35. リーナとエドワードの竜を殺める薬の完成
「リーナいるかい?」
リーナの薬の調合部屋を覗いてエドワードは言った。
リーナはエドワードの声にどきっとした。無意識に胸が高鳴る。
「あら、エドワード。相変わらず暇そうね」
リーナは平静を繕ってわざと軽口を叩いた。
「よく分かったね」
エドワードは退屈を持て余しているのを隠しもせずに答えた。
「ロベルトは何してんの? 王都に帰らないの?」
リーナは率直に聞いた
リーナの言葉にエドワードはムッとした。
「王都に帰れって言ってる? そんなに俺たちに帰ってほしいかよ。俺たちはまだここに仕事が残ってるんで」
エドワードの言葉に、リーナは意外そうな顔をした。
「ええ? まだ仕事終わってなかったの? カレンの件はお終いでしょ?」
おまえの件だよ、とエドワードは思った。
ロベルトに話を聞いてから、夜を徹して外を監視していたエドワードは、確かに夜中に外出するリーナの影を認めた。
夜中のに外出など危なっかしくて飛び出したくなる気持ちや、隠し事されて悲しい気持ち、本当は男と密会してるんじゃないかという嫉妬に似た気持ちなどがぐるぐると頭を回って、エドワードは眠れない夜を過ごした。
エドワードは、大あくびをしながらリーナの横の椅子に座り、しぼらくリーナを、眺めていた。
リーナ、おまえは俺に何を隠している。あんなことくらいで、おまえが俺のものになったとは思わないが、それでも。もうずっと、俺はお前のことを考えて、眠れない日々を過ごしているぞ。
リーナはエドワードの視線に気づいていたが、身分が違う人、軽々しく信用してはいけない人、と自分に言い聞かせ、気付かぬふりをして薬玉を箱に並べていた。
リーナも迷っていた。エドワードの率直な想いを受け入れていいものか。
でも、リーナには、身近に男の人の参考になる者がシャールくらいしかおらず、そのシャールが不審に思っている相手を受け入れてよいとは、素直には思えなかった。
また、身分の問題がある。
かと言って、今や恐らく村中でリーナとエドワードのことは噂になっており、わざわざリーナが悩まなくても、どうせ村人たちは「そーゆーもの」と思っているのだから、単純にこの状況受け入れてしまえばいい、と思わなくもなかった。
ただ、シャールはそれを望まないだろう。
好き? 愛?
リーナにはまだよく分からなかったが、エドワードと一緒にいる時は楽しい。
あと、もう一つ。
リーナは今日、エドワードに頼みたいことがあった。
こんな状況でエドワードに頼んで良いものだろうか。好意を利用したと思われないだろうか。
いや、エドワードはそんな男ではない。決して混同しないだろう。私のため、皆のために、それ以外のよこしまな気持ちはなしで行動してくれるはずだ。
リーナは、言うべき、そして助けを求めるべきと思った。
リーナはしばらく黙っていたが、その手を止めて、言った。
「王都に帰れって意味じゃないのよ」
「へー、じゃ、何?」
エドワードの質問にリーナは少し躊躇った。
それから
「エドワード、私、あなたを信用していいかな?」
と聞いた。
唐突にリーナの口から漏れた「信用」という言葉に、エドワードは冷や汗が出た。
ダミアンの件か? リーナの接触者の剣をか?
