38. シャールの脅し ~なぜダミアンは殺されなければならなかったのだ~
「必要があれば、この女はこの場で殺す」
ロベルトは、意識戻らず横になっているアデルを見下ろしながら言った。
「ロベルト、そういう言い方やめろよ!」
とエドワードがリーナを気遣って声を上げた。
ロベルトはエドワードをチラリと見た。まったく、誰が好きで嫌われ役をやっていると?
そのときバタバタと足音がした。
「リーナ! リーナ、だいじょうぶか!?」
とシャールが血相を変えてやって来た。
「あ、出た」
とエドワードが呟いた。
シャールはロベルトとエドワードを認めるとぎょっとした。
「だいじょうぶかリーナ、何かされなかったか?」
「何もないわ、お兄様」
リーナは兄に駆け寄り、
「この人たちは本当に悪いことなんてしてないから」
となだめるように言った。
「それならいいのだが。というか、こんなところで何をしていたんだ?」
シャールは周りを見渡した。そして、ぎょっとした。意識なく倒れているいるアデルを見つけたからだった。
「誰だ、この人は」
とシャールは聞いた。
リーナはアデルを見て、それからロベルトとエドワードを見た。ロベルトとエドワードもリーナを見ていた。皆、交互に顔を見合わせながら、説明が必要だ、という顔をした。
リーナはアデルを見つけた時の状況とアデルの症状の経過を、シャールに詳しく話した。
そして、アデルの患っていたものが見たこともない新しい魔術だったこと、その魔術をロベルトが消滅させたことなどを話した。
「この人、きっと厄介な事情抱えてると思って、お兄様には言えなかったの。ごめんなさい」
とリーナは謝った。
「ベナンやグレースには助けを求めたのに、か?」
シャールは納得のいかない口調でリーナに言った。
「ベナンやグレースよりは、俺を頼ってほしかった」
シャールの切実な願いのこもった言葉にリーナは返す言葉なく、申し訳なさで黙った。
それからシャールは、ロベルトとエドワードの顔を見た。
「脱水症状、そして魔術、か。先日王都下町の市場で珍しい話を聞いた。元々はリーナの欲しがってた虫なんだが、寒さに耐えるために体内の水分量を調節できるって特性を、今の魔術管理本部の長官が見つけたらしい。水分量の調節だ、虫で分かれば人への魔術に応用もできるだろう」
と言った。
リーナとロベルトとエドワードは皆揃って息を呑んだ。
「そういうことか……」
エドワードは呟いた。
「魔術管理本部の長官が? こんな魔術を? これで亡くなっても見た目は病死だわ。病のように殺す魔術って」
リーナは、やはりこれは殺人だったんだ、と思った。
「やっぱり、この女が目覚めたらしっかり聞かないとな。何か知っているのだろう。なぜ自分がこんな目に合うのか、そしてこの魔術は何なのか」
とロベルトは言った。
「そのために助ける必要も無いのに、わざわざ一度助けたんだ」
シャールはロベルトの言葉にはっとして顔を上げた。
それから、シャールはしばらく何かを考えて、そしておもむろに口を開いた。
「ずっと聞きたいと思っていた、ロベルト。あなたたちが王都で言っていた、魔術関係者の問題って何だ? あなたたちはその問題で、つい最近まで地方都市に派遣されていたね」
シャールの顔は険しかった。
シャールの言葉にロベルトとエドワードは顔を見合わせた。
「あ、そういえば、この女の人のことも “関係者” って呼んでたわね……」
リーナはシャールの言わんとしていることは全然分かっていなかったが、シャールに同調するように言った。
「知る必要のないことですよ」
とロベルトは突き放すように言った。それ以上は言う気はない、といった口調だった、
「ここまで巻き込まれたら、知らぬですまされないよ、ロベルト。俺はこの村を守るのも仕事だから、ちゃんと説明してください」
とシャールも食い下がった。
「シャール、勘弁してくれ」
とエドワードは言った。
「アレだ、ほらよくあるだろ、知りすぎた者は消されるシステム。聞いたことあるだろ」
「何それ、真っ黒」
とリーナは顔を顰めた。
「そうだよ、リーナ。マジで真っ黒だから関わんな」
とエドワードは警告するように、しかし優しい口調で言った。
シャールはそのエドワードの言葉を遮って言った。
