33. 大臣の死の、真相 〜マルティスの魔術〜
メンバーはそれ以上何も言わなかった。皆黙って部屋を出た。
この魔術についてどうするか話し合わなければならないと思った。ひとまず不用意に誰にも話さないことを誓った。
今までに、悪意ある魔術師がいなかったわけじゃない。内密に弟子を取り暗殺者を育てる者が過去にいた。巷にはモグリの魔術師だっている。
しかし、今までは、魔術で人が殺されれば、犯人を捕まえることができた。魔術を使えば痕跡が残るからだ。
だが、マルティスの今回のこれは? おそらく知らなければ病気ということで片付けられ、気づかれることがない。危険だ。
皆は同じことを考え押し黙っていた。
マルティスの作った、驚きの新しい魔術を見てから数日後、ダミアンがアデルの腕を掴んだ。
「アデル、ちょっといいか」
ダミアンはまたアデルを人気のない魔術管理本部の奥深くの書庫へと引っ張ってきた。
「なんだ、ダミアン。奥さんいるのに女を暗がりに連れ込むんじゃないよ」
アデルは呆れて言った。
「そんなこと言ってる場合じゃない! グレゴリー大臣が病気だそうだ。カレンから聞いた」
ダミアンが真面目な顔をして言った。
「何だと!」
アデルには、それだけですぐに、ダミアンの言わんとしていることが分かった。
だがアデルは落ち着いて聞いた。
「大臣の病名は何だ?」
「それがはっきりした病名がついていないらしい。医者は疲労じゃないか、とのことだ。だが大臣は、脱水症状を起こしてるらしい」
ダミアンの額には汗が滲んでいた。
「なるほど、それで例のマルティスの魔術を疑ってるんだな?」
とアデルは言った。
ダミアンはふーっと息を吐いた。
「そりゃ、もちろん分からないよ。だがあり得なくものいだろ? 一日中水を飲ませても脱水症状が良くならないって、医者が首を傾げてるそうだ」
アデルもふっと息を吐いた。
「マルティスには何か聞いたか?」
「いや、まだだ」
ダミアンは答えた。
「急ごう。マルティスの魔術の脱水症状なら、あまり時間がないだろう」
アデルはダミアンの手を振り解いて、脇目も振らず、開発部門の部屋へ戻った。ダミアンは急いでアデルを追った。
アデルは職場の部屋に入ると、すぐにマルティスを捕まえた。
「ちょっと来い」
その様子をクレッカーがちらりと見た。
「ちょっとアデルー! 僕、やりかけの作業がー!」
アデルにぐいぐい部屋の外に引き摺り出されて、マルティスが喚いた。
「ちょっと大事な用件なのだ、マルティス」
とアデルは言った。
「もうー!」
それでもマルティスは不満げだった。
アデルは人気のない場所へマルティスを引っ張ってきた。ダミアンも付いてきていた。
「マルティス、例の新しい魔術、誰かに教えたか?」
とアデルは聞いた。
「はい〜? ちゃんと皆に見せたじゃないですか。もう忘れちゃったんですか?」
とマルティスは心外な顔をした。
「そういうことじゃない。魔術のかけ方の方だ」
とアデルは言った。
「あー、かけ方? はいはい、教えましたよ、クレッカーに」
とマルティスはどうでもいいというように、ぶつぶつと言った。
「クレッカー……」
マルティスの言葉にダミアンは呟いた。
「なんかクレッカーは言ってたか?」
とダミアンは冷静さを保ちながら聞いた。
「うん! とにかく、僕の魔術がすごいって褒めてくれてね! そもそもこの魔術のきっかけになった虫をくれたのもクレッカーだしね。 クレッカーって本当いい人だ! それに比べて、君らは全然褒めてくれなかったね」
マルティスは、最後の部分を特に恨めしそうに言った。
「そういうことじゃない! クレッカーが何に使うかとか……」
とアデルが言いかけたところを、ダミアンが横から制した。
「マルティス、おまえはすごいよ。誰もが驚いた」
ダミアンの言葉に、マルティスは嬉しそうな顔をした。
「だから、俺たちにも、おまえの魔術について詳しく教えてくれないか? 他の病気との見分け方とか? 解き方とかあるのか?」
とダミアンはゆっくり聞いた。
「見分け方? うーん、難しいかなー。この術、ほんのちょびっとの魔力でいけたんだ。魔力量少ないと感知しにくいですよね」
マルティスは顎に手を当てて考えた。
「そうだな」
とダミアンは頷いた。
「だが、マルティス、何で少しの魔力量でいけるって思ったんだ?」
それが厄介の原因だ、とダミアンは思いながら聞いた。
「クレッカーにもらった虫、小さかったんだ。だから」
とマルティスは笑顔で答えた。
