遊びで、ぽいっ、なんてしたら許さないからね」
「ご忠告ありがとう」
とエドワードはムッとしながら答えた。
そう言うことか、とエドワードは思った。エドワードがリーナに触れようとするたびにシャールが邪魔をするのはそう言うことだったのだ。
「はー、まじかー」
エドワードはため息をついた。
「辻褄合いまくりだぜ、も~」
「おい、エドワード。ということらしいな。どーすんだ?」
とロベルトが聞いた。
「それ、俺に聞いて何かなる? 今更おせーよ。」
エドワードはそっぽを向いた。
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今後ともどうぞよろしくお願い致します。