37. 魔術を消す特殊な魔術 ~瀕死のアデルを助ける~
「ねえ、リーナ。もう、その病人、死んだよ。さっき俺が殺してきたから」
ロベルトが冷たい目でリーナを見ながら言った。
リーナの顔色が変わった。ばっと、後ろの薬草畑の方を振り返った。
「な……! なんて、そんな、酷い……!」
その途端、ロベルトは呆れた顔をした。
「ほらね、やっぱり病人隠してた。ばーか。かまかけただけだよ」
「えっ!」
リーナは真っ青になった。
「ロベルト、あなた、嘘をついたの!」
リーナは上ずった声を上げた。
「そっちが先に嘘ついたんでしょ」
ロベルトはうすら笑いを浮かべた顔で言った。
「シャールにも黙ってるんでしょ? あんなに妹思いのお兄さんなのに。隠し事なんてひっどい妹だね」
リーナは言葉がなかった。
ロベルトは次の瞬間真顔になった。
「今すぐその病人のところに案内しろ。あの薬草畑の納屋なんだろ?」
と低い声でリーナに命令した。
リーナは薬草畑の横の納屋にロベルトを連れて行った。二人は無言だった。
納屋に着くとグレースがそそくさと出迎えたが、ロベルトの顔を見てぎょっとした。
だが、ロベルトが落ち着いた笑顔を浮かべて挨拶したので、グレースも丁寧に挨拶した。
「どう、様子は?」
リーナはグレースに聞いた。
「ずっと変わらないわ。リーナに言われた通り、水と薬をきちんと飲ませてるわ。本当に良くなっては悪くなって、をずっと繰り返してる。本当、しぶといわね、変な病気」
グレースはため息をつきながら言った。
「この人、お粥は口にした?」
とリーナはグレースに聞いた。
「うん、でも、ほんとのほんとに調子がよかった時だけね」
とグレースも難しい顔をしながら答えた。
「そう」
薬がかろうじて、ほんのかろうじて、効いているとしか言えなかった。放っておけば、もうとっくに死んでいたたろう。
「グレース、あのさ、ほんとにごめん。ちょっとだけ、席外してくれない?」
リーナは申し訳なさそうにグレースに言った。
グレースはロベルトの顔を見たときから、自分が邪魔なことは想像できたので、いつここから退散するかを見計らっていたが、一応、
「いいけど、だいじょうぶ?」
と聞いた。
グレースは少し心配だった。リーナの様子から、ロベルトが招かれざる客なことが分かったからだった。
リーナは何も言わず頷いたので、グレースもそれ以上は何も言わず、
「また何かあったら呼んで」
と声をかけて納屋から出ていった。
リーナは寝たきりの女の人の顔を覗き込んだ。
相変わらず水気のない頬のこけた顔だった。意識はないが今は少し呼吸が落ち着いていた。
ロベルトは懐から顔写真を取り出し女の顔と見比べると、
「アデル・コーエン。やっぱり関係者だったか」
と冷静に言った。
「あの、どういうことですか。お知り合い?」
リーナは震えて言った。
「まあね」
とロベルトは写真をしまいながら言った。
ロベルトは近くの台の上にあった紙の切れ端をつまみ上げると、すっと手をかざして魔力を込めた。紙の切れ端はふわふわと浮き、やがて一斉に納屋から飛んでいった。
「で、リーナ。俺はこいつについて、おまえからも話を聞きたい。まず、どこで出会った?」
リーナは先日、村のそばでこの女の人を見つけたときの状況をざっと説明した。
「そうか、じゃあ、この女がこの村を訪れた理由はわからないんだな」
ロベルトは呟いた。
「じゃあ、次。この女の、この病は何だ?」
ロベルトは聞いた。
「分かりません」
リーナはうなだれて言った。
「おまえの感じる範囲のことでいい」
ロベルトは少し優しい声を出した。
「リーナ、俺もこの病は少し変だと思っている。特にこの症状。おまえもエドワードから聞いたかもしれないが、俺たちは同じ症状で死んだ者を見た。これは何だ? 何かお前も感じるところはないか?」
リーナは、ロベルトも本当に何も知らないんだな、と思った。
「突拍子もないことを言ったら笑いますか?」
「いや。たぶん、俺もおまえと同じことを考えていると思う」
リーナはロベルトを凝視した。ロベルトは真面目な顔をしていた。そこには意地の悪さはなかった。リーナは信じることにした。
リーナは
「魔術です、たぶん」
と勇気を振り絞って言った。
「何でそう思う?」
とロベルトが聞いた。
