34. 殺されかけ、王都を追われた者たち
グレゴリー大臣が亡くなると、すぐに後任の大臣が決まり、クレッカーが新しく魔術管理本部の長官になった。
王宮内の者は、これから起こる大きな体制の変化を予想した。
普通なら副長官を務める者が繰り上がるのが筋のようなものだが、いきなり、まだ若く、役職も十分でないクレッカーが長官になったのだ。
皆は口々に、
「なぜクレッカーが?」
と噂した。
クレッカーが、新大臣に就任したケイマンと懇意にしているということは、実はあまり知られていなかったからだ。
というか、本当のところは、クレッカーがケイマンを利用していた。
クレッカーは魔術管理の体制を変えたかった。グレゴリー元大臣とのうまく進まないやり取りの中で、自分の目的のためには自分が魔術管理本部の長官になるのが手っ取り早いということがわかった。
クレッカーは注意深く、自分の魔術管理の体制改革に賛同してくれる者を探した。
クレッカーは、慎重に、慎重に、探した。
ケイマンという男は今の国王の遠縁に当たる男で、ケイマンは自分が大臣になれるのであれば、クレッカーを魔術管理本部の長官にしてやろう、と言った。
クレッカーはケイマンの話に乗ることにした。魔術管理本部の長官になるために。そして、魔術管理の体制を、変えるために。
そして、ケイマンの望み通り、グレゴリー大臣は亡くなり、ケイマンが新大臣になった。
今のところ全てクレッカーの予定通りとなった。
アデルとダミアンは、目的はどうであれクレッカーがグレゴリー大臣を殺したことを疑っていたが、何も知らないふりを決め込んでいた。
ここで騒いでも自分たちの得にはならないからだった。
グレゴリー元大臣はもう国葬が済んでいた。
グレゴリー元大臣からクレッカーの魔術が検出されたんですと今更言ったところで、クレッカーとグレゴリー元大臣の死に直接結びつける証拠は何一つない。
アデルとダミアンは誰にも言えず、今後どうするべきか話し合っていたが、良い案も出ず正直困っていた。
そんなある日、アデルとダミアンは、他の開発部門の仲間と共に、クレッカー長官の部屋に呼ばれた。
それはごく普通の呼び出しで、皆、無警戒だった。マルティスだけが、急用とかでいなかった。
「どうぞ」
秘書に促されて、アデルたちは長官の部屋へ入っていった。
秘書は部屋の扉を開けただけで、自分は中に入ろうとしなかった。
アデルは、ほんの少し、何だ?と思った。
その途端アデルとダミアンは、クレッカーの部屋に黒ずくめの男たちが数名いるのが目に入った。
部屋にいた黒ずくめの男たちは、剣を持っていて、急に右から左から斬りかかってきた。
「うあっ」
「ぎゃっ」
アデルの仲間が何人かが呻いて倒れた。
続いて剣を振りかぶってくる敵に、咄嗟にアデルたちは防御系の魔術を使った。アデルは自分の周りの空気の密度を濃縮し剣の軌道を邪魔して遅くさせると、剣はアデルたちに到達せずに済んだ。
アデルは今度は自身も魔力塊を次々と生み出すと黒ずくめの男たちに放った。しかし、アデルは普段実戦など慣れていない。魔力塊を作るのにも手間取り、一度に作れる数にも制限があった。
黒ずくめの男たちは普段から闘い慣れているようで、アデルの魔力などいとも簡単に離散させた。
「こんなのが効くと思っているのか?」
黒ずくめの男の一人が嘲った。
と同時にアデルの作った空気の濃縮も解いた。
アデルの魔力塊では埒があかない。
黒ずくめの男の剣先がアデルの肩に届こうとした時、アデルはなんとか掻い潜って横にずれ、剣を避けた。
が、この時間にもまた仲間が呻いて倒れる音がした。
あちらこちらで、刃物が肉を断断つ音と魔力の爆ぜる音と人の呻き声がした。
「何なのだ、これは!」
アデルは部屋の奥にいるクレッカーを睨みつけた。
「おまえたちが余計なことを知ったからね」
とクレッカー長官は落ち着いて言った。
「おまえがグレゴリー大臣を殺したことか!?」
部屋中にアデルの声が響いた。
魔術開発部門の仲間たちにアデルの声が届いた。皆が驚いて息を呑んだ。