「ああ、そういう……ってか、それだけで思い付いたのか?」
こういうマルティスの純朴なひらめきだ、とダミアン素直に感心した。
だがダミアンははっと我に返ると、
「とにかく、病気とは見分けられないんだな?」
とマルティスに聞いた。
「うーん、それと思って感覚を研ぎ澄ませれば、体内の魔力を感知できるとは思いますけど」
とマルティスは言った。
「ああ、そうだな。おまえのネズミも、何かしら魔力を感じたな」
とアデルは頷いた。
「はい。魔力が感じられるなら、魔力の微妙な紋様から、魔術使った人間特定できますよねー。体内から別人の魔力の紋様が見えたら、魔術かけられた、とは言えるかもしれないですね」
とマルティスは頭を捻って何とか答えになりそうなことを言った。
「だが、それでは、あくまで、誰かに魔術をかけられた、っていうことしか分からない」
とダミアンは冷静に言った。
「そうですね、僕もそう思います。それだけで僕のこの魔術だって言い当てるのは難しいんじゃないと思います」
とマルティスも真面目な顔で答えた。
それからふと思いついたように、
「まあ、水飲ませて脱水症状が治らなかったら、僕の魔術かもですね!」
と言った。
「そんな状況証拠しかないのか?」
アデルとダミアンは頭を抱えた。
本当に、なんて完璧なものを作ったんだ、マルティスは。
「じゃあ、解き方は?」
とアデルは話題を変えた。
「解き方はないですね! 弱い魔力を体の中にずっと留めさせてるから、一時的な魔術じゃないし、効き続けますよー。でも、いいね、解き方かあ! 次はそれ考えてみよーっと」
とマルティスはいいことを聞いたというように目を輝かせた。
アデルとダミアンはがっかりしたようにうなだれた。
しかし、不意にマルティスが、素っ頓狂な声を出した。
「あ! でも、アレだ! “魔術を消す魔術” ってのなら僕のコレも消せるんじゃないですかね!?」
マルティスの言葉に、アデルとダミアンは恨めしそうに顔を上げた。
「魔術を消す魔術、って。あの、古の?」
「俺も以前別件で探したが、文献すら見つからなかったぞ」
二人は呆れ声を出した。
「そうですね。僕も実在するか分かりません。それならと、自分で作ろうとしたけど、まだどうにも」
とマルティスもため息をついた。
絶望的な空気が漂った。
「分かった、とにかく、いろいろ厳しいってことが分かった」
とアデルは言った。
「厳しい?」
マルティスが不可解そうに聞き返した。
「それだけおまえの術が完璧ってことだよ」
ダミアンが苦笑して言った。
翌日、ダミアンはカレンの付き添いという形で、グレゴリー大臣の部屋を訪れた。
その日、グレゴリー大臣がはクレッカーを呼び出すようカレンに命じるつもりだった。
グレゴリー大臣は、ダミアンを見て「君は誰だ」という顔をしたが、ダミアンがカレンの後ろでうやうやしく突っ立っていただけだったので、結局何も聞かなかった。
カレンは短く「私の夫です、私の体調がすぐれないもので」とだけ紹介した。
ダミアンは部屋に入るなり、グレゴリー大臣の体内に潜む魔力を探り始めた。
感覚を研ぎ澄せ、注意深く探っていく。そしてグレゴリー大臣の腹部らへんから微量の魔力を感知した。
これは、大臣が元々持っている微量の魔力か、それとも別の誰かの魔力か?
ダミアンはさらに集中して、その魔力の持ち主の紋様を精査した。
大臣自身のものではなさそうだ、では?
ダミアンは一瞬掴んだかすかな紋様に体が止まった。
実際今日のダミアンは、クレッカーがグレゴリー大臣にマルティスの魔術をかけたのでは、と心に思いながらここに来ていた。
そして事実それは、クレッカーに特徴的な紋様だった。
ダミアンの額から汗が噴き出した。
カレンがグレゴリー大臣からクレッカーへの伝言を受け取ると、カレンとダミアンは丁寧にお辞儀をして部屋を出た。
「ダミアン? だいじょうぶ?」
事情を知らないカレンは不思議そうに聞いた。
「急に私について来たいなんて。本当にどうしたの?」
カレンは心配していた。
「いや、ありがとう、カレン。何でもないさ」
ダミアンはカレンを巻き込んではいけないと、何も話す気はなかった。そしてカレンに笑顔を向けた。
「なあに? なんかあなた、今日は変ね」
カレンは笑って言った。
そして数日のうちに、グレゴリー大臣が病気で死んだ。
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