「介抱してるのに良くならないからです。私にできる範囲で診たところ、感染症ではないし呼吸器系でもない。胃腸系に合併する脱水症状ってところです。幸い色々飲ませた薬のどれかが一時的に効いています。でも普通なら良くなっていくところが、すぐまたぶり返すんです」
リーナは早口で答えた。
「そうか」
とロベルトは冷静に答えた。
やはり、魔術だったか。
エドワードと話した時は、魔術かもしれないと思った。だが実際この女の人を見た時、この症状が魔術かどうか半信半疑になった。
魔術が使われた大きな痕跡が見られなかったからだった。
だが、ロベルトが集中して探ると、ぼんやりと霞のような小さな魔力がかすかにこの女の体の中に留まっているように感じられた。
そして、薬師のリーナが何かの確信を持って魔術だと言った。信じてみてもよいかと思った。
その時、
「待たせたなー」
とエドワードの声がした。ロベルトから紙の切れ端の伝言をもらい、飛んできたのだった。
「エドワード!」
リーナはうろたえた。
「リーナ、だいじょうぶだった? ロベルトに意地悪されなかった?」
エドワードはリーナの頭を撫でた。
「えっと……」
リーナが目を逸らした。
それを見て
「は? おい、ロベルト」
とエドワードが問いただすように声を荒げた。
「そんなことより、今はこっちだ」
ロベルトがエドワードに強く言った。
「そんなことより?」
エドワードが聞き捨てならない、といった顔をしたが、ロベルトは無視した。
「リーナの見立てじゃ、やっぱりこれは魔術くさいってよ」
とロベルトはエドワードに説明した。
「あー、この女?」
エドワードはめんどくさそうに横たわる女の人を見た。
「ああ。アデル・コーエン。関係者だ」
ロベルトは言った。
「そっか。にしても、だいぶ、体調悪そうだねー」
とエドワードは女の人の顔をまじまじと眺めながら言った。
「で、魔術なんだっけ? じゃあ、おまえ、アレやれよ」
エドワードはロベルトを肘でつついた。
「そうだな、魔術かどうかはこうすれば分かるな」
ロベルトは両手をアデルという女の上にかざし力を込めた。
魔術を消す特殊な魔術だ。
何かロベルトの掌のすぐそばで、小さくプチプチと魔力が弾けるような感覚が伝わってきた。
ロベルトは初めての感覚に少し戸惑いながら、探るような目つきをした。まだ相殺できないか。魔力量は小さいのに体の中に留められていて何だかやっかいだ。この魔術ではどのように魔力が込められているのか。
リーナは目を見開いてロベルトの魔術を見ていた。
エドワードはリーナのすぐ横に来て小声で耳打ちした。
「すごいだろ、ロベルト。魔術を消してんだ。これ、あんま知られてねーし、コントロール難しくて、使える奴あんまいないんだぜ」
「そうなのね」
リーナの目に涙が浮かんだ。
「えー、なんで!? ちょっと泣かないでよ」
エドワードが慌てた。
「だって、これでこの人助かるかと思って。ずっと昏睡状態で良くならなくて、いつ死んじゃうかって心配してた。私嫌だったの、こんな死なせ方」
エドワードはリーナの肩を抱いた。
「安心していーよ、もうだいじょうぶだから」
エドワードは優しく言った。
「おい、おまえは何もしてないだろ! がんばってるのは俺だろうが。わざとやってんのか」
ロベルトは術を途切れさせぬようアデルから目を離さずに怒鳴った。
エドワードは笑った。
「いーじゃん。相変わらず、おまえのこれはすげーなと思って、つい。さすが名門出だな〜鍛錬がちげーわ」
アデルを見つめていたリーナも気が抜けて笑った。実際アデルにまとわりついていた重い気配が薄らいでいる気がした。
ロベルトの掌の先がだいぶ落ち着いた。もう弾けるような感覚はなくなった。もうよさそうだな、とロベルトはふうっと大きく息を吐いて、手を引いた。
「終わった」
ロベルトは言った。
「ありがとうございます」
リーナは急いでアデルを抱えて薬湯を飲ませた。
アデルの乾いた唇は無意識のまま水を欲して動いた。リーナはほっとした。
だがロベルトは険しい表情のまま、
「さて、次はこいつに話を聞く番だ」
と呟いた。
「ちょっと待って、意識回復してからにして」
とリーナは懇願した。
「ああ、そりゃそうだが」
とロベルトは言いかけて、
「だが、悪いな、リーナ。先に言っとくけど、おまえの味方ってわけじゃないからな」
と険しい表情を崩さずに言った。
「必要があれば、この女はこの場で殺す」
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