「どういうことだ」
「俺たちは何も知らなかったぞ」
と呟く声が部屋のあちこちから上がった。
「だからさ、そういうことを知られると困るんだよ。あと、マルティスの魔術もさ」
クレッカー長官は表情を変えずに言った。
「マルティスの魔術」
数名の魔術開発部門の仲間は少し理解したようだった。
「ま、この雰囲気だと、あんまり言いふらしてないみたいだね、アデル、ダミアン。いい心がけだよ」
とクレッカーは笑顔で言った。
「人殺しの大悪党め!」
アデルは叫んだ。
「まあ、証拠はないからね。君たちにも死んでもらうし」
クレッカー長官は冷たく言った。
「おまえ、仲間じゃなかったのか!? おまえは仲間に厚いやつだと思っていたが」
アデルは挑発的に睨んだ。
「仲間に厚い? そうだったかな?」
とクレッカーは首を傾げた。
アデルは腹が立った。
「ハルト、ってヤツがいたろ? 大親友だったそうじゃないか」
とアデルはクレッカーを睨みつけながら言った。
クレッカーは一瞬動揺した。
「ハルト、よく知ってるね。おまえ」
とクレッカーは低い声で言った。
しかし、気を取り直したように、
「そうさ、よく知ってるね。それ絡みで、俺にはちょっとトラウマがあってね。俺にはすべき事があるから、そのためには手段は選ばないよ」
とクレッカー長官ははっきりした口調で言った。
アデルはダメだと思った。クレッカーは相当強い意思を持って事を起こしている。
だがアデルは説得を試みた。
「やめるんだ、クレッカー! ハルトは望んでいるのか、こんなこと!」
クレッカー長官は何も言わなかった。クレッカーの冷たい目とアデルの訴える目が合った。
右手を掲げ、黒ずくめの男たちに「やれ」と合図した。
アデルは絶望した。だめだと思った。
「みんな、逃げるぞ!」
アデルは逃げることにした。
アデルは煙の目隠しの魔術を使った。大量の魔力を放出する。
しかし、そんな魔術はあっという間に黒ずくめの男たちに消されてしまった。使える魔力量がそもそも違うのだ。実戦量が違う。
男たちがまた剣を振りかぶる。今度はバチバチっと剣を帯電させている。斬り刻むと共に、触れただけでアデルたちを感電死させる気だ。
研究ばかりで実践経験がほとんどない自分が、海千山千の実践系魔術師から逃げるには。
アデルは開発途中のアレを思いついた。
「みな、いけるかもしれない。逃げるぞ、生きのびるんだ」
それはアデルの得意とする波の魔術だった。空気中の音や衝撃波などあらゆる振動を魔術エネルギーに変え、クレッカー長官の手下の黒ずくめの男たちにぶつけた。
激しい音と光が飛び散った。
黒ずくめの男たちの殺気を伴う動きは、そのままアデルの波の魔術の源となったため、その威力は半端なかった。
黒ずくめの男たちは、あらゆる方向から体に吸い付くように流れ込んでは触れた瞬間に爆ぜる魔術に、完全に足止めを食らった。
見たことがない! アデルの開発途中の魔術なので当たり前だが。
クレッカー長官の手下の黒ずくめの男たちは、あちこちで大怪我を負い、この見たことのない魔術に大分怯んだ。
アデルとまだ生きていた仲間たちは、なんとかクレッカーの部屋を逃げ出すことに成功した。
このまま魔術管理本部にいては、何かと理由をでっち上げられ殺される。皆は、そのまま隠れるように地下に潜むことにした。
アデルは、王都から逃げながら、クレッカー長官の疑惑を皆に話した。そしてマルティスの魔術が悪用されたことも。
皆はクレッカー長官の自分勝手な行動に怒った。
そして潜伏しながら、クレッカー長官の罪を暴く方法を探し、仲間の無念を晴らすことを誓った。
すみません、お読みくださってありがとうございます!
面白い小説にしていけたらと思っておりますので、ご意見ご感想をお聞かせいただければありがたいです!
また、今後の励みになりますので、もしほんの少しでも面白いと思ってくださった方がおられましたら、
下のご評価欄↓★★★★★↓の方、
低評価でも構いませんので!!
ご評価いただけるとありがたいです。
どうぞよろしくお願いいたします!