「何を言い出すんだよ、急に。だめだよ、俺なんか信用しちゃ。何も知らねーだろ」
とエドワードは慌てて言った。
「そっか」
とリーナは苦笑した。
シャールの「エドワードは信用に足る男か?」といった言葉が思い出された。
「でもエドワード、あなたは私が竜に襲われていたとこを助けてくれた。草も採りに連れてってくれたし、ネズミも捕まえてくれた。竜に関することは助けてくれてる気がする」
「かもな」
「いい人に見えるのよね」
「そこだけは、まあ信用してもいーんじゃないか?」
そっちか、とエドワードは少しほっとして言った。
リーナはエドワードの言葉で顔が少し明るくなった。
「じゃあ、あなたのことは、知ってる範囲で信用する」
「ああ。そうしろ」
とエドワードは安心しながらも、ぶっきらぼうに答えた。
リーナは改まった態度でエドワードの方を向いた。
「あのね、エドワード、竜を殺める薬、できた。試したい。手伝ってくれない?」
エドワードは一瞬意味がわからなかった。
ゆっくりリーナの言葉を反芻する。
「えーっと、竜を殺める薬って言ったか?」
リーナは頷いた。
「マジで? おまえ」
とエドワードはニヤリとした。
「竜を殺める薬、な。作ったんだな、マジで」
「うん」
リーナは嬉しそうな顔をしていた。頬が高揚していた。
「試すために竜の巣に行きたいから、俺に護衛しろってことだな?」
「うん」
とリーナは頷いた。
「それに関しちゃ信用してくれて構わねーぜ。任せろ」
エドワードはにっこりした。
「ありがとう。でも、危険かもしれないのよ。もし、薬が効効かなければ、私たちが竜から逃げられるように、エドワードには多少竜と 戦ってもらうことになるかもしれないの」
リーナは一番言いにくかったことを、はっきりとエドワードの目を見て言った。
「それが今回の俺の仕事だ。分かってるよ。よし、準備手伝うか? 連れてってやる」
エドワードはきちんとリーナの目を見て答えた。
「うん」
リーナは嬉しそうにした。
それからリーナはシャールを呼びにやった。
シャールはすぐさま転げるようにやってきた。
「リーナ! なにごと?」
「お兄様。できたの。竜を殺める薬」
リーナは得意気に報告した。
「は? え? えっと、竜を殺める薬?」
シャールはまだ話が飲み込めず、聞き返した。
「そうよ、お兄様。見たら分かる......といいんだけど。馬を引いてきて。エドワードが護衛してくれるから、試しに行きましょ」
リーナは、まだよく意味が分からず眉間にしわを寄せているシャールに言った。
「いや、ちょっと状況がよく分からない。すまない、先に簡単に説明してくれ」
シャールは首を振った。
「先日エドワードがリュウシソウ採りに連れてってくれた時に、変なネズミを見つけたの。何か気にかかって、エドワードにそのネズミを捕まえてくれるようにお願いしたの。そしたら、びっくりよ、そのネズミ、血中に強毒化したリュウシソウの成分が濃縮されてたわ」
リーナは早口で説明した。
「それを薬にしたのか?」
とシャールは聞いた。
「そう」
「そうか、いったい、いつの間に」
シャールは感嘆の声を漏らした。
「で、薬にしたはいいんだけど、ちゃんと効くか、竜に試したいと思ったの」
とリーナはお願いするようにシャールに言った。「危険だからやめなさい」と言われるかもしれなかったからだ。
「分かった、行こう」
シャールは頷いた。
「お兄様! ありがとう!」
リーナは嬉しそうな声を上げた。
「いや、別にシャールは来なくてもいいんだけど。俺がいるし」
とエドワードがぼそっと言った。
「そういうわけにはいかない。何かあっては嫌なので」
シャールはエドワードを一睨みすると、使用人に馬を引かせた。
「リーナは俺の馬に乗りなさい。でも。馬とかだいじょうぶかな。怖いか?」
とシャールはリーナに聞いた。
「リーナは、もー俺の馬に乗ってっから、だいじょうぶだと思うぜ~」
エドワードはさっきの応酬とばかりに、挑発的な言葉をシャールにぶつけた。シャールが嫌な顔をする。リーナは少しはらはらした。
シャールはリーナを馬に乗せると自分も跨った。
エドワードは先導するように馬を駆けた。シャールもぴたりと後ろをついていく。エドワードは少しスピードを上げてみたが、きちんとシャールもすぐ後ろで馬を走らせた。
「へえ、シャール、馬上手じゃん。どこで覚えた?」
エドワードは、普通の農村部でこれだけ馬を操れるものがいるとは思わなかったので、思わず言った。
「バカにするな。我々農民は普段から馬を使って仕事をしているんだ」
シャールは不愉快そうに言った。
「それは申し訳なかった」
とエドワードは言った。
シャールとエドワードは村に一番近い竜の営巣地に向かって馬を駆けた。
そこは、普段リーナが歩いて行けるほどのところだったので、すぐさま三人は目的の場所に着いた。
「ここは一組のつがいが棲んでるわ」
とリーナは言った。なじみの場所である。エドワードに竜から助けてもらった場所でもある。
「そっか」
三人は馬を降り、そっと巣の様子を窺った。
いつもと違い、竜が巣にいるだろう夕刻の時間を狙って来た。一頭の竜が巣の中でまるまって目を閉じていた。
「エドワード、来て」
リーナが無意識にエドワードの手首を掴んで引っ張った。シャールは慌ててリーナの手をエドワードから外す。
リーナは気配をできるだけ消して竜に近づくと、持っていた薬玉に火をつけ竜の巣の中に投げ込んだ。
シューシューと薬玉が燃える音がして、煙が巣の中一面に広がった。
異変を感じた竜が目を開け首をもたげようとした時にはもう遅かった。竜はとっくに大量の煙を吸い込んでしまっていた。
突然竜は真っ赤な目をカッと見開き、尖った歯だらけの口をガバッと開けると、だらだらと涎を垂らし、そして、いきなり大量の泡を吹いて倒れた。
どさっという大きな音が谷中に響き、地面が揺れた。
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