「あなたたちの言う関係者とやらを始末するのがあなた方の仕事なんでしょう? 本当はこの女の人を助けちゃいけなかったんじゃないですか? このまま死なせなきゃいけなかったんでしょう? ちゃんと話さないなら、あなた方がこの女の人を助けたことを王都の知り合いに報告します」
シャールの顔には覚悟が見えた。
シャールの言葉に、ロベルトとエドワードの目が鋭くなった。
「おい、脅す気か?」
「へえ、俺たち相手に、ね」
ロベルトのエドワードがシャールを睨んでも、シャールも揺らがなかった。
その代わり、まっすぐな目で
「ちゃんと話してくれれば、このことは誰も言いませんよ」
とシャールは約束した。
「お兄様……言い過ぎよ」
リーナは見たことのないシャールの様子に怯えた。兄がこんな人を脅すようなことを言うのを見るのは初めてだった。
ロベルトが、ふーっと大きく息を吐いた。
「仕方ないですね、そこまで言うなら話しますよ」
とロベルトは無表情で言った。
エドワードは顔を顰めた。エドワードは別の意味で覚悟を決めねばならなかった。
リーナに聞かれたくなかったが、もうここまできては仕方ない。ロベルトからリーナの夜中の外出を聞いた時から、うっすらと、もう隠してはおけないかもしれないとは思っていた。
「私たちは “関係者” と呼ばれる魔術師たちを始末するように言われている」
と、ロベルトは淡々と喋った。
「始末? それって、ロベルトとエドワードは人殺しってこと?」
とリーナは信じられないという顔をした。
「ええ、人殺しです。ね、エドワード」
「ああ、間違いねえ」
とエドワードは顔をそむけて低い声で言った。
シャールはたたたみかけるように、
「で、カレンの夫、ダミアンを殺したのもあなた方ですか?」
と聞いた。
シャールはそれが聞きたかったのだ。
ずっと、この二人に抱いていた違和感。
「ええ!」
リーナは泣きそうな顔になった。人殺しっていうだけでも十分恐ろしかったのに、身近な者も殺しているの?
「ああ。俺たちだ」
とエドワードは答えた。
「やっぱりな、貴様ら!」
シャールの顔には凄みが出た。ロベルトとエドワードは少しヒヤリとした。
「どんなつもりでここに来た? どんな顔でカレンに会うつもりだったんだ?」
「悪かったよ。これには多少理由もあるが、さすがに俺でも引いたわ。俺にはカレンって女に直接会うことは出来なかったよ。だからおまえらに頼んだんだ」
とエドワードはすまなさそうに言った。
シャールは鬼の形相でロベルトとエドワードを睨みつけた。
「ああ、カレンをさっさと王都に行かせてよかった。偶然にでも貴様らに会わせたくない」
シャールは完全に怒っていた。
リーナも心の整理がつかず、黙って下を向いていた。
「それで、ダミアンはなぜ殺されなければならなかったんだ」
とシャールは聞いた。
「それは俺たちも分からない。それを知るために、今回この女をとりあえず生かして話を聞くことにした」
とロベルトは意識なく眠るアデルにちらっと目をやってから答えた。
「そもそもこの女は誰なんだ」
とシャールは聞いた。
「十中八九、ダミアンの知り合いだ」
ロベルトの言葉にシャールは横になっている女を見つめた。
少し沈黙が流れた。
「とりあえず、これでいいか? シャール」
とロベルトはシャールに言った。
「俺たちもまだ良くわからないんだ。だから、この女から何でこいつやダミアンが追われる羽目になったか聞こうと思ってる。おまえも一緒に聞けばいいじゃないか」
シャールは、ロベルトの言葉が本当か、じっとロベルトを見つめた。
ロベルトはため息をついた。
「疑ってんな。おまえはカレンが心配なんだろ? この女に聞きゃ分かるって。この村に危険を冒して来るくらいだから、この女はたぶんダミアンかカレンの知り合いか何かさ」
シャールは、確かにロベルトの言うことはもっともかもしれないと思った。
ロベルトは、とりあえずシャールが自分を信じたようで少しほっとした。
だが、低い声ではっきりと言った。
「が、はっきり言っとく。こんなに首を突っ込めば、もうおまえらも安全じゃないからな」
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